19妖艶の血鬼
朝の目覚め。
冷房は25℃で設定していたはずなのに、身体にまとわりつく熱気が先に私を起こした。
(ぬぅあー!暑いっ!!)
ゆっくりと目を開けると、カーテンの隙間から差し込んだ朝日が、まるで溶けた金色の槍みたいに私の頬を刺していた。
ジリジリ……。
このまま放置したら絶対、日焼けするやつだ。
(今何時?……もう少し寝かせて……)
枕の横に置いてある時計を見ると、針はちょうど朝の7時。
休日なら迷わず二度寝コース——普段なら余裕で11時までゴロゴロしている。
でも今日は違う。
今日は “友達と遊びに行く日” だ。
そう、ユウちゃんと、エマちゃんと。
……私の生涯で初めての、休日のおでかけ。
目的地は——
“高岡イオンモール”!!
富山県民なら知らぬ者はいない巨大ショッピングモール。
私の中では“富山フィーチャーシティ・ファボーレ”と並ぶ二大巨頭だ。(勝手に言ってる)
今日はここで映画を観て、お昼を食べて、ゲームセンターにも行く予定。
夢みたいなスケジュールだ。
生きてきて、友達と休日に遊びに行くなんて一度もなかった。
それが今日、叶う。
私はこの日のために、何度もシミュレーションした。
いや、ミッションと言っても過言ではない。
ただ、ひとつだけ誤算があった。
意外な参加者——
私のママと、芦名家のママ、カーソン家のママまで参戦するらしい。
もちろん別行動だけど、私の障害リスクを考えて「親同士がちゃんと顔を合わせた方がいい」とユウちゃんが言ったそうで。
その相談を聞いた芦名家とカーソン家のママが挨拶したいと言い出し、こういう流れになった。
集合場所は、イオンモール隣の“新高岡駅のカフェ”。
まず全員で軽く挨拶してから、いよいよ遊びに出発する。
——正直、胸がムズムズする。
私の障害のせいで親まで巻き込んでしまっているような気がして、申し訳なくなる。
でも、ユウちゃんとエマちゃんは“それも含めて全部わかっている”ように見える。
ありがたい。
素直にそう思う。
さて、問題は“服”である。
昨日の夜から、クローゼットの中身を全部ひっくり返して、お兄ちゃんに相談していたのだけど——
あの男、途中から小太郎と遊び始めて、私の服なんてチラ見もせず、
「うん。それで良いんじゃね?」
と、明らかに適当な返事をしてきやがった。
今朝になってもまだ決まらない。
(どうすりゃ良いんだ……)
そのとき、部屋のドアが トントン とノックされた。
「ねむー?起きてる?朝ごはん少し食べない?今日は疲れると思うからカロリーしっかり取って?」
ママだ。
——香椎麻奈。
正直、美人だと思う。
ユウちゃんと比べるなんて話はもちろんしていないけれど、
一般的に見ても、身体は引き締まっていて、ウエストはくびれているし、目もぱっちりしていて若々しい。
【んー。でもお腹出ない?】
「は?出るわけないでしょ。ガリガリじゃない。むしろもっと太ってからそんな心配して?」
軽く呆れて返すと、ママは階段を降りていった。
一階からはママの好きなジャズが流れてくる。
今日はノラ・ジョーンズの “Don’t Know Why”。
ジャンル的にはジャズじゃないのかもしれないけれど、私にはジャズに聞こえる。
(ナナちゃんに言ったら怒られるんだろうか。)
ふとスマホがチカチカ光っているのに気づく。
メッセージだ。
送り主はユウちゃん。
ユウ
:おはよー!ねむちゃん。エマが着る服悩んで全然決まらないんだよねっ!制服で行かない?
もし服選んじゃってたらごめんね?選んでたらねむちゃんと私でエマの服選んであげない?
朝からごめんね!起きたら返信ちょーだいー。
な、な、なんと!!
エマちゃんも服が決まっていなかったのかっ!
仲間!!
同志っ!!
もう起きたので即返信。
ねむ
:私も昨日の夜から決まってないんだよね!制服で良いよっ!私も洋服ユウちゃんに選んで欲しいし、エマちゃんとも服の相談したいっ!
送信っ!
スマホをぽいっとベッドに放り投げた瞬間——
すぐピコーンと音が鳴った。
早っ!
