器用なQAZと割と器用なノスロー
時刻は18時50分。
急いで戻ってきて、余ったお金で大量の武器を買っていた。
基本は大太刀で行くつもりだけど、それ以外を経験しないのはもったいないと思ったからだ。
どうせ3か月しかしないから、好きな楽しみ方をすればいい。
短剣、レイピア、ショートソード、盾、メイス、弓。
手斧、斧、槍、ハルバード、グレイブ。
いろいろ揃えて門へ向かうと、ピンク髪のノスローさんがいた。
楽しそうに手を振っているけど、どうしたんだろうか。
知りたいから俺も配信を見てみようか?
「テンション高くない?」
「方法を考えてくれたんですよね?」
「いや、特には」
「はい?」
目に見えて下がるテンション。
配信を見なくて分かりやすいのは助かる。
「練習すれば上手くなるから、練習あるのみ」
「練習のために、教えてくれません?」
「うーん、初期の武器は持ってる?」
「はい」
「それならひとつずつ試してみるか?」
「分かりました」
こうして俺は自称配信者のノスローさんを戦士にするのだった。
なんて終わってくれればいいんだけど、教えるのは俺だからな。
俺たちは町の外に出て、道を逸れる。
「レイピアと弓を見せてくれ」
「はい」
俺も装備を変更して、レイピアと弓にした。
少し遠くにいる狼へ向けて、矢筒から矢を抜いて狙いを定める。
ショートボウと呼べる大きさの弓を引くと、びっくりするくらい軽かった。
スッと手を放すと、狙い通りに狼の頭に命中。
「あの、私も狙っていたんですけど」
「走ってきてるから、狙えばいい」
「動いてる小さいのは無理です!」
言いながら、レイピアを持ったノスローさんに飛び掛かって来る狼。
タゲは俺だと思ったのに、ノスローさんに向かうのか。
1人でしてるから知らなかった。近い方へ向かうようだ。
飛び掛かりの噛みつきにレイピアを突き出し、自分へ到達する前に狼を倒したノスローさん。
今のだけでは分からないけど。問題ないと思う。
「いけるじゃん」
「体力が少ないからです。ボスとか大きくて体力の多いモンスターは無理です」
「そっか。じゃあ、他の武器も使ってみよう」
「はい」
思いのほか乗り気で各種武器を使ってくれたノスローさん。
そもそも、ノスローさんは俺の腕を弓しかしらないけど、どうして乗り気なんだ。
もしや! 俺の動画の視聴者⁉
いや、冷静になれ、あれはマニアしか見ない。
「なあ、どれもそこそこ使えるけど、不満なのか?」
「いえ、どれか上手かった物を使おうと思っていたので。カズさんから見て、どれが一番上手かったですか?」
「片手武器なら何でもよさそう」
「でも、両手系よりも攻撃力、咄嗟の受けとか弾きも出来ませんよ」
「ノスローさんは受けと弾きできないから関係ない」
「言いますね」
「段々慣れてきた、割と言っても問題なさそうだから」
初めましてから2日だけど、問題なさそうだ。
無理なら、他人行儀に接していればいいい。
俺みたいな子供の言葉は上手く流してくれるだろう。
「カズさんはできるんですか?」
「できる。それより23時30分までだから、さっさと熊を狩ろう」
「それなら、熊相手に弾きをしてくださいよ」
「うん」
俺の腕を疑い始めたのか、楽しそうに笑顔を浮かべるノスローさん。
レイピアを装備したまま、短剣も装備する。
どちらかで弾けば、片方が攻撃できるようにだ。
三ツ町から四ツ町の平原を熊を探して歩いていると、次グ町前のボスの熊と全く同じ熊がいた。
武具屋が言ってたな、三ツ町に熊皮の加工を出来る人がいるって。
限定ドロップを取ったら、探そう。
「私は言っていたように弓で攻撃します」
「うん。弾きするから、タゲ取り過ぎないように」
「はい」
近づくと、ボスのように名前が表示されるような事はなかった。
どういう攻撃だったっけ。
思い返していると、突進をしてきた。
これを弾くには大盾が必要だろうから無理。それは死にゲーだけど、分からないから避ける。
避けながら背中を突くと、もう装甲が付いていた。
体力が半分になったら、黒い木が巻き付いて装甲が出来上がったのに。
でも装甲が付いているということは、体力はボスよりも少ないのか。
