15 (番外編)導き手の修行 ‐ 蓮 ‐
一体いつ自分が生まれたのかなんて知らないよ。
気付いたら、この神社の境内にいたんだ。
「おい、そこのチビっこいの。
そう、お前じゃよ。
お前、そのうち儂の後を継げ。」
急に声をかけられて、そっちを見たら狛犬の爺さんだった。
それから、時々境内にある狛犬の中に入って神社の様子を見ていたんだ。
最初っから、物質的な体はなかったな。
ある日、菊様に話しかけられたんだ。
「お前、導き手になる気はないかえ?」
「爺さんに後を継げって言われたんだけど。」
「ああ、まだまだ先のことじゃ。
それまで何かすることでもあるのか?」
「特にないけど・・・。」
「ふ~む。広い世界を見るのもいいかもなぁ。
やってみるか?」
様子を見ていた爺さんが言った。
「ただし、絶対になれるとは限らんぞ。
試してみて適性があればじゃ。」
菊様に絶対ではないと言われたが、やってみることにしたんだ。どうせ暇だったし。
導き手はどうしても人と接することになる。
しかし、生まれたときから実体のない“俺”は、神社に来る人々に認知されたことがない。勘が鋭い人が偶に感知するくらいだ。
そこで、俺は犬としての一生を3回経験することとなったんだ。
もう今では、感情や感覚はまだなんとか覚えているけど、それ以外のことは曖昧になりハッキリ覚えていないことも多いなぁ。
ちゃんと説明できるかな。自分でも不安だよ。
【 1回目 】
確か、小型犬だったな。うん、ロングのチワワだ。色は茶系だったか・・・?
飼い主は、幼い頃から犬がいる家庭で育ったため、犬の扱いにも慣れていた。自分もずっと犬を飼い続けたいと思っていたので、仕事とプライベート、両方を大事にできる仕事を選ぶような男だった。
大学を出て就職すると同時に一人暮らしを始め、その時、俺を飼い始めたんだ。
何にでも一生懸命なヤツだったから、仕事もそれなりに忙しかったんじゃないかな。
でも、アクティブな男だったから、休みの日には山に海にと出掛けていった。勿論、俺も連れてね。
だから、飼い主と一緒に山にも登ったし(時々はリュックにも入ってた)、海で一緒にサーフィンもした。楽しかったよ。
飼い主の実家に一緒に帰ったときには、彼の両親にもかわいがってもらったし、実家にいる犬とも仲良くなった。
飼い主は、俺を自分と同じように大切にする女性と結婚したから、彼の妻子からも大事にしてもらった。
14年くらいは生きたかな。
死んだのは、多分老衰でだと思うよ。
自分の最期、覚えてるよ。
家族で看取ってくれたんだ。俺の弱った体を撫でながら、「今までありがとう」「大好きだよ」って何度も言ってくれたんだ。俺は愛されてる、って安心して目を閉じた。
それが最期だった。
次に気が付いた時には、目の前に菊様がいた。
どんな一生だったかを聞かれたから答えたんだ。
「多分幸せな一生でした。
愛されたし、大切にされました。」
「そうか。
幸せや愛情を感じたか。」
菊様の言葉で初めてわかったんだ。
それまでの俺には物質的な体がなかったから、抱きしめられたときの暖かさや遊ぶ楽しさ、空腹や物を食べるということ、ケガの痛みや気遣われる嬉しさ、なんかを知らなかったんだ。
1回目は、そんなことを知るための一生だったんだろうな。
菊様から2回目について、少し休んでからにするかと聞かれたけど、俺はすぐでもいいと答えたんだ。
何か知らないことを知る、ワクワクするような気持ちもあったんだと思うんだ。
【 2回目 】
次は大型犬だったかな?多分ゴールデン・レトリバーだったよ。
今度の飼い主は女の子だった。
正確には、彼女の家で飼われていたんだけど、他にも大型犬を飼っていたから、俺の世話(担当?)をしてくれていたのが彼女だったってことかな。
彼女が俺を散歩に連れていくときに、よく出会う男がいたんだ。そいつはジャーマン・シェパードを散歩させていたんだけど・・・。
