7 じいじ、孫を迎えに行く
柊と桃香が神楽山の洞穴に落ちた夜のこと。
神代邸の居間では、柊の師匠であり2人の祖父である辰雄と祖母である梅子が話をしていた。
お菊さんから「どうやら柊と桃香が異世界から呼ばれたようだ」と連絡を受け、今後どうするかを話し合っていたのだ。
「ふーむ。
どうやらあの子たちは、異世界ですることがあるようだな。
まさか、こんなに早く呼ばれるとは思ってもいなかったが。
ここしばらくは呼ばれることなどなかったから、油断があったか。
それにしても、早めに修行を始めていてよかったということか。異世界に行っても大丈夫なレベル
になってはいるが、ちっと実戦には早い気もするし。
どれ、様子見がてら俺が迎えに行ってくるか。」
「辰ちゃん、お願いね。」
「任せろ。梅ちゃん。」
「神社は、しばらく春樹に任せた。」
「はい、はい。
私から伝えておくわよ。
間もなく帰ってくると思うけど、柊も桃香もいないのを知ったらガッカリするでしょうねぇ。
行く前も2週間も会えないとブツブツ言ってたんだから。大泣きするかも。」
「ははっ。そうかもなあ。
じゃあ俺は、これから玄殿とお菊さんと打ち合わせて出発するからな。」
「はい。よろしくお願いしますね。」
~ 雷和神社のご本殿での打ち合わせ ~
ここ雷和神社は、厄除けのご利益がある神様を主神としている。そして、この神社がある神楽山は黒龍によって守られている。普段は火山を住処にしているが、定期的に神楽山を訪れるのだ。その度に、この黒龍は、火(実際の「火」とは違うので山火事にはならない)によって山(特に樹海)に生じる悪しきものを焼き尽くしている。そのため、雷和神社は厄除けのご利益が特に強くなっているのである。
この黒龍であるが、霊獣であるため普通は人には見えない。稀に、見える目を持っている人や黒龍が姿を見せようと思った人には見える。ちなみに、神代家の人の大半は見ることができる。最初は見えなくても、修行を積むことで、ほとんどの人が見えるようになっていく。
さて、この黒龍は人がこの世界に存在するようになった頃からいる。非っ常に長~い時間この世界を見てきているのである。そのためなのかはわからないが、時空を超えることができるのである。名前を玄という。人の姿になって現れることも可能であるのだ。
神社の本殿では、辰雄とお菊さん、玄殿の3人(?)が集まって話し合っていた。
「辰は儂があちらまで連れて行こう。」
言ったのは、30代に見える美丈夫だ。この男性は着物姿で、腰辺りまである長い黒髪を、首の後ろでで一つに束ねている。目は、まるでルチルクォーツのような金眼だ。
「玄殿、お願いいたします。」
「玄殿、妾からもお願いいたします。」
お菊さんも年齢不詳(500年以上は生きているはずだが年を聞くと怒られるので、誰も(怖くて)聞か(け?)ない。「妾は年など超越しておるのじゃ。」(本人談)の美女である。美魔女かもしれんが……。
「辰よ、行きは儂が連れて行くが、帰りはあの子らと一緒になるぞ。
儂は、すぐにこちらに戻らねばならぬからの。」
「それは承知しております。
俺も帰りはあの子たちと一緒にと考えております。
せっかくの機会ですから、向こうではできる限り陰から見守ることにし、実戦であの子たちがどの
くらい動けるか見たいと思っています。まぁ、危なくなったら助けますがね。」
「そうか。それもよかろうよ。
それでは、そろそろ行こうか。」
「しばし、お待ちを。」
そこで、お菊さんから待ったがかかった。
「今、桐葉から連絡が入ったようじゃ。
アルミスト大陸の女神に呼ばれ、話をしたようじゃの。
主な内容は、浄化の依頼と、聖女召喚が行われ呼ばれた者がいるので確認してほしいの2点か。
おそらく、あの子たちがあちらに呼ばれた理由も同じであろうの。
やっと代替わりした橋渡し係が仕事を 始めたようじゃ。
あの子たちはイーストウッド国で落ち合うつもりのようじゃから、玄殿と辰もそちらに向かわれた
がよろしかろうよ。」
「お菊さん、ありがとうございます。
それにしても、イーストウッド国とは・・・。
神代家の血縁の者がいるかもしれませんね。」
「そうじゃ。
シルヴェスト家がまだあれば、訪ねてみるとよいかもしれぬ。」
「わかりました。
そちらも調べてみましょう。
それでは、こちらのことはお願いします。」
「おぉ、気をつけての。
こちらのことは任せておれ。」
その後、玄殿と辰は異世界に向けて旅立った。
黒龍の姿に戻った玄殿は、背中に辰を乗せると神楽山のある場所に異世界への入り口を開け、その中へ飛び込んでいった。入り口は、彼らが飛び込むとすぐに消えてしまった。
辰は玄殿の背中で、初めて玄殿に会ったときのことを思い出していた。
