解散、誤算
名誉を守り切り、18時のアラームを止めた。
俺の行動にノスローさんも時間が来たと理解し、レイピアと短剣を返す。
賭けに負けたけど、お金を払うことを阻止できたのは良かった。
「それじゃ、ノスローさん、またね」
「あ、あの!」
「うん?」
メニューからログアウトしようとしていたんだけど、声を掛けられた。
そういえば、ファンの人も同じように声を掛けてきたな。
口癖はファンにまで伝染していたようだ。
「カズさんは今、ツリーサーガで五ツ町前のボスですか?」
「いや、王都前でレベル上げしてる」
「はい?」
「王都前でレベル上げしてる」
「え、いや、あの、早くないですか?」
「四ツ町で会ったのが金曜だっけ、そこまでじゃない?」
「いえ、六ツ町のボスが強いとは聞いていますから」
「ああ、確かにギミックがあるかと思うくらいHP減らなかったな」
「よく倒せましたね」
「『ゴーストリリース』していたら同じような状況になるから、ノスローさんも続けるといい!」
「いえ、やめておきます」
「そう、じゃあ、今日はありがとう」
「はい、ありがとうございました」
ログアウトして、リビングへ向かい夕食を指定する。
夕食は麻婆豆腐だ。
出来るのを待っていると、リビングに母さんが入ってきた。
「優人、優しくしないさいって言ったのに、突き落とすのはダメでしょ」
「突き落としてない。一緒に落ちた」
「一緒に落ちてもダメだから、それにしてもゲーム上手かったのね」
「みたいだね。今まで人とゲームしたことないから、多少は上手いと思ってたけど、割と上手いみたい」
全自動調理器から麻婆豆腐を取り出して、食べ始めた。
母さんは別のものにするみたいだ。
そういえば。
「母さん、チャットも見てたの?」
「うん」
「どうだった、したそうだった?」
「全然」
「無理かあ」
「それが普通なんだから、結局いつもと変わらないでしょ」
「そうだけどさ」
ゲームジャンルがVRになってから嫌われているのは知っていたけど、どこかにいると思うんだけどな。
戦闘大好き人間が。
俺自身がそういう訳ではないけど、そういう人は寄って来ると思ってたんだけど。
海外ではある程度人気だから、それで満足しろということだろう。
「勉強はどうなの?」
「問題なさそう」
「ならいいけど、友達は?」
「相変わらず毅だけ」
「そう。ま、優人は知らない人とも話せるって分かったから、これからに期待ね」
「ノスローさんか。近所のファンの人とも話したよ」
「近所のファン?」
「うん。女性で黒髪ショート不健康そうな人だった。あと野暮ったいメガネかけてた」
「ああぁ。いたね近所に」
母さんも見たことあるようだ。
ただ、どことなく納得した感じなのは不思議に感じる。
知り合いではないと思うけど。
日曜日は『ゴーストリリース』だけした。
夕食後に別データでしたいと思い、続けていたら結局23時30分までして、驚いたくらいだ。
もちろん後悔はない。
学校に向かう時には曇り模様で晴れの予定だったから、合羽を持ちバイクに乗って登校した。
教室へ入ると、誰もが俺を見てたい気はしたけど、気のせいだろう。
窓から空を見ていると、肩を叩かれた。
「ゴメン、優人」
「どうした毅?」
キョロキョロと周囲を確認した毅は謝って来る。
俺も周囲を見ると、クラスメイトの視線が集中していた。
毅が大げさに謝るから、視線を引いているようだ。
「実はさ」
「うん」
「昨日の配信、他の生徒たちが見ててさ」
「へー『ゴーストリリース』してくれるって?」
「危機感持てよ!」
「危機感って、で?」
真面目に答えたつもりだったけど、焦ったような顔の毅。
なるほど。
この視線の正体は配信に出た俺が注目されているという事か。
「4組の山口から優人か、て聞かれたんだ」
「だれ?」
「ヤバそうだな、井上」
「陸斗」
「え? 優人、吉田を下の名前で?」
「覚えた。ちなみに、あれは九美です」
「教科書みたいな言い方やめろよ。俺は吉田陸斗だ」
我がクラス2組のやんちゃ男子代表、よしだりくと。
毅がいると人が寄って来るんだな。
顔の広い奴だ。
「で、なにがヤバそうなんだ陸斗」
「井上からの名前呼びもヤバい」
「わかったから」
「4組の山口だよ。知らねぇのか?」
「知らん」
「はぁ、聞け」
そうして吉田陸斗先生からのありがたい、お言葉を頂いた。
どうやら、粗暴という名前を持って生まれてきたと言われても、おかしくないのが山口という人らしい。
暴力事件を起こしたことがあるようだ。
そんな奴がよく高校に入学できたな。
