QAZとノスロー
部活動もしていない俺はさっさと家に帰ると、ゲーム開始前に録画の設定を調べた。
忘れる前に調べないと、ここぞという時に困るからだ。
「なるほど。配信設定とか、サービスの連携で分からなかったのか」
他の理由としては疲労だな。
録画の設定を調べ終えると、今度は王都までのボスを調べていく。
熊、猿と来て、次は何なのか。
「うーん、ちょっと違くないか」
仕方ない感覚だろう。
今まで熊、猿と来ていたのに、急にゴブリンとゴブリンソーサラーが書かれてあった。
数は1人当たりゴブリン10体、ゴブリンソーサラー2体。
それ以降の4から王都までのボスはゴブリン系で統一されていた。
想像とは違うけど、人型だから楽な方ではある。
「あ、装備縛りプレイの動画撮ってない。趣味だし、いいか」
ツリーサーガに時間を取られて、いつもの死にゲーが出来ない。
でも、多少違うゲームをするくらいはいいだろう。
新しい発見はないけど、新世代の死にゲーが出た時に適応できるはずだ。
ツリーサーガをしていれば。
「人気のゲームのはずなのに、人がいないのはどうしてなんだろう?」
少し気になっていたことだ。
検索をかけてみると、どうやら大量のサーバーがあるらしい。
サーバーひとつ当たりの同時接続人数を3000人程にしているとある。
勝手にサーバーを決められていたのは、そういう事だろう。
初心者が少ないから、今まで3人しかプレイヤーと出会っていない。始まりの町で見えはしたけど。
大量の新規勢と一緒に始めても、困っただろうからありがたくはある。
俺のゲーム履歴から、サーバーを選んだのかもしれん。
色々と考えを巡らせながらも、ツリーサーガを始めた。
ログインした場所は宿屋前。
近くのベンチに座り、録画の設定をしていく。
カメラの台数、フレームレートと解像度、エフェクトやUI表示を設定し終える。
生配信用の設定をオフにすることで、項目がおなじみのものになったからすぐに設定できた。
18時にアラームをセットし、まずは武器と防具の更新だ。
ベンチから立ち上がって、ピンを刺した武具屋に向かおうとしていると、特徴的なピンク髪の人が見えた。
宿屋から少し離れた場所で、複数人で話し合っているようだ。
配信者って聞いているから、友人も多いんだろう。
道の真ん中で話し合っていて、武具屋は目的地の方向だから俺は近くを抜けないとならない。
できるだけ、気付かれないように、景色の一部に溶け込むように端の方を歩いていく。
話し合いは続いているけど、遠いから内容は聞こえない。
「あ、ちょうどよかった、この人です」
歩いているとピンク髪が俺の前に出てきた。
俺を指差しながら、引き攣ったような顔で笑いかけてくる。
間違いなく目で何事かを訴えかけていて、恐らくは話を合わせて欲しいんだろう。
「うん?」
「カズ、さん。モンスターの討伐を一緒にするって話でしたよね?」
「あんた、いま来たって風だからそんな訳ないよな」
「いや、事情によってはそうなる」
「は?」
訴求力は必要とされてはいないけど、断ったノスローさんが承諾してくれたら、プレイすることで宣伝してくれるだろう。
俺の言葉の意味を分かっていない男たち。
ノスローさんは向けていた視線の意味を気付いていなかったけど、しばらくしてハッと顔をゆがめる。
「あんた、どういう意味だ?」
「気にするな。それよりノスローさん、どうすんの?」
「ゲームしますから、一緒に討伐してください!」
「武具屋で装備の更新するので、少し待ってて」
「いや、一緒に行きましょう! そういう事なので、声を掛けてくれてありがとうございました」
男たちから逃げるように去って、後を付いてくるノスローさん。
ポカーンとしているから、男たちに追いかけられることもなさそうだ。
にしても、何があったんだか。
「ありがとうございます」
「何だったの、あれは?」
「いや、何と言いますか。熱狂的なファンとでも言いましょうか」
「ん? ああ、配信してるから、濁してんのか」
「違います!」
変わらず生配信をしているようだ。
