16 (番外編)導き手になる前 ‐ 桐葉 ‐
吾の一族は代々、神楽山にある雷和神社の神に神使として仕えてきた。
この神は、悪念を払ったり悪縁を切ったりするのを得意(?)としている。まあ他にも家内安全や病気平癒などの願いも聞くが、一番多いのは厄除け関係だな。昔からご利益があると云われているからだろうな。
参拝者の願いを聞き、内容によっては参拝者の家まで行って(どこの誰かが不明だと難しいが)様子を見たり、守ったりするのだが、そのようなときには吾たちが派遣されるのだ。場合によっては、参拝者が帰るときに一緒について行くこともある。
あぁ、吾らは普通の人間には見えないな。
神代家の人間には見えているらしいが・・・。
狼の姿をしているから、神狼と言う者もいるな。
我が一族の現在の頭領は吾の父だ。
その前は祖父だったが、今は勧請された別の神社にある社の管理を任されている。吾らは、この神社の主神の眷属として働いているのだが、長くなるにつれて力も強くなり、他の社や山(管理するものがいなくなった山、新たにできた山)などを管理するために派遣されることもあるのだ。
だから、いずれ(数百年後だろうが)父がこの神社を離れることになったら、吾が次の頭領となる予定だ。
今の吾は、神使の勤めを果たしつつ頭領の見習い期間というところか。
吾らに名前はない。父は「長」、吾は「若」と呼ばれてはいるが。導き手になったものは名前を付けられるから、その名で呼ばれることはあるな。吾らは名はなくとも声で個の識別ができるからな。ああ、吾らの声も普通は人間には聞こえぬ。
吾は自分が導き手になるとは思ってなかった。
だから、菊様に言われたときには驚いた。
突然だったからな。
父に相談すると、「せっかくの機会だからやってみてもいいんじゃないか?」と言われた。そういえば、父ができそうな頃には、冒険者候補が生まれていなかったな。
菊様に何か準備しておくことがあるか尋ねると、特にはないが、候補者を観察して必要だと思う力があれば身につけておくようにと言われただけだった。
ああ、普段吾がしていることか? それなら・・・
エピソード1
「こんにちは。
おや、敏さん。娘さんと一緒とは珍しいですね。」
「おお、辰さん。こんにちわ。
いやね、娘が体調を崩しましてね。
病院に連れていっても特に悪いところはないと言われたんですが、ずっとよくならないんですよ。
もう一月くらいになるんで、さすがに心配でね。
原因がわからないもんだから、試しにお祓いでもしてもらうか、と連れてきたんですよ。」
ある日、境内にいた辰雄が参拝に来た近所の人に声をかけた。隣にいるのは娘さんだ。確かに顔色が悪い。
辰雄は、敏さんに受付をして拝殿に入るよう伝えると、自分も準備に向かった。
祈祷後、辰雄は敏さん親子と少し話をすることにした。その場には梅子もいた。敏さんと梅子は幼なじみだったのだ。
世間話のついでに、梅子が娘さんに、最近人が亡くなったところに行くか通りかかるかしたことはないか聞いていた。
娘さんによると、少し前に交通事故で幼い子が亡くなったという場所を通りかかったことがあると。猫を追って飛び出して車にはねられたと聞いて、かわいそうにって思ってしまったことがあると。
梅子は、そんなことがあったのねと頷いて、そことは限らないけれど、同情の念を持つことで成仏していない霊を連れてきてしまうこともあるから気をつけてね、と言っていた。体調不良は、しっかり体を休めて栄養のある物を食べたら治るわよ、とも。
敏さん親子が帰った後、吾の傍には幼い女の子がいた。吾の振る尻尾を触りながら「わんちゃんのしっぽふさふさ~」と喜んでいる。吾はワンちゃんではないのだが・・・。
拝殿での祈祷の時から父と吾も辰殿の傍にいた。
娘さんが境内に入ってきたときから、傍に薄い小さい影みたいなものがくっついて来ているのはわかっていた。
だが、悪いものではないともわかっていた。悪いものであれば、鳥居から入った瞬間に落とされているはずだ。鳥居からこちらは神域だからな。落とされてないということは、吾らに対応せよということだ。
娘さんの話を聞いて、父が仲間を調査に派遣した。
仲間が戻れば、詳しいことがわかるだろう。
幼い子の相手は吾に任せられた。
吾はその子に話を聞くことにした。
その子はサキと名乗った。「おはなしできるわんちゃん」と喜んでいたが、「犬ではなく狼だ」と言ってもわかってもらえなかった。
