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ベルナー伯爵家の問題については、アンジェラと俺ですぐに方向性を決めて、フェリシアの心理的な負担が少ない形で収められるように方々手を回した。
最終的なベルナー伯爵家の行く末についてフェリシアに確認を取ったが、彼女は終始穏やかで「お任せします」とそれだけ口にした。
身を削ってまで家族に尽くしたフェリシアだったが、カイの言葉で目が覚めたと言っていて、それはとてもいいことだと思うし、フェリシアが吹っ切れる良いきっかけになってくれたことには感謝している。
しかし、元婚約者が俺にできなかったことを簡単に成し遂げて、彼女に影響を与えたと思うと若干……いや、だいぶ、腹が立つ。俺ではいけなかったのかとも思う。
けれどもカイ王太子殿下がどれほど立派だったかと話すフェリシアを見ていれば、完全に庇護対象への愛情だということがわかるので、同じ目線に立ってカイ王太子殿下と争うのは止めようと思う。
そんなことよりもフェリシアの実家の件だ。
彼らは色々と多くの事態をやらかしているがあまり重い罪を公にしては、フェリシアの立場がないし、かといって無罪放免というわけにもいかない。
フェリシアを傷つけた罪はきちんと償ってもらう。
そういうつもりでアンジェラと話し合いを重ね、彼らに相応しい罪を考え、証拠をそろえた。
しかし、まったく彼らの話を聞かずにすべての事柄を決めるというのも体裁が悪い。
いくら第一王女アンジェラの告発だとしても貴族たちに対する体面がある。
そこで設けられた査問会は関係者のみで行われたが、被害者に当たるフェリシアは欠席とし代理として俺がその席に座った。
記録係りの者がペンを走らせる音だけが響く中、鎖に繋がれてやつれた様子のベルナー伯爵夫妻が衛兵によって連れてこられる。
彼らは床に跪くような姿勢を取らされ、多くの関係貴族の前での屈辱的な行為で怒りに震えながらもひざを折る。
彼らを見て、関係者として参加している貴族たちはヒソヒソとざわめいた。
「静粛にしてください。それでは花の女神の聖女であるフェリシア・ベルナーの誘拐および殺害未遂についての尋問を始めます。ベルナー伯爵、ベルナー伯爵夫人、二人ともこの会による言葉は、嘘偽りなく話すと女神さまに誓ってください」
「……誓います」
「誓うわ」
アンジェラは、王族らしい威厳のある態度で彼らに申し渡して、彼らも形式的に誓うと口にする。
それから始まった査問会では、俺が準備した通りの証拠品と立場ある貴族からの証言によってベルナー伯爵夫妻の弁明は一切取り合われなかった。
彼らはこの集まりを利用して、まだまだ、自分たちはフェリシアを使って贅沢な暮らしをするはず、できるはずだと思い込んでいる様子だったが、間抜けなものである。
碌に彼女を支えもせずに働かせて、甘い汁だけを啜っていた人間を誰が許すだろう。
許してやろうと思うのなんてフェリシアぐらいだ。
他の貴族は皆権力闘争や、色々な思惑はあれど善良ないち人間だ。
ベルナー伯爵夫妻のような我が子を売り飛ばす事の出来る外道を許すことなどできないし、かけられた罪は、丁度良い罰の為に証明されたに過ぎず、問答無用で殺したとしても誰も非難しない。
そういう事がまったく彼らはわかっていない様子で、アンジェラが爵位のはく奪と国外追放を言い渡すとそろってわめきだした。
「そんな判決はおかしいだろう! フェリシアは私の娘なんだぞ! この国に花の女神の加護をもたらしたこの私を国外追放とは聞いてあきれるわ!」
「そうよ、そうよ! あの子を連れてきなさい! 貴方達が人攫いだわ! フェリシアに問いただせば全部わかるわよ!! こんな判決認めてなるものですか!」
……花の女神の加護を受け、この国にそれをもたらしたのは、あんたたちじゃないだろ。
やはり傲慢な人間の歪んだ思考というのは、正そうとしても意味のないものなのかと、彼らが髪を振り乱しながら主張するのを見て思った。
場の誰もが呆れかえっていて、フェリシアを出せという彼らに対して何も口にはしなかった。
しかし、アンジェラの隣に控えていたわざわざ体調が思わしくない中、車椅子で参加していたノアベルト国王陛下がアンジェラを通して注目を集めた。
「兵士たち、罪人を黙らせてください! ノアベルト国王陛下からお言葉があるようです!」
彼女が声を張り上げると、ベルナー伯爵夫妻の荒れように注目していた貴族たちも国王陛下へと視線を移した。
