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2 無愛想令嬢はため息をつく

 それからというもの、なぜかレグルス副団長に声をかけられることが格段に増えた。


 事務室で黙々と仕事をしていれば、書類を提出しに来た副団長に「リオラ、元気か?」とやけに爽やかな笑顔を向けられる。


 廊下を歩いていれば「どこに行くんだ?」と暇そうな副団長が寄ってきて、なんだかんだと理由をつけては目的地までついてくる。


 しかも、勝手に呼び捨てにされていることをやんわりと指摘したところで、どこ吹く風。私の名前を呼び捨てにする人なんて、アリス先輩と叔父と厄介な従弟くらいなものである。叔母は私のことを名前で呼ばず、「あなた」とか「そこの人」とか言うのでカウントしない。


 面倒見のいい先輩でもなく身内でもないまったくの赤の他人に「リオラ」と呼ばれるのは、なんだか不思議な心地がする。





 そんな、ある日。


 事務室のある管理棟と騎士棟の間にある渡り廊下を歩いていたら、中庭のほうからいきなり「みゃー、みゃー」という鳴き声が聞こえてきた。


 近寄ってみると、一列に並んだ低木の陰に小さな子猫が隠れていたのだ……!


 子猫は私が近づいても怯える様子がなく、むしろ足元に擦り寄ってきてやたらと人懐っこい。抱き上げても抵抗せず、「腹が減った。何か食わせろ」的なふてぶてしい雰囲気すら醸し出す。なんだこれ。可愛すぎる。


 自然にほころぶ口元を押さえながら子猫とにらめっこしていると、「リオラ? どうかしたのか?」なんて声がした。


 振り返ると、レグルス副団長が駆け寄ってくる。


「どうした? ん? 子猫か?」

「はい。どうやら迷い込んでしまったらしく」


 私とレグルス様がやり取りしている間も、子猫は黙って私の腕に抱かれている。まるで、昔からここが自分の定位置だと言わんばかりの堂々とした態度に、思わず微笑んでしまう。


「……リオラ」

「はい?」


 顔を上げたら、面食らったような顔つきの副団長と目が合った。


「なんでしょう?」

「い、いや……」


 急に挙動不審になってきょろきょろと視線を泳がせる副団長は、「なんだよその笑顔……」とか「反則だろ……?」とか一人でぶつくさ言っている。


「と、とにかく、親猫が近くにいるかもしれないし、探してみるか」


 それから私たちは、しばらく中庭の中をあちこち探し回った。だんだん、なんだどうしたと人が集まってきて、最終的に十人くらいの職員で辺りを探してみたものの親猫らしき猫は見つからなかった。

 

「この子、どうしましょう……?」


 私は騎士団の寮に住んでいるから、猫を飼うことができない。未婚の職員のほとんどがそうだろう。


 既婚者は自分の屋敷を持つ人が多く、また団長・副団長クラスや何かしらの役職に就く人も騎士団から貸与された屋敷に住んでいる。


 結局、見つかった子猫は既婚の女性職員が自分の家でしばらく預かってくれることになった。やれやれと胸を撫で下ろし、厚かましくもどこか憎めない子猫を引き渡したのはいいのだけれど。




 この騒動(?)以降、レグルス副団長は勤務中に声をかけてくるだけでは飽き足らず、どういうわけか今日みたいな退勤後や週末なんかもあれこれと誘ってくるようになったのだ。


 特に、週末はわざわざ事前に約束させられて、あちこち連れ回される羽目になっている。


 はじめは、アリス先輩や事務室勤務のお姉さま方にとてつもなく心配された。


「あの女たらし、今度は純真無垢なリオラをたぶらかそうとしてるんじゃ……!?」

「それはないと思いますよ」


 あっさり否定すると、女性陣はみんな呆気に取られたような顔をする。


「あれはですね、多分慈善事業です」

「慈善事業?」

「はい。女たらしで有名なレグルス副団長が、私なんかをそういう目で見るわけがないじゃないですか。あれはむしろ、恋愛に縁がなくさびしい人生を送るであろう哀れな小娘のために貴重な体験を無償で提供してくれる、いわばボランティア活動なのではと」


 実際、副団長に誘ってもらわなければ、街で有名な人気カフェにも今流行りの観劇にも足を向けることはなかったと思う。だって、そんなところに私なんかが一人で出向くなんて、恐れ多いじゃない? お前なんかにおしゃれスイーツの味がわかるのか? とかお前が観客になった時点で劇の評判を落とすだけだ、とか言われそうだし。


