4 リハビリ
本日4話目です。もう少しいけるかなと思います。
次の日、目が覚めると黒木さんがいた。もしかしてずっとここにいてくれたのかと思ったが、
「おはようございます。私は雪さんが寝た後は部屋に戻りました。何かあれば知らせが届くようにセットしてあったのですが、何事もなかったようで良かったです」
と言ってまたモニタをチェックしていたので、きっと今しがた来たのだろう。壁はまた透明なところから光が入っていたが、昨日とは別な部分だったし直射日光ではないようなので、お日様の場所によって透明になるところを変えられるのかもしれない。こんなの初めて見た。今はこういうのが普通なのかな。などと、こんなことからも、自分の置かれた状況の変化について考えてしまい、えも言われぬ不安を感じる。
「…何か心配事がありますか?」
黒木さんにそう聞かれて、顔に出ていたかと思い、笑おうと努力する。昨日よりも表情が出せるようになっているのかもしれない。
「…無理はしないでください。時間はたくさんあるのですから。今日は筋肉に刺激を与えること、それから腕や脚を動かすこと、どちらも自力ではなく他の人によるものです…の2つができれば十分だと考えています。負担がかかっていそうだと感じたらそこで終わって続きはまた明日にしましょう。いいですか?」
私はまだ重たい瞼で瞬きをして同意を伝えた。
筋肉への刺激は肌に何かを貼って電気を流す?ような感じで、これはよくテレビのCMで観かけたアレでは?と思った。動きがままならないので寝ながら説明を聞いてドキドキしたけれど、初めてで弱めだったのか残念ながら『おお、筋肉が!』的な刺激や高揚感は得られなかった。だんだん強くなっていったりするのだろうか…ちょっと楽しみではある。
「はい、じゃあ両脚に貼りますね。その次は腕です」
いろいろしてくれるのは女の人で、黒木さんと同じ白い制服のようなものを着ている。はっきりした顔立ちで、なんとなく黒木さんに似ているような気がするけれど、髪はもう少し茶色がかっていてクルクルと顔の周りを囲んでいる。しばらくシートを貼られた状態で寝ていたが、終わると休憩を挟んで今度は脚を持ち上げたり膝を曲げたりして動きを見てくれているようだった。
「自分で動かせるようになるまでにはしばらく時間がかかりますから、それまでは毎日こうしてマッサージや運動をしましょう。食事も最初はできませんからチューブからです。食事のほうが先にできるようになると思いますよ」
お医者様と理学療法士の両方ができる的な彼女、ナジマさんはせっせと私の手脚を揉んだり動かしたりしながらたくさんのことを教えてくれた。そして寝ている間は暇だろうから、そのうち横になったまま見ることができる映像を準備してくれると言った。ナジマさんがいない時にはそれで今の外の様子を知ることができるだろう。ここにいるだけではこれまでの入院生活とそう変わりがないので、楽観と悲観の行ったり来たりだ。何か情報をもらえることでこの状況が変わるかもしれないなら、とその日を不安とともに楽しみにすることにした。
黒木さんは時々病室へ来て、モニタと揉まれる私を交互に見ながら何やら考えているようだった。治療後、何か問題が起きていないか見てくれているのだと思うけれど、心配になるから問題がないのならもう少しにこやかにしてほしい。患者を不安にさせないのはお医者様の大事な仕事の一つだと思うし。声が出せるようになったら伝えよう。
「…何か?」
考えながらついじっと見ていたようで、黒木さんに聞かれる。そんなつもりではなかったので、どうしようなにもない時は瞬きをしない?それは無理だから2回する?とか少々焦っていたらナジマさんが
「アキラの顔が怖いからユキさんが怖がっているんですよ。何か問題でもって心配になっちゃいますよねぇ」
と助け舟を出してくれた。そう、その通りなんですよ!と瞬きを返す。それを見た黒木さんはちょっと目を見張ったが、すぐに口元に手を当てて俯くと
「それは…そうか…悪かった。では、もう少し…」
とモゴモゴと言い訳をした。意外と素直な人のようだ。
3日ほどして、日中少し起きていられる時間が長くなってきたことから、ナジマさんが話していた映像を準備してくれた。映像は天井に映されて視線であれこれできるものだったけれど、どこでどうなってそこに映っているのかはわからなかった。プロジェクタやモニタなどは見当たらないから、天井に何か入っているのか?と思ったけれど、多分聞いてもわからないので使い方だけ教えてもらった。
