ノスローこと、ノススミ・サンロー⑤
カズさんとの『ゴーストリリース』配信は割と評判がよかった。
私としては色々と嫌な事あったから、複雑な気持ちだ。
翌日も昼頃からベンチで座って雑談したり、レベル上げしたりしていると、16時頃にチャット欄が騒がしくなった。
「どうしたの?」
〈これ!〉
〈やばい〉
〈カズがヤバい〉
〈マジでヤバい〉
〈姉御もヤバい〉
〈これは〉
リンクを踏むのが怖かったから、調べてみるとカズさんの個人情報が流出していた。
私が実際に会ったあの高校生。
井上優人、17歳で高校2年生みたい。
どうして流出しているのか、分からない。
でも、私の配信でしか顔を晒していないはず。
「もしかして」
言いながら私は背後に移動させていたい火の玉を見る。
途端に流れが速くなるチャット。
どれも否定のコメントばかりだけど、可能性は消えない。
ああ、下手なことしない方がよかった。
わざわざ普通の人と関わってしまったから、迷惑をかけてしまった。
その迷惑は途轍もない迷惑だ。個人情報がネットに放たれる。
嫌がらせが待っているのは、間違いない。
私の軽率な行動が故だ。
今すぐログアウトして、マネージャーに話をしよう。
〈カズは知らないみたいだな〉
〈六ツ町でレベル上げする動画撮られてるじゃん〉
〈SNS見ないんだ〉
〈まだ平和〉
知らないなら知らせないといけない。
可能性だけでも、私の責任が少しはあるだろうから。
18時までゲームをするのは、今までの関わりから分かる。
急いで六ツ町まで行かないと。
でも私がいるのは四ツ町。
2体のボスを倒さないといけないけど、カズさんほど上手くないから、時間がかかる。
どうしよう。
「あ、ノススミさんじゃん、今配信中?」
「あ、ちょうどいい……」
「え?」
「ん?」
「ノススミさん?」
〈姉御の暗黒面が〉
〈ちょうどいい?〉
〈タイミングはいいな〉
〈覚醒〉
3人の配信者グループ、大学生で友人同士と聞いている。
リーダーっぽい『タイキ』と『ユーマン』『アキカワ』の3人だ。
コラボして以降、割と接してくれる普通に優しい人たち。
ただ、3人の視聴者から私はあまり好かれていない。
だから、いつもは出来るだけ関わらないけど、今はちょうどいい。
「急いで六ツ町に行きたいんです。手伝ってくれませんか?」
「お、おう、分かった」
「レベル上げの予定だったけど、いいか」
「急ぎなら、今から行こう」
五ツ町前のボスを倒し、武器の更新だけして六ツ町前のボスを倒す。
2時間くらいかかったけど、3人の協力もあってどうにか達成できた。
私は急いで六ツ町に入ると、視聴者のコメントから宿前にいるカズさんを見つける。
「カズさん!」
手を振りながら向かうと、一度後ろを確認するカズさん。
自分の事だと気付くと、手を振ってログアウトした。
〈あ〉
〈そういう人だった〉
〈知らないみたいだった〉
〈ふつうの人じゃないのは間違いない〉
「ああ、急いできたのはあの人のためか」
「はい」
「個人情報が晒されてたんだっけ」
「はい」
「本人は知らなかったみたいだけど」
「SNSにあまり興味なさそうですから」
「珍しい人だな」
「3人とも、急な頼みを聞いてくれて、ありがとうございました」
私が頭を下げると、慌てたようになる3人。
確かに感謝をしても、頭を下げたことはなかった。
でも、今回の騒動は私が原因だ。
「いやいや、いいよ」
「急ぎ足だったけど、一緒に遊べて楽しかったし」
「今度はゆっくりコラボで配信しよう」
「それならカズさんが戻って来るかは分かりませんけど、今から雑談でもしますか?」
「今から戦闘ってのも疲れるし、それでいいかも」
「じゃあ、今からするか」
「お願いします」
VRメニューからフレンドのカズさんにメッセージを送ると、コラボ雑談配信が始まった。
その前から配信していたから、画は変わらないけど。
ゲームの事を話している3人は以外にも『ゴーストリリース』に興味を持っていた。
ただ、勇気がないからしないみたい。