辰は入り婿で神代家一族でもなかったので、導き手はいない。そのため、本来なら異世界には行けないし、神代家の冒険者のようなこともできない。しかし、もともと剣術の素養があり才能もあったため、義父の寅吉殿に見込みがあると鍛えられたのだ。愛娘を預けるに足る男でなければ結婚は許さんと、かなり厳しくしごかれた。おかげで一人前の冒険者になれた。
その義父も辰と同じ入り婿であった。ただし、彼は、義母である櫻様の従兄弟で神代家一族であったので導き手を持つ冒険者であった。
若い頃は、今の自分のように黒龍に乗って異世界に行くなど考えてもいなかったなぁと、つい遠い目をしてしまった。
若い頃の自分は、旅が好きで、時間を見つけては、リュック1つで世界中を巡っていた。20代のある年、旅の途中で神楽山を越えていて、偶然、山にいた梅子と出会った。お互いに一目惚れだった。
梅子も山歩きが趣味ということで話が弾み、ついつい話し込んでしまった。予定していた宿泊場所を尋ねられるまま答えると、「もうすぐ暗くなるから、今からそこに向かうのは無理ね。ウチからキャンセルの連絡をすればいいわ。」と梅子に言われ、その晩は、梅子の勧めで雷和神社の境内にある宿泊所に泊まることになった。
そこで、神社の人と紹介されたのが、後の義父母とお菊さんだった。多分、あの時、俺がどんな人物なのか見極められていたんだろうなあ。剣術の経験があると知ると、打ち合いの相手までさせられたからなあ。上手く乗せられて、それからそこで、定期的に剣術の指導を受けるようになったが、あの頃は梅子に会いたくって喜んで行ってたなあ。途中で剣術の師匠が梅子の父親だってわかったけど、会うたびに梅子がますます好きになっていた俺は、「師匠に認められたら結婚も許してもらえるはず」と思っただけだった。惚れた弱みってヤツだ。
それから2年後に俺たちは結婚した。
結婚後に神代家代々の役割についても知ることになり、極々一般家庭出身の俺はびっくり仰天した。実家の者には言えんな、と思った。信じてももらえないだろうしな。
さて、義父(師匠)に鍛えられ、冒険者になれるレベルにはなったのだが問題が1つあった。それは、俺単独では異世界に行けないことだ。そう、俺には導き手がいないんだ。
神代家では、子どもが生まれるとわかった頃から、導き手についても適したものを探して育てるらしい。また、神代家の中でも、導き手が付くのは、直系(直系でも付かないこともある)か直系に近くて能力のある者に限られるそうだ。なぜかは、後で知ることになったのだが、導き手の数の少なさにあった。とにかく少ないのだ。でも、導き手になるための条件や能力、訓練の厳しさを考えるとそうなるよなあと思った。
そこで、俺に力を貸してくださったのが玄殿だ。剣術の修行中に師匠以外からも指導を受けることがあった。玄殿もその中の1人だった。その当時は、自称が「儂」とは、今時珍しい古風な人なんだろうと思っていた(見かけが俺より少し上ぐらいにしか見えなかった)。まさか黒龍が人の姿になっているとは思ってもいなかった(普通思わないだろう)・・・。何度も行った剣術や体術の立ち合いを通して、俺という人間を認めてくださり、「辰は儂が連れて行こう」と言ってくださった。それからは、俺が異世界で訓練するときには何度も付き合ってくださり、黒龍の剥がれ落ちた鱗から作られた刀までいただいた。この刀は、玄殿が住処である火山で自分の鱗から作ってくださったそうで、邪気を祓う力が非常に強い。また、この刀を通して玄殿に連絡できるので、この刀をいただいてからは異世界での訓練は送迎のみお願いするようになった。こちらの世界で仕事があるのに、俺にずっと付き合っていただくのはあまりにも畏れ多い(送迎だけでも十分畏れ多いが・・・)。まあ、異世界で1人でも生き残れる力が付くまで、かなり鍛えられたが。ついでに、梅ちゃんとお菊さんから大量にお守りを持たされたなあ(ありがたいことだ)。
そういえば、玄殿の他に、太郎殿という方もおられたが、こちらの方の正体が大天狗ということを知ったときもびっくりしたなあ・・・。この方には、今も柊の稽古でお世話になっているが、柊は未だに天狗のお面を付けた変わった人だなぁとしか思っていない。なぜ気付かない?
ある時、桃香が梅ちゃんに「きょうは、たろぼうしゃんとあしょんだ。」と言っていたのを聞いて、何のことかと思っていたが、まさか太郎殿に遊んでもらっていたとは・・・、その時は思ってもいなかった。
その数日後、今日は柊がやけに気合い入ってるなあと思ったら、桃香が柊の稽古を覗きに来ていた。「にーにのカッコいいとこ見せなきゃ」とでも思っているんだろう。やる気があるならよし、と思っていたら、しばらくして、太郎殿に「集中!」と打ち込まれていた。「先程のやる気は?」と見ると、桃香がいつの間にかいなくなっていた。態度に出すぎだろ!
