4 聖女召喚
イーストウッド国では、その日、聖女召喚が行われようとしていた。
イーストウッド国がある、ここアルミスト大陸は500年ごとに魔素が増える時期があり、その時期には各地で瘴気溜りが次々と発生し、魔獣の大発生が起きやすくなると言い伝えられていた。ここ数年、徐々に魔獣の発生が増えてきているようで、農作物や家畜、人への被害報告も増え、騎士団への魔獣討伐の依頼頻度も高くなっている。一部の人々の中からは、言い伝えられている時期が来たのではないかと心配する声があがってきていた。今のところはそんなに大きな被害は出ていないが、この状況が数年続けば、天候不良で凶作にでもなったら、と不安に思う者も増えてきている。また、アルミスト大陸にある国の中には国内が不安定になっているところもあり、その影響が移民の受け入れや戦争という形で来るのではないかと先行きを不安視する空気が雰囲気を暗くしていっている。そこで、城内では、まだ国に余力がある内に何らかの手を打ちたいとの意見が高まり、様々な方策を立て検討し、いくつかについては実験も行われた。しかし、これといった打開策は見つからず、段々と焦りの色が濃くなっていった。
ある日、大神官ベーダがオヴニル王を訪ねて来て、「聖女を召喚してみるのはどうでしょう?」と提案した。神殿にある古い文献から、「昔、世の中に魔獣が大発生したときに、別の世界から召喚した聖女により瘴気が浄化され、魔獣も滅した。」というような記述が読み取れ、所々消えかかっているが魔法陣らしきものも残っている、と。また、このアルミスト大陸で信仰されている女神アルミストは、500年ごとに代替わりを行うと伝えられていて、その頃には浄化の力が弱まる。そのため、女神アルミストがいるといわれている、アルミスト大陸中心部にあるセンターアルミスト山の周辺にある五湖も瘴気に汚染されることが多くなり魔獣の大発生につながる。ちょうど今が、その女神アルミストの代替わり時期に当たると考えられるのではないか、と。
それを聞いた王は、最初は信じられなかったが、確かにと思われる節もあり、他に有効な策もなく、さらに、運が悪いことに、魔獣が大発生したときには討伐に協力してくれる竜人族も、今年は長の代替わりの年に当たり、そちらが決定するまでは浮島から出てこない。強力な助っ人もいない今のままでは、騎士団の被害も甚大になり、他に何か起これば国の存亡に関わってくる。側近たちと話し合いを重ねた後、魔術省の長官アンテロに、消えかかった魔法陣を検証させることにした。数ヶ月後、アンテロより魔法陣が修復できたとの報告と魔法陣が使用可能であるとの検証結果を受け、王は御前会議の開催を決めた。その後開かれた会議では、聖女召喚の実施が了承された。日にちの経過とともに魔獣も多数発生するようになり、被害もひどくなってきた。それなのに、何の解決方法も見つからず、反対できる者もいなかったのだ。
聖女召喚は、春の季節の昼と夜の長さが同じになる日に行うことにした。
神殿の中にある、広間の床に魔法陣が描かれ、その周りに8人が配された。多くの魔力を持つ、4人の神官と4人の魔術師たちだ。
そして、部屋の奥には、王、大神官、宰相、魔術省の長官と軍務省の長官がいた。魔術省の長官であるアンテロは、この後、開始の合図を出すとともに安定した魔力供給の維持のため、補助に入ることとなっている。その他の4人は見届け役であるが、それぞれが多くの魔力を持つ者でもあるので、何か予想外の出来事が起こった場合に対応できる者たちだ。何しろ修復できたとはいえ実際に使うのは初めての魔法陣だ。何が起こるかはやってみなければわからない。成功すればよいが、魔物よりもヤバイものが出てくる可能性も0(ゼロ)ではない。そのため、その場は、ピリピリとした緊張感に包まれていた。
入り口の頑丈な扉は閉められ、扉の外には王都を担当する第1騎士団長と近衛師団長が待機し、不測の事態が起こればすぐに各一個小隊を動かせるよう準備していた。
「では、そろそろ始めようか。」
王の言葉を受けて、アンテロが合図を出す。
と、同時に、魔法陣の周りにいた8人が魔力を魔法陣に流し始める。そこに、アンテロの魔力が加えられる。
しばらくすると魔法陣全体に魔力が行き渡り、金色に輝き始めた。一瞬後、部屋全体を目映いばかりの光が包み込んだ。
光がおさまった後、魔法陣の上には見慣れない服装をした栗色の髪の1人の少女が、呆然と立っていた。
「えっ? 何?
