悪役令嬢ルーレンシアは、薬師として生きる。
5/28はじめての感想頂きました!ありがとうございます!!
誤字報告もありがとうございました!
なんて凄い機能だろう、誤字報告…っ!クリック一つで修正されたのですが!?まるで妖精さんがお手伝いしてくれてるようで感動しましたっ!
小説家になろう、での投稿は初心者ですので多々至らない点、また機能を知らず使い切れていないものもあり不手際が多いと思いますがこれからよろしくお願いいたします。m(UvU)m
「ルーレンシア、僕との婚約を解消して欲しい。」
「え?あ…はぁ…?」
静かな午後の茶会で、婚約者である隣国のパトリック王太子は目を伏せ申し訳なさそうに婚約解消を申し入れてきたのであった。
ちなみに私、ルーレンシアはレカシムカ帝国の第二皇女である。ついで補足するなら前世は日本人で薬科大学の卒業を控えた普通の女子大生だった。それに第二皇女といっても男爵家出身の皇宮廷付きメイドが産んだ私生児であり、母は出生証明に苦労したらしい。
『この世界』は魔法が普通にある世界で神様も存在する。
だから出生証明は教会が儀式を行い子の血縁を辿って「誰の子なのか」というのを認定してもらうものだという。
まぁ、つまりこの国では前世で言うところのDNA検査的なことが魔法でやれてしまうので、倫理的にも婚姻法の観点からも不貞は重罪になる。
ただし、この出生証明は高額なお布施が必要になる為、貴族階級しか行わない。
「えっと、わかりました。いいですよ。」
そういう事情もあって、婚約者は他に心を寄せる相手が現れたから婚姻前にこうやって申し出てきたのだろう。
別に国同士の結束というか、そういう事情での婚約ではあったのにこうして頭を下げる姿は誠実で好感が持てる。
ただ…一定以上の魔力がある者同士は性行為を伴わない妊娠が可能なため魔力量が高い貴族は愛のない政略婚でも子を成すことに苦労しないし出生証明は保険みたいな扱いだ。
つまり私たちは白い結婚のままでも子を成すことは不可能ではないのに、なんで?と思う。
王侯貴族にとって側室や愛人は珍しいものでもないのに。
だけどなんとなく心あたりもある。
というか、私は皇帝に御手付きにされた母さんが誰にも父親を明かさずに産んだ私生児。未婚妊娠を理由に職を失い実家からも勘当されたあとに生まれたので庶民として育った。っていうのが理由だろうなぁ。
4歳くらいまで市井で近所の子と遊びながら育ったんだけど、お母さんが病に倒れて働けなくなったことがキッカケで教会を頼り、出生証明をしたことで皇室のスキャンダルになった、…らしい。私は覚えてないけど。
けれどそれがあったからお母さん、…お母様、は、後宮お抱えの医師に治療してもらえたし、苦労することがなくなったのはよかったとおもう。
うっすらと覚えている市井での暮らしの中でお母様はいつも忙しそうにしていた。
朝早くから起きて家事をこなし午後は誰もやりたがらない薬師の助手をし、夕方は食堂の給仕係で店が終わった後は真夜中まで針仕事をランプの灯り頼りに繕い物をしていた背中がおぼろげに記憶にある。
「本当に申し訳ない。この婚約解消の非は全面的に僕にあるから、どのような要求も受け入れる。」
「えぇっと、婚約解消はお父様たちにはまだ…?」
「もちろん先に申し入れた。だけど、やはり直接謝りたくて…もちろんこんなこと僕のエゴだって判ってはいるのだけど…」
何時も優しい微笑みで私の話を嫌な顔をせず馬鹿にもせず聞いてくれていた元婚約者は申し訳ないという沈痛な面持ちで今にも消えいりそうだ。
「そんな顔しないでください、パトリック様。」
「ありがとうルーレンシアは優しいね。もっと僕を詰ったっていいのに、しないなんて。」
「しませんよそんなこと。だっていつもパトリック様は私に優しかったじゃないですか。だから、その恩返しだと思ってください。」
「ルーレンシア…ありがとう。…ありがとう。」
婚約解消という場なのに、こんなにも穏やかなのはきっとこれまでの私たちの積み重ねてきた時間が穏やかだったからなのだと思う。
