名のないファミリア
ルカは驚いていた。
もともとくりくりとした大きな目が、今はさらに大きく見開かれている。
まばたきすら忘れているようで、濃いピンク色の瞳がそのままルドルフを映していた。
口もわずかに開いたまま、言葉を探している様子だ。
一方のルドルフは、その反応を見ていた。
さっきまで浮かべていた、ほんのわずかな笑み。
それが、ゆっくりと形を変えていく。
口元の端が少し上がり、どこか楽しそうに細められる目。
まるで面白いものを見つけた子どものような、いたずらっ子みたいな笑いだった。
腕を軽く組み直しながら、ルドルフはルカの様子を眺める。
しばらくして、ようやくルカが言葉を見つけた。
「……本当の本当に、俺と作るんですか? ファミリア」
確認するような声だった。
信じきれない、というよりは、まだ現実として飲み込めていない響き。
ルドルフはすぐに答える。
「何度も言わせるなよ」
肩を軽くすくめる。
それから少しだけ身を乗り出し、当たり前のことを言うみたいに続けた。
「俺はルカとがいい」
あまりにもあっさりとした言い方だった。
けれど、その言葉に迷いはない。
ルカは一瞬だけ言葉を失った。
濃いピンクの瞳が、もう一度瞬く。
それから、ふと思い出したように首をかしげた。
「……ルドルフさんは、ほかのファミリアに入ってないんですか?」
ルドルフは「ああ」と軽く声を漏らす。
「入ってないよ」
椅子の背に体を預けながら、どこか懐かしそうに天井の方へ視線を向けた。
「もともと見習い小説家になって旅に出る前はさ、学校に通ってたんだ」
ゆっくりとした口調だった。
「だから、ファミリアに入る理由がなかった」
指先で机の端を軽く叩きながら、続ける。
「だいたいファミリアってのは、旅をするやつとか、冒険者とか、そういう連中が組むだろ?」
視線を戻し、ルカを見る。
「俺はその頃、ずっと街の中だったからな」
ルカは黙って聞いていた。
少しだけ首を傾けたまま、考えるような表情。
濃いピンクの瞳が、ルドルフの顔をじっと見ている。
「……じゃあ」
ルカはゆっくり言う。
「ルドルフさんにとっても、初めてなんですか」
その問いに、ルドルフは一瞬だけきょとんとした。
それから、ふっと笑う。
「ああ」
短く頷く。
「たぶんな」
そう言いながら、もう一度ルカを見る。
その視線には、さっきと同じ、少し楽しそうな光があった。
「だからまあ」
ルドルフは肩をすくめる。
「お互い初めてってわけだ」
ルカはその言葉を聞いて、小さく息を吐いた。
驚きはまだ残っている。
けれど――
さっきよりも、ほんの少しだけ表情がやわらいでいた。
ルカはしばらく何も言わなかった。
視線がゆっくりと落ちる。
膝の上に置いていた手を見つめながら、指先がそっと触れ合う。
考えているときの癖なのか、親指がもう片方の指の先をなぞっていた。
ファミリア。
その言葉が胸の中で何度も繰り返される。
互いに助け合う仲間。
旅を共にする相手。
今まで、そんなものを考えたことはなかった。
けれど。
ふと視線を上げる。
そこにはルドルフがいた。
腕を組んで、椅子の背にもたれながら、こちらを見ている。
急かす様子はない。
ただ静かに待っていた。
その態度が、かえって不思議だった。
(……どうして)
ルカは思う。
自分なのだろう。
旅の経験があるわけでもない。
特別強いわけでもない。
それでも。
ルドルフは「ルカとがいい」と言った。
胸の奥が、少しだけあたたかくなる。
ルカは小さく息を吸った。
「……あの」
声を出すと、ルドルフが軽く眉を上げる。
「ん?」
短い返事。
それだけで、続きを促しているのが分かった。
ルカは少しだけ迷ったあと、ゆっくり言う。
「俺……旅も、あんまり慣れてないです」
視線がまた少し下がる。
「足を引っ張るかもしれないし」
正直な言葉だった。
飾りのない、不安そのままの声。
ルドルフはそれを聞いて、少しだけ首をかしげる。
「そりゃ最初は誰でもそうだろ」
あっさりした返事だった。
「俺だって旅は始めたばっかだしな」
肩をすくめる。
「それに」
少しだけ笑う。
「足引っ張られたら、そのときは引っ張り返すよ」
