さあ、布教だ!
蓋が無くなった石棺から起き上がる。
慌てたような声が聞こえてきた。
ノスローさんだ。
石棺から出て、ノスローさんが入っている石棺に近づくと、剣が突き出された。
俺よりもパニックになるのは早いな。
「ノスローさん、俺だよ」
「え、ああ、カズさん」
「寝てないで出てきて、すぐに戦闘だから」
「は、はい」
慌てたように出てきたノスローさんは、兵士装備だった。
円盾に片手剣、鎖帷子と随所に金属鎧のオーソドックスな装備だ。
ヘルムの隙間から目が見えるくらいで、たぶんノスローさんだと思う。
「今から、戦闘ですか?」
「うん。近くの棺が開いて敵が出てくるから、倒して」
「はい」
ここは、石棺が大量にある場所で他全ての石棺は2つを除いて開いている。
ノスローさんが出てきて、すぐに近くの石棺2つが開いた。
兵士のような敵、魔術師のような敵が出てくる。
しかし、人とは思えない乾いた肌。
視界の下側にHPゲージが表示される。
『兵士』『魔術師』と表示され、俺の所には魔術師、ノスローさんは兵士が来た。
自分のステータスと似たような敵だから、俺は楽に倒せてしまう。
AIは魔術師として動くけど、ステータスは体力偏重だからだ。
倒し終えた俺は、ノスローさんの戦闘を見ていた。
扱いなれていない盾に苦戦しながら、攻撃を仕掛ける。
でも、敵の方が盾の扱いは上手いからどうにも攻め切れていない。
「カズさん、手を貸してください!」
「それ、通常モブだから、がんばって」
「はいぃッ⁉」
ステータス以外は通常モブだ。
嫌でもこのさき戦うから、倒す感覚は覚えておく必要がある。
しばらく戦闘をしていたノスローさんだったけど、相手を上手く崩せずにHPを削られてしまった。
そういえば、母さんから優しく気遣えって言われたっけ。
「腰の袋に回復丸薬がある。敵の攻撃を防いだ後に力を入れて一撃を入れると、よろけるから」
「は、はい!」
俺の気遣いは通じたようで、兵士の攻撃を盾で防ぐと、力の入った一撃を入れた。
というよりは力み過ぎた攻撃に見えるけど。
しかし、それでも敵はよろけて、大きな隙を晒す。
俺の場合は首に攻撃をするんだけど、ノスローさんは片手剣をどうみても心臓付近に突き入れた。
一撃が兵士の体力を削り切り、勝利したようだ。
ドロップの確認を告げる画面が出てくる。
『馬鍵』『魂のライター』
ふたつの確認を終えると、世界そのものが揺れ始めた。
「あ、あの!」
「この後、鬼と戦闘するから」
「え、はい?」
視界が暗転してロードが挟まれる。
目を覚ますと、暗い世界だった。
「あの、カズさーん⁉ カズさーん」
「隣にいるから、鬼が出てくると周囲が明るくなるので、頑張ろう」
焦ったようなノスローさんが声をヒュッと静めた。
ドスドスという足音が聞こえてきたからだろうけど、声を潜めても無駄だ。
狙いは俺たち。
足音が止まった場所で、2つの赤い光が灯る。
段々と暗かった世界が明るくなり始めた。
洞窟と言っていいような場所だけど、岩は灰色でうっすらと発光している。
俺たちの前には灰色の鬼がいた。
素手で武器を持たない鬼、この場所で門番のようなことをしている奴だ。
『鬼番』と表示され、HPゲージが表示される。
「ノスローさん、コイツは倒さなくてもいいけど、どうする?」
「そう言われると、倒したくなってきます」
「できるとこまで挑戦して、倒されたらそれまでいい?」
「はい。カズさんは手伝ってくれますか?」
「いや、俺が手伝ったら簡単になるから」
鬼は一歩踏み出して吠えた。
隣のノスローさんが後ずさる。
「やめとく?」
「いえ、やってみます」
「うん」
戦闘から離れた俺は、しばらくノスローさんと鬼が戦うのを見ていた。
盾自体のガード性能の所為で、攻撃を受けると体力はじわじわと削られている。