何が起こったの?」
王たちには、少女の言葉が理解できた。
そこで、大神官が少女に話しかける。
「聖女様。
我ら、イーストウッドの民は、あなた様を心より
歓迎いたします。」
「えっ? 聖女? ・・・イーストウッド?
一体何なの? 何かの冗談?」
「外にいたはずなのに部屋の中?
・・・なんで?」
大神官の言葉を聞いた少女は、驚いたように榛色の目を見開き、周りをキョロキョロと見回している。見慣れない服装をした人々や部屋を見て・・・、力なくへなへなと座りこんでしまった。
周りでは、聖女召喚が成功したと、歓喜の声が上がったものの、少女の呆然として様子を見て、静かになっていった。
「聖女殿は、別の世界に来て驚いておられるのであろう。落ち着かれて、今後の話をしようではな
いか。」
との、王の言葉を受け、王宮より呼ばれた侍女によって部屋へと連れられていった。
聖女が広間から退室した後、他の者たちも本日はこのまま解散することとなった。広間に魔法陣を設置した魔術師や神官たちが後片付けのために残り、それ以外はそれぞれの仕事場へと戻っていった。
この国の王オヴニル・アステリ・イーストウッドの執務室では、王とこの国の宰相であり、王の従兄弟でもあるマーカス・シルヴェスト公爵の2人で聖女について話がなされていた。
「まさか、1度で成功するとは・・・。
わが国にとっては幸運と言えるが、突然、異世界に呼び出された聖女にとっては不運か・・・?」
「そうかもしれんな。
話をしてみねばわからぬが、好き好んでということはあるまい。
元の世界で幸せに暮らしていたのであれば、無理に攫われたのと変わるまいよ。」
「聖女が落ち着いたら話をするが、その後は・・・。
まあ、彼女の気持ちを聞いてだが、そちの公爵家に預けたいと思っておるが、よいか?」
「そうだな・・・。
わが家の方がいいかもしれんな。
承知した。」
というような会話が交わされていたのだが、イーストウッド王家とシルヴェスト公爵家には、代々伝えられる秘密があった。
それは、イーストウッド国初代の王ジードは異世界の知識を持つ転生者であり、その彼が国を興すのを手助けした冒険者であり初代シルヴェスト公爵となったハヤトは異世界からの転移者であったことだ。しかも、王が前世生きていた世界とハヤトの元の世界は同じであったらしい。
だから、イーストウッド国は初代王と初代公爵の持つ、この世界より進んだ知識を生かして他国より発展し、大国となっていった。また、公爵家では、もし異世界より冒険者や聖女が来たら、保護し手助けするように、と代々語り継がれてきた。これ以外にも当主だけに伝えられることがあるらしいが。
王は、当然、公爵家に代々語り継がれてきたことを知っていた。だから、聖女を公爵家に預けることにしたのだ。
聖女は、王宮内の1室に案内されたが、初日は自分の状況が理解できず(理解を頭が拒否していたのだが)、誰とも話をしようとしなかった。
2、3日経っても状況が変わらず、聖女が何も食べず眠ろうともしなかったため、慌てて王との謁見の機会が設けられた。
その場は、聖女への配慮から、大神官、宰相のみが立ち会った。
その時の聖女は、神殿が準備した聖女の衣装を身につけ、王の前で、俯きがちに静かに立っていた。自分からは話すことなく、問われたことに答えるのみであった。
まず、王から、このイーストウッド国が聖女召喚を行うに至った現在の厳しい状況が語られた。
次に、大神官が、異世界から来た聖女がどのような力を持つといわれているのか説明した上で、民を救うために協力してほしいと訴えた。
宰相である公爵は、名前や年齢、どのような世界にいたのか、要望はあるか、などを尋ねた。
そこでわかったことは、リリーという名前、15歳であること、魔法などない世界に生きていてこと、家族の元に早く帰してほしいと思っていること、ぐらいであった。
王が、公爵家の初代が異世界から来た者であったこと、冒険者や聖女を保護し手助けするよう語り継がれていることを話すと彼女の興味を引いたようで、その場にいた公爵の顔をじっと見ていた。最後に、王が、今後は公爵家に預けようと考えている旨を告げると、黙って頷いたので、了承したものと判断し、謁見終了後、公爵邸へ移動することとなった。
