ゲームと生活、謎の視線
昨日、いつもよりも早く寝たから9時には目を覚ました。
まさか、墓穴を掘ることになるとは。
そもそも、毅が知らなかったと言っていたからな。
何してんだろう、俺。
朝からゲームをして、少し落ち込んだメンタルから目を逸らすことにした。
今日中に王都まで行って、第1章を終わらせれば、悩ませられることもない。
そのつもりで急ごう。
ログインしてミサンガを外すと、俺は町の外に出た。
今日はゲームを楽しむまずに、さっさと攻略だ。
時刻は10時30分頃。
俺はボスがいる開けた場所の前に来ていた。
前のボスから王都まではゴブリン系のボスで統一されている。
次は、どんなボスなのか。
足を踏み入れて、待っていると5体の武装したゴブリンと杖を持った2体のゴブリンが出てきた。
頭上に名前とHPゲージが表示される。
『ゴブリンソーサラー(風)』『ゴブリンソルジャー』
ゴブリンよりは期待できそうなゴブリンソルジャー。
相変わらずのゴブリンソーサラー。
大太刀を掴むと、ソルジャーたちを無視してソーサラーに突貫する。
杖を持ってだみ声で詠唱するソーサラーに体当たりし、よろけたところに振り下ろす。
残す体力は3分の1。
俺のスキルレベルは上がっているけど、ソーサラーたちは変化ないらしい。
ソルジャーから逃げながら、ソーサラーたちを倒した。
ソルジャーたちは装備が重いのか動きが遅く、ソーサラーたちが倒れるまで追いかけるばかりだ。
しかし、残るは5体だけになると、まとまって防御の姿勢を取った。
盾に槍、もしくは盾に剣を持ったゴブリンソルジャー。
さすがにゲームでも盾を貫くようなパワーは出せないし、基本的にプレイヤーが弱いゲームしかしてこなかったから、こういう時は困る。
攻められることに対処は出来るけど、強引に攻めるのは苦手だ。
出来ることと言えば、槍と剣の範囲外から大太刀で攻撃することだけ。
怯んだ方が負ける。
「体勢崩せぇッ!」
走って勢いよく叩きつけると、ソルジャーは盾を手放した。
握力は体の大きさ相応なのか弱いらしい。
しかし、手放した1体の隙を埋めるように近くの1体が出てくる。
面倒だけど、少しずつ削るか。
時刻は11時頃。
ガードが固い5体を倒し切った。
数が減っていく毎に戦闘が楽になっていくのは、良かったと思う。
リザルト画面では基礎レベルの上昇、大太刀のスキルレベル上昇、そして新たに経験スキルの獲得が通知された。
『剛よく剛を制す:敵のガード状態を崩しやすくなる』
力には力で立ち向かうのが俺の経験として、評価されたらしい。
今度はガードの上から攻める以外の方法で、攻撃してみよう。
五ツ町前でムービーを見て、兵士からの問い掛け、新しいシステムのギルドシステム開放が通知された。
ギルドといえば陸斗(上の名前は知らない)に誘われたっけ。
雑貨屋でアイテムを売り、武具屋で装備の更新をする。
六ツ町に行って、その次が王都だからボスは後2体。
1か月分もいらないのに、3か月分の金を払ってしまった毅は可哀そうに。
それにしてもクエストのクリア報酬が毎回、お金と回復薬なのはどうにかならないのか。
12時前になったから、俺はログアウトして昼食をとることにした。
ゲームをログアウトすると、VRルーム内にコール音が響いた。
相手は毅。
「なんだ?」
「優人、配信出てたこと、どうして教えてくれなかったんだよ?」
「ノスローさんはすごい配信者なのか?」
「すごいよ。言っても分からないだろうけど」
「わからん。で、それだけか?」
「いや、色々面倒そうなことになりそうだから、教えようと思って」
「あー」
虹色のミサンガか?
それともボス猿の話か?
