8 無自覚な白雪姫 〜Side 晶(アキラ)2〜
本日、2話目です。前話と同時に投稿しています。
外を見て不思議そうな顔をしているように見える彼女は、おそらく外ではなく手前の壁が透明になることに驚いているのだと思う。昔は窓は固定式で太陽の動きに合わせて開口部が変わるのではなく遮光のための布を使用していたのだという。彼女の私室がそう見えるように保存されてあるように。
その他にもあちこちに視線をやっては興味深そうな顔をしているが、時々不安なのか心拍数や血圧の変化が見られる。表情にはそこまで現れないが数値には出ているため、大丈夫かと問うが、その度に大丈夫だと伝えたいのだろう、微笑もうとして、僕の言葉に同意の場合はゆっくりと瞬きをしてくれる。つらい時や不安な時は感情を出してくれていいのだが、彼女はそれを良しとしないようだ。時間がありすぎるのも思い詰めることにつながるのではと思い、早目のリハビリを開始することにした。
筋肉に刺激を与えるためにシートを貼る時には何やら興奮しているようだったが、始まると『あれ?』という目をしていた。それは、期待外れといったような風で…一体何を期待していたのだろうか。元気になったら聞いてみたいものだ。ナジマが来て筋肉や骨の様子を見たりマッサージをしたりしている時にも表情はあまり動かないが目が何かを言いたげだったり楽しげだったりで、見ていて飽きることがない。それにしても、基本的にはいつも楽しげな彼女なのに、なぜか僕への視線は厳しい気がしていたのだが、その理由がナジマの言う『アキラの顔が怖いから』で正解だったのは衝撃的だった。僕は彼女には特別親切に接しているつもりだったのに、伝わっていなかったようだ。彼女の治療と目覚め、そして健康で自由に動けるようになることは僕の子どもの頃からの夢だったのだから、こうして目が覚めて僕の前で動いている彼女を見るのは本当に嬉しいのに。もう少し伝える努力をしようと思う…これ以上喜ぶなんてどう表現すれば良いのかとも思うけど。
その後、この国の歴史をまとめた子ども用の映像を観せた時にはいろいろと考えることがあったのだろう、彼女が泣いてしまった。両親とも祖父とも、いやそれ以外の他の全ての知り合いや出来事から切り離されてこんな状況になるのだから、いくら病気の治療がうまくいってもつらいのだろう。かける言葉が見つからなくて大丈夫かと聞くことしかできなかった。もっと彼女を元気づけられたらいいのに。とにかく彼女が体力をつけて、自由に活動できるよう方法とスケジュールを考えようと思った。
時間はかかっても良いと思っていたのだが、その後はなかなかに大変な状況になった。まず、彼女が歌を歌ったことだ。しかも解説付きで。有名な曲だったから音源は残っているけれど、眼の前で歌われたのは、僕にとっては本当に彼女が生きているのだと実感できてインパクトがあった。他の人にとっては、歌も感動したが、彼女の話す『お花見』の様子は書物や画像で見るのとは違う『真実味』に溢れていて、当時の人々にとって『春』やその象徴である『桜』の重みがいかほどだったかが感じられるものだった。
そんな理由で、僕としては彼女が元気になればそれで良かったのだけれど、他の人たちにとって彼女は生きた歴史書であり殆どが失われてしまった文化の語り部であり、その価値は計り知れないものになった。そのせいで彼女は次の日から歌の練習、というかそれに向けた体力づくりが始まって、かなり苦労していた。
参ったのは彼女が自分の魅力に無自覚なことだ。トレーニングのしすぎで筋肉痛になったという時は、どうしてもと頼まれてお腹に痛み止めのテープを貼ったのだが、無防備に衣服をめくり上げ真っ白なお腹を見せるものだから、医者という立場でありながら赤面してしまった。貼った後は無邪気に喜んでいるがこっちの心臓に悪い。その後も歌ったり昔のことを説明したりする度に、こちらを見上げて「どうだ」と言わんばかりの笑顔になる。可愛いのでやめてほしい。どんな顔をしてどんな答えを言えばいいのかわからず、ついモニタに視線を移してしまう。そのうちジゼルとヤープという研究者も参加することになったのだがどちらも彼女との距離が近すぎる。特にヤープは発音がみたいというのは理解できるが、顔が近すぎて彼女も困っているのが数値からわかる。心拍数が高すぎで、これが続いたら、会う=心拍数上がる=特別に感じている=好意がある、のように身体から心が刺激されて勘違いしてしまうかもしれない。慌ててモニタを設置したが口元が大写しになるのでこれもまた困る…。自分の感情を持て余すこの状況に、どうしてこうなったのかと考えてしまうし、それを突き詰めていくと多分僕にとって不都合なことになるだろう…この先どうなるのか頭が痛い。
お読みくださり、どうもありがとうございます。がんばります。