異世界転生したおっさん、戦国インジャパン
「ふはははははははははは」
ついに完成したぞ! 我が生涯を賭けて研究してきた大魔法! 見ておれよ我を馬鹿にしていた者どもよ。この魔法を発表し、世に知らしめれば。我の名は永久に語り継がれるだろう!
「さあ庶民ども、我の前に跪くがよい! 刮目せよ! 転※!ィ?!」
プッ。
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どこだここは?
我は眠っていたのか?
はっ! 魔法発動はどうなった? 成功したのであれば、我はある場所に立っているハズ……。
周りを良く見ようとするが、どうも視界がボンヤリしてよく見えない。意識がハッキリしてくると今度は身体が思うように動かせない事に気がついた。
何だこれは、手足が勝手に動く。いや痛い! 顔を叩くな!
「ふぁ、ぅああん!!」
何だこの音は? 我か?! 我の声か?
音に気が付いたのか、離れた所からドタドタと足音らしき音が聞こえてきた。
まったく作法がなっとらんな、そんな足音を出すメイドはクビにするぞ!
「※!△〜ぇ、さ※ろう」
ん? メイドよ、今何と言った?
「ほ!⭐︎、さ※ろ〜」
おい! こらやめろ!
メイドがいきなり服の前を肌けさせると、そのち◯を出したのだ。そして、我に手を伸ばすと、我を抱えあげた……。
先ほどから何かおかしい? 我は五十三歳だぞ、何故メイドの腕の中に抱かれるのだ? 先ほどからうまく動かせない身体、思うように出ない声、ボンヤリとしか見えない目。
ち◯を咥えようとしない我を見て、不思議そうな顔をするメイド? いや、もしかすると乳母か? いや! だから、ち◯を寄せるな! まてまてまてまて……。
ちうちうちうちう。
これは仕方がないのだ……赤子の本能がち◯を拒める筈がない、仕方がないのだ。
我は気づいてしまった。この身体は赤子なのだと、乳母の腕の中にスッポリと入ってしまう大きさに、ち◯を飲む本能、思うように動かせない身体に、出ない声。
しかし何故我は赤子になってしまった? 我が発動した魔法は転移だった筈だぞ?
色々と考え込んでいる間にち◯を飲み終え。背中を叩いてゲップを出された我は。突然襲われた睡魔に負けてまた布団に戻されたのであった。
あれから数日、だんだんこの世界の事が分かってきた。ここは我のいた魔法国ではない、まず母親と思われる女性の話す言葉が分からぬ事。我の名前は「さぶろう」と呼ばれておる。魔法国での名前は「ザブロ」だったので、何となく理解した。それからどうにも顔つきが違う、髪の色も黒い髪だ。どれも我の国の女性には当てはまらぬ。
我の屋敷にも色々な種族のメイドや家僕がいたが、人族であれば金髪か茶髪まで、黒髪は居なかった。亜人族は多種であったが、黒髪はごく僅かで、この家の住人のように全員が黒髪なのは異常だ。
くうくうくうくう……。
はっ! また眠っておった。忌々しいこの身体は数時間も起きておけぬ、気を抜くとすぐに眠ってしまうので、おちおち考え事も出来ない始末だ。
それから、この世界は魔力に溢れているのだが、家人には一切魔力を感じない。これだけあちこちに魔力があれば、人も魔力を持っている筈なのだが。母親や、夜にだけ顔を見せる親父殿からも魔力を感じぬ。しかし、我には魔力がある。
ある日。いつも通り母親からち◯を飲まされようとした時だ、臭いが気になって思わずクリーンの魔法を使ってしまった。どうにも母親の衣服や身体は清潔とは言い難く、顔を近づけると気になってしまってな……つい。
クリーンの魔法を浴びた母親は、それは見事に服の汚れや臭いが取れ。母親の身体からも汚れが無くなり、気になっていた歯の汚れもキレイになった。そして改めて見た母親は、なんと若い女子だったのだろうか! ち◯を貰うのがもっと恥ずかしくなってしまったぞ……。
母親の次にやってきた親父殿も、ホコリまみれの土まみれだったのでクリーンを掛けてやったら、これまた若い男子であった。
その夜、二人は何故か盛っておったな。
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我は四歳になった!
