良いボスでした
いやー、危なかった!
俺は倒し終えた熊がボロボロと電子の世界に崩れるのを見ながら、戦闘を振り返る。
体力が半分になってから木の装甲で攻撃の効きは悪くなった。
さらに体力が5分の1になると、叩きつけ攻撃が増えた。しかもその攻撃の範囲が叩きつけた周囲に広がるものだ。
衝撃波との二段攻撃で一度は避けに徹したけど、回復することなく倒し切った。
死にゲーではあるあるな攻撃パターンだけど、平和そうなこのゲームにはないと思っていた。
だからこそ、油断をしていたわけだ。
死にゲーと同じくらいとは言わないけど、どのゲームでも出来るだけ気を付けていく必要はあるらしい。
大太刀を納刀していると、視界に基礎レベルとスキルレベルの上昇を知らせる画面が出てきた。それを閉じるとボス討伐完了と出てきてドロップアイテムが表示される。
「ズタズタの熊皮と汚染された世界樹の枝?」
『ズタズタの熊皮:大量の木の枝に貫かれた熊皮。皮なめし職人なら問題なく革にできる』
『汚染された世界樹の枝:穢れに汚染された世界樹の枝。通常は清浄な真っ白の枝だが、穢れに汚染されたこの枝は黒い。穢れを気にしないならば加工できる。加工品を装備するとNPCの好感度-50%が追加される』
「なるほど。最初のボスでこの枝を手に入れて、汚染された理由を探っていくわけか」
ドロップアイテムの確認を終えると、開けた道を進んでいく。
もう体験版も終わりを迎える頃だ。
クエストのピンを目指して歩いていると、次グ町が見えてきた。
始まりの町よりも少し堅牢そうな気がしないでもない。
大きな門が開かれており、手前には2人の兵士みたいな人が見える。
通行人がひとりもいない門へ近づいていると、ムービーが始まった。
町の周囲をひと回りして全体像を見せると、でかでかと『次グ町』と表示され、視界がキャラに戻って来る。
急に鳥の視界になったから、驚いたけど面白い体験だった。
門に近づくと、兵士2人が近づいてきた。
革鎧に槍を持っているから、死にゲーにおいて2人は傭兵かもな。
「名前とここに来た目的を言え」
どうやら兵士とは話すことができるらしい。
死にゲーでは重要NPCでも自由度の少ない会話ばかりなのに、このゲームはどれだけ進んでいるんだ。
新作が出たら、このくらいになるかもしれん。
「えーと、名前は何て読むんだ、これ。QAZ、かず、カズだ。世界樹に選ばれたから王都に行く」
「なるほど。お前もそうだったか、通れ」
「はい」
門から町に一歩足を踏み入れると、見えない壁にぶつかった。
壁には『体験版は以上となります』と書かれている。あと一歩でクエスト完了なのに。
それでも、新世代のゲームを体験できてよかった。
俺もまだまだ詰めの甘いところがあった、体験版でいい経験させてもらったな。
ゲームメニューを開いてログアウトする、18時は少し過ぎていた。
翌日、午前の授業を終えて学食へ移動していると、毅が俺を待ち構えていた。
体験版の感想を聞きに、待っているようだ。
「優人、どうだった?」
「うん、面白かった」
「? それだけ」
「うん」
「いや、続けようとかさ、思わなかったか?」
「うん」
動きの止まった毅を置いて、俺は学食に向かう。
しかし、動き出した毅が遮るように前に出た。
忙しい奴だな。
「いやいや、面白かったんだろ?」
「うん」
「なら続けるだろ?」
「金払うほどじゃない。高いし」
「あー、そういうもんかぁー」
落胆した様子で隣を歩く毅。
仕方ないことだ。他人の感性は曲げられないからな。
俺は死にゲーの雰囲気が気に入っているんだ。
学食の入り口でスマホをかざして支払いを済ませると、予約していた醤油ラーメンが受け取り口から出てきた。
盆を受け取って、空いている席に座ると隣には毅が座る。
頼みがあるらしいと理解できるくらいに仲は良い。
俺が醤油ラーメンだけが載った盆を両手で示すと立ち上がった。
戻ってきた毅の手には箸とコップに入った水がある。
「ありがとう。で、何で俺にツリーサーガの体験版させたんだ?」
目を向けても話し出さないから、俺はラーメンを食べ始めた。
ズルズルと啜っていると、呼び掛ける声で振り向く。
「俺さ、ギルドに入っててさ」
「うん」
「ギルドのみんなが招待者ボーナスをもらってて」
「うん」
「羨ましいなーって」
「へー、友達いるだろ毅、他に頼め」
「うーん」
納得していない毅は俺へアピールするために、招待ボーナスの詳細を話してきた。
製品版のログイン時に招待コードを打ち込む、その後にメインクエストの第1章をクリアすると、招待ボーナスが与えられるらしい。
招待した者とされた者で内容は違うという。
なにか良い物でももらえるんだろう。それが羨ましいと。
「俺はしない、他に頼め」
「はぁ。優人はあれだろ」
「あれ?」
「陰鬱な暗い世界で街並みがいい、雰囲気が良いとか言うんだろ」
「確かにゲームなら言うだろうな」
「死にゲー廃人め」
「仕方ない面白いんだから」
結局、食事を終えるまで毅は俺を勧誘するのをずっと止めなかった。
毅の勧誘が別の切り口からの勧誘になったのは、俺が駐車場へ向かっている時。
「優人、小遣いの前借りをした」
「なんで?」
「俺はお前に3か月分の料金を払う」
「はあ?」
「1か月分で第1章をクリアできなかったら、困るからな」
「そこじゃねぇよ。金払わずにしてくれる人を探せよ」
「他の奴らは全員してる」
「へー」
「てか、一緒のギルドにいる」
「あぁ」
ゲームでも学校でも一緒だと影響が大きいんだろうな。
ゲームのことを学校でも言われるのかもしれん。
その逆もあると考えると、少しは可哀そうに思える。
「5500円、送金した」
「おっ、ほんとだ」
「今すぐ製品版を買ってくれ」
「このスマホと連携してないから、家に帰ってからになる」
「帰ったら買ってくれ」
「そんなに招待ボーナス欲しいのか?」
下校の準備でヘルメットを被りながら、毅に質問する。
月額ゲームをする感覚がない。というよりも俺は他のゲームをしてないから、分からない。
「欲しい。武器の強化素材だったり、ゲーム内のお金、特殊な見た目装備に限定アクセサリー、他にもあるけど欲しい!」
「俺はどういうボーナスだ?」
「優人側は武器の強化素材がないのと、ゲーム内のお金が少し少ないこと。招待された側の限定アクセサリーが貰える」
「いらんな」
「とはいえお金は送ったから、ゲームしてもらう」
「返金する」
「やめろ。頼む……ゲームしてくれよ」
頼み込む毅の顔は真剣そうだけど、苦しそうに歪んでいた。
よく分からないけど、ゲームでここまでになる必要はないと思う。
楽しめれば、何でもいいと思うんだけどな。
「はぁ、わかった。第1章をクリアすればいいんだな」
「そ、頼んだ。家に帰ったらコード送るから」
「わかった」
俺が頼みを受けると、すぐに帰っていく毅。
誰が見てもワクワクしていると分かるから、良いことが合ったと分かる後姿だ。
それで俺は、5500円を最大限楽しむべきか、それとも第1章だけで終わらせるべきか。
「ゲームしながら考えるか」
手袋を履き、バイクに跨るとエンジンを掛けた。




