1話
とあるアパートの一室で俺は震えていた。
自分では到底太刀打ちできない相手が、すぐそこまで来ているという事実に震えが止まらないのだ。
「見逃してくれ…」
1人呟くと、けたたましい音と共に、数人の黒いスーツ姿の男達が入ってきた。
「見つけました。」
1人が機械に向かって報告すると、「連れてこい。」と返ってくる。声の主は恐らく俺の父親。なぜこんなことになっているのか、話せば長くなる。だが、ここで捕まる利はないことだけが確かだ。
そんなことを考えている間に男達がジリジリと寄ってくる。腰が抜けて動けない俺に、刺すような視線を向けながら、
「こんなのがボスの息子だなんて、笑えるな。」
と嘲笑する。
あぁ、知ってる。何度も聞いた。父親から散々浴びせられた言葉に吐き気を覚える。確実に近づく終わり。でもせめて死ぬ前に1度くらい、あのクソ親父を殴ってやりたかった。そう思った時。
こんな状況に似つかわしくない声とセリフが飛んできた。
「あ、部屋間違えた。」
扉を開けてこちらをポカンと見ている1人の少女。真っ白な短めの髪に、こめかみのあたりから癖っ毛が伸びている、吸い込まれるような金色の瞳。どこか大人びた雰囲気を纏う少女は、たしか隣の部屋の住人だった気がする。なんとも最悪なタイミングに部屋を間違えたようだ。
「誰だ?お前。こいつを助けにでもきたのか?」
男が手に魔力を込める。
「待て、やめろ!!その子は関係ない!!」
俺が叫んだ直後、男が少女に拘束魔法をかけた。が、
「…?」
少女はケロッとしている。たしかに拘束魔法をかけられたはずだか…。すると少女が俺に問いた。
「これって、助けた方がいいやつ?」
飛んできた意外な言葉に、俺は思わず首を縦に振ってしまった。
「わかった。」
透き通った声が俺を貫いたその瞬間、目の前にいたスーツの男達が全員視界から消えた。気づいたら皆、足元に倒れていたのだ。
「え?」
今度は俺がポカンとしていると、
「大丈夫?」
再び、透き通った声が聞こえる。何が起きたのか、理解など出来なかったが、スーツの男達を踏み越えて近寄ってくる少女は、とても美しかった。