誤算の井上と諦めの山口
「PVP、知らないか?」
「いや、知ってるけど、急に言い出したから訳が分からないんだよ」
顔も見えないから、表情から分かることもない。
何を意図しての事なのか?
「おれさ、井上が配信に出てたの見て、使ってやろうって思ったんだ」
「使うって?」
「おれの配信に出して、宣伝材料に使うってこと」
「へー」
「でも、それをするなら井上を使って、ノススミとコラボした方が楽に注目を浴びると思ったんだ」
「へー」
「それなのに拒否されて、嫌がらせをしようにも下手な事しかできなかった」
「うん」
威勢は消え去ったように、小さな声で、とても弱々しく話す山口。
自分勝手な奴だ。
俺は気にしないからと言っても、されたことを覚えてないわけじゃないのに。
「おれは、まあ、あー、馬鹿な事やったろ?」
「うん」
「でも、やっぱりなんかイライラしてんだ」
「へー」
「あ、分かった。お前の返事だ」
「そう」
「だから、そのイライラをぶつける。いや、お前に負けて諦めるために、PVPを受けてくれ」
本当に自分勝手な奴だ。
勝手に始めて、勝手に終わらせようとしている。
しかも自分の気持ちの整理のために人の時間を使うという。
酷い奴だ。
でも、PVPを俺はしたことがない。
今までオフラインの死にゲーばかりで、オンラインのPVPゲーをしていなかった。
『ツリーサーガ』はPVEというやつだし。
悪いことはなさそうだ、この提案。
「PVPってどうやるんだ?」
「受けてくれるのか?」
「うん」
ノスローさんと2人から離れた場所でPVPのやり方を教えてもらった。
山口はPVP経験があるという事だったから、すべてのルール設定を俺に委ねてもらう。
多少嫌がらせをしても、いいだろう。
「じゃあ、ノスローさんに言ってくるから」
「分かった、依頼を送っておく」
「うん」
四ツ町で解放したシステムの剣闘場。
俺は今からそこで、山口と決闘みたいなことをする。
各種ルールを決めながら、ノスローさんの所に向かうと、心配そうな顔で見上げてきた。
「ノスローさん、PVPすることになった」
「え? どういうことですか?」
「いろいろだよ、色々。でさ、ゲーム内通貨をノスローさんに渡せたりする?」
「上限はありますけど、できますよ?」
「じゃあ、送るから俺に賭けてくれる?」
「はい?」
意味が分かってなさそうなノスローさんに金を送った。
上限は10万ゴールドで、俺の持ち金は8万だったから全額渡す。
決闘のルールは俺が決めている。
ルールは『制限時間なし』『HP、ATK、DEF同一』『勝利条件HP全損』で、剣闘場の賭けの対象に設定、勝利報酬はプレイヤーの持ち金全額だ。
後ろを見ると、腕を組んだままの山口。
2人と合流していないから、間違いなくゴールドを送ってない。
事前に送っていたかもしれないけど、PVPに至るまで計算尽くだとは思えないから、大丈夫だろう。
負けても取られない、賭けに消えていくだけだ。
「ルールをアイツに送るから、賭けてくれよ。ノスローさん」
「分かりました」
山口からの依頼を承認して、ルールを確認してもらうと、すぐに了承された。
『剣闘場へ移動しますか?』という画面が出てくる。
ルール見てないと思うくらい早かったけど、大丈夫か。
「じゃ、勝ってたら、金返してね」
「あ、はい」
『はい』を選択すると、視界が暗転してすぐに何もない荒野に立っていた。
少し離れた場所には山口がいる。
ロードをほぼ挟んでいないようなエリア移動。
この技術で『ゴーストリリース』を新しくするか、新作でも作ってくれたらいいのに。
『武器を装備してください』と画面が表示されている。
対人戦は初めてだから、動かしやすい武器でいこう。
短剣とレイピアを装備し、準備は出来た。
「井上」
「うん?」
「悪かったな」
「うん」
「まあ、お前があんまり気にしてないから、良かったよ」
「うん」
「それ以外の返答はないのか?」
「いつ始まるんだ?」
「しばらくした、カウントダウンが始まるから、待ってろ」
「うん」
山口の武器は細長い剣。
両手で持つような少し重い武器だから、両手剣だな。
決闘の時だけ、別のシステムが適用されたら負けるだろうけど、今まで通りなら負けることはないと思う。
俺はしばらく戦闘が始まるまで、考えを巡らせていた。
ノスローさんと会ったことを理由にしたけど、よく考えると毅の所為だな。