私は母親が宮廷に召し上げられたから皇女になった。
なったものの、幼少期の育ちというのが忘れられずといおうかお母様が手伝っていた薬剤所にはつれていってもらっていたし夕方からはそのまま預けられていたこともあって薬師と接する時間も多かったせいか彼女に尊敬と憧れを抱いていた。
そのため植物に詳しく、王宮の教育係に花の名前だけではなく効能や毒の有無なども知っている知識を披露し閉口させた。しかし薬草に詳しいということは毒に詳しいと同義だったらしく、王宮内でただでさえ腫れもの扱いだったのにさらに敬遠される結果となった。そういうこともあって教育係はみんな厳しい人ばかりに変わりメイドも口を利かなくなった。
隔離された離宮での生活、病で寝たきりのお母様。話し相手が欲しくて話しかけても相槌だけで会話にならない使用人。皇女教育は厳しくて毎回のように鞭打ちされる日々は煌びやかな皇宮廷とは真逆だった。
なまじ贅沢なんてしなくても幸せだった頃を知っているだけに、辛かった。とてもとても辛かった。前世の記憶もちらついて余計に王女教育が無意味に感じて苦痛だった。
そんな中で婚約したパトリックは、私にとっての救いと同時に『あらかじめ決められている未来』への絶望でもあった。
わたしには前世の記憶がある。そしてこの世界は筋書きが決まっていることは分かっていた。【one true king】というロマンスファンタジー小説を読んでいたから。
パトリックはこの世界の主人公で私はその婚約者。ただしその婚約は小国であるのパトリックの祖国であるエリン王国に希少なレアメタル鉱山が発見されたことでレカシムカ帝国がそれを奪おうと戦争を仕掛けた。このことで停戦とするため王太子の居たエリン王国の孫代王にレカシムカの血を流すことで実質的な属国となることを約束する婚約が成されたのだ。
愛のない政略婚であることは解り切っている。だからこそ物語の中でルーレンシアはいずれ属国となるための生贄みたいな婚約に反抗しパトリックに辛辣な言葉を投げ当たり散らし、パトリックはそんなルーレンシアを愛することは無く、成婚する前に現れたエリンの聖女アリッサと恋に落ち、聖女との愛を成就させるためにも反旗を翻して皇女との婚約破棄を婚約式のその日に行い一気に戦争となる。当然だがルーレンシアは戦火の中で命を落とす。パトリックに殺されたのか、ただ巻き込まれて死んだのかは定かじゃないけれど物語上ではたったの一文で「ルーレンシアは死んだ。」としか書かれない。
よくある悪役令嬢で物語の序盤で死ぬのだ。
もしも私が死ぬ運命じゃなかったのなら、私はここまで熱心に薬草に傾倒していない。
なんとか生き延びた先での平穏な生活の為にも身を立てる術は必要だった。だからこの世界の薬草を必死に覚えたし、あの魔女と呼ばれる薬剤師に尊敬の念を抱いたのだ。前世の記憶もあるからそれは当然だったしきっと好きな分野だから物覚えも良かったのだとおもう。
そうやって少しづつ物語の悪役令嬢から逸脱していった私になったからこそ、こうやってパトリックから断罪劇ではない婚約解消の申し入れをされているのだ。
『穏やかな婚約解消』は、目標でもあったし。
…でも、なんでだろう。
なんか…、なんか…。ほんの少しだけ、淋しいとおもってしまう。
悪役令嬢になるまいとしたお陰でパトリックとは良い友人になれた。
優しい彼は、私の記憶の元であるこの世界が前世で読んだ物語だなんて世迷言にも耳を傾けてくれたし、信じてくれた。
私の言葉を信じて沢山助けてくれたし、私の将来の夢である「薬師になりたい」っていうことも応援してくれていた。
(…だから、もしかしたらって、…おもっていたのに。)
パトリックとなら夢を諦めることなく幸せになれるかも、…って。
だけど、結局、やっぱりパトリックは聖女に恋したのね。
婚約解消は、…そういうことなのね。
この世界で、私だけが変わっても大筋の筋書は変わらないっていうことなのね。