ユウ
:オッケーっ!じゃぁ制服でっ!それでみんなで洋服選びしよぉー!選んであげるーっ!
……助かった……!
最初ってどんな服を着ていけばいいかわからないから、制服で決まるのは本当にありがたい。
エマちゃんが悩んでなかったら、私、完全に詰んでいた。
ねむ
:うん!楽しみっ!じゃぁ11時待ってるねっ!
送信。
ふぅっ……。
さて。
ユウちゃんのママとエマちゃんのママって、どんな人なんだろう。
ユウちゃんのおばあちゃんには、この前“冰覌の月”で会ったけど、
あの若々しい肌艶……絶対美人家系だ。
制服で良いってことになったし、
朝ご飯食べよっかな。
——あー。緊張する。
◇
時間は10時30分。
私とママは、新高岡駅前の Nemaru cafe にいた。
駅のロータリーのすぐ横、
綺麗に整備された芝生に囲まれて、ぽつんと佇む可愛いカフェ。
ガラス張りの壁に柔らかい日差しが反射して、朝特有の静けさが漂っている。
……なのに、私たちはすでに30分も前に到着してしまった。
どうやらママも緊張しているらしい。
行きの車でかかっていたジャズは、普段のしっとりしたボサノバじゃなく、
やけにテンポの早いスイングジャズだった。
“早く目的地に着きたい”という気持ちが、音楽の速さに出ていたのが可笑しい。
今もママは、落ち着かない手つきで指先をトントンとテーブルに当て、
壁の時計をちらちらと見上げている。
「ねむ。もうそろそろだね。
最初は芦名さんのママだけ来るみたいなんだよね。
カーソンさんのママは1時間遅れてくるみたい。大学の先生みたいで、用事済ましてから合流するんだって。
あー……緊張する。」
そっか。
ということは、エマちゃんのママとは後で挨拶になるのか。
――そりゃ緊張もするよね。
知らないママさん2人と長時間過ごすんだ。
ママの服装もいつもよりちょっと気合いが入っている。
襟付きのリネンシャツに淡いブルーのカットソー。
下は上品なラインのワイドパンツ。
“気を抜いていない大人の綺麗さ”がしっかり出ている。
(私……大人になったらママみたいになれるのかな……不安。)
そんなことをぼんやり考えていると、
待ち始めてちょうど15分ほど経った頃だった。
扉のガラス越しに、数人の影が近づいてくるのが見えた。
「ねむー!よぉ!!」
……ん?
男の声!?
振り向くとそこにいたのは、
白いタンクトップにダボダボのジーパン、片手にスケボーを抱えたケネス君。
その後ろには、眠そうに頭をかきながら入ってくるハル。
半袖パーカーにチノパン。
彼もスケボーを片手に持っていた。
え?
ど、どういうこと!?
突然の男子登場に、
ママの肩がびくっと跳ね、勢いよく振り向く。
「あっ!甘夏狩りの時に会ったよね!久しぶりだね!」
ママの顔が一瞬で柔らかくなる。
緊張が溶けたのか、頬に自然な笑みが浮かんだ。
「ねむのお母さん。お久しぶりです。
母はもう到着していまして、今トイレに行ってます。ユウもエマも一緒です。
俺たちは茶化しに来たわけじゃなくて久しぶりなので挨拶に来ました。
あと、俺たちは俺たちで遊ぶのでお気になさらず。あと俺達もねむにはお世話になると思うので、よろしくお願いします。」
……ハル……
なにその落ち着きと礼儀正しさ。
声のトーンも言葉の選び方も完全に“大人”なんですが。
「ケネスです。ねむの母ちゃん、よろしく。
名前とか知ってるっけ?こいつはハルで俺たちはねむと同い年でタメ。
なんかあったらねむは俺たちが守るんでよろしくです。」
ケンは、フランクさ100%の笑顔でママに声をかける。
勢いが強すぎるけど、不思議と嫌味がない。
「あ、そ、そうなんだ。同い年なんだ!
