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【連載版】無愛想令嬢は副騎士団長の重すぎる愛に気づかない  作者: 桜 祈理
第三章 一途な副騎士団長の独占欲は止まらない

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3 副騎士団長は苛立ちを禁じ得ない

 その後も、マリウスの怪しい突撃は続いた。


 はじめのうちは困惑し、必要以上に身構えていたリオラも、妙に愛嬌があって人懐っこいマリウスへの警戒を次第に緩めていく。


「ガルスの友だちだからって、疑心暗鬼になりすぎていたみたいです。考えてみたら、マリウス様は学生時代ガルスのことを諌めてくれていた人だし、悪い人ではないのかなって」


 無邪気に目を輝かせるリオラを前にして、「いやいや、警戒を解くのが早すぎじゃない!?」とか「油断しすぎだろう!?」などと言えるわけがない。言いたいけど。


 騎士団の事務官として働くようになるまで、リオラには親しく話せる相手なんていなかったのだ。おかげで、マリウスのことを初めてできた二つ年下の「友だち」として認識しているらしい。人生初の友だちができたリオラは、いつになくはしゃいだ様子を見せている。


 ちなみに、リオラにとっては初めて親しく話せるようになった相手でもある姉的存在、元教育係のアリス嬢も、マリウスに対しては訝しげなまなざしを向けている。


「どこがどうっていわれても困るんだけど、なんか胡散くさいのよねえ……」


 わかる……!


 思いがけない賛同者が現れて、俺は感激のあまり泣きそうになった。そんな俺を見たアリス嬢は、なんとも形容し難い複雑な表情をしていたが。


 しかもマリウスの野郎は、いつのまにかリオラのことを「リオラ先輩」なんて親しげに呼んでいるのだ。何なんだ、あいつ。あっという間に懐きやがって。腹立たしい。


 そのくせ、俺に対しては一際冷めた声色で「あ、いたんですね、グラティア副団長」なんぞと言いやがる。そしてまったく感情の読めない目をしながら、ちらりと俺を覗き見る。


 リオラに見せる従順な大型犬的態度と違い過ぎるだろ、とは思うが、言えない。「先輩」なんて言われてだいぶ有頂天になっているリオラがいじらしくて可愛すぎて、マリウスにツッコむことも真意を質すこともできない。





 そんな、ある日。


 仕事終わりにリオラを迎えに行くと、なんだかやけに難しい顔をして俺を待っていた。


「どうした?」


 馬車に乗り込んで何気なく声をかけると、リオラはますます渋い顔になる。ちょっと懐かしいと思えてしまうほどの、仏頂面である。


「実は、先程マリウス様に会いまして……」

「おう、それで?」

「今度の休みの日に、王都の街で会ってほしいと懇願されてしまったんです――」

「はあ!?」


 被せぎみに、大声を上げてしまった。


「どういうことだよ?」


 つい咎めるような口調になって、すぐに怯えたような目をするリオラに気づく。


「あ、ごめん! 違うから! リオラを責めてるわけじゃないから……!」


 慌てて呼吸を整えて、できるだけ穏やかに、落ち着いて話の続きを促す。


 リオラは深刻そうな顔をしながらも頷いて、おずおずと口を開いた。


「マリウス様に、『王都の街に新しくできたおしゃれなカフェに行ってみたいけど男一人では行きづらいから、一緒に行ってくれませんか?』と誘われたんです。マリウス様って、実は甘いものに目がないみたいで。『いつもいろいろ助けてもらって世話になっているから、そのお礼も兼ねて何かご馳走したいんです』とも言われたんですけど、婚約者のいる身でほかの男性と二人きりで会うことはできません。そうお断りしたのに、なかなか諦めてくれなくて……」


 ……マリウスのやつ、ずいぶん非常識なやつだな……!


 婚約者のいる相手と二人きりで会うなんて、不貞を疑われてもおかしくない行為である。そんなつもりはなかったなんて、言い訳は通用しない。それくらいのこと、あいつだってわかっているはずなのに。


 じゃあ、やっぱり、マリウスにはリオラに対する下心があったってことなのか……!?


