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私の通り名が暴君シッターでした。  作者: ぽんぽこ狸


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 ぱたぱたと廊下を走って、階段を駆け下りる。


 使用人に、私に来客があったと聞いた瞬間に嫌な予感がしたが、応接室に入って彼女を見るとすぐにその予感が当たっていたことを理解した。


「カリスタ!」


 応接室の中にいたのは実の妹であるカリスタだった。彼女は相変わらずとてもかわいい流行りのドレスを着ていて、そのドレスには美しい宝石がちりばめられていた。


 まだ用件も聞いていなかったけれど、何をしに来たにせよ、私にとって良い事ではないだろう。警戒するように表情を険しくして彼女に問いかけた。


「こんなに唐突に来るなんて、何か急いで伝えなければならないようなことでもありましたか?」


 予定も決めずに休日にいきなり訪問するなんて、貴族として本来ならばありえない行為だ。


 だからこそ、そうなっても仕方ないような事態が起こったから急ぎやってきた。そんな事情があればいいなと思いながら常識的に聞いた。


「……はぁ? 何言ってんの、お姉さま。わたくしがそんな使用人みたいなことするわけないじゃない」


 しかし、私の願望を打ち砕くようにカリスタはあざ笑いながらそう口にして、出された紅茶を優雅に飲んだ。


 お茶も出てしまっているし、問答無用で追い出すことなど来てしまったからにはできない。


 彼女がここに来た理由に嫌な予感しかしなくとも、とりあえず落ち着いて話をしなければと考えて、一呼吸おいてから、彼女の向かいのソファーに私も腰かけようと回り込んだ。


 けれども丁度そのタイミングで目ざとく、彼女は私に鋭く視線をむけて、口を開いた。


「良いわよ、座らなくて。そんなに長居するつもりじゃないから、ただちょっとね。お小遣いが欲しいのよ!」


 言葉を聞いて思わず動きを止めた。


 ……お小遣い?


 大方、両親からの治療の催促だろうと思い、警戒していたが、想像とは違った方向のお願いに困惑してしまってカリスタをみる。


 彼女は先程の尊大な態度からくるりと態度を一変させて、幼く見える様な無邪気な笑みをしていた。


「だってぇ~、お父さまたちったら、最近、わたくしに全然自由にできるお小遣いをくれないのよ、酷いでしょ~?」

「……」

「こんなじゃあ友達とも遊びに行けないし、将来のベルナー伯爵家の為に交流をすることも恥ずかしくてできないわ。だから、とーっても有能で国のなかでも一二を争う大貴族にお嫁に行ったお姉さまにお願いしようと思って来たのよ」


 言いながらカリスタは、にんまり笑って私に向かって手を差し出した。


「だからお姉さま今後のベルナー伯爵家の為にも、お小遣い、ちょうだい?」


 ………………?


 言われて、彼女の容姿を上から下までじっと見た。


 家族とは言え、他家に嫁に行った関係の薄い兄弟に金銭を要求する、それはものすごく恥をさらすような行為だ。


 そんなことをするぐらいだったら、アクセサリーやドレスを売った方がまだましだ。


 それが出来ないほど困窮しているというのなら、こちらだって、少しの金銭的な支援ぐらいは、どうにかヴィクトアにお願いしてみるが、どう見てもそれほど困っているようには見えない。


「……そ、そんなに困っているの?」

「それはもう、ものすごーく。だからほら、早く出しなさいよ。公爵夫人なんだから、それなりに自由にできるお金があるでしょ? 家族なのにわたくしの事が可愛くないの? こんなに大切な妹が困ってるのよ?」


 早口でまくしたてられて、そんなことは無いと思う。カリスタの事は、家族として大切にしたいと思っているし、とても外見も可愛いと思う。


 目が大きくて、母と似てとても愛嬌のある顔つきをしている。


 しかし、それとこれとはまったくもって話が別だ。


 それに何より、私が自由にできるお金は正直なところ、いざというときにだけ使えるように置いてある金貨数枚しかない。


 お金なんて普段使いしないし、何か買い物をして請求されるならば、私個人ではなくフェルステル公爵家に請求が行く。だから即金で買い物などしないし、それほど物欲もない。


 だから本当に一人で夜逃げでもしなければならない状況で、使いそうなお金ぐらいしか持っていない。


 というか、即金で支払わなければ買い物ができないとなると、商会から信用されていない可能性がある。


 家格に合わないような贅沢三昧をしているから警戒されている可能性が大きいし、これからは言った通りそんな生活を送らせてやることなどできない。


「……困っているのはわかったけれど、なんでも欲しいものを手に入れられるわけじゃないんだよ。カリスタ」

「はぁ? 何言ってらっしゃるの?」

「だからね。あの時にも言ったけど、これからは私は、あなた達の為に仕事をするつもりはない。だから今までの生活よりも我慢したり節約したりしなければいけない場面も出て来る」


 きっと、彼女は物心ついた時から両親の散財を見ていたのだろう。


 だから、私がお金をベルナー伯爵家に入れなくなったらどういう生活になるのかを知らないのだろう。


 知らないのは、カリスタが悪いからではない。


「その中でも本当に欲しいものがあったら、お小遣いをせびるのではなく自分でお金を稼いだり貯めたりして手に入れるものだよ。だから、とにかくいちど屋敷に戻って……」

 

 戻って今持っている資産価値のあるものと自分のお金を確認して、考え直すべきだ。


 それでも、もし私の想像が誤っていてどうしても生活が苦しくてお金が欲しいと望むならば、その時は、ベルナー伯爵家の収益と支出の状況を鑑みてちゃんとヴィクトアにお願いするのが筋というものだ。


 そう続けて言おうとしたが、何故だかものすごく機嫌悪そうな顔でカリスタは、私の言葉をさえぎってイラついた様子で言った。


「お姉さま、わたくしの事、馬鹿にしてますの?」

「え……」


 まったくそんなつもりもないし、これでも大分建設的な話をしているつもりだったのだが、カリスタにはそんな風に思えないようだった。


「お姉さまだってどうせ、毎日贅沢をさせてもらってるんでしょう? それなのに、わたくしには良い思いをさせたくないからそんな屁理屈を言って帰らせようとしているのね?」


 どうしてそこまで穿った見方をできるのかまったくわからなかったが、彼女はそのまま勢いよく続けた。


「いいわよ! それなら自分で探してもらっていくから! お姉さまったら本当にケチ! 力があるのに家族を見捨てようとしたり、力を使って家族を助けて当たり前なのに、自分が女神の加護をもらったからって、一人だけで良い所に嫁に行って後は知らんぷりなんて不公平だわ!」


 カリスタは勢いのまま立ちあがって、私に怒鳴りつけるようにそう言った。


 彼女からしたら私はひどい悪者で、利益を独り占めしようとするとんでもない守銭奴のように見えているらしかった。






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