サキによると、母親と姉と買い物に行った。買い物したお店の前で、向こう側にポンズちゃん(?)がいるのを見つけた。呼んでも来なかったから行こうとしたら何かドンッてなった。気付いたら誰もいなくて、優しそうなさっきのお姉ちゃんについて行った、ということらしい。
どこの誰かわかるといいが・・・。
夜になって、調査に派遣されていた連中が戻ってきた。
交通事故で亡くなっていたのは5歳の咲という女の子だった。
母親と姉と一緒に出掛けて交通事故に遭っていた。母親が買い物を終えて店を出るときに、娘2人が先に出て行った。母親が先に行かないように注意すると、姉は立ち止まったが、猫を見ていた妹はそのまま道に出て車にはねられてしまった。飛び出した妹を止めようと姉も道に出ようとしたのを、母親がとっさに腕をつかみ引き止めた。そうでなければ姉妹ともに車にはねられていたかもしれなかった。姉は助かったが、目の前で妹が車にはねられるのを見て、激しいショックを受けている。母親も幼い娘を亡くして強い精神的ダメージを受けていた。それと飼い猫が死んだことを伝えなかったとを酷く後悔していた。
飼い猫のポンズは、家からいなくなった後、床下で死んでいたのを娘たちには内緒にしていたらしい。
だが、これで吾の隣にいる女の子と交通事故で亡くなった子が同一人物であることがわかった(ちなみに吾への報告は念話でなされたので女の子には聞こえていない)。
そこで、女の子のことは地蔵尊に頼むことになった。
神楽山の一郭には、地蔵菩薩を祀る祠がある。そこのお地蔵様にお願いするのだ(依頼には菊様が行かれた)。
神仏と一緒に言われることも多いが、神と仏は別である。神は、この世(現世)に生きる者を守護し、仏は死後も守護する。担当するところが違っている。神に対しては、近親者が亡くなった場合、忌中は参拝を避けるよう云われるな。神話を思い出してもらえばわかりやすいたろうか。神であっても黄泉の国(死者の国)に行って戻るのは大変なのだ。「死」に繋がることが苦手(?)という表現が正しいかはわからないが・・・(吾には説明が難しい)。まあ、神にとって霊(死者)は管轄外と思ってもらったがいいかもしれない。そこで、そちらは仏である地蔵菩薩に頼むのだ。
しばらくすると、錫杖の音が聞こえてきた。そちらを見ると、お地蔵様と手前に高齢の女性と尻尾を振っている猫がいた。
女性が「咲ちゃん、こっちにおいで。」と呼ぶと、吾の傍にいた女の子が「あっ、おばあちゃんだ。ポンズもいる。」と言っている。吾が「一緒に行くといい。」と言うと、「うん。わんちゃん、バイバイ。」と手を振って、向こうに行って猫を撫でている。
女性は吾らに一礼すると孫の手を取った。咲ちゃんも吾らに手を振ると祖母と手をしっかり繋いで、お地蔵様と一緒に行ってしまった。2人の前には、先導するように猫が歩いて行っていた。
後日、仲間が聞いてきた話では、咲ちゃんの家族(祖父・父・母・姉)は皆同じような夢を見ていたそうだ。夢の中に祖母とポンズを抱いた咲ちゃんが出てきて、祖母が「咲は私と一緒にいるから大丈夫。」、咲ちゃんが「みちにとびだしてごめんなさい。」と言ったそうだ。姉には「いっぱいたのしいことして、あとでおしえてね。」と笑顔で言ったらしく、他の家族から「1人だけズルイ」と言われたようだが、家族が楽しいことを後で咲にも話せるようにしようね、という気になったみたいだからよかったのだろう。
敏さんの娘さんの体調不良もよくなったということだ。こちらもよかった。
エピソード2
「ヤッホー、梅子、久しぶり。」
「はーっ、琴子。相変わらず元気そうで何よりよ。
で、今日はどうしたの?」
「ほら、1週間前ぐらいに電話したでしょ。
この子が志保さんよ。
連れてきちゃった。」
境内にいた梅子に遠くから声をかけてきたのは高校時代からの友人である琴子だった。
彼女に言われて電話の内容を思い出した。
会社の後輩の話だった。彼女が社会人になって一人暮らしを始めた(会社が実家から遠いらしい)が、その部屋に住むようになって変なことが起こるようになったらしい。話を聞いているうちに、梅子に相談した方がいいと思って電話したということだった。最後に、「どうしても気になるんだったら連れてきたら?」と言ったが、本当に連れてきたらしい。