 俺の言わんとしていることを察したらしいリオラが、「でもマリウス様は、『下心はありませんから』ときっぱり否定したんです」と付け加える。


「……そんなの、信用できるかよ」

「ですよね……」

「だいたいな、『男一人では行きづらいから一緒に行ってくれないか』なんてのは、お目当ての女性に対するお決まりの誘い文句なんだよ」

「そうなのですか?」


 驚いたように、目をぱちくりさせるリオラ。


 まあ、よくある常套句だ。お約束の言い回しだ。でもマリウスのやつ、いったいどういうつもりなんだ。



 リオラには俺というれっきとした婚約者がいるってのに、変なちょっかい出しやがって……!!



「そんな誘い、無視していいから。行かなくていい」


 荒れ狂う怒りを抑えきれず、俺は冷たく言い捨てた。


 マリウスが何を考えているのか知らないが、リオラを行かせるわけがない。リオラは俺の婚約者、俺の最愛であり唯一なのだ。誰にも渡すつもりはない。相手が誰だろうと、どんな理由があろうと、一瞬だって手放すつもりはない。


「でも、来てくれるまでずっと待ってるって……」


 消え入るような声で言いながら、リオラは戸惑いぎみに俺の顔を覗き込む。その目に、言い知れぬ葛藤の影が沈む。


「……あいつ、そんなこと言ってたのか?」

「……はい」

「何考えてんだよ、まったく」


 加速度的に、苛立ちが募る。


 人とのかかわりが薄かったリオラにとって、こんな経験はきっと初めてに違いない。陰湿で悪質な嫌味や罵倒はやり過ごすことができても、真意のわからない誘いを受けたことなんてなかったはずだ。おまけに、何度断ってもしつこく食い下がる相手にどう立ち向かうかなんて、難易度が高すぎる。


 真面目すぎるからこそどうしていいのかわからず、ただただ表情を曇らせるリオラを俺はそっと抱き寄せる。


「心配するな。俺がなんとかするから」

「え……?」


 顔を上げたリオラのこめかみに、ちゅ、と軽くキスをする。


 それだけで耳まで真っ赤になるリオラが、どこまでも愛おしい。


「いくら下心がないとはいえ、婚約者のいる相手と二人で会おうとするなんてそもそもおかしいんだよ。しかもリオラはちゃんと断ったのに、引き下がらないどころか『来てくれるまでずっと待ってる』とか言いやがったんだろ? そんなの、ほとんど脅しだからな」

「でも、いいのでしょうか? 私が行かなかったら、マリウス様はずっと待ちぼうけですよ? 何時間も待たせてしまうのは、やっぱり……」


 リオラの中には、初めてできた友人の誘いを無視するなんてという迷いがあるのだろう。


 そんな優しい葛藤を受け止めて、俺はさらりと言った。


「大丈夫。俺が行くから」






◆・◆・◆






 週末、俺は時間通りにリオラから聞いた待ち合わせ場所へと向かった。


 王立公園の入り口で待っていたマリウスは、俺を見てあからさまに顔を歪める。


「……リオラ先輩から聞いたんですか?」

「当たり前だろ」

「えー、ちょっと律儀すぎません? なんで言っちゃうかなあ」


 そういう真面目さこそが、リオラのいいところなんだよ……!!


 とは、言わなかった。


 教えてやる必要なんかない。特にこういう、何かを企んでいるような狡猾な笑みを浮かべるやつには。


「婚約者のいる相手と二人きりで会おうなんて、非常識すぎるだろ。何考えてるんだよ、お前」


 殺意だだ漏れの突き刺すような低い声に、マリウスは少なからず怯んだ。


「ふ、二人きりで会おうとしていたわけじゃ……」

「は?」

「マリウス」


 突然、後ろから聞き覚えのある声が飛んでくる。


 振り返ると、そこにいたのは――――





「……お前、ガルスか……?」


 











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