20守る為の法
「あ。麻奈さん、ハルとケンは先に挨拶してくるって車から降りてすぐスケボーに乗って滑って行ったけどここに来ました?」
杏里さんは全く緊張しているような雰囲気はなく、躊躇なくママに話しかける。
「はい!なんか凄い頼りになる雰囲気があって。なんだかねむにこんないい友達がいるって思うと凄い嬉しくなっちゃいました。それにユウちゃんとエマちゃんみたいな可愛い子も友達なんて。実はこの15分くらいですでに興奮してます。」
「えー?あの2人が頼りにー?んーまぁ。ハルはともかく。ケンもかぁ!あはは!嬉しいね!ねっ!エマ!」
杏里さんはエマちゃんの頭をポンポンと触り笑顔が溢れる。
「う、うん。で、でもわわ私だけには、おお、お兄ちゃんもたた、頼りになるけど。ねむちゃん達も、お、思うのはい、意外です。」
にしても。杏里さん。どこかで見た雰囲気。
と言うのは目尻がほんのり赤くて、瞳が朱色がかった茶色をしている。色素が薄くて。
でも当然のようにユウちゃんとは全くと言っていいほど似ていない。
むしろ人種レベルで別人なのだ。
そして杏里さんは日本人だと思う。
これで少し一つ解決できている。
ハルやユウちゃん。ナナちゃん、レオ君は全然似ていないのだ。タオちゃんにも似てないな。
あ!
気づいてしまった。"あこちゃん"に似てるっ!
私は目を見開き杏里さんの目を凝視しながらコーラを飲み干してしまった。
ズルズルズル。ゴゴゴ。
「ねむっ!行儀悪いよっ!すいません。」
ママに注意される。無意識に啜っていたのだ。仕方がない。
「気を使わないで大丈夫ですよぉ!コーラ美味しいもんねー!あとごめんなさいね。私から挨拶したいって頼んだんです。あとこれからくるエマのお母さんもなんだけど。」
杏里さんは笑顔で私と目線を合わせてにっこり微笑みながら会話を続ける。
「いえいえ。こちらこそ気を使っていただきありがとうございます。ねむがこうやって友達と遊ぶなんて初めてなので、こうやって心配してくださることに感謝しております。」
ママは感慨深い表情して頭をさげる。
「ママ。あとねむちゃんのママ。早くねむちゃんのお身体のこと勉強しよ?早くエマとねむちゃんと遊びに行きたいんだけど。お腹も空いたし。あ。ご飯はエマとねむちゃん3人で食べるからママ達はママ達でよろしくやってね?」
ユウちゃんは親2人ならいつまでもヘコヘコしてないで話を進めろといいたげな表情だ。
早く私達とイオンモールで遊びたいのだろう。
一方エマちゃんは背筋を伸ばして大人しくコーヒーを優雅に飲んでいる。
「そだねえ!じゃぁ。ねむちゃん重要事項を話したらあとは麻奈ちゃんと私で色々話し込むかねっ!ディアには後でもっかい話そう。あ。ディアってのはあるエマのママね?」
もうすでに私のママを麻奈ちゃん呼びである。
なんかユウちゃんみたいだ。一瞬で懐に入る術はきっと杏里さんからの受け売りだろう。
「さっ!はじめよっか!」
………
私達は主に症状が出てしまったときの対応、もしもの時の応急処置。すぐに見れる病院の場所。連絡先などの内容を杏里さん。ユウちゃん。エマちゃんに伝えた。
杏里さんはカバンから厚手の手帳を出して丁寧に書き写す。
エマちゃんもスマホに何かをメモしている。
ユウちゃんはママの目を見て聞いているだけだが、杏里さんとエマちゃんに色々補足するのだ。自分の知らなかったところは「ここ私も知らないから追加して?」や「こうゆう時はどおするの?」などの質問を次々にしてくれる。それを杏里さんとエマちゃんはメモに写すのだ。
前から不思議に思っている。
普段なら動物病院に犬を忘れたり、財布を忘れたり、猫をウサギと間違えたり、動物にLGBTQを結びつけたり。話が急展開したりとはっちゃかめっちゃかなのである。
ただ、決断力の速さや冰覌の月で見せたパンツ丸見えハンドスプリングのような反射的、運動的な部分もとてつもない才能があるのだ。
そして今も論理的に話を進めて、質問して、母である杏里さんにココメモって!とか指示しているのだ。
「ママ。もし私達がねむちゃんの応急処置をした場合は何か罪に問われる可能性はあるの?」
「この場合だと可能性は限りなく低いね。ほぼ無いと言っていいよ。医師法の17条とは関係ない。例え未成年でも刑法37条の"緊急避難"に当たるから違法性が阻却されるの。」
は?なんの話?
