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私の通り名が暴君シッターでした。  作者: ぽんぽこ狸


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 その日の夜にヴィクトアに呼び出されたので行ってみれば彼は、とても忙しそうにしていて、使用人たちとああしようこうしようと交流会までに仕事を片付けるための算段をつけていた。


 呼び出しておいて悪いが少し待っていてくれ、と言われて私は大人しくソファーに座って彼の働きっぷりを見ていた。


「モーリッツ! この書類は先に王族に提出して可否を取ってくれ」

「はい、明日の朝には出しておきます」

「頼んだ。エルシーは頼んでおいた情報のリストアップを済ませてから執務室の方に持って行って……あ~、それから例の交易の件に関する本もいくつか」

「承知しました」


 彼らはとても忙しそうに働いていて、その中でゆっくりと待っているというのは罪悪感があったので、私は彼の為にコーヒーを豆からひいて丁寧にドリップして淹れた。


 仕事については手を出すことはまだ難しいので、できることといえばこのぐらいだ。


 もっと何かしらヴィクトアの好きなものや、休息の過ごし方など知っていれば色々とできたのだろうが、あいにく知識があるのはお茶の事と、前の婚約者であるカイをなだめる方法ぐらいで、あまり役に立ちそうにない。


 コーヒーを彼の机に置くと「ありがとう」とお礼を言われて、そのまま飲んだので、きっとミルクと砂糖はいらないのだろう。


 カイは両方たっぷり入れて飲むのが好きだったので無意識に濃いめに淹れてしまったのだが、彼の口にあっただろうか。


 私はソファーに座って自分の分のコーヒーを手に持ってゆっくりと啜った。

 

 出来は悪くないが、今度ヴィクトアのお茶の趣味についてゼルナかティアナに訪ねておこうと思う。


 そうしてしばらく忙しない中で時間をつぶしていると、使用人たちは指示を受けてそれぞれの仕事の為に去っていき、ヴィクトアは私の前にやってきた。


 ソファーにどっかりと沈み込んで疲れた様子で額に手を当ててはぁ、と息をついた。


「お疲れ様、ヴィクトア。かっこいい仕事っぷりだったわ」


 気がついたら口をついてそんな言葉が出ていた。


 それに顔をあげて彼は私を見て、まんざらでもなさそうだったけれど少し困った顔をしてから「そうか」と呟くように返した。


 部屋付きの侍女がコーヒーに合うクッキーを出してくれてお礼を言って一つ手に取った。


 さすが、高貴な身分のよく教育された侍女だけあって、茶菓子のセンスもいい。

 

 甘すぎるぐらいのクッキーが今は心地よく食べられた。


「呼び出しておいて待たせて悪かったな。フェリシア」

「いえ、大丈夫。あなたを見ていたから、そう暇でもなかったし」

「……ああ」


 これまた不愛想な返答が返ってきたが、慣れているのでそれほど不思議にも思わないが、私の方が逆に馴れ馴れしかっただろうかと考える。


 ……しばらく、暮らしてみるといつもの調子が出てしまうというか……難だよね。


 ぼんやり考えつつも、サクサクとクッキーを食べる。


 さっくりした歯ごたえがここ良くて夕食後でもたくさん食べられそうだが、夜に甘いものを食べすぎるのはよくないと思い手を止めた。


「……それで、呼び出した用件というか……別にそれほど気になってるってわけでもねぇんだけど」


 言いづらそうに口にする彼に、続きを促すように首をかしげる。すると、長考してからなんだか申し訳なさそうにヴィクトアは聞いてきた。


「父様は、何か余計なことを言わなかったか? 例えば……俺の幼少期の失態だとか、変な事だとか、もちろん授業の件だって気まずいだろ、俺から断っておいてもいい」

「……気まずくは無いし、私も授業は受けたいから全然そっちは問題ないんだけど……余計な事……ですか」


 聞かれたことについて考えると、わりと、ヴィクトアの言っている余計なことは言っていたような気がするし、私も嬉々として聞いていた。


 しかし、目の前にいる彼はそういう事を知られたくない様子だし、わざわざ知っているという必要もない気がするので、そんな話は聞かなかったことにして笑みを浮かべて、言葉を返す。


「聞いていないよ。それに聞いていたとしてもきちんと覚えていないから、安心して」

「……」

「ヴィクトア?」

 

 こういえば彼は安心していつもの通りに機嫌よくなってくれるのだと思ったが、そうはいかなくて鋭い瞳がじっと私を見つめた。


 ……何か、選択を誤ってしまったかな……。


 そう責めるように見つめられるとどうにも不安になってしまって、さらに何かフォローを入れようかと考えるが、安直に何か言っても彼の機嫌を損ねてしまいそうで黙って私も彼を見つめた。


「……なぁ、フェリシア」

「うん」

「ずっと気になってたんだが、言っていいか?」

「うん」


 彼は丁寧にそう前置きをして、座り直してから続けた。


「あんた、たまに思ってもない事言ってないか?」


 何を聞かれるかと身構えていたが、漠然とした問いかけに頭が混乱する。思ってもいない事というのは、嘘ついているという話だろうか。


 そんなことは無い。さっきの話だって、聞いていたとしても忘れるのは事実だ。だってそうして欲しいとヴィクトアが望んでいる様子だったし。


 しかし、そのことでそもそもあっているのかはわからない。


 だってずっと気になってたなんて言ったからには、前からそう思う瞬間があったのだろう。


 だから質問の意図が分からなくて随分迷ったあとに聞き返した。


「どういう意味?」

「……なんか、思ってもないっつうか、妙に甘い事ばかり言うのがどうにも気になる」


 どうやら彼自身も上手く言葉にできないらしく、考えながらしゃべっているような様子だった。


「甘い言葉ってのもそうだが……なんつうのかな……俺に甘い事ばかりわざと言ってないかって、話だ」

「……わざと」

「ああ、変に甘やかすみたいな言葉使いな気がして、嬉しいんだけど、思ってもない事を俺が言わせてるような気もしてる」


 難しい顔をしてヴィクトアは真剣な声でそう続けた。


 質問の返答をよく考えてみるが、思ってもいない事は言ってないと思う。


「正直、指摘するか迷ったけどな。気を使わせて言わせてるんなら、あんたも疲れるだろうし、俺みたいに恋愛感情があって結婚したわけじゃないんだから無理して俺に合わせる必要はない」


 ……合わせる。……合わせてるかな?


 彼の言葉を反芻して考えてみるけれど、無駄に気を使ってはいないし、むしろ、あまり自分から話をしない私に丁度良い話題を振ってくれたり、マメに会いに来てくれて気を使っているのは彼の方だと思うくらいだ。

 






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