学校と頼み
翌日、かっこいい炎のボス猿をスマホの画面に設定して学校に向かった。
今は5月の2週目の金曜日。
再来週からは学力を確認するテストがある。
平均点の半分以下を取ると、特待クラスという勉強を集中的にするクラスが増設され授業を受けることになったはずだ。
俺は一応平均点くらいを取っていることが多い。
この学力テストは成績には影響しないけど、期末考査に向けて学力を把握するようだ。
だから、そこまで不安視していない。
「優人、昨日もゲームしてたんだろ?」
「うん」
「今、どこら辺?」
「王都はまだだぞ」
「いや、分かってるけどさ。状況聞きたいじゃん」
「今は三ツ町に入ったところ」
「後は、4、5、6と王都で4つか。もうしばらく掛かるな」
「当たり前だろ。それより特待クラス入りの実績を持つ毅、勉強は?」
そう、俺自身はそこまで不安視していない。
しかし、俺は毅を疑いの目で見ている。
ずっと、ツリーサーガの話をしてきていたから、勉強なんて全くしてないだろうと。
俺もしてないけど、間に合わせる理由もあるし、間に合わせられる。
しかし、毅は無理だ。
「え、あー。学力テスト来週だっけ」
「再来週だよ。特待クラス行きになるぞ」
「大丈夫。ゲームしかしてない!」
最悪じゃないか。
今はゲーム一色の頭に勉強を考える日が来るとは思えない。
聞きたかったことがあったけど、ゲームに関することで、それを加速させる気がするからやめておこう。
話を変えないとな。
「毅は体育祭、何に出るんだ?」
「あ、体育祭。俺はVR騎馬戦と徒競走。優人は?」
「俺、徒競走だけ」
「ずりぃ」
「ズルくないぞ。勝手に決まってた」
そう。勝手に決まってた。
1時限分を使って、全員が出たい種目を選んだり、推薦したり、話し合いで決まるものだったはず。
俺は、徒競走を選ぶ前に、徒競走に決まっていた。
足が特別速いわけでもないのに。
「そら優人さ、クラス替わってから誰かと話したか?」
「うん」
「それ、あれだろ。配布物渡すときとかだろ」
「いや、体育で2人組作るとき」
「なんて、話したんだよ」
「余り者で組むぞ、って」
「言ったのか?」
「うん」
「誰相手に言ったんだ」
「さあ、色付き眼鏡かけてた奴だったと思う」
VRで引き起こされる問題のひとつだ。
現実とVRの肉体における齟齬が体に影響するらしく、目に異常が起きた場合は高確率で瞳孔の動きが悪くなるという。
光を見ると目が痛いという症状から色付き眼鏡を掛けると聞く。
「山本か」
「山本って言うんだ」
「ってか、山本以外と話してないだろ」
「話してるぞ」
「特に会話はしてないだろ?」
「うん」
「はぁ。そんなだから勝手に決められるんだよ」
「困ってないし」
「後々困るの!」
今、俺たちが会話をしている場所は教室前の廊下だ。
ホームルームの予鈴まで話していることが多いんだけど、クラスメイトの話をクラスメイトの近くでするのはなんだかなぁ。
仕方ない。
毅を特待クラス入りをさせてしまう切り札を出すか?
「毅、ゲームのことに気を取られ過ぎる話をしてもいいか?」
「はぁ?」
「お前が勉強するように控えるつもりでいたけど、聞きたいか?」
「なんだよ、もったいぶって」
俺はスマホの画面を暗いまま見せて、電源ボタンを押した。
最初は普通の顔をしていた毅だったけど、スマホを奪い取ってジッと見ている。
一応、攻略サイトには情報がないことを確認済みだ。
「なんだよこれ?」
「三ツ町前のボスだ」
「こんな燃え上がってなかったぞ」
「だよな」
「どうやって、こんな風になったんだ?」
「分からん。ただモンスターを集めるアイテムってあるか?」
「あるぞ。モンスター誘引煙」
「パーティー組んだ人がそれを置いてったんだ」
「聞いたことある。嫌がらせとドロップアイテムを拾えるらしいぞ」
人にまでドロップアイテムがあるのか。
というか死んだらアイテム落とすなら貴重なアイテム持ってても、落とすのか。
「プレイヤーは何を落とすんだ?」
「お金と回復アイテムって聞いたから、嫌がらせにしかならないよな」
「そっか。でだ、大量のモンスターを倒して、戦ってたらこうなった」
「分かんねぇよ」
「でも、他のボスも似たようなのあるかもしれないから、いい情報だろ?」
「いい情報だけど、たぶん上位勢は知ってる情報だ」
「上位勢?」
「ギルドランクってのがあって、その上位にいる初期からのプレイヤーたちだ」
お金に余裕があって、ゲームする時間を確保するのが上手い人たち。
それなら、上位勢の知ってる情報を上位勢じゃなさそうな毅が知ってるんだ?
