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王宮へと戻る彼らに連れられて私は同じ馬車へと乗った。三人でごとごとと馬車に揺られて移動している最中、私はアンジェラとカイから治療を受けていた。
魔法を持っていない貴族でも、それぞれの属性の魔法道具を使えばその属性の魔法を使うことが出来る。
三人とも水の魔法に適性はないが、何かあった時の為に大体準備している貴族が多い。
今回も例外ではなく、酷い怪我をしてしまった肩から治してくれている。
同じ馬車にアンジェラとカイと私という三人がそろって乗っていて顔を突き合わせているという事実は、なんだか不思議なものでどちらにどう話しかけたらいいものか悩んでしまった。
なんせ、カイとは元婚約者同士という関係であり、アンジェラは失踪していた第一王女だ。
改めて考えてみるとうちの両親が様々な無礼なことを働いていたし、私もアンに対して偉そうだった気もする。
いろいろと思う所があるが、それでも目の前にいるカイの変わりようが一番、気を引く事項だった。
「……なんだ?」
面倒くさがってしょっちゅうぼさぼさだった髪は綺麗に整えられて、本来の美しさを取り戻しているし、常に苛立ってストレスを溜めている様子だったのに今は、舌打ちも貧乏ゆすりもしない。
まるで育ちの良いお坊ちゃまだ。私の知っているカイはもうどこにもいないようで今目の前にいるのは、立派に魔法を操って、他人を治癒する優しいカイ王太子殿下だ。
「う、うぅ……こんなに立派になって……」
まるで我が子が見ない間にずっと大人になっていたようなそんな気持ちで、またつい泣けてきてしまう。
しかし涙をぬぐうために手を動かそうとするとズキッと肩が痛んで眉をしかめた。
「大丈夫かよー、フェリシア……」
「大丈夫、心配してくれてありがとう……それに助けに来てくれて」
「うん」
彼が魔法道具を使いながらそう声をかけてくれたので、笑みを浮かべてまずは言うべきだろうことを口にした。
するとお隣からアンジェラが怒った様子で「大丈夫じゃありません! カイも何がうんですか!」と口をはさんだ。
それから続けざまに私を見つめていった。
「元婚約者だからって昔のように戻ってはいけませんよ。カイ。フェリシアは大丈夫ではないです。きちんと保護しなければ!」
「お、おう!」
「それにフェリシア、助けに来てくれてとは言いますが、そもそも私は貴方の家族については再三忠告しましたよ! どうして敵陣に真っ向から単騎で突っ込むようなことするんですか」
「う、うん」
彼女は長年会っていなくてもいつもの調子で私を叱責した。
手紙をやり取りしていた時から変わっていないとは思っていたが、カイにもこの調子のようでなんだか彼らの関係性はとてもフラットで健全なものに見えた。
……そうだよね。カイの今の顔を見ればわかる。アンジェラはカイときっちり付き合ってそばにいてくれているんだね。
それがどういう意図があったかは知らないが、アンジェラだったら安心だと心の底から思える。
「うん、じゃありません! なにが、親友のあなたに頼みがあります、ですか! 間に合ったからよかったものの、どこかに監禁されたり、いっそ殺そうと思われていたらどうするつもりだったんですか! 馬鹿!」
勢いよくそう言われて、声を荒げるのはいつもの事だが、その綺麗な瞳が潤むほどに涙が浮かんでいて、とても心配をかけてしまったことがわかる。
私が実家に向かうにあたって打った安全策とは、アンジェラに数日後までに連絡がなければ、私の行った先、やろうとしていたことを書いた手紙をヴィクトアに届けてほしいというものだった。
しかし、昨日の夜のうちに彼女に手紙を急ぎで出して、今朝には到着したのだと思う。
そしてその手紙を読んだだけですぐに私の危険に気がついて急いでやってきてくれた。
実際、私のお願いを悠長に聞いていたら、手遅れな事態になっていたと思うし、彼女の素早い判断と危険察知能力には頭が上がらない。
「もう! まったく……でも、本当に、生きてまた貴方に会えてよかった……」
そういいながら体をきつく抱きしめられて、まだ治っていない手が痛かったが、それでも何とか動かして一生懸命に抱きしめ返した。
「あー! ずるいぞ、アンジェラ! 俺様はフェリシアに抱き着けないのに! お前だけ、何で抱き着くんだよ!」
「うるさいです、貴方と違って私はフェリシアと同性なんですから、いいでしょう!」
「ずるいずるいずるい!!」
しかしカイが茶々を入れるとアンジェラはすぐに離れていって、むきになってカイと言い合いをする。
自分だったらカイがそんな風に言っていたらすぐに謝って機嫌を取っていたと思うが、彼女はそうではなく対等に渡り合っていた。
これが、カイにとっていい影響を与えているのかもしれないと思いつつも、私は馬車の座面に座り直した。
立派になったなんて思ったけれど、カイの子供っぽい部分はあまり変わってなさそうだという事がちょっとだけおかしくてくすりと笑う。
「なんですか、そんなに女性に抱きしめられたいなんて貴方子供ですか! 母性を感じたいなら王宮に帰ってからいくらでも抱きしめてあげますから黙りなさい!」
「俺様は子供じゃない!」
「じゃあ、握手ぐらいで我慢しなさい!」
アンジェラは言いながら私にばっと振り向いた。
なので言われた通りに手を差し出すと、思い切りむくれた様子のカイが私の手をぎゅっと握って、それでもやはり嬉しかったのか、ニコッと子供っぽい笑みを浮かべる。
頭をなでるぐらいはしてあげたいというのが本音だが、今はカイの面倒を見ているのはアンジェラだろう。
彼女の教育方針に反する事をするつもりはないので、むくれて手を握る彼に「我慢が出来るなんて偉いね」と口癖が口をついてでた。
カイを見ているとつい昔の癖が出てしまうのは私にとっても良くない事だろう。
そう思って一つ息をついてから、きちんと考えて発言しようと改めて思った。
すると丁度、アンジェラが話題を変えて、私も頭を切り替えて真剣な顔をした。
「それで、茶番はこれくらいにして、フェリシア……どうしてあんなことになっていたのか、詳しく聞かせてくれませんか? 私は、こうして安定した立場を手に入れられた以上、貴方を守りたいんです」
「お、俺も!」
「カイはどの口でそんなこと言ってるんですか! ……まあ、今はいいですけど」
「……」
アンジェラはカイの言葉に逐一ツッコミを入れつつも、私に視線を移す。
王宮につくまではまだ時間がある。私は、自分ではどうにもできないと悟ってしまった重大な問題を彼ら二人に心底丁寧に説明した。