「本当はもっと良いものがあるんだけど、アキラが、多分ユキさんには負担がかかるだろうからって、大昔のものを準備したのです。こんなに遠くに映したもの、見えますか?」
私にとっては寝たまま見ることができるし、視線入力ができるので便利だし、何も言うことはないのだけれど、ナジマさんにとっては驚くほど古い物なのだという。よくこんな骨董品が残っていたものだと、いつもとは違って声も表情も生き生きした感じのナジマさんが見せてくれたのは、私にとってはそれ以上に驚くものだった。
子どもの歴史学習に使われる教材だというそれは15分程度で、私が昔ここで処置を受けた後の世界のことがまとめて描かれていた。ほぼ直後に実現したエネルギー改革と温暖化の抑制、それでも温暖であることは変えられなかったようで、それに伴う洪水や地震などの災害によってこの国を含めて多くの国々は地形も人の分布も大きく変わっていた。水没した土地も多く、地図では多くの島ができていることがわかった。そして世界的な感染症の流行による人口減。最も人口が多くなると予測されていた国々は増加はしていたものの予測よりはだいぶ少なかった。世界全体では人口は増えていたが、この国ではおよそ3000万人ほどになっていて、それは私が生まれるおよそ120年くらい前、今よりも300年近く前、の頃と同じくらいだという。そして、感染症の流行とその対策でわかった遺伝子多様性の有利性を理由に、世界中の人々は混じり合い、現在はその始まりからほぼ4〜5代目となっているとのこと。見終わった私は呆然とした。これを見せられてはここが150年後であると信じない訳にはいかない。偽の映像資料を作る?そんな手間をかけて私をだます理由がない。
「あまり急に詰め込むと、疲れますから、続きは明日にしては?」
ぼんやりしている私を気遣って、病室を訪れたナジマさんがそう声をかけてくれた。返事もできずに目を閉じ、そのままでいると
「ここは雪さんがいた場所から変わっていませんよ」
と声がした。目を開けると黒木さんが来ていた。久しぶりな感じがする。先程の映像を見てからだと、なるほど、黒木さんもナジマさんも何となく似ていると感じるのは遺伝子の平均化といわれるものなのか…?そんなことを一瞬考える。
「資料を見たのですよね?ここは雪さんが入院していた場所です。昔の首都からさほど遠くない地方の山の中、ナガノと呼ばれていた土地ですね。ただし気温と海水面の上昇で昔よりも温暖で水も豊富、研究者にとってはいい土地です。施設として新設、増改築はされましたし設備もニーズに応じて常に見直されてきたので場所以外は全く別物と言えますが…ええと、何か?」
じっと見てしまっていたことに気付いて慌てて視線をそらす。黒木さんの話から、本当にここは遠い先の世界なんだなと考えていたのだ。
「…この辺りは人口も少なくて、農業は盛んですが、それ以外はほぼここで研究している人と職員で成り立っているようなものですから、お互いが利益になるよう協力し合って生活しています。さて、ちょっと確認させていただきますね」
黒木さんはベッドの横でモニタを見ていたようだが、しばらくすると頷く気配がした。
「映像はなかなか重たい内容だったのではないですか?大丈夫ですか?」
資料からも確かにここは私の生きていた時代からすごく後だと認めるしかないし、何よりも直視したくはなかったけれど、目覚めて3日経ってもおじいちゃんもお父さんもお母さんも来ないという事実からわかるのは、みんなもうここにはいないということだ。私をすごく大事にしてくれた人たち…私の感覚ではつい3日前までは一緒にいた大切な家族で、いつか私もみんなに何かしてあげられるようになりたいと考えていた…そう思うと我慢しても涙が出る。でも、これまで何度も何度も思い返した、初日に黒木さんが言ってくれた、言葉を心の中で繰り返す。
「私は、雪さんのためにここにいるんです。雪さんのお祖父様の正雪氏、そしてご両親は雪さんが元気になってここで暮らしていけるようにと願っていました。その願いを受けて、私がここにいるんです。だから大丈夫、大丈夫ですよ」
そうだ、私はこうして生きている。150年も経っているけど、治療してもらって、ナジマさんが毎日リハビリに来てくれて、黒木さんが管理をしてくれて。それは私の大切な人たちが私のことを想ってしてくれた、願いの結果だ。だから、大丈夫。
力を振り絞って横になったままで頷く。頭が動いているかどうかわからないけれど、表情だってうまく作れているかわからないけれど、精一杯微笑む。止められない涙が頬を伝わるけれど、私は笑顔でい続けた。4