「自治体も善意で行った救命手当の結果については、悪意や重大な過失がない限り、損害賠償などの責任を問われないって説明してると思う。子どもはそもそも大人と同じレベルの責任能力を前提にしていない。それでも一生懸命勉強して、講習に沿って助けようとしている。今がその講習の一部にもなるし、貴方達が普段勉強してる事も講習の一部になるよ?私がそれは保証する。医師法、刑法、民法、行政の公式見解から見ても資格のない人や子どもが、人を助けるために勉強してきた応急処置をすることは、原則として違法とはされない。って事になるね。」
私とママは目を大きく開きお互い見つめる。
「そっかっ!じゃぁしっかり勉強だね!エマっ!頑張ろっ!私達がねむちゃんを守るのだっ!」
「御意。」
「あの。杏里さんって弁護士か何かですか?」
ママは恐る恐る杏里さんに質問をした。
「へっへーん!チラっ!」
杏里さんはバックから小さなベロアの小袋を取り出して私達に見せつける。
「この紋所が目に……」
「ママ。みっともないよ。」
食い気味にユウちゃんが突っ込んだ。
「はい。すいません。一応弁護士の免許もってます。何かお悩み事がありましたら芦名弁護士事務所まで……」
杏里さんは顔を落としてしょんぼり下を向く。
だがちゃっかり宣伝は忘れない。
親まで凄いのか。芦名家恐るべし。
◇
私の取り扱いの説明は挨拶も含めて1時間くらいたち、時間は12時。
お客さんはランチを求め私たちのいるカフェに続々と入ってきた。
すると、
「こんにちはぁ〜。」
ゆったりとした声でどこかのんびりした声が私達の席に届く。
見上げると黒人の顔の小さな女性が私達に挨拶していた。
一目でわかる。エマちゃんにそっくり。
絶対にエマちゃんのママだ。
エマちゃんのママはお顔がエマちゃんにそっくりだ。豆粒のような小さな顔立ちに、かっちりした高級感のあるメガネ。コイリーヘアはカチューシャで綺麗にまとめられていて、上下白のセットスーツに包まれた細身の身体はモデルさんのようだった。
「あぁ!ディアー!って事はもう12時か!」
杏里さんが反応するとすぐさまママは立ち上がり私も後を追って立ち上がる。エマちゃんのママに挨拶をして自己紹介をした。
そしてすぐさまエマちゃんのママは返す。
「エマの母のクラウディアですー。遅くなりましたー。すいません。遅くの登場でー。」
この人絶対のんびりやだ。
二言目でもう確信できる。
「あらー。この子がねむちゃんなんだ〜。ちっちゃくて可愛いねぇ〜。メイド服似合うかなぁ。」
はい?メイド?服?
「あ。ディアさんね。コスプレ好きなの。私達の服とかも生地渡したら作ってくれるし。完成遅いけど。」
ユウちゃんはふふっと笑いながらディアさんの特技を紹介してくれた。
「完璧主義なの〜。あと生地も足せば着れるように調整してるんだからぁ。そうだー。ユウのブラウスできたよぉ。後で取りにきてねぇ。杏里のはまだだけどぉ。」
「本当ー!?後で取り行くー。ありがと!」
パチンと杏里さんが手を叩く。
「はいっ!じゃぁお互い軽い挨拶をしたって事で!休憩しよっ!そんで私達とチビ達は解散っ!!ディアと麻奈ちゃんとさっきのアウトプットして復習するからっ!あとは私達もお腹減ったっ!ご飯食べたいし。ほれっ!シッシ!遊んでおいでっ!」
杏里さんは煙たがるように私達を手で追い払う。でもやっぱり柔らかな笑みで、その冗談には優しさを感じる。
「えぇー。ねむちゃんと私あんまり話してないよぉー?」
「はいはい。今度ねっ!ほれ!新しい友達の麻奈ちゃんとゆっくり話そうねっ!チビ達はイオンモール行ってらっしゃいっ!」
「よっしっ!行こ!エマっ!ねむちゃん!まずはフードコートで爆食いだぁ!」
「お、おう。」
【うん!行こう!】
行ってきますとそれぞれの親に声をかけて私達はカフェを後にする。
「全部レシートはとっといてねー!!」
杏里さんの声は私達には届いていない。
もううずうずして目の前のイオンモールに心躍らせていたからだ。
ーーーーーー
杏里目線
さて。