琴子は昔から面倒見がいいのだ。
そこで、藤棚の下で話を聞くことにした。ベンチがあり、今日はいい具合に日陰にもなっていて過ごしやすそうなのだ。辺りには他に人もいない。
志保さんによると、今住んでいるアパートには半年前に引っ越してきたそうだ。そこを選んだのは、会社まで1時間内で行けること、新築だけど予算内であること、買い物できる場所が近くにあることだと言っていたが、「あの辺りでその値段って、よく見つけたわね~。」と琴子。不動産屋では、昔は広い山林であったところを開発した場所にあり、そこの販売第1弾としてのキャンペーン価格ということで若干安く設定していると説明されたとのことであった。賃貸もあるということで、家族にも見てもらって借りることにしたらしい。
変なことは、そこに住み始めて1ヶ月ほど経った頃から、最初は夢見が悪いことからだった。でも、夢見が悪いことぐらいは今までもあったことだから気にしなかった。仕事からの疲れや環境が変わったからだろうと思っていた。それが次第に、寝ていて金縛りにあったり、夜誰もいないはずの風呂場を使っている音がしたり、話し声がしたりすると、どうしても気になりだした。話し声は隣室ではなく、どう考えても自分以外には誰もいないはずの自分の部屋から聞こえてくるのだ。だからといって同じアパートの人には聞きにくいし、聞けるほど親しい人もいない。それで職場の先輩である琴子に相談した。 最近では、アパートの近くを歩いていて上から拳大の大きさの石が落ちてきて、危うく当たりそうになったり、バス停で待っているときに背中を押されて道側によろけたりしたこともあった。バスとは距離があったからよかったけど。どちらも周囲には誰もいなかった。
どうしたらいいかわからないし、原因もわからない。引っ越しした方がいいのかな・・・?それに、とにかく怖い!
「梅子、どうしたらいい?
何とかできる?
お祓いした方がいい?」
志保さんの話が終わると琴子が梅子に尋ねた。
梅子は、お祓いするかどうかは志保さんに任せることにし、授与所で「身代わり守」を授かり、拝殿で参拝するときに具体的にお願いをよるようにと伝えた。
続けて梅子はお守りについて、首からさげるか上衣の内ポケットに入れる(床に置くのは避け、落とさないよう注意する。)こと、変色したり切れたりなど何か変化があった場合は身代わりとなっていること、などを話した。
その後、この神社は守りとして神の眷属である狼を派遣することがあること。狼は悪い念や邪気を祓ったり邪鬼と戦ったりすることもあるので、普段は見えない狼の姿を見たり、鳴き声を聞いたりすることがあるかもしれないことも伝えた。
この話を梅子から聞いたことがあった琴子は平然としていたが、志保さんは「えっ?」と驚いた顔をしていた。
けれども志保さんは、梅子から言われたようにお守りを受け、拝殿で参拝すると琴子と一緒に帰って行った。
吾らは志保が帰っていくのについて行った。
吾らのついて行く数は、その時々で変わるが、今回は4~5くらい必要かもしれぬ。
あの2人には吾らの姿は見えなかっただろうが、吾らはあの2人が鳥居をくぐって来たときから傍にいたのだ。特に、あの志保という娘は、自分では気付いていなかっただろうが厄介なモノを憑けていた。いや、鳥居をくぐったときに大半が落とされたから、身体が軽くなったと感じたかもしれぬな。
とにかく、ついて行って対応せねばならぬようだ。
予想はしていたが、志保が今住んでいる場所は、昔だったら人が住もうとは思わなかったところだ。
原因は2つあった。
1つ目は、瘴気や邪気を発する場所があったことだ。昔は瘴気にやられて動物や人が死んだりしていたはずだ。邪気が発する近くでは、人に悪さをする妖怪が出たりする。ここは封じられた跡があったが、工事の時かその前かは不明だが壊されていた。何の跡かもわからなかったのだろう。
2つ目は、霊道があることだ。今は山の大部分が削られてしまっているが、昔は山の一郭で火葬が行われていたようだ。そして開発されてなくなった林の中には、墓地であった場所があったはずだ。その間に、どうも霊道ができていたようだ。そしてそれは今も残っている。しかも道の一部が志保の部屋を通っている。
おそらく昔からここに住んでいる人たちは、この辺りには住もうとは思わなかったはずだ。だから土地も安かったのかもしれないが・・・。もしかしたら、もう昔のことを知る人もほとんどいないのかもしれんな。
