砦へ
システムの確認をしていたノスローさんの方を見ると、想像通りの状況だった。
俺も似たようなことをしていたからだ。
「あの! カズさん」
ノスローさんは馬に乗っている。
最初の頃は、馬に乗って移動しながら攻撃を考えるけど、想像以上に難しい。
しかも攻撃力が下がるから、普通に攻撃した方が楽だ。
「説明通りにすればいいから、そこまで慌てなくても」
動きを止めたノスローさんは手綱を握り、馬の腹を蹴る。
ゆっくりと歩き始めた馬は、おっかなびっくりなノスローさんの手綱で動きを決めていく。
もう一度腹を蹴ると、今度は走り始める。
「あ、あの!」
声を上げながら遠ざかっていくノスローさん。
優しく気遣うために、俺は馬鍵を取り出して、馬を出す。
強めに腹を蹴ると、駆けだした。
「手綱を手前に引っ張ると、止まるから」
「は、はい!」
停止させることに成功したノスローさん。
どうにか馬から降りると、その場でへたり込んだ。
俺も降りると、ノスローさんはジッと俺を見てきた。
「なにか?」
「馬に乗れるんですね」
「実際には乗ったことないけど。それでどうよ、アシストのない世界は?」
「想像以上にアシストされていたんですね。ツリーサーガは」
「ツリーサーガは少しじゃなかった?」
「いえ、割とアシストされていましたよ」
俺とノスローさんの間に齟齬がある。
少しだけな気がしたんだけど、ノスローさんは割とだと言う。
いや、俺の少しがノスローさんの割と、なんだろう。
「え? ああ、そういうこと?」
「え、なに、ノスローさん?」
「あ、カズさんはアシストの割合が少なくて、私が多かったのではないかと視聴者が」
「なるほど。VRに慣れていない人でもそこそこのレベルで遊べるように、底上げしてるのか」
「そうだと思います。アシストの要らない慣れた人からすると、少しだけに感じるのかもしれないです」
ゲーム側も細かい事してるんだな。
それをしないゲームを今しているわけだけど。
アシストがないというのを知ってもらえたから、今度はそれの活用だな。
ゲームをあまり楽しまなくても、この場を求めることになれば良い。
「それじゃ、今から砦を攻略して弓を取りに行こう!」
「あの、馬で行くんですか?」
「歩きで行こう、近くにある、あれだから」
俺が指を差した先には砦がある。
中ボスがいる砦で、そこまで強い敵がいないからレベルを上げていなくても大丈夫だ。
「ノスローさん、そういえば今日は何時までするの?」
「付き添いのカズさん次第ですけど」
「え、1日‼」
「そこまでしませんから!」
「冗談だよ。じゃあ、18時ね」
「長くないですか?」
「砦をノスローさんが攻略して、円卓って所に行くまでこのくらいかかるから」
「私が早く攻略すれば、早く終わると」
「そうだけど、無理だと思う」
「じゃあ、賭けましょう!」
「うん?」
虚空のディスプレイを触れて、操作を始めるノスローさん。
配信の方で何かしているようだ。
「何を賭けますか?」
「なにかあるかな?」
「あの、私が賭けて欲しいと思っているのは、この前の猿の情報です」
そうだ、言うつもりだったのに忘れてた。
あれだ、母さんから気遣いとか優しくとか、言われていたからだな。
「忘れてた。それ、えーと、ボス猿は手甲をドロップして――」
「いやいやいや、なにサラッと言おうとしてるんですか⁉」
「もともと言おうと思ってたから」
「それでも軽く言えることじゃないでしょ⁉」
「3か月分だけしか『ツリーサーガ』する気ないから、言えるんだな、これが」
「そういう話でしたね」
「で、ボス猿だけど」
「それなら私が質問しますから、答えてください」
「え? うん」
妙なことを言うものだと思ったけど、たぶん視聴者が聞きたいことをまとめるんだろう。しばらく黙っていた。
こちらに顔を向けた時、ヘルムの奥の目は輝いている。
「まず、どういう風に戦闘が始まりましたか?」