カズさんは悲しむだろうけど、いい考えだと思う。
しばらく話していると、19時30分頃、カズさんが再ログインした。
私が送っていたメッセージは見てないみたい。
メニューを見ているようで動かないから、急いで近づいた。
「ジェネラル強かったでしょ、ノスローさん」
「メッセージ送ったのに、見てないでしょう!」
「うん、来てたこと、いま知ったよ」
「あの、驚かないで聞いてほしいんですけど……」
〈本当に知らないんだ〉
〈珍しい〉
〈死にゲーマーはこれか〉
〈世間とずれてるのか?〉
「ノスローさん、なに?」
「え、えーと、驚かないでください、取り乱さないでくださいね」
「うん」
「ちょっと待ってください。言うのが怖いので質問させてください」
「うん」
「SNSは見てないんですか」
「うん」
「分かりました。今から言いますけど、驚かない、取り乱さないでください」
「うん」
言うことは決まっているのに、緊張する。
心拍数が上がっていくのを感じて、口の中が渇く。
「えー、カズさん」
「うん」
「……」
「うん」
言わないと、話が進まない。
でも、恐ろしい。
初めて口の渇きが恐怖から起こされていると知った。
「カズさんの個人情報が」
「うん」
「SNSからネットに出ました」
「へー」
「え?」
カズさんは急いでメニューを動かしていた。
しばらく探していると、どうやら見つけたみたい。
顔が嫌そうに歪んでいる。
「うわっ、ホントじゃん」
「信じてなかったんですか?」
「うん。それに年齢不詳だから、ノスローさんにタメ口使えたのに」
「タメ口でいいです」
「助かるよ」
〈なんか軽いな〉
〈想定と違う〉
〈ため口を考えて使ってんだ〉
〈嫌ってだけなのか〉
「いや、あの、大問題ですよ。これ」
「出ちゃったんだから仕方ないよ」
「仕方ないって、そんな簡単には済まないでしょう」
「そうなの?」
「普通はそうです。それに私と関わってすぐのことなので、ファンがしているのかと思ったんです」
「そうかもね。あ、そうだ。配信してるなら、ちょうどいい宣伝させてよ!」
私の心配し過ぎかと思うくらいカズさんは悲壮感が無い。
あまりにも軽く考えているのかと思えば、宣伝をすると言い出した。
「え? あ、はい」
「えー、カズです。個人情報が晒されたので宣伝させてください。『ゴーストリリース』の装備縛り動画を投稿してます。えーと、チャンネル名は『死にゲーこそ至高』です」
〈至高って〉
〈見てみるか〉
〈可哀そうだから見るか〉
〈本人気にしてないぞ〉
「酷い名前ですね」
「ノススミっていう名前よりも、分かりやすいから良いと思うね、俺は」
「うっ! 知ってるんですね」
「友達が言ってた。ノススミって」
〈由来を言ってやれ〉
〈なんだっけ〉
〈確ノ進かくのすすみ〉
〈透三浪すけさんろう〉
〈水戸金門か〉
「ノススミさん、もう大丈夫そうだから、俺たちはこれで」
「あ、ありがとうございました」
3人は事態が思いのほか、簡単に解決してポカンとしていた。
でも、とても助かったの事実だ。
3人に続いて私はカズさんに頭を下げた。
「カズさん、大変ご迷惑をお掛けしました。ごめんなさい。私もこれで」
「いや少し待って、良いこと思いついた」
「はい?」
「ノスローさんのファンが個人情報を流出させたかもしれないんだったよね?」
「え、は、はい」
「それも全て、配信をしていたノスローさんが俺に手伝いを求めてきたことに由来すると、合ってるね?」
「言い方は悪いですけど、否定はできません」
「で、あればノスローさんは謝罪をしたいけども、情報というものだから謝罪どうこうじゃ済まない、流出したものはどうしようもないから」
「そうですね。再度謝罪からさせてください。大変――」
「いやいやいや、謝罪はいいんだ。謝罪の代わりを考えたから」
〈もう分かった〉
〈ひとつしかない〉
〈ここまで分かりやすい代わりも無い〉
〈先が見えやすい話だな〉
「え、あ、もしかして⁉」
「うん、うんうん。思い当たることを言葉に出して」
