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ヴィクトアがあんまり私をじっと見つめるのでそのままキスをしてみると、目を見開いたまま固まって、しばらくそのままだった。
しかし面白い発見をした。驚いたときに彼の耳がピコッと動いたのだ。
少しと尖ったその耳は私だって珍しいと思うけれど、彼が恥ずかしがるほどじっと見たりしない。
だからあんまりにじっと見つめてくるヴィクトアを少しだけ驚かせてやろうというつもりでキスをしてみたが成功した様子だ。
……でもよかった。気持ち悪いと思われているわけじゃないみたいで。
考えながらも、魔力を使って温室内を魔力で満たしていく。
ランプの明かりだけが頼りの小さな温室内に魔力が満ちて、青い花が出現する。淡く光を放つそれをヴィクトアに見せるのはこれで二回目だ。
それにあの時は私の魔法だという事すら知らなかっただろう。
「…………なんか、驚きすぎて何を言ったらいいのか、わかんねぇな」
呆けた様子でそう言う彼がちょっとだけ面白くて、揶揄うように彼の手を取った。
「? ……どうした」
「……」
それからわさわさと青い花を出現させていく。この花を出すのにはそれほど魔力は必要にならない。
私が魔力を消費するのは人を時間をかけて治しているときだ。
だから、彼と私の手の上にもこもこと花の塊がどんどんと増えていく。
「お、おいおいっ、な、なんだ?!」
「……っふふ」
手の上から落ちてはらはらと花が宙を舞って落ちていく。青い花で一面視界が埋め尽くされそうなときにぱっと花を消した。
「っ、はぁ、なんだこれ、どうしたんだ?」
「いえ、ただヴィクトアが私に翻弄されているのがうれしくてつい」
「……加護の事を全然知らない俺を揶揄ってたのしいかよ」
「うん、少し」
聞かれて、素直に答えるとヴィクトアは口をへの字にして、それからはぁと吐き出すようにため息をつく。
けれどもその顔はどこか楽しそうで、少しは結婚した時よりも仲良くなれている気がした。
それから話を切り替えて、魔力を強く使う。
「ごめんなさい、ヴィクトア。でも少しでもリラックスしてほしかったの」
「……」
魔力を強く使うと青い花はより一層強く光って、ふわりと光の粒が宙を舞う。
ここに温室を作ってもらったのには、彼を治療するという目的がある。もうすぐ雨季も終わるが辛いことは少ない方がいいだろう。
「私の花の女神の加護は心因性の病状にも、生まれつきのものにも効果がある。だから、あなたの雨の日の頭痛も少しは和らげられるはず。それに頭痛ぐらいなら、きっと数十分でしばらくは感じないようにできるからね」
安心して任せてもらえるように、優しい声で言った。するとヴィクトアは少し考えてから「そうか」と短く言う。
すでに加護の影響が出てきたのだろう。雨の日にいつもより少し目つきが鋭いのがマシになっていた。
集中して魔力を使って、忙しい彼の為に早く終わらせようと考えてそれ以上話をしないでいたら、ふとヴィクトアが私の方を見ていることに気がついた。
「……何か気になることがあった?」
聞いてみると、意外そうな顔をして、それから少しばつが悪そうに項を摩りつつヴィクトアは言う。
「いいや……前にあんたに頭痛の事を聞かれた時、嫌な返事をしちまってたなと思ってな」
言いづらそうに言った彼に、その時の事を思いだして、今ならあの時のヴィクトアの気持ちもわかるので当然の返答だったように思うし、逆に私はあの時の自分が恥ずかしいぐらいだ。
しかし、私のそんな言葉は今は必要ないだろう。続けて話をする彼の言葉を聞いた。
「……俺の母親のクローディアは、人よりも早く歳をとる体質だったってのは聞いてるだろ」
そう言って背もたれに体を預けてヴィクトアは少し遠くを見たまま続けた。
「うん」
「あの人がみるみる老いていくのをみるのは正直、子供心につらい気持ちがあった。いつの間にかすぐに息切れするようになって、白髪が増えて、やせ細って……」
ヴィクトアは特に歳をとるのが遅いからこそ、母親の人生がとても早く過ぎ去ってしまうように思ったのだろう。
それを目の当たりにしている小さなヴィクトアを想像してみようとしたが、彼の幼少期など想像がつかない。きっとはるか昔の事だろうし。
記憶にある一番最初の彼の記憶も幼いというより、もうすでに少年といった感じだった。
「ベッドから起き上がれなくなって……元から喘息を患っていたんだが雨季に入ってから何度も強く咳き込んでいて……その声を聴くたびにいつか死んでしまうんじゃねぇかと気が気じゃなくて頭が痛くなってきてな」
「……」
「その発作で命を落としたんだ。雨が長く続くこの時期には、喘息発作が起こりやすいらしい、色々要因があるが難しい話で当時の事はよく覚えてねぇな」
私も医者ではないし治療は出来るが人の体に詳しいわけでもない、きっと話されてもわからないと思うので深くは聞かない。
「ただ、そっから、雨の日に元から辛かった頭痛がさらにひどくなって参ってたんだ。だからあんたがいてくれて正直助かる。……あの時の花も加護があったんじゃないか?」
「うん。少しだけでもって思って」
「そっか、ありがとな。フェリシア……それに加護がなくてもきっとこれからこの頭痛は少しずつ楽になっていくと思う」
不思議なことを言ってこちらを見るヴィクトアに、首をかしげて返す。
すると、彼はとても優しい笑みで私の頭を丁寧に撫でつけながら言った。
「あんたに出会えたのも雨のおかげだ。だから良い思い出と悪い思い出で相殺になるだろ」
確かに雨の日に一度彼と話をした記憶があるが、あの日の事で、ヴィクトアの母の記憶と張り合うことが出来るだなんて到底思えないし、おこがましいような気がしてならない。
「それは、どうなの? どうにかなるかな……」
ならないだろうとは言えずにごまかして言ったが、私が納得していない事にヴィクトアは気がついたらしく、続けて口にした。
「なるだろ。だって、雨が降ればあんたがこうしてそばにいていくれるんだから」
だから、雨の日が積もり積もって良くなる、そういう話なら、納得できない事もないがつい笑っていった。
「雨じゃない日でも私はヴィクトアと一緒にいたいよ」
素直な心からの言葉だった。しかしそれに、ヴィクトアはやっぱり少し恥ずかしそうに視線を逸らしてから「……ああ、そうだな」と言葉少なに返した。
これから先も彼を知って沢山そばにいて、必要とされたい。
それが何より私が望むことだ。
けれども、雨の日はたしかに特別だ。
魔力を強く使いつつそっと隣にいる彼に寄りかかって体重を預けてみた。ゆっくりと肩から伝わる体温が心地いい。
「一緒にいてね」
「当たり前だろ」
肩を抱かれる。ぐっと込められる力が嬉しい。
雨が降ったら彼の為だけの温室で二人きりになれる。それは、とても嬉しい事で、雨の日がただでさえ好きな私は雨を待ち望むほどになってしまいそうだと考えるほど、それは幸せな時間だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。ざまぁする相手を毒親にしよう!と思い立って書き始めたら、毒親の影響で主人公がだいぶ内向的になってしまい、抜け出すまでの過程が長くなって苦しい状況が長い話になってしまいました。だからこそここまで読んでくださった方々には感謝しかありません。お付き合い感謝いたします。
最後に、評価をいただけますと参考になります。またどこかでお会いできたら光栄です。では!




