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 私は王宮の廊下を急いで駆け抜けていた。


 駆け抜けるといってもバタバタと走るのは貴族としての気品に欠ける行為でやってはならない。


 焦っていると周りの使用人たちに悟られないように、気持ち速足ぐらいで歩みを進める。


 もうすぐ舞踏会が始まる時間なので、使用人たちも忙しなく準備にいそしんでいる。


 すでに王宮には馬車がいくつも到着して、華やかなドレスに身を包んだ貴族たちが続々と到着していた。


 しかし、病床に伏している国王代理として参加するはずの私の婚約者、カイは、準備を始める様子がなく困り果てていると彼の側近からさきほど連絡があった。


 仕方がないのでお化粧の途中だったが適当に切り上げて彼の元へとやってきた。


 カイの私室の扉をノックして使用人が開けてくれるのを待つ。


 本当ならノックもなしに部屋に入って、何をやっているのかと問い詰めたかったがそうはいかない。


 彼はこのツァルーア王国で二番目に権威のある存在。王太子だ。


 ゆっくりと扉が開かれて、部屋の中へと入る。


 するとそこにはソファーにゴロンと転がって、最近はやりの戦記物語をだらしない姿勢で読んでいるカイの姿があった。


「カイ! あなた、数時間後には舞踏会の開会宣言をしなければならないんだよ、どうしてまだ湯浴みも済ませていないの?」


 急いで歩み寄って、ソファーの前に膝をついて彼に問いかけた。


 すると、カイはちらりとこちらに視線を送って「うるさっ」と吐き捨てるように口にした。


「今やろうと思ってたんだって」

「じゃあすぐに準備しよう? まだ間に合うから」

「いや、今いいところだし」

「でもカイ、時間がないの。開会を遅らせることは出来ないし、国王代理としての仕事はきちんとこなさないと……ね?」


 優しく説得するように言うと、カイはまたちらりと私に視線を送って、それからふんと目をそらして小説のページをぺらりとめくる。


 ……どうしよう。このままだと本当に遅れてしまう。ただでさえ、カイは貴族たちから評価が悪いのに。


「その小説は舞踏会が終わってからでも読めるでしょう? あなたの準備を優先しよう、側近たちも困ってるからね」

「……」

「それに、ほら、先日買ったばかりの新しいジャケットがあるじゃない、あ、持ってきてくれる?」


 近くにいた侍女に頼めば彼女はすぐさま用意して、私の手元におろしたてのジャケットが収まった。


「かっこいいわね、これ、本当に! 私あなたが着ているところが見てみたいわ!」

「……」

「こんなカッコイイもの買ってもらったのだから、エリカ王妃殿下にもノアベルト国王陛下にも恩返しするために遅刻しないように準備しないと、ね? カイ、私も手伝うから」


 彼がどうしたらすぐに準備したくなるか考えて必死に言葉を紡ぐ。


 カイの身支度を舞踏会までに終わらせなければならない使用人たちも、切羽詰まった形相で私たちのやり取りを見ている。


 身支度が間に合わなかったら使用人にとっては名折れだ。


 きっと他の使用人から馬鹿にされてしまうに違いない。彼らのプライドの為にもカイ自身の為にもここはどうにかしなければ。


「ねえ、カイ……」

「フェリシア、うるさっ。……あーもう、そろそろ準備しようかなって思ってたのにフェリシアのせいでやる気失せた~」

「そんな……口うるさく言ってごめんね。でもあなたの為を思って……」

「そー言うのだるいってば。はぁー、ほんとだるい!」

「ご、ごめんね。でも急がないと、皆、カイを待つことになって、嫌な印象を……」

「フェリシア、ウザすぎ」

「……」


 彼をやる気にさせるためにこうして言葉を尽くしていたのに、そんな風に言われては私も立つ瀬がない。


 しかし、これは彼なりの甘えだ。つまりは愛情、そういう風に解釈して、私はさらに笑みを浮かべて声をやさしくして言った。


「うん。本当にごめんね。じゃあ、私、部屋に戻るからそしたら身支度を始めてくれる?」

「……」

「……カイ?」

「は? 手伝うってさっき言ったじゃん! 嘘つき」


 ……たしかに言ったけれど……。


 パタンと本を閉じて彼は起き上がり、私の事を見下ろした。


 そして、そのまましゃがんでいる私の肩を押した。しりもちをついてしまってそのままカイを見上げる。


 彼の美しい黒髪は、寝ぐせでぼさぼさで今日一日ずっと自堕落に過ごしていたのだとわかる。


「てか、ブス、化粧もちゃんとできてないし、顔が庶民臭いから俺様にふさわしくない」

「……あ、えっと、急いでいて」

「言い訳すんなよ、だる」

「ごめんね」


 カイはイライラした様子で私の欠点を指摘して、思わず私は自分の頬に触れる。


 確かにカイは王妃殿下譲りのとても可愛らしい華やかな顔立ちをしているし、化粧だって必要ない。それに比べて私は、華やかな色のアイシャドウで飾らなければ印象に残らないような顔つきをしている。


 彼のためとはいえ自分のメイクをおろそかにしてしまうのは、確かに良くなかったかもしれない。


「もーいいよ! どうせ俺、フェリシアと結婚すんだし地味顔も慣れたし……はぁーあ、気分最悪」

「……うん」


 言われて今からでもメイクの続きをしてもらおうかと考えていると、カイは大きなため息をついて言いながら立ち上がった。


「どっか行って、フェリシア。準備の邪魔!」

「……うん」


 私はしりもちをついたままだったので言われてハッとしてゆっくりと立ち上がった。

 

 ……なんにせよ。これなら何とか開会の宣言までには間に合うね。機嫌を悪くさせてしまったけど。


 そんな風に考えつつ、どっと疲れて私は自分の身支度の続きに戻る。


 外見の事を悪く言われた後だと鏡を見るのも気分が重かったけれど、悪気があったわけではないだろう。


 王妃殿下や、エルフの血が濃い貴族たちなんかに比べれれば地味と言われても仕方がない。


 少しでも彼の隣に並ぶのにふさわしいように、いつもより多少派手にしてもらって舞踏会に向かった。





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