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天鵞絨の鼓動と花露〜運命の歯車が巡る時〜  作者: さくらもち
目覚めの季節、旅立ちの花
18/21

力は性質、立場は選択

遅めの朝ごはん兼、少し早い昼ご飯としてのアップルパイを食べ終え、二人はようやく一息ついた。


 皿の上にはフォークの跡だけが残り、艶やかな蜜の名残が薄く光っている。

 焼きたてだった甘い香りはまだ部屋の隅に漂い、木の床やカーテンの布地にそっと染み込んでいるようだった。


 窓から差し込む光は、朝よりも白く、少し強い。

 テーブルの端に影をくっきりと落とし、時間が思ったより進んでいることを静かに知らせていた。

 ルカは椅子の背にもたれず、浅く腰かけたまま、両手でカップを包んでいる。

 もう湯気は立っていない。

 指先に触れるのは、ぬるくなった陶器の感触だけだ。


 それでも、手放せなかった。

 胸の奥に残る温もりと、指先に残る違和感が、妙にちぐはぐで。


 視線が、ゆっくりと落ちる。


 自分の指先へ。


 朝、突然浮かび上がったあの色と文様。


 初めて目にしたときは夢かと思った。

 光のいたずらか、寝ぼけた目の錯覚かと。


 けれど今、はっきりと分かる。

 消えていない。


 爪の内側――透明な層の奥に、淡いピンク色が沈んでいる。

 光の名残のように、細い線が静かに走っている。

 それは派手ではない。

 むしろ、目を凝らさなければ見逃してしまいそうなほど淡い。


 だが確かに、そこにある。


 花弁の筋のような、細く繊細な文様。

 指を動かすたび、光を受けてかすかに揺らめく。


 まるで、呼吸しているみたいに。


 ルカはそっと親指で人差し指の爪をなぞる。


 触れても、凹凸はない。

 ただの爪のはずなのに、内側からほのかな熱が滲んでいる気がした。


 胸の鼓動が、ひとつ強く打つ。

 その拍子に、ピンク色がほんのわずか、明るさを増したように見えた。


 気のせいだろうか。

 それとも――


 ルカは小さく息を吸い込み、吐き出す。


 甘い香りがまだ残る空気の中で、

 自分だけが、少し違う場所に立ってしまったような感覚があった。


「……朝に話してくれたあの話、ちゃんと教えてください」


 ルカは視線を指先から上げ、まっすぐにルドルフを見る。


「ファミリアって、何なんですか。Bloomって、どういう存在なんですか」


 甘い香りの残る部屋で、問いが静かに落ちる。

 ルドルフは腕を組み直し、少しだけ顎に指を当てた。


「ファミリアってのはな……花使いのギルドみたいなもんだ」

「ギルド?」

「ああ。仲良しグループ、ってほど軽くはない。情報を共有したり、依頼を分担したり、国同士の争いごとを頼まれたり、花使い同士がまとまって動くための組織だ」


 ルカは黙って聞いている。


「規模は色々だ。3〜4人の小さい集まりもあれば、30人以上の大きなものもある。たいていの花使いはどこかのファミリアに属してる」

「……じゃあ、Bloomは?」


 ルドルフの視線が、ゆっくりとルカの爪に落ちる。


「花使いの中で、極めてまれに現れる存在だ」

「現れる?」

「爪に色と文様が刻まれる。装飾じゃない。自然に浮かび上がる。花弁みたいな模様だったり、蔦みたいな線だったりな」


 ルカの指先がわずかに強ばる。


「それが、資質の証だって言われてる」

「……それを、Bloomって呼ぶんですか」

「ああ」


 短い肯定。


「Bloomってのは、ちょっと特別だ」

「どう特別なんですか」

「中心的存在になる」


 ルカが瞬きをする。


「本人が望む望まないは関係ない。他の花使いが、自然と寄ってくる性質がある」

「寄ってくる……?」

「命令もしないし、支配もしない。ただ、そこにいるだけで人が集まる。花が咲けば、虫が寄ってくるだろ? あれと同じだ」


