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4 無愛想令嬢はようやく気づく

 翌週。


 またしても、私はシレンテ伯爵邸に呼び出されていた。


 今日は真正面に、諸悪の元凶ガルスが座っている。


 どことなく緊張した面持ちで対峙するガルスに、さすがにこれまでとは違う態度を見せてくれるのだろうと半ば当然のように予想していたのだけれど。


「お前みたいな地味女、ほかにもらってくれるやつなんていないんだからさ。黙って俺と婚約すればいいんだよ」


 清々しいほど何も変わっちゃいなかった……!!


 いや、今更好きだのなんだの言われたところで鳥肌しか立たないだろうけど、でもまずはそういう話があって然るべきでは?


 だいたい、私はこの話を受けるなんて、一言も言っていないのだ。


 だというのに、ガルスの中でこの婚約はすでに決定事項らしい。


「伯爵夫人になるんだから、騎士団の事務官も辞めろよな」

「は?」

「事務官なんてしょぼい仕事、わざわざ続ける必要ないだろ?」

「いや、でも――」

「お前は俺の言うことだけ聞いてればいいんだよ。ったく、いつまで経っても可愛くないよな」


 だったら嫁にもらおうとするなああああああああ!!! と雄叫びを上げそうになったときだった。


「リオラ!!」


 ドタバタと足音がしたと思ったらいきなりバタンとドアが開いて、振り返るとレグルス副団長がはあはあと息を切らしながら立っている。


「え……?」

「リオラ!」


 副団長はもう一度私の名前を呼ぶと、すぐさま駆け寄って跪いた。


 そして痛いくらいの真剣なまなざしで、私を見据える。


「リオラ、好きだ。好きなんだ。俺と婚約してくれないか?」

「……え?」

「いきなりこんなこと言っても信じてもらえないと思うけど、本気なんだ。もうずっと、俺はリオラしか見ていない」

「え……?」


 言葉を失うとはこういうことを言うのだな、と頭の片隅でぼんやり思う。我ながら妙に冷静なのは、目の前の現実をすんなりとは受け入れられないからだろう。


「ちょ、ちょっと待てよ! いきなり入ってきて何なんだよあんた!」


 やや置いてけぼり感のあるガルスが、慌てた様子で副団長にぎゃんぎゃん噛みついた。


「俺か? 俺はレグルス・グラティア、第一騎士団副団長だ」

「そんなこと知ってるよ! 俺のリオラを断りもなくあちこち連れ回しやがって!」


 その一言で、どうやらガルスはこっそりと私の動向を把握していたらしい事実が図らずも判明してしまった。いや、キモい。キモいしかない。できれば一生知りたくなかった。


 それに、私はあんたのものじゃないっての。


「俺たちのあとをこそこそつけ回すやつがいるなとは思っていたが、君だったのか」

「う、うるさい! あんたなんか、そこら辺の女をとっかえひっかえしてればいいだろう!? 面白がってリオラにちょっかい出すのはやめろよ!」

「面白がってなどいない。さっきも言ったが、俺は本気だ」


 レグルス様はそう言って、私の手をそっと握った。


 優しい、触れ方だった。


「確かに、今までの俺は女性に対して不誠実だった。楽しく遊べればそれでよかったし、誰かを本気で好きになるなんて馬鹿げてるとさえ思っていた。でもリオラに出会って、いつのまにか本気で好きになっている自分に気づいたんだ」


 私を見上げるマリンブルーの瞳が、心から愛おしいと言っているようでちょっと直視できない。


 こんな私を好きだなんて、もしかして変な性癖でもあるのでは……? などと、だいぶ失礼なことを考えてしまうくらいには私も動揺しちゃっている。


「もちろん、これまでの俺の言動を考えればにわかには信じ難いと思うし、全部自業自得だってわかってる。でもつきあいのあった女性たちにはちゃんと謝罪して、全員きっちり別れたんだ。俺にとってはリオラだけが唯一無二の存在だし、リオラさえいてくれればそれでいい。本当は、リオラの誕生日に婚約を申し出るつもりだったんだよ」


 真っすぐに愛を請う甘い視線に迫られて、私はずず、と後退りする。「あ……」とか「その……」とか意味のない言葉を羅列することしかできない自分が恨めしい。


「というか、俺の想いがリオラにまったく伝わってなかったなんて、正直ショックなんだけど」

「……え?」


 苦笑ぎみに肩を落とすレグルス様の、ため息は深い。


「今まで散々デートしてきたし、好意はそれとなく示してきたつもりだったのに」

「好意、ですか?」

「そうだよ。評判の悪い俺が好きだのなんだの言ったところでそう簡単には信じてもらえないと思ったから、まずは行動で示そうと……」

「ああ、あれって、慈善事業の一環じゃなかったんですか?」


 口をついて出た言葉に、レグルス様はがっくりと項垂れる。


 と思ったらいきなりがばりと顔を上げて、「もうわかった」と苛立たしげに独り言ちる。


「俺がどんだけリオラを好きか、嫌というほど思い知らせてやる」


 次の瞬間、レグルス様は突然私を横抱きにして、ひょい、と担ぎ上げた。


「え、ちょっ……!」

「こら、暴れるな。黙って抱かれてろ」

「ええぇぇ!?」


 じたばたともがいたところで、屈強な騎士団員でもあるレグルス様に敵うわけがない。一見細身の優男なくせに、しっかり筋肉がついちゃってるのが服越しにもわかって途端に恥ずかしくなる。


「ま、待てよ! 勝手に――」

「あ、そうそう。近々グラティア侯爵家から、リオラに婚約を申し込む書簡が届くはずだ。格上の貴族家からの申し入れだし、断る理由はないだろう?」

「はあ!?」


 怒りに震え、ぱくぱくと口を開けたり閉じたりしながら立ち尽くすガルスを置き去りにして、レグルス様は満足そうに高笑いする。


「リオラ、いい加減覚悟しろよ?」

「な、何をですかああああ!?」


 いきなり抱き上げられた私は軽くパニックになって、レグルス様の首元にしがみつく。


 そんな私の耳元に顔を近づけたレグルス様は、ひたすらとことんどこまでも甘い声で「リオラ、好きだよ」とささやいた。

 












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