友人の頼みで体験版を
ボス戦は10分くらいで終わった。
ドロップアイテムは拾い終えると、80個目になっている。
最初は馬を攻撃して兵は無視、後半は突きからの薙ぎ払いを警戒していれば、案外どうにかなるのが騎馬兵だ。
宙に浮かぶ火の玉へ手を振って、録画を止めた。
ゲームメニューを開くと、ルームに戻る。
録画を確認してスクショ集から武器の詳細を編集で入れ込むと、タイトルを設定して予約投稿した。
公開は明日の昼頃だ。
俺が編集をしている間に『ツリーサーガ体験版』がダウンロードを終えた。
時刻は17時前だから、1時間してから夕食かな。
ゲームを手に取って起動した。
最初は作成したキャラの適用、体験版での注意が並べられる。
それらが終わると、ゲームのムービーが始まった。
まとめると大陸の真ん中にある世界樹が体調不良になって、世界樹自身が自らを蝕む何かを解決するものとしてプレイヤーを選んだというものだった。
世界樹の危機は世界の危機らしい。
死にゲー世界においては行き過ぎた信仰で、信仰対象を破壊するという笑えない話があったけど、世界樹を神聖視しすぎてる輩がいるんじゃないか。
この世界こそが世界樹に相応しくないとか言って、世界の破壊が世界樹の破壊になるとか。
うわぁ、ありそう。
ムービーが終わってからしばらくロードが挟まり、気が付いた時には広場のような場所で立っていた。
体験版はオンラインでひとりプレイのようだ。周囲にプレイヤーが見えない。
俺の頭上には淡い緑色で名前が表示されていた。
服はゴワゴワしてそうな上下を着て、頑丈そうな靴を履いている。
突っ立っていると、視界に大量のクエストとチュートリアルの表示がされた。
ざっと見たところ、基礎レベルというHPとMPの量を決めるレベルがあるらしい。
他にも基礎レベルとスキルレベルが足らないと、装備できない物もあるという。
まあ、体験版しかしない俺には関係ない。
操作説明チュートリアルを終えると、今度はゲームシステムのためのチュートリアルクエストを終わらせていく。
クエスト一覧を表示させると、どうやらチュートリアルクエストが体験版のようだった。
「最初はインベントリ内の武器と防具を装備する、か」
左手で円を描いて、真ん中を押すような動作をするとゲームメニューが開いた。
インベントリを見ると、大量の装備が並べられている。
中から俺が選んだのは、軽くて頑丈そうな革防具。どの防具も『DEF+5』とあって、見た目だけしか変化はない。
しかし、武器はものによって変化が大きかった。
俺が選んだのは大太刀だ。
ただ、使った感じで変更するかもしれない。
ふたつのクエストを終えると、アイテムショップに向かうように指示が出た。
どうやら次のクエストは回復薬を買いに行くらしい。
視界に出ているクエストのピンを目指して、歩いていく。
町の雰囲気はまさしく始まりの町みたいだ。
マップにも始まりの町、と書いているから間違いない。
このゲームにおける普通の人がいて、武器を持ったような人は少ない。
平和だ。
まるで世界の危機とかいうムービーの話がそもそもなかったみたいに見える。
死にゲー世界はすべてが色あせて見える世界なのに。
人の営みもほぼなく、外に出ると襲われるから、殺伐とした世界を生きられる人しか外に出ていない。
こっちの世界だと優しさは通用しそうだけど、結局は体験版だけだからな。
アイテムショップへ向かうと、物言わぬ店員から回復薬を支給された。
最初はタダらしい。
回復薬の正式名称は初級回復薬とある。種類も豊富そうだ。
受け取り終えると、クエストを終えて報酬が入った。
体験版では使う必要もないだろう。
クエスト一覧を確認すると、次は次グ町へ行こうと書かれある。
それ以降、三ツ町、四ツ町、五ツ町、六ツ町と続き、王都へとあった。
覚えやすい町ばかりだけど、特色がなさそうだ。
次グ町以降のクエストは灰色で表示されており、体験版では次までだと分かる。
クエストの目的地をピンで刺すと、視界上に向かう方向が指示された。
「ハイテクだ!」
死にゲーでは詳細な地図など無く、大体の場所を記した絵だったのに。
