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 何を間違ってこんな風になってしまったのかまったく理解できなかった。


 あんなに俺の事が好きで好きで仕方がなかったはずのフェリシアは、婚約破棄をして出て行ってから戻ってこないし、周りの使用人たちは察しの悪い愚図ばかりだし、貴族たちは皆性格も悪くて付き合っていられない。


 俺の気持ちを癒して楽しませてくれるのは、架空の物語を書いた小説ぐらいで、この戦記の主人公のように騎士になって戦場を走り回ってみたい。そんな夢が見たくて日がな眠ってすごした。


 しかし、眠っていたら起きる時間がやってくるように、食事はとらなければならないし、朝一で口うるさい事ばかり言う家庭教師もやってくる。


 そういう日々は変えられないし、俺がいなくては不安定なお母さんはとても困るだろうから、こんな日々も受け入れているが、お母さんがいなければこんな場所すぐにでも飛び出して好きに生きてやる。


「カイ王太子殿下! わたくしが席を外している間にこの数式をといておきなさいと言ったでしょう?! どうして小説など読んでいるのですか!」


 俺の態度にまた口うるさい家庭教師のローマイヤー侯爵夫人がヒステリックな声をあげる。


 そのキンキン声がうるさくて咄嗟に耳を覆って彼女に向かって小説を投げつけた。


「な、なんて乱暴な!」

「おばさんうるさっ」

「な、なんですって?!」

「うるさ~!!」


 彼女の大きな声に対抗するように耳をふさいだまま大きな声を出した。


 彼女の声もうるさいが自分の声も十二分にうるさくて何故だかイライラした。


 こう言う所がお母さんに似ていると貴族たちによく罵られるので、自分の欠点だとは理解していつつも何が悪いと思ってしまう。


「わたくしはうるさくありません! まったく、これでは碌に授業ができないではないですか!」

「うるせー!!」

「本当に酷い子ですわ! そんなことだから聖女フェリシアに捨てられたのですよ!!」

「黙れって!」

「もう、わたくしも貴方の面倒など見られません!! 国王陛下に家庭教師の役目を降りると伝えさせていただきますから!!」

「……っ」


 まるでそれを引き合いに出すように言ったローマイヤー侯爵夫人に、その方が清々すると思ってそっぽを向いて好きにしたらいいと示した。


 フェリシアがああして舞踏会の場で俺には付いていけないと示してから、使用人の中からも同じように言っていなくなるものが数名現れた。


 そして今日、ローマイヤー侯爵夫人も同じようにフェリシアの事を引き合いに出して俺のそばを離れていく。


 彼女は去り際に「こんな子が王太子なんて」と呟いて出ていく。


 それにものすごく腹が立って、机の上に置いてあった筆記用具や本を薙ぎ払って床に落とす。

 

 王太子なんてなりたくてなっているわけではない、ただすべてお母さんがそうしろと言うからそうしているだけだ。


 そうしていればフェリシアは必ず付いてきてくれるし、お母さんは精神の安定を保つことが出来る。


 俺がどんなに騎士や剣術にあこがれていて適性のある魔法を持っていてもそれは誰にも望まれていない事だ。


「っ、くそっ!」


 それで合っていたはずなのに、どこから間違ってフェリシアは俺の事を捨て置いたのだろう。


 彼女は俺が大好きでいつだって大切にしてくれるはずだった。こうして癇癪を起こせば使用人の誰かがフェリシアに連絡をして、すぐに彼女が飛んでくる。


 それから何が嫌だったのか丁寧に聞いて対応してくれるはずなのに、いくら待ってもフェリシアはやってこない。


 優しいお花の香りをさせて、そばによって慰めてくれるはずなのに、彼女はどこにもいなくなった。少なくとも俺の手の届く範囲の外に出ていった。


 ……魔法でもなんでも使って……フェリシアを取り戻しに……いけたら……。


 これからは少しぐらいは真面目に勉強もするし、公務だって遅れないようには努力する。そうすると彼女は自分の事のように喜んで、惚れ直してくれるはずだと思う。


 そうして王子らしくしている自分を思い浮かべた。それは案外悪くはないかもしれない。


 けれど……そんなことをしなくともフェリシアは俺のそばにいて当然のはずだって言われているしできない。


 それに、エリカお母さんは俺がそういう風にしたら傷つく。


 俺は普通のお母さんの子供で、魔法なんか使わないし、包丁以外の刃物なんて握ってはいけない。


 お母さんの中にいる俺は、フェリシアを取り戻すために王宮を出たりはしないので、それをやると彼女が酷く悲しんでしまう。


 それだけは避けなければならない事だった。


 だから、お母さんの言っていることを一番に信じるし俺だけは彼女を疑ってはいけない。


 だから何もかもフェリシアが俺を捨て置いたのがとにかく悪いのだ。


 全部彼女が悪い。ただここにはもういないので何もできないし文句も言えない。


 お母さんも、ここ最近はずっと離宮から出てこないので、俺は誰からもずっとにらまれたり嫌われたりしながら過ごすしかない。


 そうするとさらにイライラしてきてフェリシアを呪い殺してやりたいような気持になったが、彼女に始めて叩かれた右側の頬が何故か痛みを帯びて治っているはずなのに手で摩った。


 あの時の事を思い出すとじんわりと涙が出てきて、嫌な気持ちになる。


 でもあの時彼女も泣いていたような気がするので、なんだか可哀想なことをしてしまって……なんかいないはずだ。


 お母さんがこの世界の貴族は皆、クズでゲスで腹黒だと言っていたので傷ついてなんかいないだろう。


 そう思い直した時、バタンと扉の開く大きな音がした。


 そんな風に、王太子である俺様の部屋を開くのはお母さんぐらいなので、やっと俺に会いに来てくれたのか! と嬉しくなってそちらを見た。


 しかしそこにいるのは燃える様な赤毛をした勝気な顔をした少女であった。


 彼女は両耳の位置にリボンのバレッタをつけていて、何度かフェリシアのそばに仕えているのを見たことがある。


「あえてここは久しぶりと言わせてもらいます!カイ!」


 名前はたしかアンと言ったはずだ。


 そんな平民の少女が何故という混乱と共に、俺を呼び捨てにする無礼さとそれから続けて言われた言葉に目を見開いた。


「単刀直入に言います! 貴方の母親を殺しました、これからどうぞよろしくお願いします、私の弟!」


 一切の笑みも浮かべずに彼女はそう言い切って綺麗な赤毛をなびかせた。


 その美しい色合いに記憶のどこかで見覚えがあったような気がしたが、上手く思い出すことはできず、状況は判断がつかなかった。






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