大量の養分+養分
煙が出ているうちに数を減らそうと、近くの猿から攻撃する。
振り下ろし、薙ぎ、どの猿も一撃で電子の世界に崩れていく。
しかし、どうみても数は減るよりも増えていた。
「煙が出ている間は、モンスターが寄ってくるのかもしれん」
それでも養分には違いない。
基礎レベル、スキルレベルを上げていたおかげで、ボス以外はサクサク倒せる。
運が良いのはボスがまだ動かない事。
どの程度の強さか分からないけど、一対一の方が良いのは確実だ。
周囲の猿を倒し終え、追加される狼やイノシシを倒していると、猿が咆えた。
猿叫そのものだ。
黒い木が巻き付いた猿で『穢樹炎猿』とある、まだボス戦は始まっていなかったらしい。
猿叫の後、補充されるように弱い猿が追加された。
大量の通常モンスターと猿の群れ、加えてボス猿。
ようやっとボス戦は始まった。
開けた場所を駆けまわりながら、近くに来た猿を殴りつけ、突っ込んでくるイノシシを跳びながら避ける。
どれだけ苦しかろうと、それは幻覚だ。
息も絶え絶えに感じるけど、実際の体は椅子に寝ている。
乳酸が溜まって重くなったと感じる足を動かしながら、それは幻覚だと自己暗示していた。
猿を殴り、狼を蹴り、イノシシを切りつける。
たまにボス猿を見ると、近くで拳を振りかぶっているから弾きで対応していく。
視界にある時計を見るのも出来なくなるくらい、ずっと駆け回りながらモンスターたちを倒す。
駆け回っていると、ボスが叫び声を二度上げた。
範囲攻撃が来る!
ボスから離れながら周囲を確認すると、残るモンスターは狼、猿、イノシシ、各2体ずつだった。
「疲れた……いや、いや! 俺は元気だッ!」
自己暗示が途切れて、体に疲労が圧し掛かってきそうだった。
それでも張り詰め過ぎていた状況から解放されて、時計を見ると23時45分。
いつ頃だったか、ボス戦を始めたのは。
思い出そうとしていると、モンスターたちの声で引き戻された。
俺へ向かっていたモンスターたちだけど、範囲攻撃に巻き込まれている。
ボス猿が宙に火を噴きだして、範囲攻撃しているけど、それでダメージを受けながら俺に向かってくる。
どうやらボス猿の攻撃に巻き込ませるのが、正規の戦い方のようだ。
ダメージを与えて、ラストヒットだけ取る。
これが賢い人の戦い方だな。
とびかかって来る狼を切り捨て、猿を掴んでイノシシに投げつける。
VRゲームの自由度は攻撃の幅を広くしていた。
投げつけた猿に向かって、大太刀を振り下ろすとイノシシごと切る。
残るは3体。
猿を突きで倒し、狼の攻撃を弾いて蹴りつけた。
地面に大太刀突き刺し体重を支えて、飛び上がりながらイノシシの突進を避ける。
そのまま走り去ろうとするイノシシの背中に、大太刀を振り下ろした。
3体が電子の世界に崩れ去り、ひと息ついていると、ボスが猿叫を上げる。
「キィェェェ! キィェェェ! キィェェェ! キィェェェ!」
四度叫ぶと、大量の足音が聞こえてきた。
ボスの体力はほとんど減ってない。
もちろんダメージは受けていないけど、俺の脳みそが疲弊しているのは間違いない。
ボス猿を睨んでいると、周囲から大量の猿たちが出てきた。
どの猿も一太刀で終わるけど、大量にいると脅威だ。
こんなハードな戦闘になるんだったら、動画を撮っておくべきだった。
番外編『ツリーサーガ、三ツ町ボス猿初見攻略』ってしておいたのに。
「キィェェェ! キィェェェ!」
ボス猿が範囲攻撃の準備に入った。
急いで範囲から出ると、補充された猿たちを倒していく。
力の入らない一撃が増えて、一太刀では倒せなくなった猿たち。
疲労が目に見えて、嫌になる。
しかし、逆転の発想で攻撃をわざとせずに、猿たちを範囲攻撃内に突き飛ばしていく。
俺の目論見は上手くいき、ボス猿が噴いた火は猿たちを焼いていく。