今時のゲームは向かう場所まで指示してくれるようだ。
馴染みのない町を出ると、平原が続いた。
道の外れにはモンスターがいるけど、俺は特に戦う理由もないから道を歩いていく。
歩きながら大太刀を振ってみると、そこで体が軽いことに初めて気づいた。
「なにこれ……なにこれ!」
俺がしていた死にゲーは、どうやらひと昔前のゲームらしい。
何とも言えないモッサリ感があったんだけど、このゲームは軽い。
腕を上げるのも、足を上げるのも、ジャンプするとより分かる。
浮き上がった体が宙で上昇する力を失って、一瞬停止して落ちていく。
重力が軽くなった世界みたいだ。
というより、そういう物理エンジンなんだろうな。
となると、いつもの死にゲーはモッサリ感に加えて、重力が地球よりあったのかもしれない。
道なりに進んでいると、モンスターと会うことなく目的地の少し前にたどり着いた。
少し開けた場所はボス戦用の場所にしか見えない。
歩いていくと、フゴッフゴッ、と鼻息荒い音が聞こえてきた。
周囲を見回していくと、熊が茂みの中から出てくる。
同時に熊の頭上に体力ゲージと名前が出てきた。
『穢樹熊』とある、間違いなくボスだ。
熊は普通の熊じゃない。
体の所々に黒い木のようなものが巻き付いて、防具の様になっている。
ボス戦はシームレスに始まった。
どうせ最初のボスだから、最初の装備で問題なく倒せるだろう。
背負った大太刀の鞘を左手で掴んだ。
大太刀は長いから抜きづらい。
左肩から右腰に背負っているけど、抜くのに少し時間がかかりそうだ。
柄に右手を伸ばす前に熊の攻撃してきた。
何気ないひっかきだったけど、想像以上に攻撃が遅い。
しかし、威圧感がある。
動きや臭い、少しの仕草が死にゲーよりもリアルを感じさせた。
今では他のゲームもこれくらいリアルかもしれない。
高いから買おうとは思えないんだけど。
何度か攻撃を避けていると、想像よりもボスが弱いと分かった。
ここは、マイナスポイントだ。
歯応えのある敵と戦いたい人は、月額プレイをしなさいということか。
ひっかき、突進、掴み、噛みつき、どの攻撃も動きの遅さで俺を追い詰められない。
死にゲーの敵はどうやら強いようだ。
特定フレームでの回避を求められることもあるから、理不尽という方が近いだろうけど。
攻撃に慣れた俺は右手で大太刀を抜いて、避けながら攻撃をしていく。
そこで気付いたことがある。
特定部位のダメージが高いこと、部位ごとにダメージが違うことだ。
お金がかかってそうなゲームだと分かりやすいポイントだろう。
「さあ、そろそろ体力が半分だぞぉ!」
簡単なだけではないだろう。
俺の想像は間違いではなかった。
半分になると同時、ムービーが入った。
熊に巻き付いていた木は、さらにきつく巻き付いていき、体内にヌルリと入り込んだ。
熊が咆えると、背中に大きな黒い木の装甲が現れてムービーが終わる。
「きもちわりぃ」
俺の言葉に怒ったわけでは無いだろうけど、一目散に駆けてきた。
しかもさっきまでより、随分と動きも早くなっている。
突進を転がりながら避けると、起き上がりにひっかきをしてきた。
仕方なく大太刀で弾く。
金属音が響いて、火花が散る。
どうやらこのゲームにタイミングよく弾きをすると、攻撃を無効化できるようだ。
ということはガードを突き抜けて、一定のダメージを受けることもあるんだろう。
ただガードしているだけでは、渡り合えないということ。
いいね!
これだよ、これ。
俺が求めていたのは、暗い世界に陰鬱な事情。
理不尽と、か細い勝利の糸が見える戦闘。
該当するのが戦闘だけは俺でも楽しめそうだ。
避けと弾きに徹しながら、攻撃をしやすい状況を探していく。
突進後は背中の装甲に遮られてダメージが通らない。
噛みつきを弾くと、掴みを上手く避けられると、どちらも隙が大きい。
他は無理だ。
安全に行くなら掴みを避けるのがいいだろう。
でも、なんだかんだで時間は17時40分、18時には風呂と夕食が待っている。
体験版しかしないゲームのボスに時間を使いたくはない。
急ぐぞッ!