俺は最初の頃、よく会う奴らだな、って思ってた。
でも何回も会ううちに、飼い主たちは散歩の途中で挨拶を交わしたり、立ち話をしたりするようになったんだ。俺もシェパードと話すようになった。
シェパードによると、彼の飼い主が彼女に一目惚れしたらしい。挨拶から立ち話へと、少しずつでも親しくなりたいと頑張っているらしい。
俺はその話を聞いて、最初警戒したんだけど、シェパードが「ちょっとヘタレだけど悪い男じゃないよ」って言うから様子を見ることにしたんだ。
確かに、ヘタレだけど悪い男じゃなかった。
彼女の方も満更でもなさそうだったので、俺とシェパードも2人の仲が近付くよう協力したんだ。俺たち恋のキューピッドだな。
その甲斐あってかは知らないが、2人は結婚することになった。
なぜか、俺とシェパードも一緒に生活するようになったが・・・。
数年後、2人には双子が誕生し、郊外の庭付き平屋の一戸建てに引っ越したんだ。当然、俺たちも一緒だ。
そんなある日のことだった。
双子の一人が、急に痙攣し始めた。
今朝から少し熱っぽかったから、もう一人とも離して様子を見ていたのだが、初めてのことに新米ママは気が動転してしまった。まぁ当然だ。
そんな中でもなんとか落ち着こうとし、自分の母親に電話した後、かかりつけ医にも電話していた。
とりあえず近くの小児科に連れていくことにし、母親にも一緒に行ってもらうことにした(実家が近い)。
忘れずにパパ(あのヘタレ男)にも電話し、状況と帰ってきてほしいことを伝えていた。どうやらすぐに帰ってくるみたいだ。
急いで出掛ける準備と家に残すもう一人への対応をしていた。体調の悪い子と一緒に連れて行けないと家に残すことにしたのだ。間もなくパパも帰ってくるから大丈夫だとも思ったんだろう。
リビングのラグの上にタオルケットを敷き、その上にもう一人の子を寝せると周囲にクッションを配置した。(寝返りを打てないようにしたのかな・・・?)
彼女は、そこに俺たちを呼んで、「この子を見ていてね。」と言ったんだ。俺たち子守も上手くなってたからな。ヘタレ男よりは上手いと思ってた。
その後、彼女は戸締まりをすると、車で迎えに来た母親と慌ただしく出掛けていった。
外に出て、「なんか煙たいわね。どこかでゴミでも燃やしているのかな。」と言ってたけど、すぐ後にあんなことになるとは、彼女も思ってもいなかっただろう。
彼女たちが出掛けて、そんなに時間は経ってなかったと思う。煙の匂いが強くなり、何かが燃えるような音も微かに聞こえてきたんだ。俺たちは耳も鼻も人間よりいいからな。
俺たちは「何かヤバそうだな」「ヤバいな」と。すぐにシェパードが庭側の窓を体当たりして割って外に出ると、大声で吠え始めた。異変を周囲に知らせなければ。
俺は、子どもを乗せたままタオルを引きずっていった。キッチンにある床下収納、あそこに子どもを避難させようと思ったんだ。窓からは出せないだろ。割れたガラスでケガさせちまう。収納を開けるのが大変だった。俺の爪からも血が出たよ。なんとか開けると、上手く隙間にスッポリと入れたよ。ちゃんと上向きでさ。その上に俺は覆い被さったんだ。
それが俺が覚えてる最後の記憶だ。
多分死んだんだろうな。7~8歳だったかなぁ。
気付いたら目の前に菊様がいたんだ。
俺が「子どもは?」って聞いたら、「助かりましたよ。」って答えてくれたんだ。
菊様によると、近所でゴミを燃やしていたのが飛び火して火事になったそうだ。風が強い日だったのに。迷惑な話だ。俺の死因は一酸化炭素中毒だったらしい。火傷じゃなかったんだ。尻尾ぐらいは燃えたと思ったよ。俺の体があったから煙を防ぎ、酸素もなんとか保ってたらしい。シェパードのケガもたいしたことなかったみたいだし、よかったよ。
「なぜ、あの子を助けようと思ったのか?
