死にゲーしかしていない井上
『過去、フルダイブVRとは夢のようなものだったらしい。
しかし、今では当たり前で、ゲームの種類も豊富だ。
そんな中で俺がおすすめするのは、何度も死んで覚えるゲーム、死にゲーと呼ばれるもの。
その中の『ゴーストリリース』というものをお勧めしたい。
ゲームを終わらせるためには総数86体のボスを倒す必要がある。
他にも中ボス、フィールドボスも大量にいるから、無限とは言えないけど遊び続けることが出来る』
ここまで打ち込んだところで、俺は全てを消去した。
台本を書いても、視聴者は変わらないからだ。
大体200回の視聴される俺が投稿した動画。
どの動画も『ゴーストリリース』というゲームのボス戦動画で、武器を縛ったり、防具を縛ったり、縛りプレイを多くしていた。
別にこれでご飯を食べてるわけでもない。高校生の俺の趣味だ。
同じゲームしかしていないけど、自分が楽しいからゲームと動画投稿は間違いなく趣味だと思う。
井上優人という名前を持っている俺が死にゲーと出会ったのは、中学生の頃だ。
名前に恥じない人であろうと、ゲームの中でも優しくあろうとした。
しかし、死にゲー世界において、優しさというのは甘さだった。
ゲームが始まり、棺から起き上がるという初めての経験をして、近くで同じように棺から出てくる人がいる。
「大丈夫ですか」「すみません」そう話しかけようとしていると、手に持っている剣でお腹を貫かれて死亡した。
これが出会いだ。
以降、ゲームを進める度に死にゲーの洗礼を浴び続けた。
角で身を潜めて襲撃してくる兵士、茂みに隠れる小人、音が聞こえたかと思えば降って来る弓矢、遺跡の階段を上っていると転がって来る大岩、色々ある。
優しさはそこになかった。
知らずに買った俺が悪いんだけど。
たまに出てくるNPCのクエストを進めていると、大量の敵がいる場所に隔離されたり、高所から蹴り落されたり、優しさはなかった。
身をもって経験するVRゲームはしばしば問題になる。
というのも適切に扱えなければ、人によってはトラウマを与えることになるからだ。
しかし、俺のようにその身で人の悪意を経験すると、疑心暗鬼になる。
ただ、それも3年以上ゲームをし続けることによってなくなった。
日常では悪意に遭遇しないからだ。
気晴らしにいつも通り、縛りプレイでもして動画を撮ろう。
そう考えていると、開いていたアプリに着信があった。
相手は、高校の友人である田中毅だ。
「うん」
『なあ優人さ、死にゲーしかしてないよな?』
「いや、どういう確認?」
『頼みがあるんだよ』
「頼み?」
『ツリーサーガってMMOして欲しいんだよ』
「人気なヤツだろ。嫌だよ、あれ月額だろ」
『体験版だけでもしてくれよ、すげぇからさ』
「気が向いたらな」
『頼むって、どうせ同じゲームしかしてないんだからさ』
言われてみるとそうだ。
俺はかれこれ4年ほど、同じゲームをし続けている。
たまには別のゲームでもしてみるか?
「してみるけど、何かあるのか?」
『明日学校で感想聞かせてくれ』
「はいはい、ツリーサーガだな」
『頼んだぞ』
一方的に連絡を切った俺は、すぐに検索して体験版をダウンロードした。
ざっと見た感じだと、世界樹から選ばれたプレイヤーは王都に向かうのが最初のクエストらしい。
世界樹に関する話がこのゲームのメインストーリーなんだろう。
体験版では王都までにある町のうち、ふたつ目の町まで向かうことができるらしい。
ダウンロードするデータはふたつあり、ひとつは体験版、もうひとつはキャラ作成用だった。
ゲームデータはまだだったが、すぐにキャラ作成データをダウンロードし終えたから、いつもの死にゲーをする前にキャラを作ることにする。
VR用の機器を装着した椅子に寝るような体勢で座った。
指先のタッチパネルで頭上の液晶を操作して『フルダイブの準備を完了しました』から『はい』をタップする。
フッと意識がなくなって、気が付くとVRルームにいた。
ここではVRの各種サービスを楽しむための準備場所だ。
お金をかければカスタムできるけど、俺はしていない。
したいけど、お金がないというのが事実ではある。
ゲームを並べた棚から3つのうち、ひとつを手に取った。
死にゲーと先ほどダウンロードしておいたキャラ作成用アプリがある。
その隣に透けて掴むことは出来ない体験版があった。
ダウンロード状況は一割くらいだから、まだまだだ。
キャラ作成用アプリをタップすると『開始しますか』という表示に『はい』をタップして、キャラの作成を始めた。
ただ、設定することはほぼない。
名前はキーボードで入力するようだったから左の上から『QAZ』にした。
次の顔と体も変更なしだ。
最後にスキルポイントを振るようにと指示される。
どのようなゲームかは分からないけど、スキルがあるゲームだと分かった。
テキトーに近接武器や徒手系にポイントを振り終えると、キャラの作成が終わる。
そのまま『冒険を始めますか』という指示に従って『はい』をタップしたけど、ダウンロードが終わっていないようで、進めなかった。
「だよな。さ、いつものするか」
アプリを終了して、ルームに戻った俺は死にゲーを手に取った。
開始すると、小さなランタンを前に座り込んでいる状態だ。
防具は兵士装備、武器はショートソードに盾。腰には回復丸薬が入った袋を持っている。
今は何周目か覚えてないけど、インベントリ内のボスドロップを見れば80周目のデータらしい。
たしか、この装備を強化していないデータが80周目だったからだ。
一式装備縛りを現在のコンセプトとして動画投稿している。
コアな死にゲーマーたち200数人の視聴者のために、俺は投稿していた。
今は、通称『表世界』と呼ばれる場所だ。
生者の世界『表世界』で43体の大ボスを倒すと死者の世界『裏世界』に変わって、死者となった43体を倒すことになる。
だから、まだ序盤だ。
今は中盤のフィールドを徘徊する王の駒と呼ばれる騎馬兵を狙いに来ている。
倒す必要のないフィールドボスだ。
クリアしているからゲームそのものが必要のないことかもしれないけど、楽しいからいいだろう。
平原を歩いていると、遠くに騎馬兵が見えた。
最初は馬に乗って、体力が半分になると下りて戦闘する全身鎧の兵士。
黒色に所々の金色がセンスを感じさせる鎧を着ており、武器はハルバード。
歩きながら、ゲームメニューではなくVRのメニューを開く。
宙に右手で円を描き、真ん中を押すような動きをすると、メニュー画面が出てくる。
そこからタイマーを出して、録画を起動した。
録画用の火の玉がいくつか浮かび上がっていく。
俺は両手を広げて回ると、武器を抜いて見せる。
一式装備の紹介だ。
武器詳細は俺のスクリーンショット集から、編集で入れ込む。
さらに近づいていくと、騎馬兵がこちらを見て走って来た。
常人よりも少し大きいボスたちに合わせた馬はさらに大きい。
それが時速60キロくらいで近づいてくるから、恐怖はすごくある。
でも、行動パターンを知っているから恐れすぎることもない。
視界の下にボスの体力ゲージが表示された。
それと同時にタイマーが動き出す。
楽しい作業の始まりだ!