志保だけではなく、住んでいる者は大なり小なり何らかの影響を受けているかもしれん・・・。
吾らは二手に分かれ、一方は神社と連絡を取り、瘴気や邪気が出る先を神楽山の樹海へと変えた。これで1つ目の問題は解決するはずだ。
もう一方は、志保の部屋の様子を見張っていた。夜中に部屋の気配が変わった。何かが霊道を通ってきたんだろう。吾らの出番だな。出てきた何かを祓わねばならない。そして、こちらの問題は、昔の火葬場の跡と墓地の跡、霊道を浄化するしかない。霊道が消えるまでには少しかかるかもしれんが、まあ大丈夫だろう。
しばらくは2つとも要観察だな。
すべきことを終えると吾らは神楽山に戻った。
志保は、神社に参拝した日の夜中、不思議な体験をした。もしかしたら夢を見ていたのかもしれない。
その日の夜中、夢か現かわからない、寝ているんだけど頭の一部が覚醒しているような感覚の中、壁の中から血塗れの落ち武者の集団が現れて歩いて行く、その後から牛のような生き物が何体も後ろ足で立って歩いてやって来て自分を連れていこうとするのだ。抵抗しようとしても、声を出そうとしても、体が思い通りに動かないのだ。そこに、狼が吠える声が聞こえてきて、どこからか狼が何匹か現れ、他より大きい白い狼が一声吠えると私以外消えてしまったのだ。
翌朝目覚めたときには、結構寝汗(冷や汗かも)をかいていた。お守りを出して見ると、中から何かが飛び出したかのように真ん中が破れていた。怖いというより、やっぱり!と感じた。
次の週末に、琴子と志保の2人が再び神社にやって来た。
今回は祈祷をお願いしたいということだ。 祈祷は、梅子の父である寅吉が行った。
その間、梅子と琴子は社務所で待っていた。
吾は祈祷の間、傍で志保の様子を見ていた。勿論、彼女には吾の姿は見えない。
祈祷が始まると、志保の傍にこの神社の神様が現れていた。
何をしているかというと、心身に悪い影響が残っていないかを見ているのだ。残っていれば祓ったり、治したりされている。ここの神様も面倒見がいいのだ。
吾らも、まだ定期的に志保が住んでいる辺りを見回っているが、大分よくなっている。もう少しかかりそうだが、ほぼ問題ないレベルにはなっている。
引っ越しをしなくても大丈夫だ。よかったな。
祈祷後、志保も一緒に社務所でしばらく話をしていた。
その時に、破れたお守りを出して皆に見せていた。このお守りは帰るときに返納していた。
吾が導き手になる前には、大体このようなことをしていたな。
まあ、今も桃香と神楽山の樹海の浄化は行っているが。
結局、吾は導き手になることを受け入れた。
訓練の内容は蓮とは違っていたようだが、異世界に行くのは一緒だな。これは、吾にとっても初めての経験だった。それまで異界のモノに対応することはあったがな。
菊様は、最初は紅葉を桃香の導き手にと考えていたようだ。特に決まりはないのたろうが、導き手はこれまで同性がなっていたからな。菊様はもとより梅子殿の導き手である緑(鶯)もそうだ。しかし、桃香が金粉持ちということで吾に声をかけたようだ。
通常の巫女であれば異世界に行くことはない。
しかし、桃香は行く可能性がある。
しかも、いつ行くかわからないのだ。その時、一通り教育が終わっているかどうかもわからない。
菊様が心配するのも当然だろう。
そこで吾に、ということになったのだろうよ。
まあ、巫女の仕事の補佐として、また同性でなければ付けないところもあるから紅葉も傍にとは思っていたようであるが。
桃香が初めて異世界に行ったときの年齢を考えたら、菊様の判断は正しかったのだろう。
それに桃香は賢い子ではあるが、活発すぎる面もあるしな・・・。
吾でも時々ヒヤヒヤさせられておるよ・・・、しっかり見守っていくつもりではあるがな。
余談になるが、1つ目の話の咲ちゃんのように交通事故などで突然亡くなってしまうと、本人が自分が死んだとわからず、その場所に留まっていることがあるのだ。だから「一緒に帰ろう。」と声をかけて、家に一緒に連れて帰ってあげてほしい(事故などでなく、家以外で亡くなった場合もだ)。その場に留まって彷徨うことになっては気の毒だからな。
2つ目の話だが、この頃、辰殿は修行中だったな。
以上だ。
第2章は秋以降(11月頃かな?)、投稿予定です。