熱狂的なファンがいるなら、プレイしてもらうだけでも宣伝になるのは間違いない。
悪くない取引を俺はしたのかもしれん。
「で、『ゴーストリリース』してくれるんだよね?」
「いやぁ……」
「仕方ない、あの人たち呼んでくる!」
「止めてください。します、します!」
「何だ、驚かせないでよ」
武具店で武器と防具の更新をした。
大太刀は大きさや重さの違いも無いけど、攻撃力が伸びている。
防具は少し派手になっているけど、動きづらさはない。
「えーと、カズさんは他の武器を使いはしないんですか?」
「使えるけど、あまり使ってなかった大太刀を使ってる」
「このゲームは始めたばかりでしたよね?」
「そ、ゴーストリリースであんまり使わなかったってこと」
「これも使えますか?」
ノスローさんが装備したのは、レイピアと弓だった。
レイピアは動かし方を分かれば、案外扱いやすい。
でも弓はびっくりするくらい難しい。
このゲームではどうなのか分からないけど、死にゲーではすべての行動が自分の動きで行われ、アシストがなかった。
アシストがないとどうなるのか。
現実と大差ない動きになる。
だから弓を現実で引くのと同じで練習が必要になった。
「どっちも使えるけど、このゲームはアシストしてくれるの?」
「他のゲームよりは緩いそうですけど、してくれるようです」
「じゃあ、『ゴーストリリース』した方が良い。あれはアシストがないから」
「そうなんですか?」
「うん。あのゲームで弓が使えるようになると、現実でも使えるよ」
話をしながら外に出て、マップを確認する。
そういえば。
「聞き忘れてたけど、何を討伐するんだ?」
「三ツ町から四ツ町の間に出る熊です」
「1体?」
「いえ、初心者限定のドロップが出るまでです」
「ん?」
「ドロップが出るまでです」
「聞こえてるよ。確率低いの?」
「分かりません。コメントから教えてもらいました」
「ネタバレはダメだろ」
言ってから気付いたけど、攻略サイトを見ている俺は言えないな。
でも、純粋に楽しみたいゲームは攻略サイトを見ていない。
これ含めて、ゲームを2つしかしていない俺が言えることじゃないか。
「超重要なことだけ教えてもらおうと思って聞いたらなかったんです。だから少しだけ悔やんだことを聞いたら、これでした」
「へー。今から行くのか?」
「カズさんが行けるのであれば」
「18時から色々済ませるから、19時に再度集合しよう」
「分かりました」
「聞きたいんだけど、ボスの熊はひとりで倒したんだよな?」
「はい」
「それならテキトーに合わせられるか」
たぶんレイピア使って近接だから、タゲを貰いながら弾きでいなす。
ノスローさんにタゲが移ったら攻撃、この繰り返しで楽に勝てるだろう。
「私は弓の練習しますから、前方でタゲ取りお願いします」
「ダメ。弓の練習は『ゴーストリリース』でしたらいい」
「弓で熊を倒したんですけど」
「え? 使えないんじゃ?」
「使えますけど、たまに明後日の方向に飛んでいきます」
「それって、フレンドリーファイアないよね?」
「はい」
「それでも、レイピアで頑張ろう。ドロップ出るまでなら近接の方が早い」
「えー」
俺の言葉に顔をゆがめて返すノスロー。
視聴者はそれでどうにかなるかもしれないけど、俺は無理。
過去から現代に受け継がれた言葉、ネカマ、かもしれん。
「はいはい、そういうのいいから」
「どうしてもレイピアですか?」
「うん。ガンガン攻撃してくれ」
「あの、レイピアも少し苦手で……」
そもそもゲームが苦手なんだろう。
いやVRだから運動か。
たしかに、歩き方や姿勢が悪いからそんな雰囲気もある。
「得意な武器は何?」
「特にありません」
俺とノスローの間には長い沈黙が訪れた。
それを破ったのは、設定していたアラームだ。
「おっ、18時なんでログアウトするね」
「いやいや! この話の流れでログアウトですか?」
「うん」
「何か対策とか無いですか?」
「無いけど、19時になったら考え付いてるかも。じゃあ、19時に門で」
「あ、はい」
仕方ない。少し考えるか。