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3 無愛想令嬢は打ちのめされる

 誕生日当日。


 久々に訪れたシレンテ伯爵邸は、相も変わらずじっとりと陰鬱な雰囲気に包まれていた。


 かつては私の家だったこの屋敷に、もはや懐かしさも感慨もない。来たばかりだというのに、もう帰りたいんですけど。あーあ。


 とほほな気分を持て余しつつ中へ入ると、吊り目の執事が待ち構えていた。この人は叔母の言いなりだから、これまでまともに会話をしたことがない。


 そのまま、叔父の執務室へと通された。


 廊下ですれ違うすべての使用人たちに邪悪な視線を向けられながら、まあこの家ならさもありなん、と半ば諦めの境地である。


 それでも、執務室で待っていた叔父は私の顔を見るとうれしそうに微笑んだ。


「久しぶりだな、リオラ。元気にしていたか?」

「はい、なんとか」


 私の答えに柔らかく目を細め、満足そうに頷く叔父。



 私が幼い頃、シレンテ伯爵を継いで間もない両親が馬車の事故で亡くなった。



 幼すぎて爵位を継げない私の代わりに、父の弟である叔父がシレンテ伯爵を継ぐことになった。私は領地にいる祖父母のもとに引き取られ、そのまま自然あふれる田舎ですくすくのびのびと成長した。


 王立学園に入学する年になったとき、「うちから通えばいい」と言ってくれたのは叔父である。祖父母の強い勧めもあって私はかつての我が家に戻り、ここから学園へと通うことになった。


 ただ、それを歓迎してくれたのは叔父だけだった。


 叔父の妻とその息子、つまり叔母と従弟は私を厄介者としてぞんざいに扱った。叔母は私の存在をことごとく無視し、二つ年下の従弟は「地味女」「眼鏡ブス」などと悪意をもって蔑んだ。


 特に従弟であるガルスの言葉は辛辣で容赦がなく、ねちねちとしつこかった。はじめのうちはやんわりと言い返していたのだけど、「やんわり」が通じるような真っ当な相手ではなかったし、かと言って居候の私が真正面から説教するわけにもいかず、結局従弟が垂れ流す罵詈雑言は放っておくしかなかったのだ。



 あー、やだやだ。思い出すだけで、気が滅入る。



「リオラ」


 ソファの正面に座った叔父は、なぜかおずおずと遠慮がちに口を開く。


「……実は、折り入ってお前に話があってな」

「なんでしょう?」

「お前と婚約したいという相手がいるのだよ」


 おっと。これは驚いた。


 縁談? まさかの?


 今世紀最大の能面地味子と呼ばれている、この私に?


 想像の斜め上の展開に二の句が継げずにいると、叔父は少し疑わしげな顔をしてぎゅう、と眉間にしわを寄せる。


「その前に、一つ確認しておきたいのだが」

「はい」

「最近、お前は第一騎士団副団長のレグルス・グラティア侯爵令息とずいぶん懇意にしているそうじゃないか」


 叔父の言葉に、私は思わず失笑した。


「懇意って、なんですか? 男女の仲とかそういう意味ですか?」

「違うのか?」

「そんなわけないでしょう? レグルス副団長ですよ? 確かに最近よく声をかけられますけど、あれはなんというか、一種のボランティア、支援活動の一環なんですよ」

「支援活動の一環?」

「とにかく、そういう仲ではないですから」


 あっけらかんと答える私に、叔父は幾分納得がいかないながらも話を進めることにしたらしい。ごほん、とわざとらしく咳払いなんかして、唐突に居住まいを正す。



「縁談の相手は、ガルスなんだ」




 ………………は?




 やばい。驚きすぎて、一瞬意識が遠のいた。



「驚くのも、無理はない」



 よかった。叔父の感覚も多少まともだった。いや、よくはない。全然よくない。



「どういう、ことですか……?」


 やっとのことで、言葉を返す。異常なほど声が掠れている。


「以前から、ガルスにそろそろ婚約者を決めてやらねばと思っていたんだよ。でもあいつはなぜか乗り気じゃなくてね。のらりくらりとはぐらかされていたんだが、この前ようやく白状したんだ。『婚約するなら、リオラがいい』『リオラじゃなきゃ嫌だ』と」