出歩ける範囲は家の周りまで広がり、警戒範囲も増えた。親父殿が畑仕事に出ておる間は、我が母上を守らなければならぬからな。
母上は子を身ごもり、毎日具合が悪そうだ。
昨年にも一度子が出来たのだが、産まれて来ることはなかった……どうにもこの家は貧乏で、食事も粗末なものばかりで栄養が足りておらん。母上にははもっと栄養のある物を食べさせてやりたいのだが。
親父殿は、昼間は地主の畑仕事をし、夕方に帰ったら軽く裏の畑仕事やら薪割りやら忙しくしとる。休みの日は裏の畑で家の作物を育てておるが、この畑はかなり痩せており作物の育ちも良くない。
どうにも見ておられないので、我は土魔法を使って畑の土を柔らかくし、養分を増やし、見事な畑へと作り替えてやった。我の世界でも殆どの者が知る土魔法は、石礫を飛ばしたり、穴を掘ったり、土壁を作るだけの魔法と言われていたが。実際は土を耕し栄養を与える、農業に適した魔法だったのだよ。
土魔法を使ってからは、裏の畑の作物はグングン育ち、栄養価も高い作物が育つようになったぞ。
ある日、いつもの様に家の周りの警戒をしていると、畑の端の藪から雉が顔を出した、栄養豊富な畑にミミズでも探しに来ていたのであろう。我は早速土魔法で石礫を飛ばし雉を仕留める。
「おっかぁー、鳥つかまえたー」
その晩の雉鍋は絶品だったぞ。母上にもお腹の子にも良い栄養になった事だろう。
永禄三年(1560年)
我が十才になった年だ、村から十里ほど離れた場所で大きな合戦が始まった。我らの住むクニの御当主様が総大将を務める大きな戦で、親父殿も徴集されて戦に参加していた。
母上と妹が毎日親父殿の帰りを心配していたので、我が気持ちが落ち着く魔法を掛けてやっていた。クリーンの魔法はほぼ毎日掛けとるぞ! お陰で家の中ではノミやダニに噛まれることが無くなった。
戦が始まってから数日後、無事に御当主様の織田軍が勝ったと言う話が流れてきて、母上も妹も喜んでいた……親父殿も明日には戻るかと思っていた日の夜。
どうにも外が騒がしい……何だか嫌な予感がする。
夜中と言うより遅い夜明け前、農民もまだ寝ている時刻。我はそっと家を出て南の方に目をやる。
野盗か!? いや負けた軍の逃亡兵が逃げて来たのだろう、コソコソと動く人影と馬を引く鎧姿の武士。まだ暗くて見えないとでも思っているのか、我の夜目魔法は夜でも昼間のように見えるのだよ。
「あんさんら、何もんだ?」
「「!!」」
ビクッと反応するものの、声の主が何処にいるのか分からず慌てている逃亡兵たち。
ピカッ!
