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中ボスと円卓の見える塔


 緊張した面持ちをしているであろうノスローさんの後について、階段を上っていく。

 屋上には中ボスが待ち受けている。

 ノスローさんが屋上に顔を出すと「ヒエッ」と声を上げた。


 中ボスは砦の全権を持つであろうと思われる全身鎧の兵士だ。

 名前は『砦の拳兵長』といい、名の通りに武器として大きなガントレットを着けている。


「あの、こっち見てません?」

「見てるよ。屋上に上がったら戦闘が始まるから」

「あの敵は、どういう攻撃しますか?」

「見て分かると思うけど、拳で攻撃してくるけど、気を付けて」

「は、はい」


 返事をしたにも関わらず動き出さないノスローさん。

 俺も最初は少しの間、眺めているだけだった。

 少し大きい体に装飾もない鈍色の鎧は、威圧感がある。

 しかも息遣いが聞こえてきて、それを助長していた。


「ノスローさん、あと2時間と15分だよ」

「は、はい」

「当たって砕けろだよ。さ、頑張って」

「はい。い、いってきます」

「うん」


 屋上から顔だけ出して、戦闘の始まりを見届けた。

 しかし、予想通りに始まってすぐ戦闘は終わる。


「あ、いやぁぁぁ‼」

 

 屋上に出たノスローさんへ向かって兵長は体当たりして、柵も無い屋上から突き落とした。

 ドスドスと重そうな足音を響かせる兵長は落ちたのを見届けて、階段下の俺を見る。

 しかし、警戒するだけで元の場所へ帰っていった。


 ノスローさんが戻ってきたのは、それから10分後の事だった。

 疲れ切ったように見えるけど、これから何度か浮遊感を味わうだろう。


「カズさん、身を任せろって、ああいうことだったんですか?」

「そう。最初の攻撃を避けても、別の攻撃中に何度か落としに来るから、気を付けて」

「アイツを落とすことは出来ないんですか?」

「無理、ゲームに守られてる。普通の兵士は落とせるけど」

「あの、2時間で倒せますか?」

「分からん。出来ないことはなさそう。無理そうなら、手をかしてもいいけど?」

「その場合、賭けはどうなりますか?」

「俺の勝ちかな。どうする?」

「ギリギリまで頑張ります」

「うん。頑張って」


 笑いながら手を振って送り出す。

 屋上に出たノスローさんは最初の体当たりを避けた。

 しかし、素早い拳の連撃を受けて膝をついてしまい、普通に倒される。

 リリースされたノスローさんは、すぐにリスポンした。


 それから何度も倒されるノスローさん。

 死にゲーの攻略とは、かくあるべし、と言えるくらい何度も倒れた。

 1時間経った頃には、体力は半分まで減らすことができている。

 しかし、第二形態でサクッと負けていた。


「お疲れノスローさん、さっきよりも動きが良くなってるよ」

「あの拳が雷を纏う意味が分かりません」

「アイテムだよ。避けて、最低限だけ防がないとダメだから」

「第三形態とか無いですよね」

「ない。あれを攻略すればいいだけだから、頑張って!」

「むっ! 楽しそうですね、カズさん」

「分かる? いやぁ、人が自分の好きなゲームをしてるのを見ると、楽しいねぇ! だーれもしてくれなかったから、ホント嬉しい!」

「そうですか。いってきます」

「うん。頑張って。残り1時間くらいだけど」

「あの、それ余計です!」


 手を振って見送ると、何度も繰り返した体当たりを避けることから始まった。

 体力を半分削るまでは、回復せずに立ち回れている。

 兵長がアイテムを使って拳に雷を纏うと、今度は避け、どうしようもない攻撃を盾で防いでいく。


 雷を纏っても攻撃手段は変わらないから、ノスローさんは段々と慣れ始めた。

 避けてたまに攻撃、大振りな攻撃は避けて回復する余裕まで出来たようだ。

 体力は6分の1になり、兵長は何度も地面に拳を叩きつける。

 息遣い、動きが荒々しい。


 すると、ノスローさんに向けて走り出す。

 体当たりだと思ったノスローさんは避けるけど、兵長はそれを追っていく。

 今までとは違う行動パターンから、ノスローさんは避けに徹する。

 ただ、残念なことに避けるだけではどうにもならない。


 俺は兵長とノスローさんの追いかけっこをしばらく見ていた。

 大柄な金属鎧の人がノスローさんを追いかけまわすのは、傍から見ていると滑稽だ。

 ノスローさんの視聴者はどう思っているんだろう。


 避けることをやめたノスローさんは防御を選択した。

 そうして、想像通り兵長に掴んで持ち上げられる。


