10
「……」
もくもくと噛んで苦みが広がり、青臭さが鼻を突くけれど懐かしい味だ。国王陛下を癒していた時には毎日のように食べていた。
効能はすぐには出ないが、それでも体調が悪い時の気休めにはなる。
飲みこんでから、国王陛下の事や私自身の事について話そうと決意してヴィクトアに視線を戻すと、目をまん丸にしていて、それを見て私の方も驚いた。
とても驚いた様子で私を見てから彼は、しばらく呆然として、それからハッと思い至ったかのようにおもむろに鋭い瞳をした。
その間もまったくヴィクトアが何を考えているのか私はわからなかったが、鋭い瞳が一瞬こちらに向けられてびくっと否応なしに体が反応するとヴィクトアは若干困ったような顔をしてから、おもろにソファーを立ち上がった。
「少し待っててくれ」
低い声で言われて、その声がどうやら何か怒っているような様子で、急な彼の変わりように、どうしたらいいのかわからない。
けれど何か怒らせたなら謝らなければと考えて、慌てて、彼を追うために私も立ち上がろうとした。
しかしぐんと勢い良く立つとくらりと眩暈がして、パクパクと魔力草を口に入れてもぐもぐと草食動物のようにたくさん食べて、一度飲み物でのどを潤してから扉を出ていった彼に続いていった。
速足で歩く彼に追いつくためにぱたぱたと走ったが身長も違うし、歩幅が違うのであっという間に階段を下りていってしまい距離を離された。
しかしヴィクトアの向かった先はそれほど距離が離れておらず、すぐに彼が入っていった扉の前に到着した。
そこは使用人用の控室になっている場所だと思われるので、私が入っていいかはわからない。
でも、謝罪のためにはそんなことを言ってはいられない、そして謝罪はきっと早い方がいいに違いないと思って、思い切って扉を開けようとドアノブに手をかけると、ドアの向こうから拳を叩きつけたような音がドンッとして扉が震えた。
「ひっ」
驚いてドアノブを離し、やっぱり触ってはいけなかっただろうかと考えて、誰かに怒られる気がして辺りをきょろきょろと見たが、誰もいない。
そして扉を隔ててこう側でヴィクトアが何かを言っているのが聞こえてきた。
「ゼルナ! ティアナ! あんたら、どういうつもりだ! 初日からこんな嫌がらせ、フェリシアが何かしたわけじゃねぇだろ!」
「━━━━っ」
「━━━━、━━━━」
声を荒げているヴィクトアは見ていないのに聞くだけで怖くて、その場から動けずに肩をすくめて目を見開いたまま、どういうことかと耳だけを澄ました。
ゼルナとティアナはヴィクトアの言葉に何か必死に返している様子だったが、そんなはずはないとばかりにヴィクトアは怒りをにじませた声で続ける。
「しかしフェリシアは摂取目的で魔力草を注文した様子だったぞ! 普通はハーブティーにするなり湯船に浮かべるなりするものだ、それを生で食べるなんてよっぽど困窮しないとしねぇだろ!」
立ち位置的にか、相変わらずヴィクトアの声だけが聞こえてきて、ヴィクトアはどうやら、彼女たちが私に対する嫌がらせで、普通はあんな風に食べないものをわざと渡したのだと解釈している様子だった。
たしかに彼から見たらそんな風に考えられなくもないかもしれない。
しかし話を聞いて、私は、徐々に顔が熱くなっていくのを感じた。
「……たしかに、そういったのか? いや、だとしても何かの聞き違いじゃねぇのか?」
ヴィクトアの怒りに対して、ゼルナとティアナはきちんと状況とそのような意図がなかった事が伝わったらしく、ヴィクトアは次第に勢いを無くして思案するような声に変わる。
「ああ、急に大きな声を出して悪かったな。二人とも、だとすると地方の習慣か何かか? とりあえず、俺達が飾るものだと思って花を持っていったことは、言わない事にしよう。それから彼女の出身のベルナー伯爵領地にそういう風習があるか確認しておいてくれ……ああ、そうだな」
色々と会話をしている様子で、今にでも出てきたら彼と鉢合わせてしまう。
流石にそれは看過できない事態であるし、もうこの場にいるのがいたたまれなさ過ぎて、私は無言でそのまま元の部屋へと走った。
頭の中では様々な言い訳が思い浮かんでいた。
決して私の出身のベルナー伯爵領だけの特別な風習や言い伝えなんかがあったわけではない。
ただ単に、国王陛下から話を聞いて、そういう物があるのだと知って葉っぱなのだからが野菜のように食べるのだと信じて疑わなかった。
そして確かによくよく思い出してみると、なんだかそれを見てアンが微妙な顔をしていた気がするし、たまにお腹を壊していたのも、もしかしたらそのせいかも知れないなんて思えた。
気がついてしまえば一気に羞恥心が襲ってきて、顔が熱くて顔を覆ったまま急いで階段を上った。
……だって仕方ないでしょっ、私がいた時から王宮はごたごたしていたし、魔力欠乏だって深刻な問題だったんだから!
頭のなかだけで言い訳して本当は「わぁー!」と大声で叫んでしまいたかった。
しかしそんなことをしたら人が集まって来てしまうかもしれない、とにかく部屋に戻って、ヴィクトアに対する言い訳を考えなければと一歩踏み出す。
けれど、慣れない屋敷の階段でさらに顔を覆っていて視界が悪かった。あがり切った廊下に花瓶の置いてある台座があることに気がつかず、ぶつかって足を踏み外した。
「あっ……」
ふっと胃が浮くような感覚がして視界が急に暗転した。
じんとした痛みが走って、私は意識を失ったのだった。