 部屋の空気が、少しだけ張りつめる。


「……ファミリアのリーダーになることが多いって」

「そうだな。結果的にそうなることが多い」


 ルドルフは続ける。


「それからもうひとつ。Bloomは、刻まれた花と色によって“季節の花の加護”を持つ」

「加護……」

「春の花なら芽吹きや再生。夏なら情熱や拡張。秋なら実りや成熟。冬なら静けさや耐久。どの花が刻まれるかで性質が変わる」


 ルカは自分の爪を見つめる。


「……そういう記録は多いんですか」


 ルドルフは、わずかに首を横に振った。


「いや。少ない」

「どうして」

「希少だからだ。だけど――」


 一拍。


「放っておかれない存在だからこそ、記録が残されてる」


 その言葉は、低く静かに落ちた。

 ルドルフはルカを見る。


「……それが、Bloomって言う存在だ」


 甘い香りの残る部屋で、沈黙が広がる。


 窓の外で、風が低く草を揺らす。

 遠くの林がさわさわと応え、鳥が一羽、短く鳴いた。

 町の音はここまでは届かない。

 あるのは、ゆるやかな自然の気配だけだ。


 それなのに、妙に遠く感じる。


 まるで薄い膜一枚を隔てて、世界が向こう側へずれたような感覚。

 ルカは自分の呼吸が浅くなっていることに気づいた。


 ―――中心的存在。


 『自然と寄ってくる』

 『季節の花の加護』


 ルドルフの言葉が、胸の内側でゆっくりと反響している。


 ―――特別。


 その響きは甘い。

 だが同時に、重い。

 もし本当に、自分がそうなのだとしたら。


 自分は――今までと同じ場所に立っていられるのだろうか。


 誰かの背中を追いかける立場でいることも。

 何も知らない顔をして、日常に溶け込むことも。


 できなくなるのではないか。


 ルカは無意識に、カップを持つ指先に力を込めた。

 陶器がかすかに鳴る。

 その乾いた音が、やけに大きく響いた。


 怖い、と思う。

 けれど。


 胸の奥が、ほんのわずかに熱を帯びているのも確かだった。

 選ばれた、という感覚。

 名もなき一人ではない、という証。

 それが完全に嫌かと言われれば、嘘になる。


 ルドルフは黙ってルカを見ている。


 観察する目だ。

 だが、突き放す色ではない。

 試すようでもあり、見守るようでもある。


「……寄ってくるって、言いましたよね」


 ルカの声は静かだった。


「ああ」

「それって、いいことなんですか」


 問いは素直だった。

 ルドルフは少しだけ視線を窓へ逃がす。


「場合による」

「曖昧ですね」

「事実だ」


 椅子の背が小さく軋む。

組んでいた腕を解き、指先をゆっくりと組み直す。


「Bloomの周りには人が集まる。仲間もな。だが、敵もだ」

「敵……」


 その言葉は、空気をわずかに冷やした。


「力がある存在は、利用したい奴もいる」


 ルドルフの声は変わらない。


「花使いそのものが欲しい連中もな」

「……花使い、を?」

「ああ。Bloomに限らずだ」


 ルドルフは椅子に深くもたれた。


「こういうのはあれだが、花の加護は便利だ。土地を肥やし、怪我を癒し、火を起こし、水を呼ぶ。小規模でも十分価値がある」


 指先がテーブルを軽く叩く。


「だから“囲う”。雇うという形を取ることもあるが、実質は専属契約だ」

「専属……」

「屋敷の外に出さない。力の行使を管理する。対価は払うが、自由は少ない」


 ルカの指先がわずかに冷える。


「でも、それって全部が悪いわけじゃないですよね」


 少しだけ、反論の響き。

 ルドルフは頷いた。


「もちろんだ。ちゃんと雇うところもある」


 視線がわずかに鋭さを和らげる。


「シェイドの襲撃から町を守るために、花使いを常駐させる街もある。国が正式に契約して、部隊として動かすこともある」