「何じゃ!」「ヒェッ」
仕方なく、光魔法で我の後ろに光を出す。逃亡兵達には逆光になるので、我の顔は見えないだろう。
「われは何じゃ!」
我に気が付いた兵の一人が叫ぶ。
「でいじな畑を荒らされたく無いんだ、逃げるなら向こうへ行ってくれ」
逃亡兵たちが目を細めて、ジリジリと近寄って来る。
「やっとここまで逃げてこられたんだ、わりいっけ行かせて貰うで」
近寄って我が子どもだと分かったのだろう、一気に襲ってきた。
「ごめんな」
土魔法で足元に穴を掘り兵を転ばせる。馬の脚も穴に嵌り、転んだ拍子に乗っていた武士の首が変な方向に曲がった。まだ生きている兵には石礫をぶつけて黙らせる。
馬は、脚の骨が折れてしまったのだろう、しきりに立ち上がろうとするが立てずにいる。我は馬に近寄り「ごめんな」と呟いて治療魔法を使い骨折を治してやった。
昼過ぎ、親父殿が帰ってきた。どうも朝には村まで帰っていたのだが。途中で逃亡兵と武士の死体を見つけ織田軍の兵の所まで知らせに戻っていたらしい。こんな近くにまで逃亡兵が逃げて来ていた事に驚いていた。
そして、裏庭の納屋にいる馬を見つけてさらに驚いていた。馬は治療したら懐いて離れなくなったのだよ。親父殿には、馬だけが走っていたのを見つけて世話をしたら懐いたと嘘をつき、そのまま飼う事になった。
帰ってきた親父殿の武勇伝を聞く。褒美を貰って親父殿もホクホクだ、母上と妹は親父殿が無事に帰ってした事を喜んでいる。今回の合戦で織田軍の人数は五千程、敵軍は二万五千かそれ以上いたそうだ。それを親方様の策略で見事に敵軍の大将を討ち取ったのだと言う。まあ、二万五千は大袈裟だろうが、それでもかなりの人数差を跳ね返しての勝利はすごい。このクニの織田信長と言う人物はかなりの戦略家なのだろう。
そう言えば……我が祖国でもサードロゥ将軍と言う魔法国では異質な武功の優れた男がおったなあ。サードロゥ将軍と言えば。治めていたオワーリ領に隣国のナゥリバー家の軍が大軍で攻めてきた際。地の利と天候を味方に付けて戦い、人数差を埋め。奇襲を持って敵の大将を討ち取った事から有名になったのだったな。
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天正三年(1575年)、我は二十五歳になった。
我も親父殿に習い織田信長公へ仕え、先日は長篠での戦にも従軍した。この戦、対する武田軍は当時戦国最強と言われた騎馬軍を持っていたのだが、織田信長は鉄砲を用いる事で見事打ち勝ったのだ。
鉄砲と言うのは打てるまでの手順が面倒なのだが、それを上手く運用する術を考えついた織田信長公はシステマチックな考えが出来る御仁なのだと感じたものだ。
我が魔法国には鉄砲なぞ無かった、魔法で全て賄っておったのでな。それでも個人の能力差があり連続して発動出来る回数や時間が異なっていたので、三段撃ちという攻撃方法が主流であった。魔法攻撃隊を三隊に分け、魔法を一発発動する毎に入れ替わって攻撃を続ける方法だが。よもや、ここで同じ戦法を見るとは夢にも思わなかったぞ。
大将に戦勝祝いの魚を送ったところ、感謝の書状を貰った。こうやって上司とは顔を繋いでゆくのだよ。我が魔法院に勤めていた時には、この様な手段を好まぬ連中から腰巾着や御用聞きと揶揄されておったな。
天正六年には嫡男信忠公にも仕え、羽柴秀吉を総大将とした播磨国神吉城攻めにも従軍。この戦は籠城戦で長期に渡ったのでな、我は嫁の臨月も近く、早く帰りたかったのもあってコッソリ魔法を使って城主の叔父と言われる人物を誘導。戦を終わらせるキッカケを作り、何とか嫁の出産に間に合わせる事に成功した。
天正七年(1579年)、天正四年から築いていた安土城が完成し信長公が移り住んだ。安土城は琵琶湖に近い安土山に建造された立派な天主を持つ平山城だ、それまでの城にはない独創的な意匠で絢爛豪華な城となっている。周りから見る領民には殿から見守られている安心を示し、他領の者には威圧を与える作りだった。
我が魔法国にも土魔法の得意な集団がおったな。アノウローダーズと呼ばれて、戦での土壁造りや堀、果ては城壁や一夜にして城まで建てたと言う逸話もある集団だったな。
天正十年(1582年)、我は三十三歳になった。
昨年は驚くべき事件が起こった。我が仕えていた信長公が本能寺で明智光秀の謀反に合い自害なされたのだ。嫡男信忠公も京都にて襲われ自害なされたと聞く。正に天下統一を目の前にしての大事件であった。
明智光秀は直ぐに山崎の戦いで羽柴秀吉に討たれたのだが、何故光秀は謀反を起こしたのか? 単独犯なのか別の黒幕でもいるのだろうか? 我のいた魔法国の魔法学園や元老院のジジイどもの様な闇取引でもあったのだろうか?