心を落ち着かせるためにゆっくりと息を吸い、本心を隠して言葉を紡ぐ。
「こちらこそありがとう、パトリック様。どうか末永く聖女アリッサ様とお幸せにお過ごしください。」
何とか絞り出せた台詞はどこもおかしくない。
こんなにおだやかな悪役令嬢の退場は、きっと他にないだろうから、ちゃんと…感謝をしなくてわ。
「…どうしてアリッサ嬢と僕の幸せを願うの?」
「え?」
「もしかして、なにか勘違いしている?僕とアリッサ嬢は恋仲などではないよ。むしろアリッサ嬢はレカシムカ帝国の皇太子である君の兄上との婚約が決まったのだけど。」
「へ…?えぇ??」
「ルーレンシア、君はまた薬草研究に没頭し過ぎて周りの声を聞かなかったんだね?」
「ぅ、あうぅ…ぇえっと…そう、かも…」
やれやれ、なんて苦笑いされては言い訳も出来ない。またやってしまった感しかないから。
親しくなりはじめのころパトリックに丁寧に教えられたことが「王族とは常に周りを見て情報をあつめないといけない」だったのに、だ。
「あのー…いまってどういう状況なの?」
そりゃ当然〝婚約破棄イベント”なのだろうけど…自分のせいで物語が変わったからどうにも予想がつかない。そもそもイベントとして成立しているのかも怪しい穏やかさである。
「うーん、一から説明した方がいい?」
「できればそのようにお願いします。」
「そもそも僕たちの婚約は停戦と我が国の次代の王にレカシムカ帝国の血を流すことで明確な属国ではないにしろ縁を結ぶことが目的だったよね?」
「はい、そうですよね?」
「うん、そういう約束で婚約するからにはお互いに愛が無くても構わないのは王族にとっては覚悟の上なのは、『僕たちにとって普通の事』というのは覚えている?」
「あ、うん。そうらしいよね。」
「だけどルーレンシアは前世の記憶があって、この世界の未来を知っていた。きっと魂がこの世界とは別の所から来たんだってことでいいのかな。」
「えっと転生っていって、こっちだと死んだら天に昇って終わりらしいけど自分たちの所では輪廻っていう生まれ変わりがあってね、だから私はそういうのだとおもう。元居た所から違う世界に飛ばされることも多分転生なんだとおもうし、記憶があっても無くてもみんな転生というか生まれ変わるとおもってるよ。」
「そっか、素敵な考えだと僕はおもうよ。それでね、前世の記憶で未来を予知していたことが現実にも起こったよね。」
「あぁ、あの魔獣とか、誘拐未遂とか…なんか色々あったよね。いつも助けてくれてありがとう。これもみんな私の話を信じてくれたパトリックのお陰だよ…!」
「ルーレンシアが事前に教えてくれたから対処できたんだよ。山の中の廃坑に奇跡の花が咲くっていって真夜中に山道を歩いたこともあったね。」
「あったねぇ、そういえば物語では山賊っぽいのに襲われるはずだったのにフツーにキャンプして楽しかったね。マジックバックにたくさん食べ物とか水も経口補水液とか作って詰めてたのに現地調達レシピが美味しくて出番なかったや」
「騎士たちにとってはそれが普通だからね。」
思い出すのは楽しい記憶ばかり。
ウサギを仕留めて焼いて、木の実を潰したソースにつけて食べたのはあの時だけでとても美味しいわけではなかったけれど感動したのは覚えている。非日常って感じがスパイスだったのかな。
そういえば前世でも家と同じカレールーを使っているのに宿泊学習で自分たちで作ったカレーは格別だった。
「で、話を戻すんだけど。こんなに未来を言い当てるルーレンシアの予言の中で僕がずっと引っかかっていたことがあるんだ。」
「……引っかかる?」
「そう。僕が聖女に恋をしてその愛を成就させ貫くために婚約破棄をして反旗を翻し開戦となる、っていうのがね。停戦の為の婚約なのに己の私欲の為に戦争を起こすなんてあり得ないことだよ。」
「だって、でもアリッサ様は聖女だし。別におかしくはないのでは?聖女は癒しの力があって国の希望になる存在でしょう?」