 それに、私を連れ回す副団長の態度は、意外にも一貫して紳士的だったのだ。


 就職当初、わりと最低な部類に入る修羅場を見学したこともあり、レグルス副団長の印象は当然「噂通りのとんでもないクズ」だった。


 そりゃそうだ。


 見目麗しい女性たちをとっかえひっかした挙句、少しでも本気になられたら無慈悲に打ち捨てるなんて、人としてあり得ない。言語道断、男の風上にも置けないと思う。ただ、だからこそ、接点が生まれるはずはないと高を括っていた。


 それがどういうわけか頻繁に顔を合わせるようになり、勤務時間外のお誘いを受けるようにもなって、副団長が存外まめで親切だということを知った。


 何をするにも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるし、時折「会えるのが楽しみ過ぎて、約束した時間よりだいぶ早く来ちゃったよ」とか「今日のリオラはまた一段と可愛いな。可愛すぎて、誰にも見られたくないな」とか、やや糖分過量なリップサービスまで付いてくる。


 もちろん、私も外見はともかく中身はごくごく一般的な小娘なので、そういう言葉に多少舞い上がってしまうことは否定できない。でもそれ以上に、「さすがは当代一の女たらし、相手がこんな貧相な地味子であってもまったく手を抜かないとは女殺し道、ここに極まれり」などと感心してしまう。


 というわけで、恋愛とか色恋とかが絡まなければ、副団長は案外律儀な、ともすれば過剰なほどのボランティア精神に溢れた人なのだという結論に至った。


 だいたい、若くして第一騎士団の副団長にまで上り詰めた人なのだ。乱れ切った女性関係に目をつぶれば、仕事のできる人格者と言えるだろう。あくまでも、ただれた女性関係を考慮に入れないという条件付きではあるけれど。




「リオラ、どうした? 口に合わなかったか?」


 思いのほか優しい声に、ふと我に返る。


 視線を向けると、レグルス副団長の不安そうなまなざしが私の顔色を窺っている。


 退勤後に上機嫌で連れてこられたのは、最近オープンしたばかりの話題のレストランだった。わざわざ予約していたらしい。まめまめしいことである。 


「いえいえ。とてもおいしいですよ」


 真面目な顔で答えると、副団長はわかりやすくホッとした表情を見せる。


「ところでさ」

「はい」

「もうすぐ、リオラの誕生日だろう?」

「よくご存じですね」

「どこか行ってみたいところはないか? 入ってみたいカフェとかレストランとかさ」

「はい?」

「いつもは俺が勝手に決めちゃってるけど、せっかくの誕生日だし、リオラのリクエストに応えたいなって……」

「……はい?」


 つい怪訝な顔になって、副団長をまじまじと見返してしまう。どういうわけか、ほんのりと頬を染めている気がしないでもない副団長。なぜ?


「……それは、私の誕生日を、レグルス様が祝ってくださるということでしょうか?」


 恐るおそる、探るように、できるだけ言葉を選ぶつもりが、うっかりストレートな聞き方になってしまった。


 ちなみに、二人きりでいるときは「レグルス様」と呼ぶようにとしつこく頼まれている。理由は不明である。

 

「も、もちろんだよ。リオラの誕生日を俺が祝うのは、当たり前のことだろう?」

「そうでもないと思いますけど」


 はにかむような、けれどどこかうっとりと緩んだ表情をしていたレグルス様が一瞬で固まった。それを横目に、私は淡々と言葉を続ける。


「レグルス様には常々お世話になっておりますし、身に余るご厚意には大変感謝しております。でも誕生日を祝っていただくほどの関係ではございませんし」

「は?」

「いつも過分なお心遣いをいただき、申し訳ないなと思っていたくらいなのです。私の誕生日など気にせず、どうぞほかの方々と存分に楽しんでくださいませ」

「……え」

「それに、そもそもその日は叔父の屋敷に呼ばれておりまして」


 言いながら、途端に憂鬱な気持ちになる。ため息がもれそうになって、慌てて引っ込める。


「叔父の屋敷……? ああ、シレンテ伯爵邸か?」

「はい。詳しいことはよくわかりませんが、顔を出すようにと言われているのです」


 十中八九、誕生日を祝ってくれるつもりではないだろう。嫌な予感しかしないけど、断ることもできない。なんせ、叔父である。一応、私の身元引受人でもある。


 というか、叔父に会うのは別に嫌ではない。それなりに恩義を感じているし、悪い人じゃないことはとっくに知ってるし。


 でもなあ。なんて、鬱憤まみれの過去をいろいろと思い出していたら、引っ込めたはずのため息がやっぱりもれてしまった。











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