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天鵞絨の鼓動と花露〜運命の歯車が巡る時〜  作者: さくらもち
目覚めの季節、旅立ちの花
2/13

光降る森の奥で

――気がつけば、俺は白い霧の中に立っていた。


どこまでも薄く漂う霞に包まれ、輪郭は曖昧で、足元さえも見えにくい。

けれど不思議と恐怖はなく、むしろ胸の奥に静かな温もりが広がっていた。


地面は淡い光を宿しており、踏みしめるたびに柔らかい波紋のような輝きが広がる。


そこには季節を忘れた花々が咲き誇っていた。



春の桜が舞い、

夏の向日葵が太陽を追い、

秋の紅葉が鮮やかに揺れ、

冬の白百合が凛として咲き誇る。



四季の花が同時に咲く光景は、夢でしかあり得ない幻想の景色だった。


視線を上げた時、霧を割るように姿を現したのは、世界を貫くほどの巨大な樹。


幹は深紅から紫紺へと移ろい、光を反射するように艶やかな光沢を放っていた。根元には泉が広がり、その底からは絶えず淡い光が滲み出し、霧の中を照らし続ける。枝は雲を突き抜け、そこから零れ落ちる光の欠片が夜空の星のように舞い降り、森全体を照らしていた。


その姿を見た瞬間、胸の奥で確信する

――天鵞絨の大樹だ、と。


声に出すよりも前に、意識の深淵に直接響く声が降りてきた。柔らかくも威厳を帯びた響きで、それは言葉というより、魂そのものに刻まれる祈りのようだった。


『聞け、愛しき春の子よ』

『お前の胸に宿る花の加護は、やがて失われし輝きを呼び覚ます』

『絆は離れても絶えず、時を超えて心を結ぶ』

『やがてその絆が集うとき、閉ざされた道は開かれ、影は退けられるだろう』

『恐れるな』

『試練は幾重にも訪れる。だが、希望を胸に抱き、信じる心で歩み続けよ』


 声は淡々と続く。


祈りとも命令ともつかぬその響きに、俺はただ立ち尽くすしかなかった。意味を理解しようとすればするほど遠ざかり、ただ胸の奥に染み込んでいくように感じられる。


『 仲間を求めよ。力は一人では果たされぬ』

『集いし者らが手を取り合う時、朽ちかけた光は再び息を吹き返す』

『お前の歩みは、やがてその者らを導く道となる』


その言葉に、ふっと胸の奥がざわめいた。


【仲間】


俺にそんな存在が、本当にできるのだろうか。


夢の中の意識はぼんやりしていて、考えは霧に吸い込まれるように散っていく。それでも確かに、その言葉だけは心の奥に爪痕のように残った。


泉の縁をふと見やれば、光の下に黒い影が揺らめいているのに気づいた。淡く、かすかに、まるで闇の手が泉へと伸びてくるように。


背筋が冷たくなる。思わず一歩引いたその瞬間、上空から無数の花びらが降り注ぎ、影を覆い隠すように光へと溶かしていった。


桜の花弁も、白百合の花片も、紅葉の葉も、ひとひらひとひらが光となって泉へ吸い込まれ、影を押し戻す。


『我は見守る。常に、お前の歩みを』

『春の子よ』

『時至るときまで、お前が選び、お前が信じ、お前が繋ぐ道を』


 最後の囁きが胸に沈み込むと、視界は白い光に包まれた。体がふわりと浮き、足元の地面が霞の中に消えていく。光の花びらは夜空の星のように瞬き、全てが遠ざかっていった。


 夢の中での俺は何も言えず、ただその言葉を受け止めるしかなかった。意味を理解するには遠く、掴もうとすれば指の間から零れ落ちる。けれど確かに、胸の奥には温かな光と、ほんのかすかな冷たい影とが同時に残っていた。


それが不安なのか希望なのかも、まだ分からないまま



――意識は現実へと引き戻されていった。





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