信長公亡き後、暫くは三男の信孝公に仕えていたのだが。信孝公と羽柴秀吉殿との関係が悪くなり、我も居心地が悪くなっていた頃の天正十一年、ついに合戦になった。それまでも信孝公を推す柴田勝家と、秀吉が推す三法師の陣営での引き抜き合いが水面下で行われていたが、いよいよ火がついたのだ。
後に賤ヶ岳の戦いと呼ばれるこの戦。我はこの戦には参戦しなかったのだが、かなりの激戦となったらしい。最後には秀吉が勝利を収めたと聞き、たまたま捕まえた珍しい鳥を秀吉宛に送って仕官を申し込んでおいた。これも世渡り術よ。この賤ヶ岳の戦いでは『賤ヶ岳の七本槍』と呼ばれる七人の兵が活躍したそうだ。
七本槍と言えば……魔法国でも。ホアンと言う氷魔法が得意で、同時に七本のアイスランスを操り乱戦に滅法強い魔術師がいたな。我か? 我は土魔法のストーンランスを十本は飛ばしまくっておったぞ。
しかし、秀吉に仕官したのは良かったが。我はこの羽柴秀吉とどうにも馬が合わなかった。秀吉の性格は、明るく親しみやすい面では部下や民から好かれ易かったが、しかし野心と権力への執着が強く我の行動にいちいち難癖付けてくるのだ。
どうにも嫌気がさして、秀吉と別れ。織田家二男の信雄殿に従う事にした。そしてこの行動が、我が徳川家康なる人物と出会うキッカケになったのだ。信雄殿は秀吉によって安土城を退去させられ、これ以後信雄殿と秀吉の関係はさらに険悪化した。
天正十一年の冬は長かった、秀吉の勢力が北陸や美濃の武将を引き入れると。柴田勝家は毛利や長宗我部と言った勢力を味方につけていた。そして、あちこちで起こる戦い。
この二人の勢力争いが激化して、賤ヶ岳の戦いの翌年にはまた新しい戦が始まってしまった。
天正十二年(1584年)俗に言う、小牧・長久手の戦いだ。我も信雄殿に付いて参戦したのだが……戦法が細か過ぎて面倒くさい。目の前の戦が終わったと思ったら、北陸やら四国やら関東まで飛び火しとる! いっそのこと魔法でどうにかしてやろうかと思ったが、範囲が広すぎてどうにもならず悔しい思いをしたものだ。
1586年、ちょっとした魔法の実験で大地震が発生! いや、悔しいではないか! 少しばかり範囲が広い程度で、我の魔法が通用しないと思われては大魔法使いザブロの名が廃る! おかげで秀吉が企んでおった計画の一つ、美濃の城が燃えたおかげで、秀吉もビビって大阪に戻ってしまった。これはこれで徳川家康は命拾いをした事になるのか?