思い当たることを無視して、私に都合よく考えた。
どうしても避けたいと思ってしまうひとつのために出せる答え。
「この前の賭けをなかったことに」
「はい、やり直し。考えて」
〈そらそうだ〉
〈だよな〉
〈やり直し〉
「そうなると『ゴーストリリース』を続けさせることですか?」
「せいかーい。そういうことで、謝罪はいらないよ」
「いや、あの、それはちょっと」
「え? 仕事の都合でできないとか? 他人の個人情報を流出させた可能性があるのに⁉」
〈ひでぇ〉
〈分かって言ってるな〉
〈これだよ姉御は〉
「あくまでも可能性です」
「そう怒らないで、俺が怒ってないんだから」
「そうですね」
私が嫌がっていると分かって、ジッといやジトっとした目を向けてくる。
その目が、私の罪悪感を嫌なくらい感じさせた。
疑うような、咎めるような視線だ。
「あー! 分かりました。やります、あの死にゲーをしますから!」
「あ、してくれるの。よかった」
「疑うような目で見つめられると、私がしたわけじゃないですけど、罪悪感があるんです」
「どうしたらしてくれるか、考えてただけだよ。人聞きの悪い」
「それにしては、ジッと見ていましたよね」
「そう? でもしてくれるならよかった。俺は今から王都前のボス行くけど、ノスローさんは何するの?」
「現実に戻って、今回のことを調べてみます」
「そう、頑張って」
「他人事みたいに言いますね」
「もう俺の手を離れてるから、それじゃあね」
「はい」
想像以上に心配し過ぎていたのかと思っていると、知らない3人組が入ってきた。
「あっ! 初心者を罠に掛けようとした『バサシ』『レアチキン』」
〈罠?〉
〈なんだ?〉
〈だれだ?〉
〈カズの知り合いか〉
〈猿のとき言ってた奴じゃないか〉
カズさんと顔を隠した人が話し始める。
顔を隠した人がカズさんを井上と読んだり、私を不健康なおばさんと言ったり、と色々あった。
離れた場所に移動して、カズさんは顔を隠した人と話を始めた。
しばらく言い合いをしていたけど、終始カズさんは呆れているみたいに対応している。
話し合いが終わり、疲れた顔をより深めたカズさんが歩いてきた。
「ノスローさん、PVPすることになった」
「え? どういうことですか?」
「いろいろだよ、色々。でさ、ゲーム内通貨をノスローさんに渡せたりする?」
「上限はありますけど、できますよ?」
「じゃあ、送るから俺に賭けてくれる?」
「はい?」
私の元に8万ゴールドが送られてきた。
そのまま意味が分からないながらも、メニューから剣闘場の賭けを調べる。
すると『ウェルダンポーク』と『QAZ』を見つけた。
カズさんの方に8万円を賭ける。
話を終えると、カズさんはその場から消えた。
私は新しく出ている画面『試合を観戦しますか?』から、剣闘場の観戦画面に切り替えた。
ベンチに座って、話し声の聞こえてない画面を見ていく。
「みんなはどっちが勝つと思う?」
〈カズだろ〉
〈相手は有名だぞ〉
〈相手は剣闘場で見るし、勝ってる〉
〈相手だろ〉
チャットを見ると、意見が割れていた。
私はゲームが上手い人のプレイを間近で見たのはカズさんだけ。
今日手伝ってもらった3人も上手い方ではあるけど、特別上手いわけじゃない。
私よりも上手いってだけ。
私の知る限り一番上手いカズさんだけど、負ける可能性が出てきた。
でも、あれだけ弾きを出来る人が負ける姿は想像できない。
攻撃してこなかったら負けるのかな。
いや、攻撃が下手な感じも無いから、色々と見せていないものがあるかも。
〈おい〉
〈レイピア持ってんぞ〉
〈大太刀じゃない〉
〈得意武器か〉
「ホントだ。大太刀じゃないのはなんで?」
〈苦手とか?〉
〈対人だからだろ〉
〈ってか、対人したことないんじゃ?〉
〈ゲームは2つだけだから、初めて対人?〉
「対人だからレイピアと短剣か。大太刀じゃ動きにくいし」
そう思っていたけど、相手は両手剣を持っている。
弾きが出来ない相手には有効だと思う。
でも、カズさんは人相手にして出来るのかな?
