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この屋敷に来てから一週間ほどたった。
初日にやらかしてからは、随分と忙しなく日々を過ごしていて、お医者様に色々な検査をしてもらったり、結婚してからの挨拶になってしまった義両親にも面会をすることが出来た。
義両親とは言っても、このフェルステル公爵家は、ヴィクトアの母であり爵位を持っていた女性であるクローディアはすでに他界しており、義父であり入り婿のフォルクハルトしか居ない。
彼は普段、王都にあるこのタウンハウスではなく、フェルステル公爵領にある本邸の方に住んでいるらしい。
フォルクハルト様は息子の結婚を聞いて駆けつけて祝福すると同時に、領地の事についてヴィクトアと仕事の話もしている様子だった。
彼らがしている話にこれからは私も交じれるように聞きつつ食事をとったり、新しい生活を整えているとあっという間に一週間たってしまっていた。
そして一週間を終えてみて、この部屋で過ごすのにも慣れてきたころに、実家の両親から手紙が届いているのを見て、あっ……と初日に考えていた計画がすべてパァになっていることに今更ながら気がついた。
どうして今日までの間に、私の両親の話が一切出なかったのか不思議に思ったが、よく考えてみれば実家に戻った途端にヴィクトアにすぐに住まいを移して結婚をしてほしいと申し込んだのは私だ。
今日まで接してみてヴィクトアはとても頭の切れる人だとわかった。そんな彼が私が結婚を急いだ理由に気がつかないわけがない。
きっと意図的にその事について触れずにいたのだと思う。
……これは……どうしよう。……今更ながら、言うべき?
そう考えるが、今更、彼に対して不都合を明かすということは、彼に今まで隠してずっと接していたと思われても仕方がない。
頭に思い浮かぶのはあの日に怒っていた彼の姿だ。
怒られるのが怖いというか、今更ながらヴィクトアに冷たい態度をとられることが怖い。
でも何度手紙を読み返しても、両親は私に治療をさせる気満々で、手紙だけで断るのは難しいというのはわかる。
どうしてあの時、きちんと断ってきっぱりと言って出てこなかったのだろうと悔やまれるが、それが自分にできたとも思えない。
手紙を持つ手がプルプルと震えてしまって「うぅ」と鈍いうめき声を漏らした。
頭を抱えたい気分だったが、今日はこれからヴィクトアとフォルクハルト様と昼食を食べてそれから色々と予定もある。
ヴィクトアに話をする時間もないし、どうにかする手立ても思い浮かばない。
しかし自分一人でこの問題を片づけられる気がしなくて私は顔をあげて部屋の掃除をしていたティアナに声をかけた。
「……ティアナ。つかぬこと聞くけど、その、ヴィクトアはやっぱりミスを隠していた部下や使用人には怒ったりする?」
私が青い顔のまま問いかけると彼女は、首を傾げたまま、こちらにやってきて、はたきを持ったままの手で腕を組んで考えた。
「う~ん。そうですね! ヴィクトア様は気さくな方ですけどやっぱり怒ると怖いです!」
「そうだよね。……そうだと思う」
「それに、隠していたとなるとそりゃもう怒りますよ! 問題は早期解決! 自分でできない事は他人に聞く! 頼る!って使用人たちにも言い聞かせていますし!」
彼女ははきはきと答えて、私はその言葉にさらに胃が痛くなる思いだった。
彼はあの若さで立派にお母さまが亡くなったあときちんと爵位をついで若い貴族の中では一番力を持っている有力な貴族だ。
つまりはとってもできる人。
そんな人に不都合をかくして近寄ってさらには結婚したとなると相当怒るに違いない。
「それにこれは、フェリシア様だから言うんですけど、雨の日はいつもの三倍機嫌が悪いです!」
「……雨の日?」
聞き返すと彼女はこっそりと声を潜めてさらに続けた。
「はい。頭が痛くなってしまうそうです。これから雨の続く季節が来ますから、いつもより眼光が鋭くなって怖いんですよ」
言いながら彼女は窓の外を見た。たしかに今日も雨がしとしとと降っていてもうそんな季節かと思う。
しかし雨で頭が痛くなるという人はたまにいるが、彼もその部類なんだろう。他人が思うよりも辛いと聞くし、少し不憫だ。
「フェリシア様は、そういったことは無いですか?」
続けて聞かれて、これからの季節の為に彼女が私の侍女として気遣おうとしてくれているのだとわかった。
なので私も丁寧に答える。
「いいえ……私は、雨、好きだよ」
「雨が好き、ですか」
「うん。だって気持ちがいいし、あがるときには虹が出るかもしれないから」
「……なるほどです」
言いながら窓の外を見た。今日は虹が出るだろうか。雲が暗く立ち込めている空でも晴れわたれば太陽がそこにある。
いつもあって見慣れている太陽も雨が上がった後は格別綺麗で、そのために雨が降るのかもしれないと思うほどだ。
けれど、雨で頭が痛くなってしまう彼はそうは思わないだろう。私の力で癒してあげられたら彼も虹が出るのを楽しみにしてくれるだろうか。
そう頭の中で夢想したけれど、そうなるには私がなんの女神の聖女か明かさなければならないし、それに伴って抱えている両親の問題も解決した後でなければならない。
それは遠い未来の事のような気がして、机に視線を戻して、両親に今はまだ忙しいからと事を先延ばしにするような返信を書いた。
結局のところ私は、両親にもヴィクトアにもいい顔をしたいだけの仕方のない人間だ。しかし、もう少しだけとわがままを言ってその醜さを見ないふりして過ごすことにした。