「モンスター誘引煙をパーティー組んだ2人が仕掛けて、大量のモンスターが流れ込んできた」
「は?」
「次の質問は?」
「え、えーと、ボス猿の攻撃で属性ダメージというのは何ですか?」
「両手に巻き付いた木の装甲を打ち合わせて、火に包まれるんだけど」
「は、はあ?」
「それをしたら、猿もダメージを受け始めて」
「自傷行動ですか?」
「それについては詳しく説明できるけど、後になる。で、その拳の攻撃を弾くとダメージをほんの少しだけ受けた」
俺の言葉を信じてなそうな顔をしているノスローさんが、ヘルムの隙間から見える。
事実そうだけどな。
「詳しく説明できる部分を教えてください」
「そのボス猿から手甲がドロップして、そこになんだっけ。たぶん、己が命とともに穢れを焼いた戦士の手甲は、相対した者しか装備できない、ってあった」
「え?」
「たぶん穢れを焼いてたんだろうな、それでダメージを受け続けてた」
「いや、あの、えー」
「うん?」
「それ、専用装備じゃないですか⁉」
「だね」
「私も噂だけは聞いていたんですけど」
「他にもひとつあるけど、話しを聞いて賭けに負ける?」
俺の言葉に動きを止めたノスローさん。
そもそも何をしようとしていたか、思い出したらしい。
「私が賭けて欲しいのは『ツリーサーガ』を続けるです」
「月額ゲームだから無理ですー」
「全くできませんか?」
「となると、出来ないは嘘だな」
「では、それで。カズさんは?」
「ノスローさんが『ゴーストリリース』を続ける権利がいい」
「いや……あの、それは」
「えー! 人にはお金がかかることをさせるのに」
「分かりました。それでいいです。ほら、急いで砦まで行きますよ!」
賭けることが決まると、砦に向けて歩き出したノスローさん。
俺は馬に跨って、後ろから付いて行く。
しかし、すぐに気付いたノスローさんも馬を出した。
順調に馬は歩き始める。
「ふふっ、これなら私の勝ちですね」
「残念、ノスローさん。移動速度は俺基準だから、全力疾走で20分だ。あはははは!」
「やっぱりできるんですね、カズさん」
「それもここで覚えたから、続ければノスローさんも出来るようになるね!」
「くッ! ほら、急いで!」
慣れない馬を走らせるノスローさん。
しかし、走らせ続けると慣れていくのか砦が近づいてくる。
砦まであと少しという所で、俺はノスローさんを止めた。
「ノスローさん、リスポン更新しよう」
「あ、はい。どこですか?」
「ここ」
おぼつかない手つきで火をつけると、俺も続いて火をつける。
死んでもここから、再開できるから、安心だ。
ノスローさんは今からリリースして偵察をしようとしているかもしれないけど、そんなことをしていたら時間が足らない。
「ノスローさん、リリースすると時間が足らないから、砦の構造を教えるね」
「え。は、はい」
「4つの塔があって、それを登るのが一番早く攻略できる」
「はい?」
「で、普通に行くと、あの大きな門の扉から入る。鍵は門番が持ってるから」
「はい」
「入ると弓で撃たれるから真っすぐ突っ切る」
「はい」
「その後は、敵を倒しながら上に行くと中ボスだから」
「はい、あの弓はどこにあるんですか?」
「塔の奴が持ってるから、倒して」
「は、はい」
馬を下りてノスローさんは砦を見た。
塔の上の兵がこちらを見ている。
弓を構えているけど、警戒しているだけだ。
「あの、近づいたら撃たれるんですか?」
「うん。だから、矢を避けながら門番倒して鍵を開ける」
「いや、あの、無理じゃないですか?」
「だから塔を登るのが簡単」
「それはもっと無理です」
ああ。そうだそうだ。
優しく、気遣いを忘れずだな。
忘れてたよ、母さん。
「じゃあ、鍵を開けるまでは矢を弾いてるから、門番倒して」
「分かりました。早速行きたいんですけど、いいですか?」
「もちろん。砦の攻略だ!」