待っているとカウントダウンが終わって、戦闘が始まった。
両手剣の人が走った勢いのままに振り下ろす。
防御しても盾がないと上手く防げないほどの勢いだ。
カズさんは碌に力も入っていないような動きで、それを弾いた。
「ま、そうだよね」
〈ふつうに弾いたな〉
〈慣れたもんだ〉
〈簡単そうだ〉
〈俺も出来る?〉
その後は短剣とレイピアで攻撃して、体力が半分くらいになった。
しばらく軽い攻撃しかせずに、弾きを続けるカズさん。
楽しそうというより、悪い笑みに見える。
「私と跳んだ時もあんな顔だった?」
〈もっと楽しそうだった〉
〈クリップある〉
〈見とけ〉
〈もっと悪い顔だ〉
相手が疲れ初めてカズさんと話していた。
歩き始めたカズさんは短剣をそっと前に出す。
大げさに両手剣で防いだ相手は、続くレイピアを避けられず減らされていた体力を削られた。
戦闘が終わって、私の元に賭けの払い戻しが来た。
全部で50万ゴールド。
これはカズさんも喜ぶだろう。
元居た場所に帰ってきたカズさんに私は近づいた。
「そういうこと、じゃ」
お金を10万送り、カズさんはいつもより早く帰った。
ベンチでこれからの予定を視聴者と相談していると、顔を隠した人が1人でやって来た。
2人の友達は近くにもいない。
「すこしいい、ですか?」
「配信してますけど、大丈夫ですか?」
これは私の気遣いみたいなものだ。
カズさんに喧嘩腰だったり、名前を呼んでいたり、どう考えてもあまりいい関係とは思えない。
なんだかんだで、私の配信を見ている視聴者はカズさん寄りの人が多い。
「はい。報告と言うか謝罪だけなんで」
「あ、はい」
「井上の個人情報は俺がネットに上げ、ました」
「は、はあ?」
〈すごいの来たぞ〉
〈カズの知り合いはぶっ飛んだ奴しかいないな〉
〈個人情報上げる奴、初心者狩する奴〉
〈死にゲー廃人は知り合いもヤバいのか〉
「井上には謝罪をしました。学校には俺から言います。ノススミさんにも迷惑をかけました。ごめんなさい」
「は、はい」
〈謝れるのに、なんでしたのかね〉
〈理屈じゃないのか〉
〈感情で動いたんだろうな〉
〈謝れる馬鹿でよかった〉
「聞いてもらえてよかったです」
「カズさんが気にしてないからって、被害がないとは思わないでね」
「はい」
「しっかり詫びてください」
「はい、分かりました。ありがとうございました」
「はい」
〈先生!〉
〈先生、道徳について〉
〈先生〉
〈姉御せんせい〉
茶化すようなコメントが流れている間に、カズさんの知り合いはログアウトした。
学生らしいから、これからどうなるんだろう。
損害がないなら、カズさんに対する賠償は発生しない。
そもそも、カズさんは私の配信に出ている時から素顔だから、損害が出てもあの人の所為じゃない可能性が少しはある。
生きる上では問題ないのかも。
もしかしたらカズさんが特定されるのは、時間の問題だった?
あ、そうだ。
カズさんに『ゴーストリリース』する予定を話し合わないと。
賭けのお金も送る必要がある。
どうしよう、私の配信コンテンツにカズさんが増え始めた。
平日昼はツリーサーガ、夜はゴーストリリース。
最初の頃はカズさんに同行を頼むことになりそう。
怖いもの見たさが災いしたけど、視聴者の評判は悪くない。
まだまだ、カズさんとの縁は繋がっていそうだ。
ゲームでも近所でも。
これで終わり!