随分、2人とも身長高いんだね……
と、特にケネスくん……何センチ?」
「187センチですっ!来年190センチになりますっ!」
来年高校生になります!みたいなノリで言ってるけど、
いやいや、お前はもう十分すぎるほどデカい。
【ハル、ケネス君ともおはよ!一緒に遊べば良いのに。】
「女の遊びなんかつまんねぇだろ。
お前らはお前らで遊べよ。」
……ケネス君は本当に正直というか、ぶっきらぼうというか、遠慮ゼロというか……
でも、不思議と嫌いになれない。
むしろちょっとおもろい。
「あとケンでいいから。
指文字の後の “君” はいらねぇから。
みんなケンって呼ぶし。」
【じゃぁケンね?ハルとケン。これでいい?】
「後でサインネーム決めような。
じゃぁ!ねむのお母さん!さいなら!」
ケンは雑なようで礼儀のある挨拶をしてカフェを出ていく。
ハルは静かに頭をぺこりと下げ、ケンの後を追った。
そして2人はスケボーを足元に置き、駅の方へスーッと滑って行った。
「ねむ?なんかあんた、すごい慕われてるね!!」
ママは瞳をきらきら輝かせながら私を見る。
その表情は、ハルとケンの後ろ姿にワクワクしているようにも見えた。
……あと、嬉しいって思ってる私もいる。
緊張なんか、どこかに消えていた。
なんかあったら私を守るって……くさいこと言うなぁ。
フフ。
◇
ハルとケンが去って少しすると、
待ちに待った“本命組”の気配がカフェの入口へ近づいてきた。
弾むような声が響く。
「ねぇ、2人とも何してんのよぉー!」
ユウちゃんの、あの元気全開の声だ。
続いて——
「ご、ご、ごめんっ……もも、もうい、いるのかな……」
吃りながらも頑張って喋る、エマちゃんの声。
そのすぐ後ろから、聞き覚えのない若い女性の声が飛んできた。
「そんなに急がさないでよっ!こっちは化粧してんだよっ!」
焦ってるようで、どこか楽しんでる雰囲気。
多分、ユウちゃんのママだろう。
「あっ!いたいたっ!こんにちは〜!」
制服姿のユウちゃんとエマちゃんが、弾む足取りで近づいてくる。
ママはすぐ入口側に振り向き、立ち上がると背筋を伸ばして丁寧にお辞儀した。
「初めまして。ねむの母です。」
その言葉に返事をしたのは——想像を超える“若さ”をまとった女性だった。
「こんにちはー。初めましてー!
ユウの母で、芦名杏里です。」
……んあ!?
いやいやいやいや!!
どう見ても大学生みたいな肌艶だ。
大きな朱色がかった瞳の目頭と目尻がほんのり赤く染まり、血の気の薄い肌が妖艶な美しさを際立たせる。胸元まで伸ばした栗色の髪は、きちんと分けた前髪で知的な印象だ。ネイビーのテーパードパンツにノースリーブの白いブラウス、腕には薄いピンクの洗練された腕時計。薄手のジャケットを軽く腕にかけた立ち姿からは、すでに”できる女”の風格が漂っていた。
この人、本当にユウちゃんのママなの!?嘘でしょ!?
隣でママも同じ顔になっている。
(え?若すぎない?)と目で言っている。
その横で、ユウちゃんとエマちゃんが改めて挨拶してくれた。
「ねむちゃんのお母さん、お久しぶりです。ユウです。」
「は、は、初めまして。え、エマ・ジゼル・カーソンです。」
あ、やば。
私も挨拶しなきゃ。
【香椎ねむです。よろしくお願いします。】
「おっほー!香椎ねむちゃんねー!
うんっ!!【可愛いっ!!】」
——え。手話返してきた!?
しかもめちゃくちゃ自然に。
この人、絶対手話慣れてる……!
私以上にママが驚いていた。
ほんの一瞬口がぽかんと開いてしまっていた。
「私は香椎麻奈です。皆様、ねむのことをよくしていただいて本当にありがとうございます。今日はよろしくお願いします。」
さっき挨拶したことを一瞬忘れたのか、
名前を添えて二度目のご挨拶。
それだけ緊張してるんだろうな……可愛い。
私たち5人はいったん席につき、飲み物を選んだ。
杏里さん、エマちゃん、ママはコーヒー。
大人チームは“ほろ苦い香りの方”に行くのか……
私はユウちゃんと同じダイエットコーラ。
(いや、コーヒーって……苦くね?)
ストローを噛みながらそう思った。




