視線と誤算
家に帰ると、ここ最近の日課になっている『ツリーサーガ』をする。
ログインして、すぐにスキルポイントを全て使って『軽防具』のスキルレベルを上げた。
4から10に上がったけど、現状効果を実感できていない。
18時まではレベル上げをして、夕食を済ませてから王都前のボスを挑戦する予定だ。
ゴブリンジェネラルだったから、次はなんだろう。
将が来たから、英雄とか来るんだろうか。
そうして18時までレベル上げを続けたけど、思ったよりも上がらなかった。
《名前:QAZ 基礎レベル30 スキルポイント残り2》
《スキル》
《大太刀19》
《軽防具10》
《刀1 片手剣1 槍1 斧1 両手斧1 両手剣1 棍棒1 盾1 徒手1》
《経験スキル》
《剛よく剛を制す 大太刀の使い手》
《称号》
《対獣スペシャリスト、炎猿の決闘者》
六ツ町に戻って雑貨屋で売却をしていると、周囲にプレイヤーがいた。
俺を見ているような気がしたから、割とノスローさんの配信は広く知れてるんだな。
夕食を終えたら、装備は更新しているから、王都前のボスは小手とミサンガを着けるのを忘れないようにしよう。
宿前でログアウトしようとしていると、五ツ町側の門からノスローさんがいつだったか絡まれていた熱狂的なファンとやって来た。
俺に向かって手を振っているのは分かる。
一応後ろを見て、俺に向けていることを確認。
手を振り返して、ログアウトした。
18時を少し過ぎたけど、風呂と夕食を済ませた。
母さんは仕事でまだ帰って来てない。
こういう日もある。
19時30分頃、再度ログインして小手とミサンガを装備した。
準備はできた。王都前のボスまで移動だ!
と、歩き始めた俺の前に尋常ではない焦り方をしているノスローさんが、立ちふさがる。
「ジェネラル強かったでしょ、ノスローさん」
「メッセージ送ったのに、見てないでしょう!」
「うん、来てたこと、いま知ったよ」
「あの、驚かないで聞いてほしいんですけど……」
前置きしたノスローさんは全く話し出さない。
熱狂的なファンも近くにいるけど、渋い顔でどうにか笑うだけだ。
23時30分にアラームを設定して、しばらく待っていた。
「ノスローさん、なに?」
「え、えーと、驚かないでください、取り乱さないでくださいね」
「うん」
「ちょっと待ってください。言うのが怖いので質問させてください」
「うん」
「SNSは見てないんですか」
「うん」
「分かりました。今から言いますけど、驚かない、取り乱さないでください」
「うん」
何度も念押ししてくるくらいだから、俺にとって良いこと、悪いことがあったのかもしれん。
良いことは『ゴーストリリース』の会社が新作ゲームを出すこと。
悪いことは……特に思いつかないな。
「えー、カズさん」
「うん」
「……」
「うん」
「カズさんの個人情報が」
「うん」
「SNSからネットに出ました」
「へー」
「え?」
俺はVRのメニューから検索してみると、丁寧に写真付きで出回っていた。
井上優人、○○高校2年、17歳。
写真は1年の時の宿泊研修で撮ったものだ。
「うわっ、ホントじゃん」
「信じてなかったんですか?」
「うん。それに年齢不詳だから、ノスローさんにタメ口使えたのに」
「タメ口でいいです」
「助かるよ」
「いや、あの、大問題ですよ。これ」
「出ちゃったんだから仕方ないよ」
「仕方ないって、そんな簡単には済まないでしょう」
「そうなの?」
「普通はそうです。それに私と関わってすぐのことなので、ファンがしているのかと思ったんです」
ああ、なるほど。
そういえば、山口はファンなのかもな。
顔が同じとはいえ、俺を特定しているのは学校の連中くらいだろう。
「そうかもね。あ、そうだ。配信してるなら、ちょうどいい宣伝させてよ!」
「え? あ、はい」
「えー、カズです。個人情報が晒されたので宣伝させてください。『ゴーストリリース』の装備縛り動画を投稿してます。えーと、チャンネル名は『死にゲーこそ至高』です」
「酷い名前ですね」
「ノススミっていう名前よりも、分かりやすいから良いと思うね、俺は」
「うっ! 知ってるんですね」
「友達が言ってた。ノススミって」
どうしようもないことを教えられ、俺は諦めることにした。
考えても変えられない。
広大なネットの海に情報が出てしまったから、諦めるほかない。
「ノススミさん、もう大丈夫そうだから、俺たちはこれで」
「あ、ありがとうございました」
ノスローさんの熱狂的なファンたちは悪い人ではなさそうだ。
それなのにどうして、あの時は面倒そうにしていたんだろう。
「カズさん、大変ご迷惑をお掛けしました。ごめんなさい。私もこれで」
「いや少し待って、良いこと思いついた」
「はい?」
「ノスローさんのファンが個人情報を流出させたかもしれないんだったよね?」
「え、は、はい」
「それも全て、配信をしていたノスローさんが俺に手伝いを求めてきたことに由来すると、合ってるね?」
「言い方は悪いですけど、否定はできません」
「で、あればノスローさんは謝罪をしたいけども、情報というものだから謝罪どうこうじゃ済まない、流出したものはどうしようもないから」