「優人から猿の情報を聞こうと中堅どころのギルドがいくつか動いているらしい」
「ノスローさんの配信で話していいか」
「面倒ならそれがいいかも。ただもうひとつ面倒なことはあってな」
「なに?」
「そのノスローさんの熱狂的なファンもお前に目を付けたらしい」
「へー」
「面倒だぞ、SNSでお前のことを調べるって言ってるらしい」
「大丈夫だろ。あ、そうだ。次が六ツ町だから、もうすぐ王都だ」
「は? 早いな」
「だろ。招待ボーナス楽しみにしてろよ」
「明日の『ゴーストリリース』楽しみにしてる」
「お前、しっかり見てんだなノスローさんの配信。じゃあな」
「いや、ノスローさんじゃ――」
いつもの感じで切ったけど、なにか言おうとしてたな。
気にすることでもないだろ。
リビングで全自動調理器からハンバーガーを選択しようとしていると、食材が足りないと表示された。
最近、肉ばかり使っていたから、足らないみたいだな。
補充用のチューブ肉を買ってくるか。
ゲーム以外にやることないし。
寝巻から着替えて外に出ると、夏を感じる熱気が襲ってくる。
それでも涼しさがあるから、マシだけど6月になると嫌でも夏だろうな。
昔は梅雨って言うのがあったらしいけど、今はない。
買いに行くのは肉チューブと豆チューブだ。
テキトーにサラダも追加で買っておこうかな。
近くのコンビニへ行くと、全自動調理器用のチューブ食材が売ってある。
肉チューブ系統から『スパイシー牛肉チューブ』を買い、豆チューブ系統から『大豆チューブ』を買った。
せっかく、ハンバーガーにするつもりだし、炭酸系の飲み物も買うか。
飲み物を前に悩んでいると、近くに来た人が隣で立ち止まった。
チラッと見ると、こちらを見ている。
できるだけ、気にしないようにと心を決め、飲み物を2つ選んだ。
その場を離れようとしたけど、妙に視線を感じる。
もちろん隣の人からだ。
勢いよく隣を見ると、間違いなく俺を見ていた。
「なんですか?」
視線の主は女性だった。
今時珍しい染髪していない黒髪ショートで野暮ったいメガネをかけている。
細身で……いや、不健康そうなガリガリだ。
手には全自動調理器用の補充チューブがある。
「あ、いえ、すみません」
「うん?」
「え、あ、何か気に障りましたか?」
「いえ、似た声を知っているような気がしたので」
似た声の人はMODを使ってるだろうから、別だろう。
顔は、いや、似てるのか?
似てないな。
あまりにも不健康そうな青白い女性だ。
ノスローさんは、もうちょっと健康そうな色してたはず。
「ハハハ、そういうこともあるんですね」
「はい、気のせいですね。ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ不躾に見てました。すみません」
「気になることでも、ありました?」
話を向けると、女性は「うーん」と悩まし気にしながらも、腕時計から仮想ディスプレイを表示した。
慣れたように操作して、ひとつのサイトから動画を再生し止める。
どうみても、俺がいるのはノスローさんの配信だからだろう。
「この人と一緒だと思ったんです」
「うーん」
今度は俺が唸る番だった。
ノスローさんの視聴者が近所にいるとは、でもポジティブに考えるなら、それは死にゲーの訴求力が高いということでは?
すごい人だと毅も言っていたような気はするし、プラスだな。
「あの」
「それ、俺ですね」
「! やっぱりそうだったんですね」
「この配信者ノスローさん、有名なんですか?」
「あ、はい。名前が知られている方ではあります?」
「確信がないんですか?」
「はい、あなたは知らないようでしたから」
「配信見ないんです。同じゲームばかりずっとしてましたから」
「言ってましたね、配信でも」
熱心な視聴者なんだろうな。
というか、女性視聴者がいるんだノスローさん。
男ばっかりだと思ってた。
「お話できてよかったです。ノスローさんに近所でファンがいたと伝えておきますよ。日曜日の13時以降に」
「あ、ああ、そうでしたね。死にゲーをするとか」
「ええ! いやぁ楽しみですよ、悲鳴が」
「えッ⁉」
「いや、驚かしが多いので、悲鳴が出るだろうと思ってますから、では」
「はい」
謎の視線はノスローさんの視聴者だった。
さっさと帰って、王都まで向かうぞ!