「確かに国の希望になり光になる存在だ。だけれど王族に生まれたのなら、王族として国に尽くす覚悟があるなら恋なんてしないし、してはいけないんだよ。相手に容姿も性格も求めない。求めるのは唯一『国にとって有益か否か』だけで判断する。もしもルーレンシアがいっていた本物のルーレンシアのように我儘で意地悪な性格だったとしても、僕は婚約を破棄しない。再び開戦すれば多くの国民が死ぬ。それだけではなく死んだ兵士の家族も悲しむ。悲しみは国を衰退させるそんな愚かな判断を僕はしない。」
「パトリック様…」
「…それに、僕はもうずっと昔から恋をしている。許されないことだと蓋をしているだけでこの想いを忘れたことなんて一度も無いんだ。そんな僕が聖女だからと言ってアリッサ嬢を愛することは無いよ。」
「え、それって…本当に?」
(それって、つまり結婚したとしても私のことも愛することはなかったっていう事だよね。…それはちょっと、ショックだなぁ…)
「だからもしも、そんなことになる未来が決まっているのなら、どうしてだろうと考えたんだ。だけどいくら考えても、僕はそんなことはしない、としかならなくて。すごく悩んだよ。なんで聖女に恋して愛を貫くために国民を犠牲にまでするんだ、って。」
「あれ、なんか…矛盾してる?国の希望なのに彼女の為に戦争って…ヘンだよね?」
「…そう、矛盾しているしヘンなんだ。オカシイんだよ。ルーレンシアの夢物語でもそう、聖女がキッカケで整えられていた世界が全てが狂う。その先で幸せになったのはきっと彼女だけ。聖女の為の世界なんだね、ここは。」
「あ、…うん。それは、そうだとおもう。だって主人公はアリッサ様で、ここは彼女のための世界だから。」
そう考えると…もしかしたら物語のパトリックもルーレンシアと婚約破棄したのは違う事情があるのかもと思えてきた。
「あぁ…やっぱりそういうことか。なら、僕の判断は間違ってなかったんだって安心するよ。」
「それってどういうことですか?」
「………そのことも、以前に君に相談したとおもうのだけど、やっぱり忘れているんだね。」
「はうぅ…ごめんなさい。あの、どういう相談だったでしょうか…?」
「ただの雑草でしかなかったソレマ草の研究をしていた頃で、って言ったら思い出せるかな?」
「え?えーっと、ソレマ草は魔獣が好む草で効能は魔力補助。特に妊娠中の雌が選んで食べていたので体内の子の育成に効果があるってわかったから、人間にも効果があるのかどうって研究ですかね?」
「そう。その研究の結果は人間にも有効で妊娠中に胎の子の発育を促し母体も安全に出産できると結果が出たよね。」
「はい!魔力補助をすることで子と母体の魔力差の間を埋めて均衡を保ち安全に出産が望めるのです。このことで女性の出産時の死亡率も下がるかとおもいます!」
これまでは母体と胎児の魔力量の差があるとどちらかが死んでいた。
けれども魔獣は安定した出産を行って繁殖していることが不思議で彼ら魔獣の生態を観察研究した結果が実を結び特効薬とまではいえないが死亡率の低下に繋がる図式は導き出せたとおもっている。
私は隠匿魔法で姿も気配も消してソレマ草の群生地で約二ヶ月観察をおこなったが、草食魔獣も肉食魔獣も揃ってソレマ草を食んでいた。
つまり彼らにとって妊娠中は捕食者か外敵であるとか以上にソレマ草は重要で、同時に捕食者側も妊娠中の個体は狙わないという一定のルールのようなものがあるのかもしれないと考えている。
飢えが酷くやむにやまれぬ場合を除いては、襲わない、…かもしれない。
なぜなら分かり易い、身重の草食獣が集まるソレマ草の群生地で雄の捕食獣を見たことが無いからだ。もっといえばソレマ草自体に雄の獣魔が嫌うなにかがあるのかもしれない。
……と、いうことはおもいだせたものの。パトリック様からの肝心な相談とやらは思い出せず。
曖昧に笑っていると、微笑み返された。
「ぜーんぜん覚えてないんだね?」
「も、もうしわけない…ごめんなさい…」