「そうですね。再度謝罪からさせてください。大変――」
「いやいやいや、謝罪はいいんだ。謝罪の代わりを考えたから」
名案に違いない。
というより俺にとっての名案だ。
残念なファンに振り回されるノスローさん。
かわいそうに。
「え、あ、もしかして⁉」
「うん、うんうん。思い当たることを言葉に出して」
「この前の賭けをなかったことに」
「はい、やり直し。考えて」
「そうなると『ゴーストリリース』を続けさせることですか?」
「せいかーい。そういうことで、謝罪はいらないよ」
「いや、あの、それはちょっと」
「え? 仕事の都合でできないとか? 他人の個人情報を流出させた可能性があるのに⁉」
「あくまでも可能性です」
「そう怒らないで、俺が怒ってないんだから」
「そうですね」
うーん、どうしたらノスローさんに続けてもらえるか。
俺が頭を捻って考えていると、焦れたのはノスローさんだった。
「あー! 分かりました。やります、あの死にゲーをしますから!」
「あ、してくれるの。よかった」
「疑うような目で見つめられると、私がしたわけじゃないですけど、罪悪感があるんです」
「どうしたらしてくれるか、考えてただけだよ。人聞きの悪い」
「それにしては、ジッと見ていましたよね」
「そう? でもしてくれるならよかった。俺は今から王都前のボス行くけど、ノスローさんは何するの?」
「現実に戻って、今回のことを調べてみます」
「そう、頑張って」
「他人事みたいに言いますね」
「もう俺の手を離れてるから、それじゃあね」
「はい」
ノスローさんに手を振ろうとしていると、闖入者があった。
俺とノスローさんは動きが止まる。
闖入者は3人。
顔を布で隠した男『ウェルダンポーク』の後ろに、『バサシ』『レアチキン』がいた。
「あっ! 初心者を罠に掛けようとした『バサシ』『レアチキン』」
俺の言葉にドキッとしたのか、目を逸らすふたり。
で、顔を隠した人はなんだ?
「おい、カズ」
「なんだ?」
「分からないか、井上」
「ちょっとちょっと、本名は禁止だって」
「分かるか、俺が」
「分かったから、逸らそうとしてたのに、今ノスローさん配信してるよ」
「やっぱ頭おかしいんだな、お前」
「そっちだろ、おかしいのは、黙ってようとしたのに。で、ゲームでまで会いにきてなんだよ?」
どう聞いても、山口なるものだ。
声からなんとなく可能性があると思ってたけど、本当にそうだったとは。
となると、俺が気になっていた2人は山口の子分か。
すごいな、世間は狭い。
と、なると住んでいるエリアごとでサーバーが違うのかもな。
いや、ノスローさんも近いことになるから、違うか。
「頼みは聞けないのか?」
「いま聞けばいいじゃん」
「頼みは聞けないのか」
「なあ、ノスローさんに固執することないだろ。どうせ中身は運動もしてない不健康なおばさんだぞ」
「なっ! 言いすぎですよ、カズさん」
「猫背、重心はブレブレ、運動してない人の動きですよノスローさん」
「そっちじゃありません!」
「17歳の高校生からすれば、年上はおばさんですよノスローさん。目くじら立てない」
俺がノスローさんと話している間にも、全く動かず俺の方を向いている。
一体、コイツは何がしたいんだ。
コラボしたいなら言えばいいのに。
自分で会いに来て、言える状況なんだから。
「おい、来い」
「なんだよ」
ノスローさんと2人を置いて、山口に付いていく。
声が聞こえないだろう場所まで離れると、山口は俺の前で腕を組んだ。
「どうして頼みが聞けないんだ?」
「お前こそ、いま頼めよ。俺に仲介してもらう必要ないだろ、目の前にいるんだから」
「断られるに決まってるだろ」
「俺経由でも一緒だよ。そもそも断られてから頼めよ」
「分かってることをしてどうする」
「段階を踏めってことだよ。ほら、いま頼んで来い」
「お前、頭おかしいだろ」
「なにが?」
「俺がお前の情報SNSにあげたんだぞ」
「馬鹿だなお前。停学か退学だろ、それ」
「いいんだよ。お前はどうしてそれをなかったことみたいに、俺に接してるんだ」
視界に映る時刻は20時30分。
ログインしてからまだほぼ動いてない。
ゲームもせずに、個人情報を流出させた奴と何をしてるんだ俺は。
「どうしようもないから、考えてないだけだ。で、流出させて、ゲームで会って、気は済んだか?」
「チッ! なんでそんな余裕そうなんだよ」
「余裕じゃない、気にしてないだけだ」
「わけわかんねぇ!」
俺が慌てふためくと思ったんだろう。
残念。『ゴーストリリース』のため、宣伝するいい機会になった。
個人情報の流出を宣伝のチャンスにするという、いい経験だ。
「もういいか?」
「はあぁ。わけわかんねぇ。は、はは、はははは、やっぱ頭おかしいよ」
怒ってるかと思えば、気が抜けたようになって、終いには笑いだす。
山口の方が十分おかしいよ。
ただ、疲れたような雰囲気から、少しはマシになった。
「『ゴーストリリース』だったら、今さっき続けてもらうことになったから一緒にやるのを頼むけど?」
「もういいよ。別に頼みが出来た。ノススミは関係ない」
「何だ?」
「PVPしてくれ」
「はぁ?」