「で、どうヤバいんだ?」
「アイツも配信してんだよ」
「そういう人、増えたよな」
「だよな。……じゃなくて」
「うん」
陸斗もノスローさんと系統は違うけど、楽しい音の鳴る人らしい。
一緒に塔から跳んでみると、楽しそうだ。
「アイツはノススミとコラボしたいんだよ」
「ノススミ、ノスローさんのことか?」
「そうだよ」
「コラボの申し入れとかするんじゃないのか?」
「だろうけど、視聴者でもない、配信者でもない井上と多少仲良くなったろ?」
「うん」
「俺も、て考えてるのが山口だ」
「SNSでコラボを申し入れしたらいいじゃないか?」
「それすっ飛ばして、一緒に遊んだ奴がいるだろ」
ああ、俺だな。
なるほど。
どう考えても相手してくれないだろうから、知り合いから攻略していこうという訳か。
甘い考えだ。
『ゴーストリリース』においては、味方ではない奴は敵なのに。
「大丈夫かよ、井上」
「断るよ。別にノスローさんと遊んだだけで、知り合い紹介するほどの仲じゃないし」
「お前だったら断りそうって思ってるから、大丈夫なのかって聞いたんだ」
「断って、何かあるの?」
「暴力事件起こしてるような奴だぞ。何があるか分かんねぇよ」
「大丈夫だろ、殴られたら逃げる」
「アイツ、取り巻きいるから気を付けろ。逃げられないかもしれないぞ」
陸斗は随分と心配してくれる。
ぶきっちょな奴だったんだな。
にしても、山口って4組の人は我が校の番長的存在なんだろう。
女番長とかいるのかな。
「心配してくれてありがとな」
「心配じゃなくて、忠告だ」
「毅、心配だよな、これは」
「優人はいい友達を持ったなぁ」
珍しくいじりに乗っかる毅。
陸斗は恥ずかし気にして席へ戻っていった。
出会いは悪かったけど、優しい奴だ。
俺はなんとなく新しい友人が出来たような気だった。
その友人の忠告は、昼食時に現実のものとなる。
予約していたサバ定食を食べていると、毅他3名が俺の対面に座った。
「井上って言うんだよな、お前」
「うん」
どうみても件の山口なる者だと分かる。
学生では不良少年の象徴となっている金髪。
着くずしたシャツ、首元の似合っていないチェーン、片耳のピアス。
あの話を聞いた後だと、どう考えても山口だ。
「おれさ、実は配信やっててさ」
「へー」
山口の取り巻きの2人。
どことなく見たことのあるような顔をしていた。
2人は取り巻きとして来ているようだけど、俺は2人の方が気になっている。
「お前さ、ノススミって奴の配信出てたよな」
「ノスローさんね」
「ノススミ、っていうんだよ」
「へー」
2人は俺の顔を見ても、特に何も感じていない。
俺は知った顔のような気がするけど、名前を覚えないから顔も特に思い出せない。
なんとなく知っているという気がするだけかもしれない。
「おれさ、ソイツと一緒にゲームしたいんだ」
「したら?」
「出来れば苦労しないんだよ」
「配信してるなら、コラボでもしたら?」
「出来れば、お前に聞いてないんだけど?」
「別に仲良くなってゲームしたわけじゃないから、俺が頼み事するのは違うと思うんだけどな」
俺の意見を聞く姿勢はあるらしい。
それでも大きく溜め息を吐くと、わざわざ席を移動して隣に座ってきた。
何か香水臭い。
でも、サバの匂いがかき消してくれてるな。
「なあ、お前、よく考えろよ」
「うん」
「おれがさ、頼み事してんだ」
「うん」
「おれが、頼んでんだ」
「うん」
「分かるか」
「うん」
はっきり言え。
その言葉が喉元でうまい具合に止まってくれたけど、サバの油で口から出て来そうだった。
あぶないあぶない。
「じゃあ、頼んでくれるな」
「分かった『ゴーストリリース』3人でしようって提案するよ」
「ちげぇよ『ツリーサーガ』に決まってんだろ」
「いやぁ、『ツリーサーガ』は俺もやる気がないからさ。『ゴーストリリース』だったら本気で頼むけど」
俺の言葉にテーブルの上で拳をギュッと握った山口。
怒りを感じているようだけど、吐き出さず耐えてくれる。
でも、コイツが怒ってもゲームの敵より怖くないって知ってるから、平静でいられる。
「頼みは聞けないか?」
「『ゴーストリリース』であれば、聞けるよ!」
「はあ、頭おかしいんじゃねぇのか、お前」
「悪いゲームじゃないんだよ。難しくて、驚かしが多いだけなんだ」
「聞いてねぇよんなこと。はんッ、もういい」
俺のゲーム愛に気がそがれてしまった山口。
2人の子分を連れて帰っていった。
残る毅は渋い表情だったけど、苦い笑みを見せる。
俺の選択は毅の評価では悪かったらしい。