25教科書の外
キンーコーンカーンコーン
ふが。寝てしまった。
うわっ。テスト用紙がよだれでっ!
「はい。回収しますねー。」
水橋先生の透き通った声が目覚めた耳に染み渡る。
んーん。教室涼しいなぁ。
いや!よだれ拭かないとっ!
私は急いでジャージの袖で拭く。
「ねむちゃん。テスト用紙びしょびしょじゃない。」
水橋先生は憐れむ目で私を見つめる。
ふぇーー!!
【すいません。今拭いてます。】
「はいはい。もう良いから。インクで袖汚れちゃうよ?」
【は、はい。】
「じゃぁ。期末テスト終わりー!お疲れ様でしたーっ!」
期末テストはなんだかんだ無事に終わった。
前日のあのピンチ。とりあえず国語は捨てたのだ。何故かと言うと、私は私の中のメロスは捨てたくなかったので、そのまま行こうと思ったのだ。
そこでだ。他の教科を強化したのだ。
実はナナちゃんに連絡したら色々教えてくれた。まじ神。
昨日のナナちゃんはダークナナではあったが、ゆっくり丁寧に教えてくれた。
算数の問題も理科、社会も。
ふっふ。中学二年生が小学六年生に教わると言う奇妙な光景。
我ながらおもろい。
私みたいにプライドが無いってのはまあまあ良い事なのかもしれない。
ついでに来週の土曜日に遊ぶ約束をしてしまった。一石二鳥っ!
しかもナナちゃんと朝から釣りなのだ!
そしてここからなのだが、何とカーソンパパも来ると言う。
どどドキドキする……
ケンちゃんのパパってどんな人なのだろう。
やっぱり大きいのかな。それともエマちゃんみたいにおっとりしているのか。
【ねむっ!どうだったの??6年生の試験っ!あはは!】
バカにしにきたのは萌音ちゃんだ。
【萌音氏っ!ちゃかしに来たなっ!】
【バレた?でも来年は中学一年生の勉強だからもう少しスピードアップしても良いんじゃ無いの?ねむなら大丈夫じゃないの?】
萌音ちゃんは先輩だ。ろう者クラスの中では勉強ができる方らしい。中学3年生は愛弓ちゃんと萌音ちゃんしかいないけど、聞くと後輩のろう者に色々勉強を教えてあげてるらしいのだ。
【私のクラスにも教えに来てよっ!もう詰む寸前だったんだからっ!】
【えー?でも気まずいじゃん。】
んまぁ。そうだね。
【プンスカっ!】
【ごめんってねむー!】
【あれ?愛弓ちゃんとは仲直りしてる?】
すると萌音の表情は暗くなる。
やべ……
【うん。今日。放課後一緒に映画見に行くのー!】
萌音ちゃんは一気に表情が明るくなりテンションが上がった。
何だよ。さっきの暗い表情は。
【そういえば佳苗ちゃんって最近中等部来ないね。やっぱり高等部忙しいのかな。】
【ああ。佳苗先輩?】
あれ?おかしい。今手話に先輩ってつけた。サインネーム使ってない。
【うん。どうしたのかな。】
【うん。愛弓に聞いてみたら?私少しこの話苦手かも。】
うぇーー!!巻き込むなよぉ??
【うん。私はやめておこ……】
するとタイミングが悪い事に
【ねむちゃんっ!萌音っ!お疲れ様っ!】
愛弓ちゃん現る。そして愛弓ちゃんを見上げると補聴器に萌音ちゃんと同じアクセシールが飾られていた。
【おーー!愛弓ちゃん!萌音ちゃんと同じシールっ!!】
【そうなのっ!いいでしょっ!昨日喧嘩しちゃったからって2人で仲直りのマーク。同じのくれたのっ!】
へいへい。お友達ってのはいいねぇ。
それも姉妹みたいな関係性。
わたしゃ羨ましいよ。
【愛弓。ねむに佳苗ちゃんの話してあげて?】
おいっ!萌音氏っ!私はその話はご遠慮願いたいっ!