スケールが大きいけど、攻撃パターンは『ツリーサーガ』の熊と同じだ。
腕の薙ぎ払い、叩きつけ、掴み。
すこし各動作のバリエーションが多いくらいだ。
しばらく見ていると、ノスローさんのHPが空になった。
マルチプレイの時はどうなるのか、見ていると、ゴーストがリリースされる。
死にゲーという一面ばかりが取り沙汰されるこのゲーム。
リリースというのが一番の売りだ。
魂をリリースしてマップを安全に偵察できる、これが売り。
見たところ、ノスローさんは魂になったようだ。
「カズさん、これは?」
「さあ、マルチだから復活とかできないのかな?」
「蘇生アイテムがあれば、できるみたいです」
「そうなんだ」
「カズさんは倒してくれますか?」
「いや、さっさと次行きたいから倒さないけど」
話している間にも、鬼がゆっくりと近づいている。
魂になったノスローさんは拳くらいの白い靄だ。
顔も見えないけど、靄の近くに火の玉が浮いているから、向きが何となく分かる。
「あ、弾き! 弾きを見せて下さい」
「熊でも見せたけど」
「いいから、見せてください」
「うん」
視聴者から頼まれでもしたんだろう。
俺は手に持った木製の杖を構えた。
魔術を使えるけど、今は弾きに使うための杖だ。
近くに来た鬼が右手を開いた。
これは薙ぎ払いの予備動作で、左手を開いた時も同じだ。
片手で持った杖を薙ぎ払われる腕に合わせて、動かした。
攻撃方向に直角で力を掛ける。
俺の右側から来た左手を弾くと、金属音ではなく野球のバッティングの時のような音だった。
小気味いいカンッ、という音が響く。
「それじゃ、進めるよ」
「え、あ、はい」
「手を掴んでね」
「え?」
俺は鬼の攻撃を何度か受けると、HPが空になって世界が揺れ、空間が裂けて手が差し伸ばされる。
手を掴むと、視界が明るくなり、目も開けていられず、閉じるとロードが挟まる。
ロードが終わり、目を開くと馴染み深い世界だった。
他よりも少し高い場所で目を覚まし、体を起こした。
平原で近くにはランタンが置かれている。
遠くにはいくつか建造物も見え、歩いている兵士モブも見えた。
ようやっと、ゲームが始まるな。
「カズさん、ここは?」
「『ゴーストリリース』の現実側だ。ターモーデンっていう俺の第2の故郷だ!」
「は、はぁ」
「さ、このランタンにライターで火をつけて、手帳を手に取って」
言いながら俺は着ける。
ランタンから優しい光が広がり、リスポーン地点となった。
手帳はシステムの説明と地図が挟まっている。
「しばらく、これを読んでてもいいですか?」
「うん。俺も魔術の設定してる」
「それ、聞きたかったんです」
「魔術の事?」
「違いますよ。近接系の装備で来ると思ってたので、魔術師装備で不思議だったんです」
「今までしたことない装備にしただけ、ノスローさんこそ、何とも言えない兵士装備だけど?」
「視聴者におすすめを聞いたんです」
「死にゲーだからね。攻撃をくらわないか、耐えられる装備が必要だからか」
「はい。少し読んで、システムを試してますね」
「うん」
俺は平原に腰を下ろして、メニューを開いた。
魔術の設定だ。
今は簡単な魔術を覚えている状態で、いくつか選べる。
遠距離攻撃魔術がある中で、支援魔術というものだ。
サブで覚えるのが多い魔術だから、次の周回を見越している俺にとってはちょうどいい。
支援魔術から敵を撃破した時のエラムという金のような、経験値のようなものを多く得られる魔術だ。
設定を終えて、ゲーム始まったばかりの明るい平原で寝転がる。
解像度の低い暖かさと風だけど、気持ちが良い。
ツリーサーガで似たようなことをすると、よりリアルなのかもしれん。
「うわぁぁ‼」
驚いた声が思考を遮る。無視だ無視。
「あの! カズさん、なんですか、これぇ⁉」
無視するわけにはいかないらしい。
母さん、優しくするのは難しいよ。