これからは私達の話を香椎さんに話さないとな。
緊張するな……
ねむちゃんの病気は決して甘く見てない。
子供達の友人として、その友人の母として全員で責任は持たなければならない。
ハルが居る。ユウも居る。ケンとエマも全く問題無い。きっとねむちゃんを守ってくれる。
その下もみんな頭が良いから大丈夫だ。
私達の中にねむちゃんを見捨てるやつなんか絶対いないのわかってる。
でもこっちの事情は少し違う。
ねむちゃんにはまだ言えないけど、麻奈さんには隠すなんて道理が通らない。
話さないと。過去を。
こっからが本番だ。
◇
私は、3人の後ろ姿がカフェのドアに消えていくのを静かに見送った。
制服の裾が揺れ、足取りが軽い。
個性が三者三様で、本当に面白い子たちだ。
さっきのハル君とケン君もそう。
ねむの周りには、どうしてこう鮮やかな色の子が集まるのだろう。
ねむ——
さっきあんなに楽しそうに「行ってきます」なんて言って出て行った。
胸の奥からふっと笑みがこぼれる。
あの子、明るくなったなぁ……。
それも、芦名さんやカーソンさんが上手く受け止めてくれているおかげだ。
改めてお礼をしなければ。
「ご飯頼む?麻奈ちゃん。ディアもお腹減ったんじゃない?」
杏里さんが、ふーっと息を吐きながら、
“さあここからは大人の時間だよ”とでも言うようにくつろいだ表情を見せた。
「んー。そだねー。サンドイッチとか欲しいなぁ。」
ディアさんは、メニューをめくる指先までゆったり。
その動きひとつひとつが“時間の流れる速度が違う人”のようで、
確かにエマちゃんのおっとりした気質の源を感じる。
でも——ケネス君とは全く似ていない。
親だから似るとは限らないけど、何か事情があるのだろう。
ねむとも何度か話したが、芦名さんの家には確かに“色々”ある。
ねむはふわっとしか理解していなかったが、大人の私には分かる。
——ハル君とユウちゃんは杏里さんの実の子ではない。
——ナナちゃんも。
——逢った事は無いけどレオ君という青い瞳の子も。
ねむが話していた断片を繋いでいくと、答えは自然と導き出される。
親のいない子たちの“親”になっているのだ。杏里さんが。
聞いたわけでもない。
ただの推測だ。
でも、その姿勢を思うと——
勝手に胸の奥で尊敬する。
「麻奈ちゃんは?何食べる?私はルゥローマフゥカルヴォヌァーラをたべよっと!」
「じゃぁ。ルローマフゥのカチョォエプェーペ。にする。」
つい、声真似みたいになってしまった。
杏里さんは大きく目を開き、
「麻奈ちゃんノリいいじゃーんっ!」
と嬉しそうに笑った。
本当にこの人、見た目は20代後半のモデルのようなのに、
ノリは同年代みたいに若い。
でも所々で見せる落ち着きはしっかり“大人”だ。
実年齢はいくつなんだろう。
30代前半……くらい?
料理を注文し終えると、杏里さんが少しだけ声を落とした。
「麻奈ちゃん。ご飯食べ終わったらディアにさっきの話をアウトプットを含めてお話ししようと思うの。それに後で気づいた事とかあればいって?」
「はい。わかりました!」
私は自然と姿勢を正した。
そんな中——杏里さんが、ふと真顔になる。
「あとね。その後なんだけど、多分気づいてるよね。私と血が繋がってない事。ユウとかハルの事。」
一瞬、空気が静かに張りつめる。
彼女の声が、ほんの少しだけ震えているようにも感じた。
私は黙ってその言葉を受け止める。
杏里さんは続けた。
「単純じゃ無いんだ。かといって複雑でも無いんだけどね。多分麻奈ちゃんも心当たりがあると思うの。」
心当たり?
いや……分からない。
胸の中で引っかかるものがあるような、ないような。
「8年前の出来事って麻奈ちゃんも記憶ある?ニュースになったんだけど……」
8年前……
あ。
その言葉を聞いた瞬間、
胸に冷たいものが落ちた。
頭のどこか奥に沈んでいた記憶が、
水面へ浮かぶようにゆっくりと蘇ってくる。
忘れるはずが無い。
……
そっかぁ。
あの子達だったんだ。
元気でよかった。