【い、いや……】
【そっか。ねむちゃん知らないんだよね。ろう者のコミュニティで少しだけ揉め事があったの。】
まてぃ。話がどんどん……
【それでね。少しだけ距離空いちゃったんだ。でもねむちゃんは今まで通りで大丈夫だと思うよ?関係ないと思うし。結構前の話だし、それにお昼とか一緒に食べたでしょ?最近。】
ぁぁ。でもあれからLINEはしたけど、それっきりなんだよねぇぇ。
【うん。でも気になるから少し会いに行ってみようかな。】
【うん。いいと思うよ?】
愛弓ちゃんの言葉から少しだけ被せるように萌音ちゃんが
【いや。今はやめた方が良いと思うの。愛弓。】
少し慎重な面持ちで萌音ちゃんは愛弓ちゃんを見る。
【あぁ。。言った方がいい?】
愛弓ちゃんは少し困った顔で私と萌音ちゃんを交互に見る。
【うん。私は結構その話が苦手なんだ。だから愛弓が教えてあげて?】
【うん。わかった。】
佳苗ちゃん。あれからなにがあったの?
◇
私はお昼の時間に愛弓ちゃんから佳苗ちゃんと何があったのかを聞いた。
内容は。
宗教だと。
新しい女の子がろう者のコミュニティに入ったのだが、それが佳苗ちゃんの信じているものと敵対しているものだと言うのだ。
そこで佳苗ちゃんは【それ地獄に落ちちゃうよ?】と答えてしまったらしい。
さらに【私のところにくれば救われる】みたいな事をその子に伝えたのだと。
すると周りはそんな事言ってはダメだと、それは一線超えているなど批判の的にされてしまったらしい。
そこから佳苗ちゃんはろう者コミュニティにも来ていないと。
こ、これは。私は介入できないだろう。
その話を聞いてふっと思い出した。
エマちゃんが十字架を持っているか確認してほしいと言ってた事。
あれってそうゆう事なのかな。関係ありそうな気がする。
エマちゃんに佳苗ちゃんと連絡取り合ってるか聞いてみようか。それとも……
ああー!ダメだっ!聞く必要ないっ!
今は佳苗ちゃんが校舎の向こう側にいるんだし、そっちの方が早い。
それにエマちゃんは今氷見にいるんだもん。
私が佳苗ちゃんに聞けば良い。
そう思い佳苗ちゃんにLINEした。
:佳苗ちゃん!久々に会おうよっ!今そっちの校舎?
:久しぶりっ!ねむちゃんっ!そうだよっ!?こっちおいで??
あれ?普通やん。私だから大丈夫なのか?
:うん!今から行くっ!
さて。私よ。無事でいてくれ。
◇
待ち合わせ場所は教室ではなく、校舎裏の体育館の連絡通路だった。
何でこんな人気のないところに……
そこに佳苗ちゃんはぽつんと寂しそうに入り口付近の階段に座っていた。
【佳苗ちゃん久しぶりっ!】
佳苗ちゃんは私の顔と手話を見ると無理した笑顔で私を迎えてくれた。
【久しぶりねむちゃん。あれ?また綺麗になった?】
【嫌だな。そんな事ないよ!でもカラーリップはデビューしたよっ!ソニプラのやつ。一回しか使ってない。】
【あははは!ねむちゃんっぽいねっ!安心するっ!】
佳苗ちゃんの無理した笑顔は徐々に明るくなっていく。
そして私はこの佳苗ちゃんと会っていなかった数日の事を話した。
氷見の番屋街の事。氷見の居酒屋でナナちゃんの手料理を食べた事。ユウちゃんと高岡イオンモールに行った事。ハルと初めてフードコートで注文したことなど。
【えええ!凄いね!なんか濃いの経験してるねっ!なんかやってる事普通の中学生じゃんっ!しかもフードコートの注文デビューとか可愛いっ!!】
よかった。少し表情も明るくなってきた。
【うん。実はお礼したくてさ。実際冰の杜学園の交流授業に誘ってくれたの佳苗ちゃんじゃない?あれから私少し明るくなれたかなって。だからありがとう。佳苗ちゃん。】
【良いんだよっ!私の目的なんてさ!イケメン探しに行くって不純な目的だったんだしっ!】
あー。そうだ。佳苗ちゃんイケメン探しだったんだっ!
【え?佳苗ちゃんが思ったイケメンはいたの?】
【うんうん。いなかった。私が見たイケメンって目が鋭くて、少しだけ朱色っぽい瞳なんだよね。確かね小さい子を肩車してた記憶あるんだよね。だから高校生くらいの人か、先生なのかなって。でもあそこ高等部ないみたいだね。】
え?調べなかったのかっ!こやつ!冰の杜学園に高等部があるか無いかくらいぐぐれカス案件ですぞっ!
