ノスローこと、ノススミ・サンロー①
私が配信を始めたのは高校生の時。
VRが普及して2年と経たない頃だった。
始めはただの趣味、今ではそれで生活をしている。
2日前に始めたゲーム『ツリーサーガ』は前々から気になっていたけど、それまでしていたゲームを終わらせていなかったからしていなかった。
でも、ある程度の配信者たちが始め、同時接続数も好調なようだから、私も遅れまいと始めた。
最初の熊、次の猿どちらのボスも強かった。
動きに慣れれば少しはマシだけど、それでも1度は倒されて死に戻っている。
そこで私はレベル上げをしながら、視聴者に聞いてみることにした。
「みんな、取り返しの使いない超重要なことってある?」
〈ない〉
〈あれば教えてる〉
〈初心者です。僕も知りたいです〉
〈超重要以外なら〉
〈ほぼない〉
〈ない〉
〈俺が知りたい〉
1万人見ている内のおよそ1000人がチャットをしているから、チャットの流れはそこそこだ。
視界の左端に透過させているチャット欄を正面に持ってきて、見ていく。
「ないんだ? じゃあ、少し悔やんだことは?」
〈四ツ町までの熊、限定ドロップ〉
〈熊の限定ドロップ〉
〈熊〉
〈熊のドロップ〉
「熊の限定ドロップがあるんですか?」
〈初心者限定〉
〈四ツ町まで行くと取れない〉
〈取ってない人もいる〉
〈取らなくても問題ない〉
「取ろうかなそれ。でも、熊って強いんでしょ?」
〈MMOなんだから人を頼れば〉
〈オンラインの意味ww〉
〈いつでもどこでもソロプレイ〉
〈さすがノススミの姉御〉
それから、視聴者たちの発案により雑貨屋近くでプレイヤーを探してみることに。
しかし、平日の夜だから、いないだろうと高を括っていると、普通の人が来た。
黒髪黒目、ゲームの中なのに何も変えてないと思える人。
疲れ切ったような顔を見ていると、変えているようにも見える。
「助けてもらえませんか?」
「困難を越える事こそゲームの醍醐味です。頑張ってください」
〈物怖じしないんだ〉
〈さすがノススミの姉御〉
〈拒否られてら〉
〈ま、こんなもんだよな〉
〈応援までされてる〉
「お願いします。このゲーム初めて3日目なんです」
「俺は今日始めました」
「はい?」
私は助けを求める相手を間違えていたみたい。
ゲームを始めたばかりの人に声を掛けたなら、仕方ない。
チャットも〈それなら仕方ない〉と言っている。
「そうだけど。その機械は何?」
「これは、配信用のAIカメラです」
「生配信ってやつだ! 人気なの?」
「まあ、そこそこです」
〈そこそこは嘘〉
〈1万いてそこそこ〉
〈この人、知らないんだ〉
〈配信見ない人か〉
「それでご飯食べてんの?」
「はい、そうです」
「すごい。あ、そうだ!」
「で、えーと……」
「俺、頼み聞くからさ。『ゴーストリリース』ってゲームしてくれる?」
私は聞いたことのないゲームだった。
いや、死にゲーだというのは知っている。
〈死にゲーだっけ〉
〈VRでクソムズイゲームだろ〉
〈馬鹿みたいに容量多いやつ?〉
〈猛者しかしないゲームだろ〉
〈ちょっと前のゲームなのに、リアルなんだよね〉
〈怖いぞ〉
「うーん……あの、視聴者と相談してもいいですか?」
「はい」
QAZという人に背を向けて、視聴者たちに聞いてみることにした。
私よりはどういうゲームか知っているだろう。
「どういうゲーム?」
〈死にゲー〉
〈ボスの数が多すぎて頑張っても半年以上かかる〉
〈難易度馬鹿高い〉
〈陰鬱で腐った臭いがリアル〉
〈マニアしかしない無理ゲー〉
「時間かかるのは、ちょっと嫌だなあ。しても大丈夫?」
〈やめとけ〉
〈興味ありそうなの怖い〉
〈やめろ〉
〈いつもは言わないけど、やめろ〉
初めてのチャット〈やめろ〉
枠で強調表示されたチャットで溢れかえった。
初めてのチャットも多く、一体どういうゲームなのかと期待が高まるけど、止めておこう。
経験者の話は聞くものだから。
「あの……」
「はい! ゲームしてもらえますか?」
私よりも若そうなQAZというプレイヤーは話しかけると、目を輝かせて返事した。