「なんで毅が知ってんだ?」
「その人たちは専用装備ってのを持ってるんだ。優人も何か出たんだろ?」
「ああ。強いけど、そこまですごい物じゃなかったぞ」
「1人ひとつ持っていれば、それだけでも違う」
「へー」
「優人はゲーム上手かったんだ?」
「死にゲーしていれば上手くなる!」
「ハハハ」
乾いた笑いの毅を見ていると、予鈴が鳴った。
毅と分かれ、教室に入る。
俺の席は席替えしても固定で廊下と反対側の一番後ろだ。
4人6列の24人+俺の25人がこのクラス。
ホームルームでは再来週のテスト、それに伴って職員室の入れる場所の制限の話をしていた。
成績に関係ないけど、そこは期末考査と一緒のようだ。
先生の話は終わり出て行ったのを確認して、スマホを弄っていると机に手が置かれた。
顔を上げると、このクラスのやんちゃ男子代表がいる。
名前は知らない。
取り巻きが別のクラスと言うのだけは知っている。
「おい、井上」
「なに?」
「ツリーサーガやってるって聞いたけど、ホントか?」
「だれから?」
「いいから。ホントか?」
気の短い奴だ。
教室の前で話してただろ、とかでいいだろう。
言わないという事は、隠したいような相手がそれを言ったのかもしれん。
「してるよ」
「俺のギルド入れよ」
「なんで?」
「ギルドは人が多い方が面白いんだよ」
「頼まれてしてるだけだから、続ける気ないんだ」
「は?」
「え、うまく伝わってない?」
一体なんだというのか。
続ける気がないことを伝えても、やんちゃ男子は理解してる様子を見せない。
「他人の頼みは受けて、俺の頼みは受けてくれないのか?」
「当たり前じゃん。だって他人だし」
「アハハハ、図星じゃん陸斗」
「おまえ、九美!」
過去にも現在にもギャルという者がいるらしい。
やんちゃ男子代表の陸斗は、爆笑しながら近づいてきた九美に宥められていた。
高校2年目で制服の着崩し方も堂に入っている。
たぶんギャルだ。
「事実だし、頼むにしても頼み方あるでしょ」
「お前が言ったんだろ。井上がツリーサーガしてるって」
「言ったけど、まさか頼むこともできないなんてね」
「けっ!」
特別仲が良いわけでもないのか?
でも、九美が陸斗を助けに来たようにも思える。
2人が視線で会話し合って、話が進まない。
というか、俺は断って終わったんだけど。
「井上、ギルドに入ってくれないか?」
「いや、ツリーサーガを続ける気がないんだ。だからギルドに入るも入らないもない」
「井上はツリーサーガ面白くないってこと?」
「そういう訳じゃない、月額払ってまでプレイしないってこと」
「でも井上は田中とよく話してるよな。VRゲームのこと」
「うん」
「何のゲームの話してるんだ?」
「『ゴーストリリース』だ」
俺の言葉に2人は首を傾げた。
互いに答えを求めあって、視線がぶつかると、再度首を傾げる。
知らない層がいたんだな、ここに!
「すごいゲームだからした方がいいぞ!」
「どしたの急に、元気になって?」
九美が元気になった俺を驚くというより、引いた目で見てくる。
仕方ない。
語りつくしても尽くせぬ愛が俺にはある!
片鱗を味わってもらおう。
「ああ、死にゲーだって」
「それパスだわ」
話そうと意気込んだ俺だったけど、腕時計の仮想ディスプレイで検索をかけた陸斗の言葉で遮られた。
しかも、九美はそもそも死にゲーは無理みたいだ。
いや、ここは俺の訴求力が試される場だ!
「いやいや、パスとか言うな。いかに面白いか今から――」
――キーンコーンカーンコーン。
話をする前にチャイムが鳴った。
陸斗はすぐに席へ、九美は笑って手を振りながら席へ戻っていく。
俺の少ない訴求力、いつか活かせるときが来るよな?
淡い望みを胸に、俺は1時限目の準備を始めた。
明日も12時!