視界に映る大量のHPゲージはどれも小突くだけで終わりそうだ。
死にかけの猿たちを無視して、今度はボス猿へ向かう。
ボス猿の大きさは投げ飛ばせないほど大きい。170cmくらいだろうか。
突き飛ばせはしそうだけど。
人よりも長い腕で攻撃してくるが、それを弾く。
ボスの攻撃を弾きながら、近くにいる猿を小突いて倒していると、また猿叫を上げた。
二度だけだから、範囲攻撃だ。
急いで範囲から出て、体力が他より残っている猿以外は全て倒していく。
「あとちょっと! あとちょっと! がんばれ、おれぇッ!」
頭が熱い、体が重い、それでも思考は平常運転。
死にゲーよりもハードに感じるけど、ひりつきは薄い戦闘。
死にゲーは一撃で死ぬような攻撃を弾く緊張、こっちは動き続けるという肉体的な辛さだ。
どちらもハードだけど、ひりつきは死にゲーの方がある。
1体だけ残した猿をたまに相手しながら、ボス猿の体力を減らすこと半分。
半分になると同時、ムービーが入った。
熊の時と一緒だ。
ボス猿に巻き付いていた木は、さらにきつく巻き付いていき、体内にヌルリと入り込んだ。
悲鳴を上げるようにボス猿が叫ぶと、両腕に大きな黒い木の装甲が現れてムービーが終わる。
コイツも体力がさらに減ると、初見の攻撃が来るんだろう。
動きが素早くなったボス猿の攻撃は、図体に似合わないくらい速い。
ボクサーめいた拳の攻撃だけかと思えば、初見の攻撃は足技だった。
慣れてないようなヤクザキック。
避けるのは簡単だけど、すぐに拳の攻撃に切り替わる。
たまに飛び掛かって来る猿を相手しながら、弾きを入れて攻撃していると、両の拳を何度も突き合わせた。
黒い木の装甲は金属質な音をたて、大きく振って拳をガツンッと突き合わせる。
すると、拳の間に火の粉が舞い上がり、両の拳が火に包まれた。
その場で構えて、見せつけるように制止するボス猿。
「動画撮っておけばなぁ」
あまりにも良い敵だ。子分の猿たちを呼ぶ以外は。
火に包まれる拳の影響か、動かないボス猿のHPは少しずつ減っている。
命を燃やして俺と戦ってくれるようだ。
ほんと、動画撮っておけば。
いや、スクショだけなら今すぐ撮れる。
せめて雄姿を俺だけでも保存しておこう。
右手で円を描き、押すような動作でメニューを開くと録画は灰色で選択できない。
攻撃される前にスクリーンショットを押して、再度武器を構える。
もう一度、拳を突き合わせたボス猿は叫びながら走ってくる。
重く感じる体で拳を弾いて火花が散ると同時に、俺はダメージを受けた。
HPを確認すると、びっくりするくらい減ってない。
1ドットくらいだ。
ゲームシステムを少しずつ開放していくくらいだから、まだまだボスの属性攻撃は弱いのだろう。
対策出来ないのに、強い奴が来ても倒せないからか。
弾きつつ攻撃の隙を探すけど、先ほどよりも苛烈な攻撃に隙はほぼない。
あるとすれば、大太刀よりも早い攻撃ができる拳だけ。
スリップダメージで減っていくボス猿のHPを見ながら、弾き、空いた方の手で攻撃していく。
たまに飛び掛かって来る猿はボス猿が殴り倒した。無粋な子分だ。
逃げていれば勝てるけど、それをしない敵がいるのに割り込んでくるとは。
弾き、殴りをし続け、火属性のダメージを受けながら戦闘を続け、結局はボス猿が倒れた。
俺の拳が最後のHPを消し飛ばしたのは、最後としては悪くないだろう。
「つかれたぁ」
電子の世界に消えていく、動かないボス猿。
拳はボロボロ、体は黒く焦げているように見える。
お前の雄姿は戦闘した俺が見届けた。
覚えていれば、ログアウト前に録画の設定しておこう。
疲労でボーっとし始めた頭でそう考えたけど、俺は覚えているだろうか。
戦闘が終了し、リザルト画面が表示された。