してもらえない、という考えにはなっていないようだ。
残念だけど。
「いえ、やめておいた方が良いと言われたので、この話はなかったことに」
「そっか。VRは苦手?」
「好きですけど、下手です」
「それなら『ゴーストリリース』した方がいい。俺なんて他のゲームなんてこれしかしてないんだよ?」
「そうなんですか?」
「ゲームが上手くなるよ。たぶん」
〈コイツ、やばい奴じゃね〉
〈おかしい人〉
〈どういう生き方したら、あれだけになるんだ?〉
〈そもそもMMOは何でしてるんだ〉
〈やばいやばい〉
〈正気じゃないだろ〉
「でも、やめておいた方がいいと言う事なので」
「そっか。残念、配信がんばってね」
「はい。ありがとうございました」
どことなく寂しそうに宿屋の方へ去っていく。
でも、チャット欄はどうにかなった、良かった。と安堵している。
「そんなにひどいゲームなの?」
〈あれはヤバい〉
〈やばい〉
〈難易度がおかしい〉
〈ツリーサーガの戦闘は息抜きレベル〉
〈むずすぎ〉
「そうなんだ。色んな人がいるんだね」
次にカズさんと出会ったのは私が熱心なファンと呼んだ、別の配信者の人というか知り合いに絡まれているところだった。
悪い人たちじゃないんだけど、あんまり私の事情を考えてくれない人だ。
「おっ、ノススミさん今配信中?」
「はい」
「これからさ、五ツ町のモブ猿倒そうと思っててさ」
「ノススミさん、まだ四ツ町行ってないなら、俺たち倒すから一緒に行こうよ」
「いえ、あの……実は、人と約束があって」
〈誰が聞いても嘘だと分かる〉
〈うそ〉
〈さすがに嘘は〉
〈テキトーに撒けよ〉
〈おい、ヤバい奴来た〉
〈昨日のヤツだ〉
夜の時間と違って、昼は視聴者層が違う。
それでも多少は心配してくれているようだ。
私が嫌がっているのも分かってるようだし。
チャットの中で気になるコメントを見て、カメラの先を確認すると、QAZというプレイヤーが脇を静かに通り抜けようとしていた。
「あ、ちょうどよかった、この人です」
「うん?」
「カズ、さん。モンスターの討伐を一緒にするって話でしたよね?」
私は必死にカズさんに目を向けて、助けを求めた。
このまま、この人たちに付き合っていると楽しくゲームと配信が出来ない。
「あんた、いま来たって風だからそんな訳ないよな」
「いや、事情によってはそうなる」
事情?
「は?」
「あんた、どういう意味だ?」
首を傾げていた私の目に理解した視聴者のコメントが目に入った。
〈昨日の話だろ〉
〈ゴーストリリースか?〉
〈うわ〉
〈酷い奴だな〉
〈まあ、コイツは知らない人の知らない話だからな〉
「気にするな。それよりノスローさん、どうすんの?」
〈やめろ〉
〈ログアウトで逃げろ〉
〈後から謝れ〉
〈今だけ受けろ〉
〈受けろ〉
仕方ない。
「ゲームしますから、一緒に討伐してください!」
「武具屋で装備の更新するので、少し待ってて」
「いや、一緒に行きましょう! そういう事なので、声を掛けてくれてありがとうございました」
今は助かったことを喜ぶべきだと思うけど、チャットを嫌でも追ってしまう。
〈あーあ〉
〈あ〉
〈やばいな〉
〈心がおれないことを祈ろう〉
〈南無〉
やっぱりやめておいた方がいいかもしれない。
「ありがとうございます」
「何だったの、あれは?」
「いや、何と言いますか。熱狂的なファンとでも言いましょうか」
「ん? ああ、配信してるから、濁してんのか」
〈ひどいな〉
〈言われても仕方ない〉
〈そういう扱いだと知らない人も分かるのか〉
〈勝手にいじられる姉御〉
「違います!」
「で、『ゴーストリリース』してくれるんだよね?」
「いやぁ……」
私がどうしようかと頭を捻っていると、カズさんは動きを止めた。
そうして溜め息をひとつ吐く。
「仕方ない、あの人たち呼んでくる!」
「止めてください。します、します!」
「何だ、驚かせないでよ」
〈姉御〉
〈あしらい方〉
〈姉御に近いなこの男〉
〈男か分からんぞ〉
〈男だ〉
明日も12時!