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フォルクハルト様に連れられて、彼の執務室へと入るとそこは雑多に物が置かれていて、散らかっているというわけではないのだが雑然としているという言葉がしっくりくる様子だった。
「少し見苦しい部屋だけど、くつろいでいってね」
そういって壁際に申し訳程度に設置してあるソファーとテーブルを示した。
「ありがとうございます。……あの、少し見物してもいいですか」
「うん、構わないよ」
しかしソファーに座るよりも、この部屋に所狭しとかけられている絵画や、なんだかよくわからない置物の方が気になって、ついそれらを見たくて彼に言った。
するとにこやかに了承されて、私は、ゆっくりと歩いて絵画に描かれている穏やかな街並みを眺めた。
豪華な額縁に飾られているというわけでもなかったが、その穏やかで明るい街並みの絵画はとても目を引いて、その街が好きなのだなと妙に伝わってくるようなとても素敵な絵だった。
ほかにも不思議なガラス細工、人物画、木彫りの人形などたくさんの目を引く置物があって見ているだけでも随分と楽しい部屋である。
「……雑多で統一性がないものばかり並べているから、そうじっくり見られると少し恥ずかしいな」
「そうですか? どれも素敵な物ばかりで見ていて楽しいですけど……」
「ありがとう」
私が褒めると、彼はとても嬉しそうにほほ笑んで、小さな木彫りの人形を手に取ってから掌に乗せて眺めた。
「自分の作品を褒められると、やっぱりうれしいものだね」
それから続けて言われた言葉に驚いて彼に視線を戻した。すると「意外だったかな?」と問われてこくんと頷いた。
「色々なものを作るのが趣味でね。年甲斐もなく創作にふけることもあるからヴィクトアにはいつも小言を言われてばかりだよ」
そういって木彫りの人形を棚に戻して愛おしそうに瞳を細めた。
その瞳は人形に向けられたものなのか、それとも今話題にしたヴィクトアに対して向けられたものなのかは、一目瞭然だった。
……やっぱり、あんな風にやっかまれているみたいでも仲がいいんだ。
「でも、フェリシアさんが興味を持ってくれたのなら、作っている甲斐があるね。気に入ったものがあったら持っていってもいいからね」
そんな風に言ってもらえるとは思っていなかったので、つい私は貰うなら何がいいかと考えてしまったが、流石に人が作った大切なものをいただくわけにはいかない。
「いえ、私は芸術がわかるような人間ではないので……ここで眺めることが出来るだけで十分です」
「芸術だなんてそんな崇高なものじゃあないんだけどね」
彼は、謙遜してそんな風に言ったが、私からすれば著名な画家が書いたものと同じように美しく価値のあるものに見える。
そんな中でもある人物画が目を引いた。
「……これは……」
黒い背景に真っ白のドレス。赤い目が覚める様なウェーブのかかった髪にとがったエルフの耳。
特にそのまなざしがヴィクトアによく似ている女性だった。
もしかしなくともヴィクトアのお母さまである、クローディア様ではないだろうか。
「……ああ、私の奥さんの、クローディアだよ。結婚した時に描いたんだけど、ヴィクトアにそっくりだよね」
「ええ、とても。……美しい方だったんですね」
「うん。……フェリシアさん、領地の事を学ぶためにここに来てくれたのだとは知っているけれど、少し、話をしてもいいかな」
とても真剣な声音でフォルクハルト様はそう口にして、私も合わせるように真剣にフォルクハルト様を見返した。
その表情で了承したと受け取ってくれたのか、彼はクローディア様の肖像画を見ながら続けて言った。
「私は、ヴィクトアの結婚やこれからには、あまり口を出すつもりはないし、ヴィクトアの親らしく結婚相手の君があの子にふさわしいかどうかを見極めるなんて視点は持ち合わせていないんだ」
聞き方によっては突き放されたと考えてもおかしくない言葉ではあったがそれが、興味がないゆえの無関心ではなく、別の感情があるのだと彼らの仲を知っていると思える。
「あの子は自分で何もかもを決めることが出来るし、粗暴な態度をとっているが、他人の気持ちによく気がついて人をうまく使う。そういう才があってクローディアによく似ているから、あまり心配はしてないんだよ」
「……信頼しているんですね」
「そうとも言うね。きっとフェリシアさんとの関係も自分でうまく築くのだと思うし、私は君を心から歓迎しているよ。改めてヴィクトアと結婚をしてくれてありがとう」
言いつつ彼はちらりと、クローディア様の肖像画を見た。
それには何か意味がありそうで、こうして部屋に呼んだことにも、例えばあの世に行ってしまったクローディア様に私を見せるためだったりするのだろうかと想像させたが、フォルクハルト様はすべてを語らずに話を続ける。
「あの子が伴侶を見つけることが出来て、良かったと思ってる。……ただ一つだけ、フェルステル公爵家の血筋と交わる人に伝えておくべき注意事項があるからそれだけは言わせてもらうよ」
「注意事項……ですか?」
「そうなんだ。私も婿に来た時に義両親に教えてもらったから、今回は私の役目かなと思って……一度座ろう。紅茶でいいかな」
「はい」
そういって彼は卓上のベルをチリンと鳴らして使用人を呼んでからお茶を淹れてもらい、私たちは向かい合って座った。
「でね、具体的に言うと寿命の話なんだけど」
そう切り出されて、寿命というぼんやりしたワードに首を傾げた。
それから、彼ら高貴なエルフの血が濃いフェルステルの人と交わると考えてはっと思いつく。
「フェルステル公爵家は昔からエルフの血によって寿命の振れ幅が大きい事があるんだ」
「はい」
「例えば、クローディアの姉であり前王妃だったコーデリア様は、発育が遅く普通の平民や貴族と比べると倍以上の年月をかけて大人になった。その成長速度から見て分かる通りに、彼女は普通の人の倍は生きるだろうと予測されていたんだ」
「……倍ですか」
「うん」
前王妃コーデリア様は、たしかに若く美しく少女のような瑞々しさをずっと保っていたと聞く。
彼女が馬車の事故で亡くならければ、今もその美しい姿を見られたかもしれないが今では伝え聞くだけのおとぎ話のような存在の人だ。
「現にヴィクトアも倍とはかなくても体が発達が遅くてね、精神年齢は外見の通りだから特に気にしなくていいけれど、どういうわけか寿命が長くなる場合もあるけれど……歳をとるのが極端に早い人も稀に現れるんだ」
「早いっていうのは……」
「普通の人間よりも老化が早くて、寿命が短いという事だね。エルフの成長速度が遅いのは、その潤沢な魔力量のおかげだという説が濃厚なんだけれど、稀にエルフの体の特徴だけを継いだ魔力が少ない子が生まれるんだ」
エルフの体の特徴と言われて、長い耳を想像した。それ以外には肌の色が濃い事だとか銀髪だとかいろいろある。
「エルフの身体は常に魔力を纏って老化を遅らせる事を前提としているから、魔力量の少ない子供は、早く成長して早く歳をとる」
「……なるほど」
彼の言ったことに何か答えようと思ったが、とても大変そうで、もし自分の子供がそうだったら悲しいし、寂しい思いをしそうだし、そう生まれついた人もつらい思いをするだろうと思う。
しかし、心のどこかで、でもきっととても低い確率なのだろうと考えた。