【でも情報では結構目撃情報があるんだよね。よくそこにいるって。だからやっぱり冰の杜学園の関係者なんかじゃ無いかなって。】
なるほど。そうゆう事か。
でも朱色の瞳って心当たりがあるんだよなぁ。
芦名杏里さんと娘の芦名あこちゃん。
でも男性となるといないな。そんなに朱色の瞳が集まるか?それとも集落特有の血筋?
はっ!一族っ!!
今は絶滅したと思われていた幻のブラッドムーンっ!その一族の名前は人呼んで"暁"。
何百年の月日を過ぎて覚醒遺伝で突如一部の村に現れたっ!!
その舞台が氷見だったのか………
【ねむちゃん。顔。なんの妄想してるの?さっきの会話で沸る場所あった?】
おっと。。
また妄想が。失礼。
◇
【それで?ねむちゃん。それだけじゃ無いんじゃない?なんか聞きにきたんでしょ。】
佳苗ちゃんは目を細めて妖艶な笑みで私を見つめる
お?バレてたか。
【うん。率直に。言いましょう。佳苗ちゃんがハブられるかもしれないと聞きました。経験からしてここでは私が先輩です。どうぞ。話せ。佳苗。】
私は何にも知らない。特に宗教だけは全くだ。
関わってこなかったからだ。
それにどんな重みがあるのかもしれない。
ただハブられた側の気持ちは誰よりもわかる。
なんせハブられ歴は圧倒的な差があるからな。
すると佳苗ちゃんはびっくりするほど笑った。
ろう者特有のあのこもった可愛い声が一面に響く。
【そうなの!!ハブられちゃったっ!ねむちゃん!私人生で初めてのぼっちかもっ!!先輩がこんな近くにいたかぁ!!助かるなぁっ!】
なんか笑ってるからか手話が適当で声の方が感情が乗っている。
【何故。ハブられた。原因はなんだ。】
もう直に聞くしか無い。
【うん。言うね?私が宗教の価値観を関係ない第三者に押し付けちゃったの。】
【何故押し付けた。】
【私が心から信じてるものだから。私の考えが正しいと思った。実際に私は救われたから。だからみんなも救われてほしいって思ったの。】
【それは相手に伝わる言語に変換したのか?】
その言葉を伝えた瞬間に佳苗ちゃんは真顔になった。
20秒くらいの沈黙から
【………してないっ!してないっ!!なんて事しちゃったんだろうっ!!ねむちゃんが言った今の今まで気づかなかったっ!酷いっ!私!なんで!!】
あれ?私。そんな変化球投げたか?
でも私はそもそも相手に伝わる言語は筆談と手話しかないわけだし。
佳苗ちゃんは泣き崩れた。
わんわん泣いてる。流石に声を出すのが苦手な佳苗ちゃんでも結構なボリュームがでている。
どうしよう。
これ見つかったら大問題になるのでは。
「なんだ?どうした?」
ふ。。見つかった。
そこには確か高等部の体育の男の先生だった。
「【どうしたんだ?君は中等部の香椎さんだろ?何でここにいるの?柊木さん?どうしたの?】」
先生の手話と声は伝わっていない。
だって今の佳苗ちゃんの耳には何もついていない。視線は目を伏せてずっと下を向いている。
確か言ってたな。粘度の高い水の中にいるみたいな感覚の声が聞こえてくるって。
いまの佳苗ちゃんは、泣き声が骨伝導によって自分のわずかな声しか聞こえていない。
多分先生の声なんか1ミリも届いていないだろう。
ただ悲しくて辛くてその絶望の中に1人なのだ。
そう。私がいたあの世界。
◇
その後、先生は何度か佳苗ちゃんを動かそうとしたが佳苗ちゃんは子泣き爺のようにぴくりとも動かなかった。
私は佳苗ちゃんの頭をゆっくりとさすっていた。
先生は少したったら様子を見にくるといい、水橋先生にこの状況を伝えるといって去っていった。
ふふ。大事になっちまったぜ。
どうしたらよいですか?ユウちゃん。
もっと塩対応にするべき?ナナちゃん。
冷静に論理派でいく?ハル。
雑の方がいい?ケンちゃん。
エマちゃん。
あなたならどうやってこの壁を修復しますか?