「はあ?」

「いやいや、怒るな。私だって驚いたんだ。なんせ、お前がここにいる間、あいつはお前のことを忌み嫌って罵倒し続けていたのだからな。でも違うんだ。あいつはお前のことが気になって、ちょっと素直になれなかっただけで――」

「なんですかそれ。年端もいかない世間知らずの子どもが好きな子には意地悪してしまうという、あの都市伝説的なあれですか? だから許してやれとでも?」

「いや、その……」

「冗談はやめてください。どうせまた、ガルスの意地汚い策略に決まってます」


 ぴしゃりと突っぱねると、叔父は深々とため息をつく。


「まあ、そう言うな。あいつはお前のことを一途に想い続けてきたんだよ」


 叔父は私の困惑と拒絶など意に介さず、ガルス本人から聞いたという『片想いエピソード』を有無を言わさず開陳し始める。


 でもそれは、はっきり言って拷問だった。聞くに堪えない痛いエピソードの大行進だった。


 「眼鏡が似合っていて可愛すぎたから、つい『眼鏡ブス』と言ってしまった」とか、「いつも素っ気ないから構ってほしくて、延々と意地悪をした」とか、「学園を卒業後騎士団の寮に入ってしまったから、会いたくて何度も騎士団本部に通い詰めた」とか、もうなんだそれ? どこからツッコめばいいのかわけわからん。黙って聞かされるこっちの身にもなってくれ。


 というか、できれば死ぬまで聞きたくなかった。キモすぎるの一言に尽きる。


「とにかく、ガルスの気持ちもわかってやってくれないか?」


 懇願するかのような目をする叔父に、それ以上反論する気にもならず。


 せっかくの誕生日だというのに自分史上最大レベルの爆弾を投下され、私は暗澹たる思いで帰宅した。





 翌日。


「ちょっと、クマがひどすぎない?」


 出勤してきたアリス先輩に問答無用で指摘される。


「すみません、昨日眠れなくて」

「どうしたの? 誕生日だったんでしょう?」

「絶望という名のプレゼントをもらいましたよ」


 我ながらうまいことを言ったな、なんて思いつつ、中途半端な笑みを浮かべる。ははは。全然面白くない。


「どういうこと?」


 訝しげな顔をして前のめりになる先輩に、私は昨日の一部始終を事務的に説明した。


「え、縁談?」

「はい」

「自分のことを忌み嫌っていると思っていた従弟と?」

「はい」


 ちなみに、昨日はガルスと顔を合わせていない。


 ガルスは私に会いたがっていたそうだけど、私が衝撃と混乱に打ちのめされるであろう未来を見越した叔父がガルスの突入を阻止してくれたらしい。


 どうせならその勢いで、私と婚約したいなんてほざくガルスの戯れ言も一蹴してほしかった。


「その縁談、当然断るのでしょう?」


 険しい顔をするアリス先輩は、恐らく私の答えを見透かしている。


「断れるものなら断りたいですけど、断る理由がないじゃないですか。従弟が嫌だから、なんてのは恐らく理由になりませんし、『あいつの不器用な恋情をわかってやってほしい』なんて叔父からも言われてしまいましたし」

「レグルス副団長には話したの?」


 食いぎみに尋ねるアリス先輩に、どうしてみんなここぞとばかりに副団長の名前を出すのだろう、という素朴な疑問を禁じ得ない。


「話してませんけど」

「じゃ、じゃあ、すぐに話したほうがいいわよ」

「なぜですか? 副団長には関係ない話ですよ?」

「でもほら、あの人はなんだかんだ言って、男女関係とか恋愛事情とかに詳しいじゃない? 相談してみたら、縁談を断るうまい言い訳を考えてくれるかもしれないし」


 アリス先輩、「あいつはクズ」とか「女の敵」とか言ってなかったっけ? 


 それなのに「とにかく今すぐ行ってみるのよ!」なんて言いながら、どさくさに紛れて私を事務室から閉め出してしまう。


 追い出された私は腑に落ちないながらも、渋々騎士棟に向かうよりほかなかった。


 ところが――――


「レグルス副団長なら、一週間の休暇届が出ていますね」

「休暇、ですか?」

「領地にいる侯爵夫妻から急に手紙が来たと仰っていましたから、会いに行かれたのではないでしょうか?」


 別に、なんの期待もしていなかったくせに、レグルス副団長の不在はどういうわけか、私の心に重く響いた。









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