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22消えた相棒

今日はとんでもなく楽しかった。

お別れするのが本当に辛かったな。


また会いたい。


私は今帰りの車の中だ。


みんなと別れて、ママと一緒に家に帰るのだ。

場所はイオンモールの駐車場。


「ねむ!楽しかった!?」


【人生で最高にイカした時間でした。】


「あははは!良いねっ!いい友達持ったねっ!」


【うん!】


「ねむ?今は楽しい事いっぱいだと思うの。うんうん?ねむには今はいっぱい笑って欲しいからもっとユウちゃんやエマちゃんと遊んでいて欲しいなっ!でもね?友達とか作ったりするって事って辛いこともあるからね?嬉しさ倍になったり、好きな人だったらもう何倍にも膨れ上がったりするの。でも辛い事は半分になるとは限らないからね?いい?」


へ?なんか意味深ですな。

うん。それはラノベとか読んだら大体の主人公の過去の経験から読み取れる。

裏切りだったり、死を経験したり、自分の価値観が合わなかったりと、そこら辺は覚悟はしなきゃならない。

特に与えられてばっかりの私だと結構反動でかいかもな。


【うん。少し浮ついていたかも。】


「いい?遊ばないで?って言ってないから。いっぱいユウちゃん達とあそびな?私は今ねむの姿みてすごい嬉しいし、幸せ。私はねむにこうゆうの経験してほしかった。でも今まで経験させられなかった事を後悔もしてるんだ。もっと私がこうしたら、ああしたらって思っちゃう。」


【どうしたの?ママ?泣いてるけど。】


「うんうん?嬉しさとなんか自分の小ささにちょっとねっ!だけど今は嬉しさのほうが大きいかもっ!ねむと一緒で杏里ちゃんとディアちゃんの連絡先をゲットしたのだぁ!今度遊ぶの!」


【おおー!ママも!?】


「そぉー!友達になろって言われちゃったっ!何十年ぶりだよって思った!あははは!」


【さっきまで泣いてたのにおかしなママだ。笑ったり泣いたり。】


なんかあったのかな。少し情緒不安定な気がする。私のせいかな。テンション高すぎた?


「よしっ!我が家へ帰るかっ!私達の家族が待つ!幸せな家庭へっ!!」


【お、おう!……】


どしたんママ。。


「安全運転っ!死んでたまるかっ!」


ど、どしたん。ママ。

そんな私今まで酷かったんかな……

まぁ。とりあえずママとパパ。お兄ちゃんには私が死ぬ前には死んでもらっては困る。

私はそのイベントには絶対耐えられぬからな。



爆睡。


あのあと、ママがお寿司を買って一緒に食べた。

パパとお兄ちゃんは帰りが遅いので先に食べようとなったのだ。


すると私は疲れたのか、大好きな卵寿司を残してテーブルで寝てしまった。

最後に取っておいたのに。お兄ちゃんに食べられてないか心配である。

少し記憶にあるのがママが中学2年まで育て上げた私を抱っこして部屋のベッドに寝かせてくれた記憶。


流石介護をしているからか、パワーがある。


目覚めるとまだ部屋は暗い。


んあ?何時?


時間は3時である。


家は静まり返っており、物音一つしない。

外から聞こえるかすかな虫の鳴き声。

お月様が私をほんのり照らしている。


あ。痰は?とったっけ?


息を思いっきり吸って喉にいないかの確認。


すーーーっ!はーーーー。


ありゃ?


すーーーっ!はーーーー。


どゆこと?


何度も息を吸うが私の相棒は何も言わない。


おお。ラッキーやん。大人しくしてくれてるやん。


よっこいしょっと。

私はベッドから起き上がり少しだけ放心する。


ありぁー。

今日は筋トレしてないなぁ。

腕立てと腹筋くらいはしておくベェ。


ん?

そういえば。筋トレしてからあんまり痰が出てこないな。

偶然なんか。季節的に湿気が多いから?