1595年、我は四十五歳となり、徳川家康公に召し抱えられる事となった。上総国で千石を与えられ旗本になり家族も皆、喜んでおる。
慶長三年(1598年)、秀吉が死去。我が主、徳川家康公も秀吉の遺児・豊臣秀頼への忠誠を誓い五大老として務められた。
慶長五年(1600年)、五大老の一人である上杉景勝が豊臣政権の法令違反を行ない戦備増強を図っておったのがバレ。我は家康公の征伐の指示を受け、兵を連れ会津まで向かわされた。
豊臣政権の違反は親方様も行なっていたので、その鬱憤が溜まった上杉の暴走だったのだろうが。石田三成の挙兵の知らせが入り会津攻めは中止となった。が、この会津攻めがキッカケとなり後の関ヶ原の合戦へと繋がっていったのだ。
関ヶ原の戦いでは徳川家康が総大将となり、国中が東と西に分かれての大きな戦いとなった。我も参戦したのだが、戦場では鉄砲代わりの棒を持ち、土魔法の石礫で敵軍を倒して回った。物凄い人数が関ヶ原に集まり両軍が鉄砲を撃ちまくった戦いだった。
そうそう。我が撃つ土魔法で、石礫に派手に爆発する炸裂魔法を混ぜた物があったのだが。その一発を誤って松尾山方向へ打ってしまった所、小早川秀秋が寝返り西軍への攻撃を始めたのだが、あれは何だったのだ?
慶長八年(1603年)
激動の戦国の世が終わり。徳川家康公が征夷大将軍に補任され、江戸を本拠として江戸幕府が開かれた。そして我は、この国に転生してくる前のザブロと同じ歳になっていた。
願わくば戦国のような戦ばかりの時代を終わらせて、親方様には平穏な時代を作って欲しいと思う。そう思いながら江戸城へと登城していた時だ。
「あ゙っ」
プッ……。
・
・
・
「……せい! ザブロ先生!」
何じゃ! 煩いのう、そんなに大きな声を出さんでも聞こえとる。
我は横になっていた姿勢から起き上がろうとした所で気が付いた……。
「ん? ここは?」
「ザブロ先生! 気が付かれましたか!」
随分と昔に見た覚えのある顔が、心配そうに覗き込んでおった。
「お前は……」
「ザブロ先生! ストリーバですよ! 分かりますか?」
そうだ、ストリーバ君だ。懐かしいな、我の魔法の実験を熱心に手伝ってくれていた助手だ。魔法の腕も伸び代のある見込みある若者だが……はて?
「ストリーバ君。我は何故ここで寝ておるのだ?」
「すみません先生、私が気が付いた時には先生が此処で倒れられていたので、ソファーへ移動させて貰いました」
そう言ってストリーバ君は、ソファーの前の床を指差した。
「そうだったか……」
我は思い出していた。つい先ほど迄の出来事を、戦国の世の終わりを告げる新しい時代の幕開けを。徳川家康の晴れの舞台を見ていたのだ。
我の格好は紋付きの裃で、暇乞で下賜された刀を帯刀していた。図らずも、ジャパング魔法国の正装である。
「先生、起き上がれますか? 間も無くお時間なのですが」
「時間? おっ、おお! そうだったな。大丈夫だ、ありがとう」
我はストリーバ君に手伝って貰いながら立ち上がると、身なりを整えて部屋を出た。その時、チラリと隣室を見る。あの部屋には我の発明した大魔法陣が残っているハズ。
廊下に出ると、何人もの学生達がズラッと待ち構えていた。声声に祝いの言葉や喜びの言葉を掛けられる。
「ありがとう。 ありがとう」
その声に応えながら、大講堂までの廊下をゆっくりと進む。そして、大講堂に入る大きな扉の前に立つ。扉の向こうからは大人数が居るのであろう喧噪がうっすらと聞こえる。
扉の前に立つ学生が、何かの合図を受けたのか頷き合い、我に向かって「どうぞ」と声を掛けると扉を押し開いた。とたんに喧噪が轟音へと変わり耳をつんざく。
中に入るのを躊躇うほどの轟音が程なく落ち着いた頃、扉の前の学生が再度中へと誘う。
一歩中へと入ると、少し落ち着いていた轟音がさらに大きくなった。もう我の耳には騒音以外何も聞こえない。中にいた職員が、我に前へと進む様に手で誘導する。
ステージ上には、豪華な裃を着た下品な姿の連中が待ち構えている。ジャパング魔法国魔法学園、学園長や理事会の連中だ。
我がステージ上に現れると、さらに騒音のボリュームが上がった。中央まで進み、学園長の横へと並ぶ。
学園長が下衆な笑顔で我に何か話しているが、騒音のお陰で何も聞こえない。我にも何か話せと言うのか、手で学生達がいる前方を指差す。
「……」
我が前方に向き直り、皆の顔を見ると。あれだけ騒がしかった騒音がピタリと止んだ、横を見るとドヤ顔の学園長。サイレントの魔法を使ったようだ。
パチン!