桃香はここ数日、柊に遊んでもらえないですねていたので、どこに行ったのかと心配して山まで探しに行くと、巨大化した大天狗が両手で提げたブランコに桃香が乗っていた。
高木の天辺より高い場所でブランコを漕ぎ、「うひょー、たのちーい」などと叫んでニコニコしている。
俺は、呆気に取られてしまった。落ち着いて、よく見ると、桃香は2本の縄はしっかりつかんでいるし、周りには複数の鴉天狗が飛んでいる。下には、人の姿になった桐葉がいる。もしも桃香がブランコから落ちたら、すぐに抱き留められるようにしているんだろう。ということがわかって俺は少しホッとした。
「あーっ、じいじだー。」
上を見ると、桃香が手を振っている。
はあっ?手は?手ぇ離したら危ないだろっ、と焦った。
「危ないっ。手は離すな。」
「だいじょぶでしゅよ~」
桃香ののんきな声が聞こえてくる。
よく見ると、鴉天狗の1人が背後から桃香の服をつかんで支えていた。
しばらくすると、桃香が上空からブランコに乗ったまま下りてきた。足がつく高さになって、ブランコから降り、こちらにチョコチョコ歩いてきた。後ろから、いつもの大きさになった太郎殿と桐葉も歩いてくる。
「桃香は、あんな高いところ、怖くないのか?」
「? ・・・。 たのちいでしゅよ。」
「そうか。じいじは桃香が落ちないかと心配で、心臓がドキドキしたよ。」
「おちても、きりはがいるから、だいじょぶでしゅよ。」
「まさか、落ちたことがあるのか?」
桃香はそっと目をそらす。
桃香の横に立っている桐葉が苦笑いして言う。
「タツドノ、モモカは空中を飛ぶのが楽しいようで、わざと落ちることもありますから、我らは
モモカを受け止めるのが上手くなってしまいました。
モモカにケガはさせません。
でも、驚かせてしまい、申し訳ありません。」
「いや。桐葉、桃香が世話をかけてスマンな。」
そこで、太郎殿の豪快な声が聞こえてきた。
「はははっ。 元気でよいではないかっ。
なぁ、桃香。」
「あいっ。たろぼうしゃん。」
「太郎坊?」
「ああ、そうか。桃香には太郎坊と呼べと言ったな。」
「そうでしたか。
そういえば、柊の稽古の方は?」
「おお、そうだった。
柊の方は、休憩を取らせて、師匠が戻ってくるまで自主練と言っておるから、後はよろしく頼む。」
「はぁ、わかりました。
では、柊の稽古に戻るとしましょう。
桃香もお世話になっているとは、今まで知りませんでしたが、ありがとうございます。」
「いや、なぁ~に、オレも楽しんどる。
鴉(天狗)たちも楽しんでるから気にすんな。
一応、他の人間には見られないようにもしとるから、心配せんでもいいぞ。」
「はぁ、それはご配慮ありがとうございます。
桃香も遅くならないようにな。」
「あ~いっ。」
後のことは桐葉に頼んで、俺は柊の稽古に戻った。兄の柊も確かに優秀ではあるのだが、桃香の方が何か大物感が・・・。
桃香は、お菊さんや太郎殿、桐葉の正体を知っているが、どうも柊には言ってないようだ。勝手に言ってはいけないと思っているようだ。3歳にしては空気が読める子だな。柊が、「太郎殿は、なぜお面を付けているんだろう?」と呟いていたときには、「んっ?」という顔をしながらも何も言わなかったからな。さて、柊にはいつ教えようか、などと考えていたら着いたようだ。
「辰、樹海に下りるぞ。
一応、見られないよう結界を張ってるからな。」
「はい。ありがとうございます。」
俺が降りると、玄殿はすぐに元の世界へと飛び立った。
どうやらここは、イーストウッド国内の樹海らしい。
そういえば訓練で来たことあったな、と周囲を見回した。俺の格好は、目立たない色で動きやすい上着とズボンに白のシャツだ。上着は腰に差した刀を隠すためにも必須だ。俺の刀「漆黒」は己の判断で姿を隠す。権力に飽かせて人の物を奪い取るヤツがいる世界では役に立つ技だ。そして丈夫だ。折れたり刃毀れしたりすることは、ほぼ無いし、仮にしても自動で修復される(一応、使用後は毎回、玄殿に見せる)。容姿は元の世界と一緒だ。黒髪(白髪交じりのスポーツ刈り)と黒目。普通は異世界に行っても色は変わらない。柊と桃香は、金環持ちと金粉持ちだから特別だ。ついでに、あの子たちはまだ知らないが、その世界で特に有効な能力が爆上がりするという利点も・・・(もう人外レベルになるな)。
それに、俺のウエストポーチはマジックバッグだ。異世界で訓練していた時に手に入れた物だ。樹海の中で1ヶ月くらいなら、困らず過ごせるだけのものが入っている。
さて、桐葉や蓮とこっそり連絡を取って、柊と桃香を陰から見守らないとな。手助けは最小限に・・・っと。
これからの計画を練るじいじだった。