もしかしたらエマちゃんは佳苗ちゃんの考えとは真逆の教えとかされているかもしれない。
無理なのかな。
【ねむちゃん……ごめん。】
佳苗ちゃんはようやく身体を起こして私に手を動かす。
【うん。大丈夫?辛いよね。ひとりぼっち。でも私がいるよ?ここに。1人じゃないからね?】
【うん。今凄く支えになってる。ありがとう。】
よかった。少し元気でてきたな。
でもちょっとだけ聞かないといけない。佳苗ちゃんが信じてるもの。それによってはエマちゃんも傷つく可能性があるから。
【佳苗ちゃん。エマちゃんの十字架の件も関係あるんじゃない?】
【うん。すっごいある。私の教えは十字架持ってる人とは仲良くなっちゃいけないの。】
やっぱりだ。全部繋がった。
せっかく仲良くなれるチャンスだったのに複雑な関係になっちゃったっていう状況なのか。
【それだけじゃないの。嫌ってるのは私達だけかもしれないの。それが凄くつらい。でも全然違うの。教えてもらってる内容が全然違うの。おんなじ世界なのに。私達の世界では絶対に許しちゃいけないのが十字架なの。だからエマちゃんとはもう仲良くなれないかもしれないんだ。】
あれ?もしかして。私もエマちゃんとペットショップ行った時簡単に手を合わせてた。
あの時エマちゃんは「それじゃお願い事みたいだよ」って言ってたんだ。
違うんだ。全然。
私はどんどんと自分がエマちゃんを真似した事が怖くなる。
しかもあの時、無意識に手のひらを合わせて合掌しちゃったんだ。
もしそうだったら最低だ。私も佳苗ちゃんを詰める資格なんかない。
エマちゃんがもし、私の合掌を最も許さない事だと認識してたら私は今頃どんな事になってたんだろう。
さらにゾワゾワしてくる。
ナナちゃんもそうだ。
ナナちゃんは金曜日は髪の毛を見せちゃいけない。って事は他にもなんかナナちゃんが許せない行動を無意識にしていたかもしれないんだ。
いや。芦名家ってみんな異国の血が混じってるって事は?ハルは?ケンちゃんは?ユウちゃんも、レオ君も!
【だから。ねむちゃん。私はエマちゃんと仲良くしたいって気持ちはあるんだけどダメみたい。ねむちゃんに聞いてもらって感謝してる。ありがとう。あと他の人にも迷惑かけちゃった。自分の周りだけで我慢しようと思う。】
待て。待て。
【待ってよっ!私は佳苗ちゃんの友達だよ!?ぼっちになる必要なんかないっ!ろう者のコミュニティでもぼっちになる必要なんかないんだから!ここだけは譲れないよ!私はそうゆうの勉強してこなかったから全然知らないし!でももしかして私も無意識に、傷つけちゃった可能性だってあるっ!でもそれってごめんなさいすれば良くない?一線超えちゃったんでしょ?謝ろ?信じてるものを一緒にしよって言ってない!ただ、そんなの仕方ないから!これから勉強すれば良いじゃん!まだ高校生じゃん!】
【うん。そうだね。ありがと。そう言ってくれると。ねむちゃんに言われた相手に伝わる言語変換。これも勉強しないと。異国だけじゃないよね。信じてる世界が違えばその中にも伝わらない言語があるよね。勉強になった。】
【うん。私も勉強する。流石に知らんぷりはダメだね。ちゃんといろんな世界勉強しないとだめだ。私も反省します。佳苗ちゃんの事も勉強する。】
【うん!ねむちゃん!本当にありがとっ!】
少し佳苗ちゃんの事がわかった。
外に出ればいろんな世界があるんだ。
佳苗ちゃんもろう者だけの世界に住んでるんじゃない。他にも違う世界があって、そこにも住んでるんだ。
私はずっと1人の世界に住んでるけど、これからは氷見の友達もいるから氷見の勉強もしないといけない。その中にはもっといろんな棲み分けがあるんだ。
一緒だ。香椎家のルール。柊木家のルール。芦名家、カーソン家。
ルールがあるんだ。
算数なんかやってられるかい!
【じゃ佳苗ちゃんの事知りたい。】
【入る?ねむちゃん】
【アホ。】
【本当に。本当に冗談です。】
そうゆうとこだぞっ!佳苗っ!!




