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5/12

5 努力を望まれるということは

本日5話目です。今日はここまで。最初なのでいっきにがんばりました。

 ナジマさんやその他の人たちも協力してくれたリハビリも2ヶ月が経った。点滴、その後の基本の流動食にプラスされて時々柔らかい固形物が提供されるようになったけれど、最初は流動食も無理で、そのための練習をした。


「はい、息を吸って〜止めて〜…吐いて〜。良いですね〜」

「頬を膨らませられますか?口を閉じて、息をためます…頑張って〜」

「首を倒してみましょう、みぎ〜ひだり〜もう一度〜」


 深呼吸や肩の上げ下げ、頬を膨らませたりすること、口の中を舌で触ることなんかの練習をした。舌を出し入れするのは難しくて、これまでどうしていたのかというくらい重労働だった。呼吸の方法もいろいろで、口を大きく開けて息をするのも私にとっては大変だった。食べるためにはいろいろなところに力を入れたり動かしたりする必要があるんだなと改めて身体の不思議を感じた。喉や頸にはなんだか外側からシートを貼ったり刺激を与えたりしてくれたので、そういう技術がなかった頃よりもずっと早く食べることができるようになったのだと思う。


「ナジマ、そんなに頑張らせると…」

「あら、ごめんなさい、ユキさん大丈夫?」

「…」

ウンウンと頷く私に黒木さんは

「時間はあるんだから、そう無理をしなくていいと思いますよ」

と言ってくれた。でも頑張ればその分元気になるし、体力もつくし、後退することはないのだと思えば努力のしがいもあるというものだった。


 病気の治療が終わればそれでOKではないというのはきっと昔も同じで、こんなふうにリハビリを頑張っていた人も、それを支えるプロもたくさんいたのだろう。自分が治療を受けていた時は主に激しく動かないことと検査を受けることが求められていたため、私にとって研究所であり私の家でもあるここは優しい牢獄でもあった。正直『どうして私だけが』『外で自由にすごせたら』と思うこともあった。もちろんそんなことを言えば家族に号泣されるのは明らかだったので心の中でだけど。でもここでは私に『頑張れ』と言ってくれる人がいる。今よりも元気に、健康になってほしい、できることを増やしてほしいと努力を望まれるのは、ただ生きていてほしいという願いよりも強力だし、勇気づけられもする。あなたにはできるのだと言われているようで。第一、おじいちゃんたちの願いでもあるのだから、頑張らなくては。

 黒木さんは、私がリハビリに取り組んでいるとナジマさんに無理をさせないようとよく声をかける。それは大体モニタをチェックした後なので、多分血中の何かが多くなっているとかで無理しているとバレているのだと思う。でももう少しだけと頼むと大抵は困った顔をして許可を出してくれる。そして夜はちょっと難しい顔をして病室でモニタを見つめているのだ。申し訳ないとは思っているのだけれど、自分としては大丈夫だと思える範囲で頑張っているんです…と考えているうちに私はいつの間にか寝てしまう。そしてまた次の一日が始まるのだった。


 そんなこんなで頑張っているうちに介護食とか離乳食くらいの食べ物が目前に迫った気がするので、ここの普通の食事がどんな物なのか、早く食べてみたいと楽しみになってきた。前は家の中で過ごすしかなかったから自分の部屋には簡易キッチンがあって、ご飯やお菓子を作ったものだ。長時間立っているのは難しかったので凝ったものは作れなかったけれど、日常の食事として普通のおかずやなんかは基本自分で作っていたのだ。その他にも家の中のことは頑張って自分でやっていたので家事全般は得意だ。ただ体力がなくてどれも少しずつしかできなかったというだけで。だから料理やその他の趣味…大好きな読書(マンガの方が多かった…)や映画鑑賞(アニメや海外ドラマが多かった…)も、このままリハビリを続けていれば、以前のように、いやそれ以上にできるようになるのではと期待している。今後は体力はつく一方だと黒木さんは言っていたから、やっぱり頑張るしかない。こっそり自室で楽しんでいたコスプレの衣装だって、また作れるかもしれない。



リハビリ終了後、ナジマさんに伝える。

『早く料理がしたいです…』

「気持ちはわかるけど、もうちょっとだけ待ってね」

『…はい』

「本当にあと少しだから、元気出して」

『料理ができるようになったらごちそうしますから!』

「楽しみにしてるわ」

『ここでの料理がどんなものかも楽しみです』

「期待外れかもよ?」

『そんなことないと思います』


 実はこうしたやり取りは声が出せなくても、だいぶ最初の頃からタブレット端末みたいなのを使って問題なくでき、そこは『未来すごい』と素直に驚き感謝している。もっと小型で頭に装着するタイプやどこかに埋め込む(!)タイプのものもあるらしいが、私はなんだか考えたことが全部相手に伝わってしまいそうで怖くて使えないので端末を使っている。江戸時代の人が現代に転生・転移?してスマホに驚くとかいう話があったけれど、今はその江戸の人が私なんだね…。仕方ないけどなんとなくションボリしてしまう。まあこれも最近は声が出せるようになってきたから、できるだけ自分で話すようにしている。問題なくとは言っても端末を使ってでは多少のタイムラグは発生するし(これは自分が新しいものに対応していないせい)、特に感謝の言葉は自分で言いたいというのが一番大きな理由だけれど、その次の理由は大きな声で歌を歌いたいからだ。そう、昔からやってみたかった。小声でも鼻歌でも好きなアニメやゲームの曲を歌うのはとても楽しかったのだから、大きな声で歌えたら、そしてダンスなんかもできたら、きっと楽しいだろうなと思う。だから、食事のためだけでなく頑張って、喉も鍛えているつもりだ。


 大きな変化と言えば、装着型のアシストのお陰で病室と廊下はゆっくりと歩くことができるようになったことだ。まだ一人だけでの歩行は無理だけど、トイレに自分で行けるようになった時は感動した。もちろん一人で行けなくてもそういうのは全く困らない世の中になっていて、介護も進んだものだと感心したけれど、やっぱり自分で行けるというのは嬉しいものだ。そのうち、ここに残されている私の部屋にも行けると聞けば、歩行訓練にも力が入る。黒木さんには相変わらず無理をしないよう小言を言われながらだけど、こんな感じで、私のリハビリ生活は順調に進んでいった。

すごい科学とか技術とかは想像の範囲をこえているので、ほのぼのです。私の想像力の限界がわかって悲しくもある。

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