「え、えッ⁉」


 事態が理解できないノスローさんは持ち上げられながら声を上げた。

 そのまま、屋上から投げ落とされる。

 兵長は俺を一瞥し、持ち場へ戻っていく。


「あと少しだったね、ノスローさん!」

「う、うれしそう……ですね」

「いやぁ、想像通りに投げられたから、うれしい。俺も最初投げられたからさ」

「あれはどうすれば、いいんですか?」

「受けはダメだけど、避け続けてもダメ」

「攻撃するんですか?」

「受けるふりして、避ける」

「攻撃を誘って避けるんですね?」

「そう。でも早く動きすぎるとディレイしてくるから、気を付けて」

「はい」

「後45分!」

「焦らせないでください!」


 俺にできる限りの優しさは見せたから、優しくないところも出さないとな。

 ツリーサーガを3か月のあと続けるのは、苦痛ではないかもしれないけど、お金を使うから嫌ではある。


 動きから少し怒っている様が分かるノスローさん。

 慣れたように戦闘を始める。

 疲れが出ていて動きがゆったりとして、ベテランの動きに見えた。


 弾きは使ってないけど、防御と避けの判断が上手い。

 不味そうだな。


「兵長いけぇ!」

「カズさん⁉」


 思わず応援したけど、もちろんゲーム内の敵が強くなるわけじゃない。

 ただ、ノスローさんの動揺を誘えたみたいだ。

 でも、すぐに持ち直したノスローさんは攻撃を加えていく。

 想定よりも早く残り35分で体力を半分まで削る。


「いけぇ! 兵長!」

「カズさん、黙ってください」

「視聴者が見てるぞ! 変わり映えのない戦闘は面白くない!」

「姑息ですよ!」

「このゲームで学んだからな。敵はもっと姑息だぞ」


 俺との話に集中力が割かれていたノスローさんは、拳を受ける。

 いいぞ!


「もっとだ! 兵長!」


 しかし、俺の応援は意味をなさず、体力を6分の1まで削ったらしい。

 先ほどの様に地面を拳を叩きつけて、暴れている。

 巻き込まれないように離れているノスローさんは、兵長から目を離さない。


 体当たりを始めた兵長を避けて、ジッと盾を構えるノスローさん。

 掴み攻撃を誘い、ジッと見続けていたノスローさんは上手く避けた。

 手痛い反撃を受けた兵長の体力はもうほぼ残ってないだろう。


「がんばれぇ! 兵長ぉ!」


 声もむなしく兵長は糸の切れた人形のように崩れた。

 ここから30分以上時間稼ぎをするのは無理だな。

 賭けは俺の負けだ。


「カズさん! 酷いですよ妨害は!」

「そういうこともある。ほら、円卓行こう」

「あら、負けを認めたんですか?」

「今は。この先ノスローさんがしくじるような場所もないから、認めたようなものだけど、終わるまで分からないからね」

「円卓に行きましょうか」

「うん」


 下り階段に向かうノスローさんを見つつ、6階に降りた俺は円卓に近い塔へ歩き出す。

 ショートカットだ。


「あの、カズさん。階段はこっちですけど……」

「いいから、こっち」

「わ、分かりました」


 手招きして近くに来たノスローさんの肩が触れ合い、俺は口元が歪んだと分かった。

 楽しんでもらうには、マルチという環境が必要だったのかもしれん。


「うん? カズさんが悪い笑みだった?」

「え? ほら、急ぐよノスローさん」

「は、はい!」


 塔まで向かい、弓を構えていた兵士を倒すと塔の上に出た。

 目指す場所を見せるにはちょうど良い。

 俺は平原にポツンとある細長い建物を指差した。


「あれが円卓ね。今から向かう場所」

「確かに30分かからないくらいですね」

「で、その近くにある、あれ!」

「え? どれですか?」

「あれ、あれだよ」

「うーん、分かりません」


 もちろん何もない。

 細長い建物を見るノスローさんの後ろ、火の玉にニコリと笑いかける。

 

「うーん、見えま――」


 ノスローさんの腕を掴んで肩を組む。

 予想外の出来事に驚くノスローさん。このマルチ接触はできるようだ。

 だからこそ、思いついたんだけど。


「そんなものないよ!」


 言いながら、掴んだノスローさんごと塔から跳んだ。

 感じる圧倒的浮遊感。

 段々と速度が上がっていく。


「いやぁぁぁぁ‼」

「あはははは!」


 近づいてくる地面を、遠ざかる空を見た。

 中天の陽は平原を明るく照らし、清々しい気持ちになる。

 ああ、気分爽快だ!

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