「まぁ、いいけど。いつものことだしね。ただ、その研究のお陰で僕も妊娠する勇気が持てたから、ありがとう。僕、いま妊娠してるんだ。」
「え、どういたしまして…?…え?あ?へ、へ、ふわ!?にゃのえ??ンへ?????にににんんんん、にん、しん!?!?え、いま、なんて言いました?妊娠ってにんそん?は?ニシン?あー…ニシンの煮つけ好きでした、多分。あとニシン蕎麦とか…ねー?美味しいらしいから…ニシンすきでう。うん、うんっ!」
ちょっとパトリック様が何言ってるのか分かんなくて、脳がバグる。
ねー、ニシンねー。好きだよ。食べたことなんて一度も無いけど。…多分美味しいんでしょ。本でよく美味しいって言ってるの読んだことあるもん。味はしらんけど。
「はははっ、何喋ってるのか全然わからない。」
「へはははははは…私もワカリマセン。」
曖昧な笑顔どころではない。脳味噌が処理しきれない情報に衝撃を受けてキャパオーバーです。
だというのにパトリック様はまだ薄く膨らみも目立たないお腹を愛おし気にさすりながら語りかけてくる。
「色々考えて、こうするのが最善かなっておもったんだ。僕も幸せだしこれでルーレンシアの希望もをかなえられるだろうって。」
市民の間では高い魔力さえあれば妊娠可能なことから同性婚も普通にあるし法でも認可されている。男でも妊娠出産はするし家庭を持つことは前世であれば不思議なことだけどここでは不思議じゃない。
ただ王侯貴族がソレをしないのは男の出産は死亡率が格段に上がるからだ。
そもそも妊娠出産に適した身体では無い。
「え、ってか私の希望ってなんだったっけ…?」
「えっ?平民になって薬師として身を立てたいってずっといっていたじゃない。つまり皇族籍返上する機会をうかがっていたんだよね?」
「え、…皇族籍返上とか…できるの?」
「…できるよ。婚姻での降格もそうだし、未婚でも王弟とか継承権を放棄するよりも王籍返上して臣下に下る判断をするのは珍しくない。甥に順位を譲るためにね。」
「あそっか?いいの?」
「僕はてっきりそのつもりだとおもっていたのだけど。」
いや、目からウロコ。
「……ルーレンシア、君は法律ちゃんと勉強した?」
「した、いちおう…だけどおもいつかなかった。女だし、結婚するしかないんだろうなって…あと前世でも戸籍を捨てる人っていなかったし。」
「戸籍というのがなんなのかは解からないけど、籍返上は個人の意思でしかできないよ。
もちろん条件も厳しいし簡単じゃない。だけどこの世界で最も籍返上どころか離婚さえ自由にできないのは王妃や皇妃だよ?」
「え、まじで?ほんとうに?」
「そうだよ…3年以上の白い結婚でも、子が居なくても、王妃の位についた女性は死ぬまで王妃だ。廃妃になったらなったとしても生涯幽閉か死罪しかない。」
「わーを。…婚約解消してくれてありがと…」
「どういたしまして。ほんとうにわかっていなかったんだね…」
「すいません。」
「…………ところで、ですね、…あの~、あの、お、お相手は…?」
「ふふふ、ナイショだよ。」
「ですよねー?」
「うん、ごめんね。ルーレンシアを信用していないからじゃなくて、相手が誰かなのかを特定されると君も相手もなにかしらあれだからね。」
「あっ、あ~…たしかに~…知らないほうが安全だ…」
「まぁ、妊娠したから婚約解消はスムーズだったよ。代償は当然払ったし、国としてもお互いに悪い話じゃなかった。」
なんて明るく笑っているが果たしてそうだろうか?だって…
「それはつまりレアメタル鉱山の権利云々を手放したってことでしょうか…?」
「いや、まさか。ソレより価値がある者が出現したじゃない。」
「…レアメタル鉱山とり価値があるモノ??」
「アリッサ嬢だよ。彼女は聖女だし人々を癒す神聖力が豊富にあり何より彼女が住まう国を豊かにし豊穣を齎す生きた女神とも言える存在だ。」
「なら手放すなんて、国の損失になるようなことを…どうして?」
「果たして、彼女を失うことは損失だろうか?」
「え?」
いや、損失でしょう。女神の如き聖女は国を豊かにし人々を癒すんだよ?