「部隊……」

「結界を張る者、回復を担う者、索敵に長けた者。様々な役割を分けてな」


 淡々とした説明。


「そういうところは、対価も地位も保証する。様々な制度も整えられてる」


 ルカはわずかに息を吐く。


「じゃあ……全部が搾取ってわけじゃない」

「当然だ」


 ルドルフは短く言う。


「問題は、“誰が主導権を持つか”だ」


 沈黙。

 風が窓を鳴らす。


「ファミリアは、そのためにある」

「守るために?」

「ああ」


 ルドルフは指を組み直す。


「花使いが一人で契約すれば、足元を見られやすい。だが、ファミリアとして動けば交渉力が生まれる」

「……団体交渉みたいですね」


 わずかな冗談めかした声。

 ルドルフは鼻で笑う。


「似たようなもんだ」


 一拍置いて、続ける。


「ただし、ファミリアにも色々ある」

「色々?」


 一本指を立てる。


「ビジネスパートナーの集まり。利害が一致している間だけ共に動く」


 二本目


「友人同士の集まり。気心が知れている分、結束は強いが感情で揺れる」


 三本目


「家族のような関係性を築くところもある。血縁じゃなくてもな」


 四本目


「逆に、主従に近い形もある。実力差が大きい場合だ」


 ルカは黙って聞いている。


「理想は、対等でいられること」


 ルドルフの声が少しだけ低くなる。


「だが現実は、そう単純じゃない」

「……Bloomは、その中でどうなるんですか」


 問いは、慎重だった。


「中心だ」


 迷いなく言う。


「望まなくても、軸にされる」

「軸……」

「集団の方向を決める存在になる。象徴にもなるし、責任も背負う」


 ルカの喉が小さく鳴る。


「だからこそ、利用しようとする奴もいる」

「花使いを集めたい人間が?」

「ああ。Bloomを手に入れれば、花使いが自然と集まる。結果として戦力も、影響力も増す」


 部屋の空気が、わずかに重く沈む。


「……じゃあ、俺は」


 言葉が詰まる。


「争いの種にもなり得る」


 ルドルフは否定しない。

 だが、すぐに続ける。


「だけど同時に、守る側にもなれる」


 視線が、まっすぐにルカを射抜く。


「シェイドから町を守る力にもなれる。ルカの花の加護は浄化種の『サクラ』、その力でシェイドがつけた呪傷を浄化し、荒れた大地を再生させる力にもなれる」


 淡いピンクの爪が、光を受ける。


「力は性質だ。善悪は使う側が決める」


 静かな断言。


「だからこそ、花使いが()()()()()()()ちゃんと知ることが重要だ」


 風が草を揺らす音が、またひとつ。

 町から離れたこの家の静けさが、急に小さく感じられる。

 世界は思っていたより広く、複雑だ。


 ルカはゆっくりと息を吸う。


「……加護が与えられるだけで、恐ろしいですね」

「だからファミリアがある」





―――「一人で抱えなくていいように、だ」





 その言葉は強くも優しくもない。ただ事実のように置かれる。


「花使いは、Bloomは、持ってしまった力を変えられない。だけど、立場は選べる」


 窓の外で、春の風が枝を揺らす。


「囲われる側になるのか。守る側になるのか。誰と立つのか。どこに立つのか」


 ルドルフの視線が、もう一度ルカの爪へ落ちる。


「Bloomの印を刻まれたからって、未来の道まで決められるわけじゃない」


 沈黙。


 窓から差す光が、テーブルの端を越え、

 ルカの指先を白く照らした。

人に読まれるってドキドキですね。少しずつ読んでる人が増えてるって知ると、嬉しくなります。

マイペースに頑張って書いていきます。

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