頼まれたから、お金を払ってくれたからって理由で始めたけど、個人情報が晒されたから、何か別で謝罪してもらおう。
昼食をおごってもらうとか、悪くないな。
「なに笑ってんだ?」
「考え事してたんだよ。気にするな、それより遅くないか?」
「賭けの対象にしたから少し遅いんだ」
「へー」
待っていると、視界にカウントダウンが表示された。
30秒から開始のようだ。
対人で両手剣を出してくるんだから、山口はこのゲームに自信があるんだろう。
重い武器を扱っても攻撃を受けない、防御できる、上手く扱える。
残り10秒になると、ワクワクしてきた。
初めての対人戦。
『ゴーストリリース』のボス戦よりもワクワクする。
人が作った動きなのか、人の動きなのか、対応できるか、俺は。
カウントダウンが0を表示すると、山口の頭上にHPゲージ。
始まると同時に山口は両手剣を背負って走ってきた。
慣れた動きに見えるのに、強く見えないのはどうしてか。
間合いに入った俺へ、馬鹿正直に両手剣を振り下ろす。
普通の攻撃は何度も経験している。
短剣を両手剣の軌道に合わせ、少し力を入れた。
火花が散って、両手剣が軌道を変更していく。
走った勢いと体重をかけた攻撃の所為で、大きく体勢を崩す山口。
がら空きの首元にレイピアを突きこみ、短剣を後頭部に叩き込む。
たった2回の攻撃で、山口のHPは半分ほどだ。
弱点部位だったから、割と減ったんだろうな。
俺が両手剣の攻撃を弾けなかった場合は、半分くらいで済むか?
「簡単そうに弾きやがって」
「『ゴーストリリース』で練習すれば、出来るようになるぞ」
「うるせぇ、イライラをぶつけさせろ!」
負けて諦めるためだったろ、さっきまで。
建前捨てるなよ。
イライラをぶつけたいなら、徹底的に嫌がることをすればいい。
攻撃の動きは慣れているのに、長時間動くことに慣れていないように見える。
弾きで耐え続けるか。
それから俺は、たまに短剣で刺す以外の攻撃をしなくなった。
HPを残すように腕だけに攻撃して、ほぼ弾きを続けている。
嫌がらせで始めたとはいえ、時間を使うのは俺としても都合が悪い。
でも、嫌がらせだからと続けて、10分。
「攻撃しろよ!」
「してるじゃん」
「体力減らないようにしてるだろ」
「うん」
「なんでだよ」
「嫌がらせだ。被害者という立場を使って嫌がらせしてる」
「ひでぇ」
「そっちの方が酷いだろ。でも、時間がもったいないから、もういいか」
「あ?」
10分くらい動き続けて、疲れ切っている山口。
俺が間合いに入ると、両手剣を構えるけど、疲れて腕が震えている。
そもそも重い武器で対人戦は難しいから、仕方ない。
短剣を突き出すと、大げさに防御してしまった山口。
レイピアを突き出したときには回避すら間に合わない。
首に刺さると、HPが全損した。
視界に『WIN』と表示され、勝利報酬として山口の持っていたゴールドが手元に入ってきた。
25万ゴールドくらいだ。
どこまで進めているか分からないけど、多い方か?
画面を閉じたら『剣闘場から戻りますか』と新しい画面が表示された。
「受けてくれて、ありがとな」
「うん」
戻ると、にっこり笑っているノスローさんがいた。
賭けが上手いこと良ったんだろう。
「やりましたよ、カズさん」
「どうだった?」
「50万にまでなりました!」
「俺、あんまり人気なかったんだな」
「知らない人もいますし、相手の人は剣闘場で何度も勝っていたそうです」
「あれで?」
「普通は両手剣を苦も無く弾くことはできませんから」
「どうして?」
「恐怖ですよ」
「『ゴーストリリース』しろ、全員出来るようになるから」
「はいはい。10万おくりますね」
「うん」
送られるのを待っていると、時刻は21時20分頃。
ボス行く予定だったけど、疲れたし休もうかな。
個人情報が出回っているらしいし、肉体以外の疲労があるから。
「お、来た」
「はい。色々ありましたけど、カズさんが元気そうで良かったです」
「疲れたけどね。今日はもう休むよ」
「それがいいですね。私ももう終わります」
「そう。それならノスローさんは運動してね」
「まだいいますか」
「現実で動けた方がいいのは間違いないでしょ?」
「まあ、それは、そうですね」
「そういうこと、じゃ」
その日はゲームをログアウトして、VRルーム内で過ごしていた。
特に何をしたわけでもなかったけど、何もしないのは気分転換になったから悪くない。
あのままゲームをしても身が入らないだろうからな。