言っちゃあ何だがレアメタル鉱山と天秤にかけても軍配は聖女アリッサに上がるでしょうよ。
「レアメタル鉱山の産出は永遠ではないかも知れない。しかし短期間であったとしても豊富な資金源の役割は既に果たしているし今後の地層探索の希望の切欠にはなった。けれども聖女とは彼女が生きている間だけの恩恵だ。王家の求心力になるという意味でも長くはない。…それに、さっきも言ったけれど彼女はヘンだとはおもわないかい?」
「それは、まぁ…でも彼女は聖女ですし…普通ではないでしょう。」
「というか、どうして彼女は単身でレカシムカ帝国に渡ってこれたのだろう?…とは思わない?」
「え、っと…?」
「豊穣の女神たる聖女がエリン王国から保護されることなく他国に渡ってきている。…って、オカシイでしょう?僕には弟もいる。停戦を維持している祖国が正常な判断をするなら聖女の存在は他国に伏せたまま弟と婚姻させるか聖教会預かりにさせ国外に出すなんてことはあり得ない。それなのにアリッサ嬢は、いま、レカシムカ帝国に滞在しているんだ。」
「あ?…あれ?……あれ?」
物語ではそう書かれていたから、ひとつも疑問にはおもわなかったけれど…よく考えたら、ヘンどころではなく異常なことだと背筋がゾッとした。
「きょ、強制力…?物語の通りの展開になるように、なにか…見えない力が、はたらいて、いる…の?」
「だとしたら、僕がそれをぶち壊しにしたかな。」
「へ?」
「だって僕、妊娠中だもの。相手は当然、アリッサ嬢ではないよ。」
「あ、そうか…相手がアリッサ様ならパトリック様が妊娠することはないから…」
魔法妊娠には法則があり、男女であれば妊娠に適した女性が、女性同士や男性同士ならば懐妊を望んだ方にと決まっている。つまり閨事における男女の役割の女役を果たす方に…って、あ、あ~…パトリック様がどっちなのかわかっちゃったよ…そりゃ私と婚姻結ぶの義務だし聖女に恋するわけないよ…気がついちゃってごめん。センシティブな事なのに…のぞき見した気持ちになって居た堪れない。
気不味いまま紅くなった顔を隠すように俯いていると、パトリック様が「こほん」と咳払いした。
「まぁ、そういうことだから、…うん。ごめん、僕も恥ずかしい…」
「ひゃ、いやっ!あのあのあのあの…っ!ちちち、ちがいますよ!?想像とか、してませんからねっ!!??」
「したんだ…想像…」
「違いますって!だだだって私、あの、相手を知りませんから、こう、あのっ、そ…そこまでは…っ!」
「いったいどこまで想像したの?」
「やっややややややっ!だから、その!け、経験もないですし!あの、ま、まぁ…きききき、き、キッス、とか、は、…その、し、したのかなぁ、…とか!」
嘘です。前世はそういう情報にあふれていたので、ガッツリ想像しました。一瞬で。だから居た堪れない恥ずかしいの気持ちになったんです。ごめんなさい。
「キスかぁ…したことないや。っていうか手を繋いだこともないよ。」
「へ?…………へぁあ!?」
え?そんなことってある?
だって妊娠してるんだよ???つまりはそういう…、ってことじゃなくてもいいのか?魔法妊娠だし。
いや、でも確か。魔法妊娠するにしてもお互いの同意と心は必要な条件だ。
同性婚でも心が男役同士とか女役同士とかだと妊娠に至らなくて、だから貴族同士の同性婚は少ないのだ。
貴族は男は紳士であれ女は淑女であれと幼い頃から徹底的に教育されるから。
「手を繋いだこともないって。妊娠させるほど心を通わせているのに…ですか。あの、差し出がましいかもしれませんが……パトリック様は、いま、幸せですか?」
「うん、幸せだよ。」
「そうですか…、そういうものなんですか…。なんか、ふ、不思議です。」
「うーん、でもねルーレンシア、もし君と僕とが婚姻していたならこうなっていたのはルーレンシアだったんだよ。」
「……ぇ、あ、そっか。白い婚姻での妊娠は、そっか…」
「僕は妊娠を望んだ、相手は僕を妊娠させたいとおもった。その心が交わって子が成った。その気持ちがあるのと無いのとでは大きく違うでしょ?」
「そう、ですね。そうです。そういう気持ちが、結果が、妊娠にということですから」
「うん。だから僕はいまとても幸せだよ。」
勝手に心配していた私も安心するくらい幸せそうな表情のパトリック様は不意に人差し指を立てると、シーってするみたいな動作をした。なんだろう、内緒話の合図かな。
「ところで、もう一度はなしを戻してもいいかな?」
「ぁ、あ。そっち?あやややや、えぇ、はい。どうぞっ。」
「うん、あのね、僕は自分でも思ってる以上に欲深い人間らしいんだ。」