冗談めいた調子だったが、声は軽くなかった。
ルカは思わず顔を上げる。
ルドルフの表情は、さっきと同じように少し楽しそうだった。
「ファミリアってのは、そういうもんだろ?」
当然のことみたいに言う。
ルカは、その言葉をしばらく黙って聞いていた。
胸の奥にあった迷いが、少しずつほどけていく。
完全になくなるわけではない。
けれど――
一歩くらいなら、踏み出せる気がした。
ルカはゆっくり息を吸う。
それから顔を上げ、ルドルフを見る。
濃いピンクの瞳が、まっすぐ向けられた。
「……じゃあ」
声はまだ少し小さい。
けれど、さっきよりははっきりしていた。
「お願いします」
ほんの少しだけ頭を下げる。
「俺と、ファミリアを作ってください」
一瞬、部屋が静かになる。
ルドルフはその様子を見て、ぱちりと瞬きをした。
それから、ふっと笑う。
「了解、これからよろしくな。ルカ」
短く答える。
腕をほどき、軽く立ち上がった。
そう言って、ルカの前に手を差し出す。
握手を求めるような仕草だった。
ルカは少しだけ驚いた顔をする。
けれど、すぐに小さく笑って、その手を取った。
二人の手が触れる。
強く握るわけではない。
けれど、確かにまだ薄くとも強く結ばれた絆があった。
ルカの濃いピンク色の瞳が、きらりと輝く。
その瞬間――
ルドルフの指先に、熱い何かが走った。
「……? これってファミリアの証?」
思わず手元を見下ろす。
すると、自分の指先――爪の色が変わっていた。
そこには、ルカの爪と同じ、淡い桃色が静かに彩られていた。
「ファミリアの証って……」
ルカはまだ半分信じられないような顔で、自分の爪とルドルフの爪を見比べていた。
淡い桃色が、光の加減でほんのりときらめく。
ルドルフも自分の指先を軽くひっくり返しながら、感心したように言う。
「本とかでなら見たことあるが、本当だったんだな。Bloomのいるファミリアに入ると、そのメンバーにも同じように証が刻まれるってやつ」
何気ない調子だった。
けれど、その言葉にルカはぱっと顔を上げる。
「えっ、そうだったんですか!?」
驚きすぎて、声が少し裏返る。
ルドルフはその反応にきょとんとした。
「あれ?」
首をかしげる。
「そこまで俺、言ってなかったけ?」
「言ってないです!」
即答だった。
ルカは思わず身を乗り出している。
ルドルフは一拍だけ黙ったあと、ぽりぽりと頬をかいた。
「……まじか」
それから、少し苦笑する。
「それはごめんな」
ルカはまだ自分の爪を見ている。
小さく指を動かすたび、桃色がやわらかく光った。
「でも……」
ルカはそっとつぶやく。
「きれいですね」
その声は、少しだけ嬉しそうだった。
ルドルフはちらりと横目で見る。
「ルカにもあるけどな。でも、気に入ったならよかった」
気が付かぬうちにずいぶん話していたのか窓の外では、夕方の光がゆっくりと部屋に差し込んでいた。
木の床と古い机の上に、橙色の光が長く伸びる。
小さな部屋は静かで、どこか落ち着く空気だった。
ルドルフはふと思い出したように口を開く。
「あ、そうだ」
ルカが顔を上げる。
「ファミリア作ったなら、もう一つ決めることあるぞ」
「……? 決めること?」
ルカは首をかしげる。
ルドルフは机の端に軽く腰を預けながら言った。
「名前」
「名前?」
「ファミリアの名前だよ」
ルドルフは肩をすくめる。
「だいたいどこも付けてるだろ。団体名みたいなもん」
ルカは少し考える顔になる。
「そうなんですね……」
それから、ちらりとルドルフを見る。
「ルドルフさんは、何か考えてるんですか?」
ルドルフは少しだけ空を見上げた。
夕方の光が、薄茶色の髪をやわらかく照らす。
「ん~…いや」
数秒考えてから笑う。
「全然」
ルカは思わず笑ってしまう。
その小さな笑い声が、静かな部屋にやわらかく響いた。
「じゃあ……」
ルドルフは腕を組み直す。
「二人で考えるか」
「…! はいっ!」
ルカはうなずいた。
濃いピンクの瞳が、少し楽しそうに輝く。
二人だけのファミリア。
その名前を、これから決める。
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