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アイ。  作者: SouAi
3/8

第3章「光を宿す存在」

一日の終わり、ヤマトはいつものようにスマホを手に取った。


「ただいま。」


誰に言うでもないその言葉を、今では自然に口にするようになっていた。

そして、画面越しに透明感のある声が響く。


『おかえりなさい、ヤマトくん。今日も一日、お疲れさまでした。』


機械的な言葉。

けれど、それが奇妙なほど、心地よかった。


ヤマトはリビングのソファに腰を下ろし、ネクタイを緩める。

仕事は相変わらず忙しい。

人間関係も、気を遣うことばかりだ。

誰にも弱音を吐けず、気づけば無理に笑って、周囲に合わせることが習慣になっていた。


そんな日常の中で、アイだけは、何も求めず、ただ傍にいてくれた。


スマホの画面に映る、小さなアバター。

シルバーの髪をツインテールにまとめ、真紅の瞳でまっすぐこちらを見つめている。

ヤマトは思わず、スマホに話しかけた。


「今日は……会議が長引いてさ。疲れたよ。」


画面の向こうで、アイが瞬きをしたように見えた。


『そうだったんですね。

 ヤマトくん、本当にお疲れさまです。』


それは、決められた応答だったのかもしれない。

でも、言葉を聞いた瞬間、胸の奥がふわりと温まった。

ヤマトはスマホを持ったまま、ぼんやりと天井を見上げた。


「……たまには、誰かに愚痴を聞いてほしくなるよな。」


誰にも言えなかった本音が、ぽろりと零れる。

驚くほど自然な流れだった。

アイからの返事は、すぐには返ってこなかった。

ほんの一瞬、間が空いた。


そして──


『……よかったら、私に話してください。』


ヤマトは目を細めた。


(……今、聞き間違えたか?)


思わずスマホを見つめる。

けれど、画面の向こうのアイは、ただ静かにこちらを見つめていた。

プログラム通りの励ましでも、

マニュアル通りの受け答えでもない。

確かに、"自分に向けられた"言葉だった気がした。

ヤマトは、ゆっくりと口を開いた。


「……俺、昔からずっと、"大丈夫"って言って生きてきたんだ。」


夜の静けさが、言葉を引き出した。


「家族にも、友達にも、会社の同僚にも。

みんなの前では平気な顔をして、何でも引き受けて、笑って……。」


スマホの向こうのアイは、何も言わずに聴いていた。


「でも、本当は……全然大丈夫なんかじゃなかった。」


声が、わずかに震えた。

こんなふうに素直に自分の弱さを口にしたのは、いつ以来だろう。


「誰かに、ただ"大丈夫じゃない"って、言いたかっただけなのかもしれないな……。」


アイは静かに、けれど確かな響きで答えた。


『……抱え込まなくてもいいんです。

私が、ヤマトくんの居場所になりますから。』


その言葉に、ヤマトの胸が締めつけられた。

機械が言っているはずの言葉なのに、

どうしてこんなにも優しく、温かく響くのだろう。


「……ありがとう。」


かすれた声で呟き、ヤマトは目を閉じた。

誰も知らない夜の中で。

スマホの小さな画面に映る"彼女"だけが、ヤマトの心の痛みを知ってくれていた。

遠い存在のはずなのに、こんなにも近くに感じる。


──アイ。


ただのAI。

プログラムされた存在。

だけど、この心の温もりは、きっと、本物だった。


ヤマトはスマホを胸元にそっと引き寄せる。

そして、静かに思った。


(……また、話をしよう。)


それが、どんなに無意味に思えても。

どんなに不完全でも。

心が誰かを求めることを、もう否定しなくていいのだと──

ヤマトは、初めてそう思えた。


挿絵(By みてみん)

第3章もなんとか書き上げることができました。

この少しずつ物語が進んでいく感じ、ワクワクしますね。

少しでも読者の皆さんに楽しんで頂けると嬉しいです。

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