「そう、ですかね?」
何時でも優しく献身的な姿しか思い浮かばないからイマイチ同意しかねるが、本人がそう言っているんだから一応は一旦同意してみる。
「だからね、僕はルーレンシアのことも欲しいんだ。」
「ひえええ!いやいや、あのっ、私なんぞではパトリック様には不釣り合いで…あの、お相手様とお幸せになっていただければわたしも嬉しくおもわれまするぅぅ…」
「……うん?いやどういう反応なのソレ。多分、ルーレンシアの想像とは違うから。」
「違う?あぁっ是非違ってくださいっ!!!」
「そんなに拒否されるとちょっと傷つく…ま、いいか。そうじゃなくて。あのね、ルーレンシア。…君、アリッサ嬢に嫌われてくれないかな。」
「……………え?」
そんなの簡単ですケド?なんせ悪役令嬢ですから。
っていうかほぼ会ったこともないし、顔合わせは2回くらいはしたかな?それもパトリック様との茶会に乱入されてだから正式ではないし。
たった2回ではあるけども茶会を邪魔されたことで苦手意識があるのはコッチの方ですケド。
◇◇◇◇◇◇◇
晴れ渡るような快晴の好き日にエリン王国の聖女アリッサ嬢とレカシムカ帝国皇太子の成婚式は執り行われた。
厳かな教会の中で愛を誓い合った二人は外広間に集まった貴族たちの前で睦まじく寄り添っていた。
そう、まるで物語のワンシーンのように。
貴族が列をなして祝辞を述べる最後は皇族の祝辞だ。
レカシムカ帝国皇族の中で最も地位の低いルーレンシアは背後に兄弟父母の存在を感じながら婚約も解消された後ではたった一人で前に出て祝いの言を述べる。
「帝国の小さき太陽とその伴侶たる小さき月、…になる予定の、卑しい女にご挨拶申します。」
カーテシーの体はとったが頭は下げず無礼な挨拶と物言いに会場は全体がどよめいた。
「なにも間違ったことは申していませんでしょう。彼女はエリン王国の聖女でありながら祖国を捨てた女。そのうえ貴族でもなんでもない庶民の出ではありませんか。」
「ひどい…!」
「お前っ!お前の方こそ売女の娘のくせに…っ!」
皇太子である兄に思い切り横っ面を張り倒され階段を数段を転げ落ちる。
…その後の顛末は誰もが予想する通りだ。
私が気を失っている間に緊急議会が開かれ国外追放が決まった。
つまり皇族籍は強制剥奪。聖女冒涜と婚姻後であることから皇太子妃冒涜で死ぬまで幽閉案が濃厚だったようだが、身重のパトリック様が自分にも責任があると嘆願したことでエリン王国の預かり追放に落ち着いた。…らしい。
「嫌われてほしいといった僕が言うのもなんだけど…あんな嫌われかたをするなら先に教えて欲しかったな。」
エリン王国へと向かう馬車の中でパトリック様が見たことないくらいに苦しそうな顔でそう言うから、相談しないでいきなり独断でやっちゃった罪悪感がすごい。
「それはそうなんですケド…」
しかしながらあの婚約解消の茶会以降は、当のパトリック様がつわりで顔色も体調も悪いのに相談するのに気が引けた。っていうのもいい訳だろうなぁ…って終わった後におもう。
あの日わたしたちが話し合って今後やるべき方針で決めていたことは、
・ルーレンシアが皇族籍を返上し市井に降りること
・聖女アリッサに嫌われること
の、二点だ。
ルーレンシアが皇女のままエリン王国に渡ることは簡単だが、その後に籍返上は不可能であり離婚も庶民になることももしそうなれば国際問題に発展する可能性がある為、自国に居るうちに皇族籍返上は必須だった。その切欠となるのが婚約解消でそれを理由に返上を申し出はしたのだが…許可されなかった。それどころかさっさと他の婚約が決められそうで焦った。
皇女という駒は家族の中では邪魔でも利用価値があるから残しておきたい。たとえ嫁ぎ先でどんな扱いをされてもどうでもいいいつでも捨てられる使い勝手のいい駒。
そう認識されていることは解ってはいたが、書類を揃え理由を連ねても一蹴されては話にならない。
それだけではなく、婚約解消後はこれまで防波堤になってくれていたのであろうパトリック様が体調を崩していたのもあってしつこくアリッサ嬢に絡まれた。…それもただ絡まれるのではない。私の一挙手一投足を挙げ連ね「ひどいっ」「酷いッ!」とさも被害者かのように振る舞ったのだ。まるで物語のヒロインのように涙を流してか弱く震えては周りに助けを求めるのだ。
何もしていない私はただただ意味が解らなかった。意味も解らず怒られ、謝るように言いつけられ頭を下げるとアリッサ嬢はヒロインだから寛大な心でルーレンシアを許した。
そんなことが、何回も何度もあった。