って富山に住んでてそりゃないか。

富山は湿気王国だ。特に冬はやばい。


洗濯物は除湿機がないと延々と乾かないのだ。

喉には最高の環境だといえる。


んー。不思議じゃ。


ふとスマホを見るとメッセージが届いていた。

おー。ユウちゃんから。

届いたのは文ではなく曲の共有だ。

Just Friends

オスカー・ピーターソンとオリヴァー・ジョーンズ


おー。知らぬぞ?この曲は。

私は自分のお小遣いの中で一番高級であるヘッドホンを取り出して早速試聴する。


ミディアムテンポのふわっとしたスイングだ。ジャズを知ってるならみんな知ってるオスカーのピアノ。ゴージャスやな。

オリバーのピアノはなんか軽やかに歌ってるみたいだ。

すごー。ご褒美セッションやんけっ!


こうゆうの嬉しいなぁ。ジャズのど素人にこんなの送ってくれるなんて♪


へー。でも、小さいな。音が。

も少し大きくならんの?

昔のレコードって音が小さいの多いんだよね。

特にベース音が少し聞き取りにくい。

あれ?ヘッドホン壊れたかな。

マックスにするか。


ん。何故か音の振動が全身に。

まるでウーハーが私に一緒に踊ろうよ!みたいに言ってるみたい。


あ。


あかん!あかんぞっ!これわぁ!!!

まさか!!


ヘッドホンを慌てて頭から放り投げる。


ドンドンドンっ!!

とウーハーとは別の振動が私の部屋に鳴り響く。

ガチャっ!!


「ねむーー!!うるせぇぞぉ!!夜中に爆音でジャズ鳴らすんじゃねぇ!!!」

兄の怒鳴り声は深夜3時の香椎家に鳴り響いた。


……これは本当すいませんっ!!




朝がきた。


爆音からの兄の激怒。

いや本当申し訳ない。


時間は8時で外はピーカンである。


ふぅー。

ほら。おかしい。


痰が出ないぞ?

もしかして私が寝てる間にママがお兄ちゃんが吸引したんけ?それかネブライザーを口に当ててくれたとか?


なんでそんな事すんねんな。

起こせよ。素直に。


でも人生でこんな事は一度もなかったぞ?

ママかな。


私は一階に降りてママを探す。

するとベランダで洗濯物を干していた。


するとママはすぐに私を見つけてくれた。

いつもの通り笑顔でおはよ……とはいかなかった。

「ねむ!!なんであんな深夜に爆音で音楽聴いてんのっ!!近所迷惑でしょうがっ!!」


だよね。


「私びっくりしたよっ!葵の怒鳴り声にもびっくりして心臓止まるかと思ったんだからっ!なんであんな奇行に走ったのよっ!」


ふ。こんなの言い訳できるわけねぇ。

落ち度しかねぇからな。


【ヘッドホンに繋がってると思って大きくしたら繋がってるのはスピーカーでした。すいません。】


「深夜なんだからちゃんと確認しなさいヨォっ!」


【はい。すいません。】


「ってさ!怒るのは終わりね。あはは!もうさぁ!笑っちゃうよねっ!最近のねむ可愛いすぎだよっ!多分なんかドジしたんだろうなって思ってた。そしたら本当にしょうもないドジだとは。あはははは!!」


お、おう。助かった。まじで。ママからも怒りの鉄槌かと思った。


【パパも起きた?】


「パパは全然起きなかった。地震でも起きないんだもん。パパは心配ご無用!その代わり朝玄関掃除してたら隣の田中さんが「昨日いきなり香椎さんの家から音楽が爆音で流れてきてびっくりしたよっ!」って言ってた。」


【あーいやー。本当にすいません。】


「私が謝っといたよっ!なんかスイッチ間違っちゃったみたいですって。ねむも田中さんにあったら頭下げなね?」


【はい。すいません。】


「で?朝ごはんは?」


【食べます。】


「はい。じゃぁ顔洗っておいで。」

しょぼんだ。はー。朝からブルーです。

私は洗面所に進路を向けるが、あ!


