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驚いて彼を見ると、同じく彼も私へとちらりと視線を向けていた。
その顔は、とても威圧感があって見つめられると足がすくんでしまいそうだったが、すぐにカリスタにヴィクトアは視線をもどして、一つため息をついてから言った。
「……誰と誰が仲良くだって?」
地を這うような声でヴィクトアは確認するようにゆっくり言った。
それに、驚きながらもカリスタは即座に返す。
「わ、わたくし達、ベルナー伯爵家と、フェルステル公爵家がですわ! 決まってるじゃありませんの!」
当たり前のことだとばかりにカリスタがそう言うと、ヴィクトアは鼻で笑って、一層怖い顔をした。
「無理な話だ。そんなことよりさっさと帰ってくれ。俺からあんたたちにやる金なんか銅貨一枚もない。どうしても資金繰りに困っているなら、良い商人を紹介してやるから、家財を売ったらいい」
「ん、なっ、ば、馬鹿言わないでくださいませ!」
「何が馬鹿だ。家同士のつながりを持って金銭をやり取りするなら事業や商談を持ってこい、ビジネスの話ならまともに聞いてやる。それもできずに、お小遣いなんて名前の施しを望むならあんたたちは貴族じゃない、乞食だろ」
ものすごい言葉の切れ味にカリスタも私も返す言葉がなかった。
確かにその通りではあるのだが、すらすら当たり前のように紡がれる言葉は相手の反論を確実に潰している。
その真っ向から否定して、有無を言わせないその態度が普段私以外に見せている仕事をしているときのヴィクトアなのだろう。
「施しを受けるなら俺は、あんたたちの行動をきちんと社交界に広めるし、そのせいでどんな扱いを受けても文句を言うなよ。その覚悟があるなら、銅貨一枚だけくれてやるが、それでいいか?」
「っ……」
言葉を失っているカリスタに、さらに畳みかけるようにヴィクトアは言った。
こうまで言われて勝手にお金をもらって来ては、両親に怒られるということが彼女の頭には浮かんでいるのかもしれない。
しかし、どうにか言い返そうとしているらしく、イライラした様子で考えを巡らせていて、そんな彼女とふと、目が合った。
何か、引き合いに出されそうな予感を察知して、こちらもキッと睨みつけるが意味があるかわからない。
「それにフェリシアに、金銭を要求しても無駄だ。俺がそんな無駄な出資をするわけねぇだろ。フェリシアに必要なものはすべて俺が用意してやっているし、この子が自由にできるものなど一切ない」
……?
「むしろ、その美しいドレスや宝石の一つでも分けてやったらどうだ? ベルナー伯爵令嬢、実家からの持ち出し金もなく、使用人も連れてこなかった入り嫁がどんな風に生活しているか跡継ぎのあんたはわからないんだろう?」
ヴィクトアは突然、私を引き寄せて、腰に手を回して自分に密着させるようにした。
ぐっと抱き寄せられると彼の使っている少し甘いニュアンスのある香水の香りがした。
「些細な支出から、生活必需品の補充まですべてを監視されて、いちいち出費に対して文句を言われるような生活をしているあんたの姉が、どこから自由気ままに贅沢をしているあんたに小遣いなんか出せると思うんだ?」
……そんなこと、ヴィクトアはしないのに……。
彼がどうしてそんな風にカリスタに言うのかわからなくて疑問に思いながらもカリスタを見た。
すると、彼女は信じられないという目で私とヴィクトアを見て、それから馬鹿にするように口の端だけ少し口角をあげたみたいな、わかりづらい嘲笑の笑みを浮かべた。
「わかったらさっさと消えてくれ。これから俺は、妻と大切な話し合いがあるからな」
ヴィクトアはそう言ってから、わざとらしく少し乱暴に私の二の腕を掴んでみせた。
少しだけ痛かったが配慮がなかったら少し痛いでは済まされないと思うので彼の雰囲気は怖かったけれど、危機感はない。
そして、私が乱雑に扱われているところを見て、やはりカリスタはほんの少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべて、それから取り繕うようにして、思い切り悲しそうな顔をした。
その些細な表情の変化で、なんだか今までの彼女の言動に少し納得してしまった。
不公平だ、恩知らずだと私を罵るその心には醜い嫉妬心がはびこっているのだろう。
けれども、嫉妬なんて感情を持つことは、自分よりも上の存在だと認めることになるので周りには知られたくないというプライドもある。
そういうものが絡まり合っていたけれども、私が不幸だと彼女は知った。というか、ヴィクトアがそう思わせた。
だからこそ、スッキリして、その後にそんな気持ちはあたかも持ち合わせていませんでしたよという悲しむ顔をしている。
「わかりましたわ。今は、引きます……でもまさか! お姉さまがそんな苦しい生活をさせられていただなんてっ、両親に相談しますから!」
「……好きにしてくれ。はぁ」
「じゃあ、お姉さま、わたくし行きますわね。まさかずっと本当の事を言っていたなんて思ってませんでしたの……でも大丈夫ですわ。お姉さまにはお姉さまの”特別”がありますもの、お父さまとお母さまと待っていますから」
「私は……」
もう両親に協力してお金を稼ぐことはできない、そうカリスタに言うべきだったのだろうけれど、ヴィクトアがいるこの場でそれについて言及することができなくて言い淀んだ。
すると、私の言葉など聞く気はなかった様子でカリスタはすたすたと階段を下りて行って、屋敷を後にする。
彼女がいなくなったというだけで、どっと疲れがやってきてひと息つきたいところだったが、体調の悪いヴィクトアに無理をさせてしまった。
そのことをまずは謝る必要があるだろう。
エントランスホールを出ていったのをきちんと確認してから、手を離されて、ヴィクトアを見れば先に口を開いたのは彼の方だった。
「ごめんな……フェリシア。あんたが言うなら俺は、あんたの実家に支援をすることも考えてるし、あんたが嫁に来てくれただけなによりも嬉しい……だから、こんなタイミングで言うのも変だが、もっと欲しいものや、やりたい事があったら言ってくれ不自由な思いはさせたくない」
言いながらもヴィクトアは、頭痛で顔をしかめていて、心配になりつつもこんなに気を使わせて、助けてもらったことが申し訳ない。
「今は、あんたが困ってるみたいだったから、上手く帰らせるためにああいったが、不快なら訂正できるだけの材料を用意するからな……それも言ってくれ」
最後まで丁寧に気を使ってくれるが、その心配には及ばない。
私がまったく思い浮かばなかった方法を使って返り討ちにした。
カリスタはもう二度と私に何かを強請ることは無いだろう。
極端すぎる方法ではあるが、それでも私にとって見下された上で平穏が訪れるか、妬まれて強請られるかのどちらかだったら前者の方がいい。
ヴィクトア自身もそうだろうと思ってああしたのだと思うから、何も困ることは無い。