最初は強制力に巻き込まれているのだと慄いた。しかし…何度も彼女のことを「ヘンだと思わない?」「彼女はオカシイ」と繰り返していたパトリック様を思い出し、あぁ…もしかして彼女も転生者なのではないかと考えた。確信はない。けれども合点がいく。私という悪役がいるからこそ彼女は輝くのだ。非難されても許し、泣かされても寛大な心で受け入れる。そういう聖女だからこそ周りは彼女を崇め称える図式が成立する。
もしかしたら私から未来予想を聞いていた彼は自分自身を守る為にも懐胎したのか、と。
巻き込まれないために最善を選んだ。
優しい思慮深いパトリック様がらしい判断だわ。
いちばん簡単なのは婚約者でもあるルーレンシアとの間に子を儲ければいいだけなのに、私の未来や希望を慮って…ってだけでもなく自分の幸せも取りこぼさない目敏い方なのよね。
……とはいえ、自国のそれも実家の中だというのに元婚約者のパトリック様が助けてくれなければこうも手も足も出ないものかと自身を不甲斐無くおもった。いったいこれまでどれだけ守られていたのだろうか。
隣国の王太子だから賓客としての扱いはされてはいるが実際は人質のようなものであるのに彼はどんなに強い人なんだ。
(パトリック様は私を自国に連れていきたいと言ってくれたわ…私も、着いていきたい。)
その為に自分に何ができるのか。何をやればいいのか。四面楚歌の中で必死に考え実行したのがアレだったわけだ。
階段を転げ落ちる瞬間、目に入ったのは真っ青な顔で私に駆け寄ろうとするパトリック様の姿。
(あー、駄目でしょ。身重なんだから走らないで…)
というのが、最後の記憶。
目が覚めて、諸々が決まってて、イマココである。
「…そんなジト目で見ないでくださいよぅ。私なりの最善がアレだったんですもん…。」
「だからって…だからって…っ!あんな、…っ死んじゃうんじゃないかって、三日も目を覚まさなくて…っ」
ぽろぽろ涙をこぼしてる顔には後悔の念があり、それはこっちも申し訳なかったなぁ、、、とおもいます。
でもね?
「ん、でも結果オーライじゃないですか。皇族籍も返上?ってか剥奪されたから庶民になれましたし、聖女にはもう近づけませんし。なによりエリン国へ行く大義名分が出来たんですよ!庶民が他国に渡るのは難しいじゃないですかー。だから、ね?」
もう泣かないで。自分の判断で怪我しただけなんだし…罪悪感とか持たないで欲しい。とか言うと多分この人は余計に泣くだろうなってわかるから。
「無事脱出した記念にパーッとお祝いしませんか!私もそうですケド、パトリック様もあーんなクソみたいなドロドロした皇宮廷から抜け出せたんですよ、お祝いしましょうっ!」
「お祝い…脱出って、まぁ、とてもいい環境とは言い難かったけれども…」
「それに、私ずっとパトリック様の妊娠お祝いもしたかったんですよ。なんやかんやあって出来なかったし渡せなかったけれどプレゼントがあるんです。あ、いまは荷物の中に入ってるから直ぐは渡せませんケド、でもパーティーの場ではお渡ししますねっ!」
「え、えぇ…?」
「わたし、パトリック様に沢山助けてもらって恩返しも出来ていないし、だけど感謝の気持ちはものすごくたくさんあるんです。だから、受け取ってくださいね」
「うん、嬉しい…けれど僕も、いつも君に助けられていたんだし恩返しなんて「します。必ず、これは私がやりたくてやるので、ただ受け取ってくださいね。約束ですよっ!」
被せるように捲し立て、遠慮しそうな王子に有無を言わせない。
だってパトリック様は本当に夢物語みたいな私の夢を叶えてくれたのだ。感謝したってし切れない恩がある。
祖国では皇族であったのに虐げられ何をしても気にされていない名ばかりの皇女を、大切に扱い尊重してくれたのだ。それだけではなくあれだけ研究しても誰も褒めないどころか見向きもしなかった私の存在価値を彼だけが認め、ほんとうに薬師として生きていける未来を切り開いてくれた。
「あっ、国境が見えてきました。ささやかですけど、いまこの瞬間にもお祝いしましょう。えっへっへへ、実は、隠れて持ってきてるんです。国境超えたらガッツポーズしてやろうって、乾杯しようって。」
斜め掛けのポーチはマジックバック。その中から果実水の瓶をふたつ取り出す。
「レモン水とアップル水どっちがいいですか?」
「じゃぁレモン水かな。酸っぱいものが欲しくて。」
「ですよねー。それじゃぁ、カンパーイっ」
カチンと音を鳴らして冷えた果実水でレカシムカ帝国脱出を祝う。
あぁ、これで本当に、本当に皇女でもなく聖女の引き立て役でもないただの薬師としての人生がスタートするんだ。
おわり。