自分だけなら助かったであろう。」
「うーん。なんでかな?
自分でもよくわかんないけど、体が動いたんだ。
でも、助かってよかったって思ってるよ。」
菊様に聞かれても、自分でもわかんなくて、なんでだろうってうんうん唸ってたら、「まぁ、ゆっくり休むがよい。」って言われたよ。
しばらくして3回目の犬の一生を体験した。
【 3回目 】
今度は、また小型犬だった。トイプードル。
最初の飼い主は子どもだった。
小学生くらいの子が、母親に犬が欲しいと駄々こねて、ペットショップで買ってもらったんだ。
少しアレルギーがある子だったからトイプードルにしたのかな?知らないけど。
その家には、下に小さい子が2人いたから、母親は忙しそうだったな。
父親は、朝早く家を出て、帰ってくるのは夜中近くだったな。時々、家族で出掛けることはあったかな。でも、休みの日の大半は寝てたな。子どもには優しかったかな・・・?怒ることも叱ることもなかった。
ある日、2番目の子が俺を抱いているときに上の子が取り上げようとしたんだ、2番目の子はイヤがって取り合いになった。で、弾みで俺を落とした。その後、歩くときに体がよろけるようになったんだ。
上手く歩けなくなった俺を見て、子どもたちは他の犬を買ってと言い出した。生き物と他のオモチャは違うのに・・・。
その頃、父親の転勤が決まった。転勤先の借家はペットが飼えないということで、俺は保健所に連れていかれたんだ。捨てられたんだな。最後まで面倒見れないなら飼うなよ。無責任だろ。
俺は動物保護団体に渡され、譲渡会に出されることになった。
次の飼い主は高校生だったな。いわゆる地元の名士といわれる家の息子だった。優秀な兄がいて、勝手に劣等感を拗らせているヤツだった。
その家は、両親と兄弟の4人家族だった。父親と兄はごく普通の人だったな。優秀で忙しいということはあったけど。父親は会社を経営していて、兄はその後継者だと見られていた。兄は勉強だけでなくスポーツも得意で、文武両道で大学まで進み、その時は外国に留学中だったな。一時帰国した時に見かけたが、弟に対して自分が優れていることを鼻にかけるような様子もなかった。
母親は、周囲が医者ばかりという環境で育った人だ。両親が医者で、兄と妹も医者になった。自分も医者を目指したが途中で挫折した。両親は「自分のなりたいものになればいい」と言う人たちだったが、兄妹の中で自分だけ医者になれなかったと勝手に劣等感を持ち、自分の叶えられなかったことを子どもに押しつけた。兄は跡取りだからと弟に。
だから、俺の飼い主は物心が付いた頃から、母親に「あなたは医者になるのよ」と言われ続けていたんだな。
飼い主は、母親に言われるままに頑張って兄と同じ高校に入ったが、かろうじて合格できたレベルだった。それまでは上位の成績であったから、すっかり学校が面白くなくなった。また、優秀だった兄と比べられるのも嫌だった。で、拗らせた。
母親は息子が俺を飼いたいと譲渡会で言ったときも、あんなボロボロで弱った犬を飼いたいなんて優しいわね、ぐらいに思ってたんじゃないか?