【ママ。ちょっと聞きたいんだけど。】

「どした?」

【昨日とかって寝てる間に吸引した?それからネブライザーとか口に当てたりしてくれた?】

「え?してない。してないよ?」

【そっかぁ。】

「待って??昨日からって出てないって事?」

【うん。なんでだろうなぁ。】

私は洗面所にまた進路を変更すると


ばすっ!


私の背後からママが思いっきり抱きついてきた。


ぬうぉあああああ!!

ぐるしいぃぃぁぁ!!


「ねむ。明日学校お休みして病院行くよ?いい?」


わ、わわがっだぁぁ!

し、死ぬぅぁぁぁあ!


「顔洗っておいでっ!!」


パンっと私の背中を叩いてママはまた洗濯物干しの作業に戻った。

振り向くとママは少し泣いていた。


最近ママ泣きすぎではなかろうか。



私は今、人生で初めて一人での散歩をしている。


一応、吸引機はいつものように肩から下げてある。

ショルダーバッグみたいに斜めにかけて、コードが揺れないように手で時々押さえながら歩く。


空はさっきまでカンカン照りだったのに、少し曇ってきて、風もいくらか涼しくなってきた。

アスファルトの上をスニーカーで、ぺた、ぺた、と踏みしめて進むと、足裏からじんわりとした熱が伝わってくる。


相変わらず、私の相棒――痰は出ない。


ふむ。私は信用してない。

こいつは本当に性格が悪いのだ。


小さい頃は、何度も殺されかけた。

あの時は、お遊戯会の途中で突然現れた。


私は「三匹の子豚」の狼役の一人だったが、最初の豚に襲いかかるシーンで、いきなり倒れた。

当然、保育園は大パニックだ。

まあ保育園と言っても特別支援の保育なので医療器具が揃っていて、命は助かったけど。


他にも、小学一年生の頃は入学式の終盤で痰が出てきた。

みんなが退場するところで、私だけ動けず、パイプ椅子に一人ぼっちになってしまった。

きっと、他の児童は私を「変な子」だと思っただろう。


その時は、ママも私の入学式を見に来ていたから、何とか間に合ってくれた。


この支援学校に来てからも、こいつは何度も何度も、何度も何度も裏切った。


――その痰が、突然いなくなったのだ。


だから今日は、外を散歩して、わざと少し息を上げてみようと思った。

嫌なやつだが、いればいるで安心する。

いつもの日常に戻れるからだ。


けれど、現れないとなると、それはそれで「私の身体がどうにかなってしまったのでは」と不安になる。


住宅街を抜けると、小さな公園の横の遊歩道に出た。

植え込みの間のコンクリートの道を、私はゆっくりと歩く。

肩の吸引機が、歩くたびにカタカタと小さく鳴る。


少し早歩きしてみる。

呼吸も少しだけ深くしてみる。


それでも、30分以上歩いても、痰は現れなかった。

文句の一つでも言ってやろうと思っていたのに。


その代わり――

湿った空気や、真緑の芝生の香り、

アスファルトの独特のにおいが、今日はいつもより強く私の五感を刺激してくる。


今まであまり意識したことのない感覚だ。


空を見上げると、大きな入道雲が立山連峰に迫っていた。

立山連峰はもう雪もなく、青くて、まるで空と同化するかのような色合いだ。


明日、お医者さんに何て言われるのか。


「余命三ヶ月です」とか言われたりして。

「新たなステージです」とか言われたりして。怖ぇ。

「痰が全身に巡って、もう助かりません」とか。

「もうお寿司のたまごは一生食べられません」とか。


たまご焼きが食べられないのであれば、私はもう死ぬのとなんら変わりはない。

そう言われたら、いよいよカウントダウンだ。


あっ!昨日のお寿司っ!まだ食べてないっ!


帰ろうっ!!!



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