大神官は、神殿で預かりたいと王に訴えていたが、こちらに来てからの聖女の様子を聞き、公爵家の初代の話も知っていたため、聖女の保護については公爵家に任せることにした。が、もし聖女が瘴気を消すことができる光魔法を使えることがわかったら、その訓練は必ず神殿で行うようにとの主張は譲らなかった。光魔法を使える者は神官に多いこともあって、その主張は王と宰相も受け入れざるをえなかった。
その日のうちに、聖女は王宮から公爵家に移った。
王都にある公爵邸に到着後、公爵から家族の紹介や今後についての詳しい話は明日にしようと言われ、今日はゆっくり休むようにとリリーは部屋に案内された。
今、リリーは部屋で1人、ソファーに座っていた。1人になりたいと伝えると、侍女は目の前のテーブルに、紅茶とお菓子を準備し、夕食の頃にまた来るということ、何か用がある場合はテーブルにあるベルを鳴らしてほしいということを説明して部屋から出て行った。
リリーは1人で考えたかった。
王宮では常に近くに誰かがいたし、微かに聞こえてくる自分に関する噂話も鬱陶しかった。
最初は、何が起きたのかわからず混乱し、呆然としてしまった。見慣れない服装を見て、歴史物の舞台の中にでも紛れ込んだのかと思った。少し落ち着いてきても、自分がなぜここにいるのかわからなかったし、なぜ来るのが自分だったのか納得もできなかった。何を言っているか言葉はわかるけど、勝手に許可なく呼んでおきながら助けてほしいなんて、何虫のいいことを言っているのかと腹が立ってきた。それに、もう帰れないのか、家族に会えないのかと思うと不安でたまらない。
公爵家に来てよかったと思えるのは、ここに来るまでの馬車の中で、公爵の言った「元の世界に帰る方法は無いわけではない」という言葉を聞けたことだ。ということは、異世界から来た先祖を持つ公爵家には、他にも何か伝えられていることがあるってこと?もしかしたら帰るための方法も伝わっている?希望を持ってもいい?
そう考えると、少し元気でてきたかも。いや、やっぱり無理。
リリーは、自分の本名を謁見の場で伝えなかった。信用できる人たちかわからなかったからだ。だからといって嘘ついたわけでもない。リリーの本名は中川原百合子。家族や友人は親しみを込めてリリーと呼ぶ。だから、本音としては、こちらの世界ではリリーと呼ばれたくはなかった。でも本名は教えたくなかったし、全く関係ない名前にしたら、呼ばれても気付かないかもしれない。だからリリーと答えたのだ。
あの日は、ストーンサークルの中から日の出を見られるということで、ストーンヘンジに行っていた。
年末年始は、家族でグランマ(お祖母ちゃん)の家で過ごす予定だったので、12月に入ってすぐに英国に来ていた。来年から留学する予定でもあったし、あちらこちら見てまわろうと思っていた。憧れの従兄弟、賢仁兄さんにも会えるから、何ヶ月も前から楽しみにしていたのだ。そしたら賢仁兄さんが、見たいところに連れて行ってくれるって言ってくれて、チョーラッキーって舞い上がってた。嬉しくってたまらなかった。ストーンヘンジにも、家族(私のママのお姉さん一家)で行くから一緒に行かないかって誘ってくれて、一緒に日の出を待ってた。天気もよくって、キレイな日の出が見られるはずって期待して待ってた。やっと辺りが明るくなってきて、もうすぐかなってドキドキしてた。しばらくすると正面から太陽が現れてきて、辺り一面が眩しく輝いて光に包まれたたように感じた。眩しいって一瞬目を閉じてしまった。・・・そうして気付いたらこっちの世界に来てた。信じられない。
あぁ、みんな心配してるだろうなぁ。急に私が消えたんだもん。捜してるだろうなぁ。ママとパパ、泣いてるかも。帰りたいなぁ・・・。帰れるかなぁ・・・。
というようなことを考えていたリリーであるが、彼女の希望をかなえてくれるサポーターに会えるのは、もうちょっと先になる。