俺も、皺の深く刻まれたやせこけた王を見る。
彼は、愛妻の妻を亡くして以来、心神耗弱状態になっていた。しかし、彼が亡くなれば若く幼い異世界の血を引く王子のみが残されて、確実に国が荒れる。
何がなんでも彼を生かすために、穏健派の貴族たちはフェリシアの犠牲を見て見ぬものにした。
おかげで元から体が弱かったノアベルト国王陛下だが、何とか最愛の人との子であるアンジェラが戻るまで生きながらえた。
最もフェリシアの恩恵を受けていたのは彼であり、フェリシアが売り飛ばされたのは彼のせいでもある。そんなノアベルト国王陛下が何を言うのか、疑うような気持ちで周りの貴族と共に彼に視線を集めた。
「……ベルナー伯爵夫妻、其方たちの言い分はもう十分に理解した。其方らは自らの子供を一人の人間と認めず、聖女フェリシアの尊厳を無視するような言葉ばかりを述べた。……このことは彼女の意思に反して他の様々な其方たちにかかっている容疑が、彼女の意思にまったくそぐわないものであったと証明する良い材料になるだろう」
落ち着いているがよく通る声が静かにそう告げた。
コーデリア様を失った時はまるで抜け殻のようであったが、今は、全盛期の面影を感じさせるまでに回復している。
「余は、余の為に身を粉にして力をふるった聖女をこれ以上貶めないためにも、其方らの罪に王族に対する詐欺や虚偽の申告について一切咎めるつもりもなかった。……しかし彼女が守られるのであれば、恩人の苦悩を晴らすために其方らを極刑に処す決意を固め、其方たちを処刑台へと送り出すよう、手はずを整えよう」
彼の顔色を見ても常に青白く老け込んで深いしわが刻まれているので、脅しなのかどうかはわからない。
けれどもノアベルト国王陛下が望むならばできない事もない。
そう俺が考えたのと同じように思ったのかベルナー伯爵夫妻は目を見開いて兵士に頭を床にこすりつけるように押さえつけられていたのを振り払って「そんな!」と被害者のような声をあげた。
「いえ、いえいえいえ! あの子がすべての元凶でありますぞ!国王陛下殿!」
そうしてくるりと掌を返して、死をちらつかせられれば減刑を求めてフェリシアを悪者にしようと躍起になった。
「そう、そうよっ、カリスタだってあの子の力に嫉妬してあんなに傲慢になって! 私たちはあの子に振り回されていた……いえ、騙されていたのよ!」
……似たもの夫婦だな……悪い意味で。
この査問会が彼らがまったく反省せずに終わるだけだったなら、俺は個人的に彼らをとらえている地下牢へと向かって、何かしらの障害を負うぐらいは暴行を加えようと思っていたが、この惨めな姿を見て、その気持ちも消え失せた。
自分たちの為だけに、時には嘘をつき、事実を捻じ曲げて、他人を蹴落とす。
そういう人間だとこの場にいる誰もが、掌をすぐに返してフェリシアを何とか悪者にして自分たちが如何にかわいそうなのか語る彼らをみて理解できた。
この話はきっと社交界で瞬く間に共有されて、水の女神よりもよっぽど稀有で貴重な女神であったと発表された彼女は、そんな彼らに翻弄されてもめげずに国王陛下を助けた心清らかな聖女として語られるだろう。
そうすれば、少しは社交界に対するフェリシアの苦手意識も取り除けるかもしれない。
一家ともども追放されて国の中でもう二度と会うことがない彼らへのこれ以上の復讐を考えるよりも、フェリシアのこれからを考えた方がずっといい。
そう彼女も思うだろうし、俺もそういう考えに沿いたいと思うのでこの世からも消え去ってほしいという本音は心の中にしまっておこうと思う。
「誓って我々は罪など犯していないんだ!」
「どうか極刑は勘弁して!」
……お、本音が出たな。
必死に弁明をしていたのに、ついつい本音がベルナー伯爵夫人の口から出てしまい、周りにいる貴族たちはくすくすと笑う。
それに多少なりともスカッとするし、フェリシアにも見せてやりたいと思うが絶対に喜ばない。
それより俺が早く帰ることの方がずっと喜ぶと思う。
そう考えつつ査問会が終わるのを待った。
彼らの言い分をひたすらに聞く時間だったが、手を変え品を変えて、減刑を望む彼らに、ノアベルト国王陛下が、のらりくらりと、希望を持たせたり脅したりしながら対応した。
長時間にわたる精神的な緊張に最終的にはベルナー伯爵夫妻は疲弊して、静かになって兵士に連れていかれた。
これ以降、彼らのことを見る機会はないだろう。一応義両親に当たる彼らが、兵士にせっつかれて進む様を見ても、まったくなんの感情も湧かなかった俺は少し薄情だっただろうか。




