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深夜、ドーナツショップで

作者: 小山らいか
掲載日:2025/11/13

「お先に失礼します」「ああ、優里ちゃん、お疲れさま」

 夜11時。駅前にある珈琲の専門店でのバイトが終わると、すぐに繁華街のほうへ向かう。大通りを渡った向こう側は、平日の夜にもかかわらず大勢の人でごった返している。

 派手なネオンで彩られたアーチをくぐり、100メートルほど進むと、右手にまわりのビルとは異質の建物がある。24時間営業のドーナツショップ。ピンクや水色の丸みを帯びたポップな電飾は、古いアメリカ映画を思わせる。薄暗い店内は適度に広く、何となく居心地がいい。深夜には学生や、終電を逃した会社員のたまり場になる。

「優里、バイト終わった? お疲れ」

 階段を上がって2階へ行くと、すぐに沙希が手を振った。祐也もいる。その横で、薫がテーブルに突っ伏して寝ていた。沙希は大学の同級生だが、2人とはここで知り合った。こうして会っているが、彼らが何をしている人か、詳しいことはよくわからない。

「薫、起きて。優里が来たよ」「あ? うるせえなあ。眠いんだよ」

 薫は気づくといつも寝ている。そして、寝起きはいつも機嫌が悪い。「仕事で疲れてんだよな」と祐也が言うのを前に一度だけ聞いた。彼は学生ではないのかもしれない。

「ねえ、どっか行こうよ。カラオケは? あ、ダーツでもいいな。久しぶりに」

 沙希が言うと、「ダーツ、いいじゃん」と祐也がすぐに答えた。二人はいい感じだ。でも、沙希に聞いても「う~ん、どうだろうねえ」とはぐらかしてばかりいる。

 12時を回るころ、店を出た。外はまだまだ人が多い。4人で、繁華街の奥へと向かう。

 

「ねえ、最近、薫のこと見かけないよね」

 いつものようにバイト帰りに店に行くと、沙希が顔を曇らせた。祐也も彼と連絡が取れず、理由はわからないという。薫はここ数日、店に来ていない。「具合、悪いのかな」

 薫はふだんからあまり話さない。すらりと伸びた長い手足のわりに、頭が小さい。「モデルやればいいのに」と沙希はよく言っている。でも本人は服装には無頓着で、たいていは全身黒。髪もときどきはねている。祐也とは中学からの友人らしいが、そんな祐也にも自分自身のことはほとんど話さないという。

 私は最初、薫のことが苦手だった。何だか話しづらい。この人と、何を話せばいいんだろう。でも、たまたま店のBGMの同じ曲に反応して、好きなアーティストが同じだとわかった。薫は嬉しそうに話をした。この人、こんな顔するんだ。急に親近感がわいた。

 数日後、3人で話をしていると、薫がふらっと店に現れた。上下黒のスーツ。ネクタイは外し、白いワイシャツのボタンを2つ目まで外している。ずいぶん疲れた様子だった。

「薫、久しぶりだね。もしかして、仕事帰り?」

 沙希が声をかける。薫は何も言わず、だるそうに椅子にドスンと腰かける。

「忙しかったの?」

 苛立ったような顔をしていた。何かあったんだろうか。それ以上話しかけられない。

「……葬式」

 薫はぶっきらぼうに答えた。「葬式って……誰の?」

 薫は両手で自分の髪をぐしゃぐしゃにして、ため息をついた。「母親の」

 私たちは顔を見合わせた。薫のお母さんが、亡くなった? とっさに声が出なかった。

「あー、そういうんじゃないんだわ」

 薫は困ったように頭をかいた。「あの人は、俺を産んだ人」

 薫の母親は薫を産んですぐのころから、父親の浮気を疑っていた。でも父親は決して認めなかった。薫が4歳のとき、母親は家を出る決心をし、薫に尋ねた。「お母さんに、ついてきてくれる?」薫はとっさに「行かない」と答えた。家を出て遠くに行くなんて考えられなかった。次の日、母親は一人で家を出ていった。そしてしばらくすると、「新しいお母さん」という人が家に来た。今も一緒に暮らしている。とても優しい人だという。

 薫を産んだ母親は精神的に不安定なところがあり、それは幼かった薫も感じていた。でも「行かない」と言ってしまったことに対する罪悪感は消えることはなかった。「捨てられた」というより、自分が母親を捨ててしまったという思いがずっと残っていたという。

 その母親は長いこと精神を患い、数日前に亡くなった。死因は聞かされなかった。

「葬式とかってやつはさ、やっぱ疲れるよな」

 腹減った、ドーナツ買ってくるわ。薫は席を立つと、1階へと降りていった。

「あいつ……大丈夫かな」

 祐也がぼそっとつぶやいた。「きっと、つらかったんだろうな」

 薫が戻ってきた。トレーには驚くほどたくさんのドーナツが載っている。

「ちょっとそれ、誰が食べるの?」「お前らにも分けてやるよ」

 さすがに多過ぎじゃない? こんな夜中に……。笑いながら、ドーナツの山に挑む。

「あーあ、ドーナツの穴になりてえなあ」

 薫はドーナツを口いっぱいに頰張りながら、天井を見上げた。「何言ってんの」笑いながら、でも気づいていた。つられて目が熱くなる。あわてて、ドーナツを口に押し込んだ。 


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