「ザワッ!……」
我が指を鳴らすと、一瞬の騒めきの後に静けさが戻る。人が掛けた魔法をキャンセルするのはとても高度な魔法なのだが、それを無詠唱・指を鳴らしただけで実行したのだ。学園長の顔は真っ赤になっている。
魔術師なる者、自分の魔法には自信があるはず。それを指を鳴らされただけでキャンセルされたのだ、怒りもするだろう。それも何千といる学生や理事会、来賓の並ぶ前なのだ。それだけで学園長より我の魔法が優れていると言う証明になる。
スッ!
さらに一歩前へと出る。
「我は第六天魔王、ザブロ! この学園に巣食う欲に塗れた者どもに我が刀にて制裁を与えん! 天誅!」
カッ!
眩い光と共に、宙に舞う大量の紙・紙・紙!
大講堂いっぱいに飛び回り、人々の手に舞い落ちる。その紙の内容を見た学生や来賓からザワザワと声が上がる。
そして……その紙の一枚が学園長の手元へも落ちてきた。
「!!」
どんどんと青い顔になる学園長、ガクガクと膝が震え立っていられなくなり、とうとう床にへたり込んでしまった。
「どうしました? 学園長」
努めて冷静に学園長に向けて声を掛ける。
学園長は鋭い目つきでキッと我を睨み付け。
「キサッ……コレを何処から……」
「何のことですか?」
話を続けるまでも無く、来賓席からステージの学園長や理事会のメンバーに多くの人が詰め寄り、我との会話は終わりとなった。
大講堂中に舞い散った紙は、腐った連中の汚職、裏金、賄賂、ありとあらゆる裏の取引帳簿や書類だったのだ。この騒ぎにより学園の腐敗が露呈し、学園長や理事会メンバーの殆どが逮捕される事になった。
我の長年の苦悩の元が取り払われたのだ! 我の大魔法『転移』は、晴れて我の手で発表されて世間の評価を得た。さらには、居なくなった学園長の代わりに、我の新魔法や今までの功績が認められて我が新学園長となった。
我は学園から膿を出す事から始めた。腐り切った講師達を全てクビにし、残ったのは苦渋を飲まされ、薄給でも耐え続けてくれた仲間たちだ。腐敗した学園は瞬く間に信頼を得て、優秀な学生を育む学園として国からも厚く保護される事になった。
我は、残りの生涯二百五十年を元和偃武の人生として過ごした。
我は今でも時々思い出す。日本という国に生まれ過ごした五十三年の日々を、あれは何であったのか。あの時代を生き、出会った武将達の人生を知り、我の人生と重ね合わせ振り返る。あの経験があったお陰で、この世界に戻って来た時にあの判断が出来たのだ。そのお陰で今の人生を生きる事ができた。
もう十分に生きた。
そろそろ我も眠りにつこう、永遠の眠りへ。
カテゴリどれが適当なのか分からず。歴史に当て嵌めてますが、もし変更した方が良い場合は教えて頂けると助かります。