俺は、ほとんど飼い主の部屋で過ごした。
アイツの虫の居所が悪いときは、よく蹴られたな。もともと歩くときにヨロヨロしていたから家族にはわからなかっただろう。
その日は、イライラがMAXだったな。
「血って、どれくらい減ったらヤバイのかな。」って、俺を板みたいな物に上向きに固定したんだ。何かを感じだ俺は吠えたよ。そしたら「うるさいな」って、声が出ないようにされた。何されたんだろう?痛かったのだけは覚えてるよ。あの時感じたのが恐怖なんだろう。次は尻尾だったかな。俺の目の前で振ってたから。その次は足だったかな。その後はあんまり覚えてない。痛みが途絶えることなく続いていたことだけは覚えてるよ。
多分そのまま死んだんだろう。死因は失血死かな。5歳になってたかなぁ。覚えてないや。特に祝われたこともなかったしね。
気付いたら、今度も目の前に菊様がいて聞かれたんだ。
「人間が憎いか? 嫌いになったか?」
「うーん。
人間がって聞かれると、そうでもないかな。
3回目の飼い主は、どちらも嫌いだけどね。」
だって1回目と2回目の飼い主は悪くなかった。
どちらも大切にしてくれたし愛してくれた。
3回目は、最初の家族は犬を飼うには覚悟が足りなかったし、最後の彼奴は人間として未熟すぎた。かわいそうなヤツだったとも思うけどね。ちゃんと“自分”を大切にしてなかった。
自分のことなのに自分の頭で考えて行動しないなら、自分の人生を生きてることにならないんじゃないか?ま、他人のことだからどうでもいいけど。
「では、最初の一生が3回目の内容だったとしたら、どうじゃ?」
「それは、人間が嫌いになるし、憎い!」
「なぜじゃ?」
「んー・・・何でだろう?
ああ、愛された経験がないから優しい人間もいるって思えないんだ。」
菊様から、同じことでも順番で感じ方が変わることがあるから気をつけるように、と言われた。
導き手になったら必要なことだってさ。後になってわかったよ。
3回目の体験(特に後半)は、辛かっただろうが生身の人間と付き合うためには必要だったと言われた。ホント酷いよ。
でも、それまでの俺は、生身の体を持つものはケガをして血が流れすぎると死ぬってことも知らなかった。
俺には生身がないから痛くて苦しいって感じたことなかったんだよね。それじゃあ困るんだって。
導き手は冒険者を、異世界から必ず無事に連れて帰って来なければならない。当然死なせてはならないし、体の欠損があってもならないらしい。
だから導き手は様々な訓練を行う。その中には異世界での訓練も含まれる。
でも第一は、生身の人間と自分たちとの違いをしっかり認識していること、だそうだ。なるほど!
その後、俺は異世界に訓練に行くのも含めて、他の訓練を行うようになった。
訓練を通して多くのことを知ったり、身につけたりした頃、久しぶりに菊様に呼ばれた。
次代の冒険者と巫女に会わせるから犬の姿(実体)になるように言われた。まぁ、この頃には自力で作れるようになってたけどね。で、俺はポメラニアンになった。
姿については何も言われなかったけど、どうも俺は軽薄に見えるらしい。言動に気をつけるように言われた。
だから、しばらくは猫を被ることにしたんだ。俺は犬なんだけどね。
で、今は柊の相棒になってる。
柊が“蓮”って名も付けてくれた。それまでは名前なかったな。3回の修行中の名前は覚えてない。あったとは思うけどね。
柊はホントいいヤツなんだ。
なんといっても真面目で努力家だ。あれだけ才能があるのに謙虚に学ぼうとする。
変な劣等感も持たず、前向きに考える。これ、大事なことだと思うよ。いじけたり、人を羨んだり恨んだりしても仕方がないだろ。時間の無駄だ。
完璧なヤツなんかいないよ。完璧を目指すことは誰にでもできるけどね。
でも、完璧になる必要ってあるのかな?足りないことがわかっていれば対応できるんじゃないの?俺はそう思ってるけどね。
あぁ、柊のことだったよ。
妹の桃香に対する愛情がちょっと重いことや少し天然で鈍いところもあるが些末なことだ。
まぁ、生きていくためには少しは腹黒さも必要だと思うんだけど、そこはおいおい俺が教えていけばいいかなっ(ちゃんとほどほどにするよー)。
あぁ、そうだ。
犬の一生を過ごしているときには「俺」の意識はなかったからね。わかりやすいかなって補って説明しただけだから、そこは誤解しないように。