レイピアで避けながら攻撃していると、段々と思い出してきた。
突進、ひっかき、噛みつき、掴み。
背中に装甲が付いた後は、叩きつけに範囲攻撃だ。
ひっかきの攻撃間合いでウロチョロしていると、矢が通りすぎて行った。
ゲームとはいえ、明後日の方向に飛んでいく矢を見ると、怖いな。
いつ俺の背中や頭に刺さるか分からない。
フレンドリーファイアないらしいけど、怖いものはこわい。
待っていると少し望みとは違ったけど、叩きつけ攻撃が来た。
ひっかきと似たようなものだから、悪くはない。
横からが上からになるだけだ。
叩きつけをレイピアで弾く。
金属音がして、火花が散ると熊は大きくよろけた。
怯み状態になりやすい、対獣スペシャリストの効果は出ているのかもしれん。
システムで動けない熊の頭に攻撃を続ける。
まったく矢が飛んでこないのは、どうしてなのか戦闘が終われば聞かないと。
怯み状態から回復した熊は、がむしゃらに俺を攻撃しようとする。
しかし、俺にとっては運よく、その攻撃はひっかきだった。
似たような攻撃が死にゲーであるから、弾きは取りやすい。
火花が散ると、怯まないけど、動きの遅い熊だから攻撃する隙は生まれた。
短剣とレイピアの連撃を叩き込むと、実体がなくなって電子の世界に消えていく熊。
「ノスローさん、どうよ?」
「あの、私たちパーティー組んでませんでした」
「そうだ。忘れてた」
感想を言ってはくれないノスローさん。
一先ず、リザルトを閉じてパーティーに招待しよう。
レベルは変わらず、ドロップアイテムは相変わらずの枝だけ、ではなかった。
俺が入手したのは虹色のミサンガだ。
『虹色ミサンガ:アクセサリー枠を消費することなく装備できる。ATK、DEFを1.05倍する』
「あー、ノスローさん?」
「パーティーの招待送りますね」
「うん。限定ドロップってミサンガ? それなら出たわ」
「え? ミサンガですけど、早くないですか?」
「運がいいんだろ。じゃ、パーティー組んでノスローさんの分を取ろう」
「はい、お願いします」
パーティーを組むと、ノスローさんのレベルが表示された。
『ノスロー:lv.24』
俺は現在レベル18だ。
このまま行くと、俺のレベル30手前くらいで王都に着くかもな。
レベルの上限はいくつまでなんだ。
「18? 低くないですか?」
「そんなことないだろ。三ツ町前のボスへ挑むためにパーティー組んだけど、2人は18だったな」
「そうですか。お友達ですか?」
「いや、モンスターを集めて俺を殺させるつもりだった奴ら」
「はあ?」
「ほら、俺は今から大太刀使うから、レイピア使ってドロップ取るぞ!」
「え? はい」
話を理解してなさそうだったから、急かして移動していく。
しかし、いつまで経っても熊には出会わない。
チラッと確認すると、ノスローさんは気にした風もない。
「熊ってレアなの?」
「レア寄りです」
「へー。てか、さっき俺さ弾きしたけど、どうだった? あと、どうして最後攻撃してなかったんだ?」
俺の言葉に恥ずかしそうに頭を押さえるノスローさん。
仕草は女性なんだけど。
なるほど。これがシュレディンガーの猫か。
「まさか本当に弾きを出来るとは思っていなくて、驚いて見てました」
「攻撃せずに?」
「はい、せずに」
「『ゴーストリリース』すれば出来るようになるから」
「そうですか」
「うん。あ、どこで配信してるか教えてよ。ゴーストリリースしてるか確認するから。いや、ノスローって検索したら出てくるのか」
「いや、たぶん出てこないと思います」
「うそでしょ、それ。どうせ視聴者がSNSで名前を書きこんでるよ」
「いえ、情報統制をしてますから、ありません」
「急に硬い、どうした?」
目に見えて動きの悪くなったノスロー。
もしかして裏では俺の事を酷く罵ってるとかか?
いや、俺の事を酷く言っている視聴者がいるのかもしれん。
うん。SNSはしばらく見るのを止めておこう。
「実は、その視聴者と相談してまして『ゴーストリリース』について提案があるんです」
「提案?」
「はい。その……マルチで一緒にしてもらえませんか?」